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神経質礼賛 2049.モンブランこっこ

 仕事帰り、電車に乗る前に時間があると掛川駅の「これっしか処」という売店やキオスクを覗いていく。いつも同じように見えるキオスクも入口近くの商品は時々変えている。現在は秋限定の「こっこ」が並んでいる。「こっこ」とは蒸ケーキにミルククリームが入った菓子であり、抹茶・春のいちご・夏のチョコバナナ味バージョンもある。浜松のうなぎパイには遠く及ばないけれど、TVのCMも流れていてそこそこメジャーな存在になっていて、現在では静岡土産の定番菓子なのではないだろうか。こっこの黄色い袋を持って新幹線に乗る人を見かける。土産菓子の大事なところは日持ちがすること、手軽に食べられること、あまり高価ではなく1個百円程度であることだろう。お土産として職場に10個とか20個とか配るのにはその位がちょうどいいのだ。過不足なく概ね人数に見合った個数になるよう、神経を使うものである。今回は通常の「こっこ」と、新たにお目見えしたほうじ茶こっこ・モンブランこっこがセット販売されている。静岡駅ではセット物しか売られていないが、掛川駅ではモンブランこっこ単独の2個入も置かれている。これはぜひ買ってみよう。

 パッケージには「マロンでびっくりトレビアーン」と書かれ、お馴染みのキャラクターひよこのこっこちゃんがベレー帽を被っている。パリジェンヌの絵描きさんになってしまったようである。見ているだけで楽しくなる。家に帰り、開けて食べてみる。外側の生地の部分も薄い栗味になっていて、内側はマロンクリームだ。素朴な感じである。商品開発をした人に拍手を送ろう。

 

2022年11月21日 (月)

神経質礼賛 2048.いい夫婦の日

 明日11月22日は語呂合わせから「いい夫婦の日」とされている。似たもの夫婦という言葉がある。考え方や性格がよく似ている夫婦ということだ。現代ではお互いに好きあった者同士が結婚するので、価値観や生活習慣などで共通点がある方が結びつきやすい。半面、自分にない部分に惹かれる、ということもあるかもしれない。以前紹介したことがあるが、形外会の場で劇作家の倉田百三が「神経質同士の結婚はよくないようですね」という発言したのに対して森田先生は次のように答えている。

 それはそうです。神経質同士は、お互いにその心持がわかり、心の底まで見透しているから、互いにその欠点を挙げあって、相手ばかりにそれを改良させようとする。グジグジといつまでも、しつこく言い争いをする。
 またヒステリー同士でも、これもいけない。喧嘩が早くて始末にいけない。
 また陽気の者同士もいけない。気が軽くて家のしまりができない。およそ結婚は、気質の異なった人が、うまく組み合わされるとよい。
 神経質の人は、気の軽い大まかな人と結婚するがよい。すると気の軽い人は、あの人はどうせ気難し屋だからといって大目に許し、また神経質の方では、どうせあれには、難しい事をいってもわからないといって、あまりやかましくいわなくなる。お互いに許し合うから円満になる。 (白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.729)

 森田先生自身は親が決めた、いとこ同士の結婚だった。思いつくと突っ走ってしまう森田先生は中学生の時に家出して東京で自活しようとして失敗している。さらに中学卒業後の進路について父親と意見が合わず、大阪で病院を経営していた土佐出身の大黒田龍から奨学金をもらって第五高等学校へ進学することを自分で決めた。しかし、大黒田龍の養子になるという条件があったことを父親に隠していた。これが発覚したため、父親としては学資を出す代わりにいとこの久亥と結婚することを条件とし、森田先生は承諾したのだった。父親としては、いずれ家を継いでもらいたいという希望があっただろうし、しっかり者の久亥さんに森田先生の暴走を防いでもらおうということも頭のどこかにあったかもしれない。二人の間では夫婦喧嘩が絶えなかったことは以前にも書いた通りである(2023話)。しかし、「余の療法」「特殊療法」(森田療法)に久亥さんは欠かせない存在だった。生活を共にし、お互いを支えあい、森田療法を完成させていくという共通の目標に向かって歩んでいるうちに、晩年には似た者夫婦・いい夫婦になっていったのではないかと思う。

2022年11月20日 (日)

