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神経質礼賛 1717.医療費控除

 また確定申告(1357話)の季節がやってきた。年間の医療費が10万円を超えると、超えた分の医療費控除が受けられる。10万円を超えることはめったにないが、昨年は妻が白内障の手術を受けていて、珍しく10万円を超えたので、今回は医療費控除分を加える必要がある。医療費の明細書を作るのは面倒である。診察を受けた人の氏名、年月、診療区分(入院・外来・調剤)、医療機関(薬局)名、支払額を記載していき、集計する必要がある。しかしながら便利なものがある。健康保険組合から送られてくる「医療費のお知らせ」である。一番下の右側に前年1月から9月までの医療費の支払い額合計が記載されているので、これを添付し、10月から12月の3か月分の明細を作って合算すればよいのである。自分で作成する手間がだいぶ減らせて助かる。これを利用しない手はない。医療費控除をされる方はぜひ活用していただきたい。この前の日曜日に昨年10月から12月までの医療費の明細は作っておいたので、今朝、国税庁の確定申告のホームページを開いていろいろと入力していき、申告書をプリントアウトした。それに源泉徴収票などの資料を貼り付けていく。

 税務署までは徒歩20分の散歩である。例年ならば駿府城の堀の周りを走る中高校生と出会うが、今年は新型コロナ肺炎対策のためか、全く見かけない。申告書提出は4人待ち、5分ほどで済んだ。提出すると控えの紙に受領のスタンプを押してもらえるので、ちゃんと出したかどうか気になってしまう神経質人間にとっては安心である。他の用事や買物を済ませて帰宅すると正午近かった。昼食後に妻から「パンがもうないから買ってきてくれない?」「ついでに郵便局へ