神経質礼賛 2047.突破口

 新患のひきこもり青年。受け付けたケースワーカーさんが「父親が言うには、車に乗ったまま診察してもらえないかと言うんですけど、どうしましょう」と。「それはだめです。特別扱いはしません」と答える。結局、通常通り、本人が一人で診察室に入る。人の目が気になって床屋にも行っていないというが、礼儀正しく、受け答えもしっかりしている。中学の時に部活の先輩からいじめられたのがきっかけで不登校になり、その後の学校でもいろいろあって、これまた行けなくなってしまったという。問診している中では精神病的な兆候はみられない。新患の人によくやってもらうY-G(矢田部―ギルフォード)性格検査では、神経症やうつ病の人によくあるE型を示すが、目立っているのは高I(劣等感が強い)と低Ag(攻撃的でない)だけである。しかも短時間で几帳面に仕上げていて、作業能力の高さを窺わせる。外出は怖いけれど働きたいと述べる。症状はありながらも何とかしたいという意欲があるのは良いサインであり、(森田)神経質と言ってよいだろう。今まで、精神科にかかろうとしてできなかったそうだ。それでも、よりよく生きたいという生の欲望に沿って、苦しいながらも診察を受けることができたのは、これからに向けての突破口になるだろう。薬による治療は望んでいないとのことだったので、まずは家の中での仕事を増やす。そして、思い切って一人で買い物や床屋に外出、さらにはアルバイトに挑戦するようアドバイスした。これからも突破口を見つけて一つずつくぐり抜けていくうちに必ず道は開けてくるだろう。本人が体験してその成果の積み重ねが自信になっていくのである。今回の受診を皮切りにさらに前進していってほしいものだ。

2022年11月17日 (木)

神経質礼賛 2046.ゾーニング

 一昨日の朝、いつも通り7時過ぎに出勤すると、すでに院長先生は出勤しておられた。前日に病棟でコロナが発生したのだと聞く。すでに勤務先のホームページには公開されていた。外来診療は継続するものの当分は新規入院の受け入れはストップである。その夜の救急当番も他の病院に依頼したという。これまでも散発的に患者さんの陽性者が出たとか、職員が家族から感染して休むといった事例はあったが、今回はそれよりやや多い。コロナ発生病棟はゾーニングと言って、レッド、イエロー、グリーンの3つのゾーンに区分けし、床には色のついたビニールテープで境界が示されている。陽性者のいるレッドソーンに入る時にはイエローゾーンで防護服を着て、出る時には気を付けて脱ぐ必要がある。スタッフの労力が増えてなかなか大変である。その病棟に出入りした職員は全員検査するということで、私も抗原検査を受けて陰性であることを確認した。

 すでに感染第8波に入っていると言われており、全国的にまた感染者数が増加している。経済を回すため、行動制限は原則行わないらしいけれども、各自が自発的に感染防止対策をしていく必要がある。街を歩いていると、マスクを外している人が目につく。油断は禁物、まだまだ辛抱である。従来通り普通の生活ができるようになる日を楽しみに待とう。

 

2022年11月13日 (日)

神経質礼賛 2045.神経質とADHD

 岡本重慶先生による京都森田療法研究所ブログの最新版「森田正馬の病跡」-ADHDが森田療法になるとき-」は4月から始まったシリーズの総決算的な内容になっており大変興味深く読ませていただいた。これまで、詳細に森田先生の性格分析を行い、神経質というだけでなくADHD(注意欠陥障害)的な傾向も持ち合わせていたことを明らかにしてこられた。内向的で内省的な神経質と外向的で行動的なADHDは逆の面を持っている。その相補性により自己治療的に相互に作用していることを今回指摘しておられる。

 確かにその通りである。自分も含めて神経質人間は頭でっかちでなかなか手を出せない。ADHDの人の実行力や瞬発力が羨ましく思える時もある。森田先生は次のように言っておられる。

(まず手を出して始める、という話について)
 上に述べたような事は、気の軽い気質の人には、生まれつきで自然にできる。それは、単に軽率であって、まとまった努力の仕事はできない。
 しかるに、気が重くて何事にもおっくうな神経質の人が、修養により捨身の態度ができて、気軽に手を出すという事ができるようになれば、それは一つの悟りのような状態であって、ただの軽率とは全く違う。例えば気の軽いのは、貧乏で金遣いが早いようなものだが、神経質のほうは、金持でよく散じ・よくもうけるようなものである。 第5巻 p.760-761

 考えるばかりでなかなか行動に移せない神経質には「とにかく早く手を出しましょう」「尻軽く行動しましょう」と行動本位を指導していくが、軽率に行動し過ぎるADHD傾向の人には「始める前にちょっと立ち止まって考えてみましょう」「周囲の人の反応もみてみましょうね」といった逆のアドバイスになってくる。頭の硬い神経質は何が何でも行動本位にしないといけないのだ、と思うかもしれないけれども、あくまでも神経質者を指導する上の方便であることは言うまでもない。神経質の良さを生かしながら、それに実行力を付けて行けば最強である。

 

2022年11月10日 (木)

神経質礼賛 2044.皆既月食+天王星食

 一昨日、皆既月食の天文ショーがあった。以前に皆既月食の記事を書いたのは5年近く前のことである(1471話)。今回は午後8時を中心として1時間半近く皆既食が続くという見やすい時間帯で絶好の条件だった。しかも珍しい天王星食も同時に起きる。皆既日食と惑星食が同時に起きるのは西暦1580年以来の442年ぶりなのだそうだ。当時、日本では本能寺の変が起きる2年前のこと、織田信長の絶頂期である。いろいろ連想(妄想?)が広がる。これはぜひとも見なくては・・・ただ、残念なことに当直の日だった。一応、口径5cm7倍双眼鏡と『藤井旭の天文年鑑』を持っていく。医局の南側のテラスは天頂から南天まで視界が広い。サッシを開けて一歩外に出れば星空が眺められる。ただし、旧国道一号線沿いで大型店舗の照明が明るいので、6等星程度の天王星を見るのは厳しい。好天に恵まれて皆既月食は見ることができた。赤黒いボールが宙に浮いていて不思議な光景である。天王星食が始まりそうな時刻に双眼鏡で見たが、やはりわからなかった。そこでネット中継を見る。青緑色の天王星が月に隠れていく様には宇宙の神秘を感じた。

 病棟見回りの帰りに空を眺めると部分食はまだ続いていた。部分食もまた面白い。医局に戻って電子カルテの入力を一通り済ませてちょっと一息ついていると、救急隊から錯乱状態の外国人を今から搬送するという連絡が入る。さて、これから一仕事である。まだまだ夜は長い。

 

2022年11月 6日 (日)

神経質礼賛 2043.和菓子ミックス

 施設にいる母からお菓子のリクエストがあって、塩分が少なくて口のなかで溶けやすい個包装になっているえびせん、ミニ羊羹などを差し入れしていた。衛生面を考え、誤嚥リスクの少ないものを選んでいた。このあたりは神経質を要するところである。しかし、すぐに食べきってしまう。そこで、えびせんと一緒に一口サイズの和菓子が入った和菓子ミックスを買って届けることにした。いろいろ入っていて喜んでくれていた。ところが、9月に骨折で入院となり、退院したら今度はうっ血性心不全で先月また救急搬送されて入院になってしまった。一旦施設に退院の話があったけれども今度はその予定日に高熱が出て中止となった。買っておいた和菓子ミックスが宙に浮いてしまったので、やむなく私が少しずつ食べている。

 この和菓子ミックス、大袋の中は個包装になっていて一口サイズで食べやすい。CGCチェーンの開発商品で、長野県の菓子メーカーが作っている。粒あんどら焼き、栗どら焼き、栗まんじゅう、やきいもまんじゅう、小倉あんパイ、もち最中、栗最中、ごま最中、小豆ようかんの9種類が入っている。さあ、どれを食べようかと迷うのも楽しいし、なかなか美味しい。インスタントコーヒーの御供にも適していて、結構ハマってしまう。ただし、ミニサイズながら1個あたりのカロリーは50~100kcal程度ありそうなので、気軽に2個、3個、4個と食べ進んでしまうとカロリーオーバーになる恐れがある。食べ過ぎに注意しましょう。

 

2022年11月 3日 (木)

神経質礼賛 2042.雑踏事故

 10月29日、韓国ソウルの繁華街で起きた雑踏事故では11月1日現在の死者が156人にものぼっている。日本人も2人亡くなっている。将来ある若者たちが一瞬にして命を落としてしまった。御家族の悲嘆は想像に絶する。事故現場は幅3.2mしかない坂道。ハロウインを前に、身動きできない位の群衆で埋めつくされていたらしい。もしも自分がその中にいたらと考えただけでも恐ろしい。日本でも以前、明石の花火大会の際に歩道橋で11人が亡くなる惨事があった。それ以来、大きなイベントの際には関係者任せにしないで、警察官を出して人々を誘導して事故防止が図られている。毎年、ハロウインで渋谷に集まる若者たちの誘導にはDJポリスが活躍している。

 私が担当している外来患者さんで「人が多い所が怖くて外出できない」という人が何人かいる。スーパーの買い物も人が少なくなった時間帯を見計らって家族に付き添ってもらって用事を済ませる、といった具合である。タイムセールの安売品はゲットできなくても、ゆっくり買い物ができるし、万一の地震や火災の際にも避難しやすいから、それはそれでよい。私はそこまではいかないが、雑踏はなるべく避けるようにしている。静岡市で開催されている大道芸ワールドカップは会場近くに住んでいながら見に行かない。正月の初詣も人波が去ってから行くようにしている。雑踏事故はいつ起きるかわからない。危うきに近寄らず、がベストである。もし危険を感知したら、早めに離脱することである。それには神経質の不安という警報装置が身を守るうえで役に立つのだ。

 

2022年11月 1日 (火)

神経質礼賛 2041.森田先生と犬

 今日、11月1日は犬の日なのだそうだ。「ワンワンワン」という犬の鳴き声にちなんでペットフード工業会(協会)が昭和62年に制定したのだという。1月11日の方が分かりやすいと思うのだが、そうすると、猫の日2月22日と近くなってしまうからだろうか。
 森田正馬先生も犬を飼っていたことがあり、面白い記録がある。

 余がペトといふ子犬を飼つて居た時の事である。様々のいたづらはする、勉強の邪魔にはなる、中々世話が厄介になツたので、幾度びか妻と相談・協議・譲歩・妥協の結果、終に意を決して、之を捨てようといふ事になツた。
 或日の事、余は妻と共に、買物の序に、この犬をフロシキに包みて、町はづれに行き、一間ばかりの川で、犬の渡る事の出来ぬ向側の岸に、投げやりて、逃げ帰ツたのである。
 家に帰りて後、妻と余と、誰からいひ出したともなく、「可愛想な事をした」といふ事になり、もう日もくれかゝツて後に、両人共に、再び其犬を探しに出かけた。固より其同じ處に居よう筈はない。しほしほと帰ツて見れば、ペトは独り先に帰ツて居て、余等を見るや、飛びつき・からみかゝりて喜ぶ事限りがない。余も亦之を抱きしめ・頬ずりして、歓喜したのであツた。(白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.523)

 最後はちょっとほろりとさせられる話である。このペトがその後どうなったかは記録がない。おそらく忠犬ハチ公のような犬ではなかったであろうと想像する。

 

2022年10月30日 (日)

神経質礼賛 2040.「お江戸日本橋」歌詞の謎

 先日、TV番組で、鶴見の「よねまんじゅう」の店が紹介されていた。鶴見は東海道五十三次の宿場ではないが、宿と宿の間の休憩場所として、特に「大山詣」の時期は賑わっていたそうである。よねまんじゅうとは薄い羽二重餅で大きな餡をくるんだお菓子で、最盛期には40軒の店が並んでいたという。甘味は歩き疲れた体を回復させるのには最適で人気があったのだろう。

 うん、確かに「お江戸日本橋」の歌にあったよなあ、と中学の時の音楽の教科書を引っ張り出してみると、二部合唱に編曲された楽譜が載っていた。中2の教科書だから低音部は声変わりした男子を想定している。最初の4小節はユニゾン(同じ旋律)、その後は1小節ずらした輪唱に仕立ててある。歌詞は1番と2番である。
1 お江戸日本橋七ツ立ち 初のぼり
行列そろえて あれわいさのさ
コチャ高輪夜明けて 提灯消す
(こちゃへ こちゃへ)
2 六郷渡れば 川崎の万年屋
鶴と亀との よね饅頭
コチャ神奈川 急いで程ヶ谷へ
(こちゃへ こちゃへ)

 ふと、思ったのは、この歌は東海道五十三次全部が入っているのではないか、と。知りたがりの神経質ゆえ、調べてみるとやはりそうだった。18番くらいまであるらしく、最後は草津~大津~都入りで終わっている。歌詞は宿場の名や名所・名物を織り込んだ歌詞ながら、ちょっとHな春歌的なものである。上記の歌詞2番とされているのは本当は3番であり、2番は次の通りである。
 恋の品川 女郎衆に袖引かれ
  乗りかけお馬の 鈴ヶ森
  コチャ大森細工の松茸を
  (こちゃへ こちゃへ)
 この歌詞ではさすがに教科書検定で物言いがつきそうだ。生徒から「どういう意味ですか」と質問されようものなら教師はとっても困るだろう。外したのも無理はない。4番以降もそうしたものが多くみられる。そもそも、「こちゃへ こちゃへ」は遊女たちの客引きの表現だ。江戸時代は性について大らかだったが、今の時代ではセクハラソングと言われかねない。ともあれ、「酒もぬまづに原づつみ」というようにダジャレが効いて、なかなか楽しい。昔は東海道を歩いて旅した人も、旅に出られない人もこの歌で大いに楽しんだのだろう。皆さんがお住まいの地・あるいは知っている地がどのように歌われているか一見をお勧めしたい。

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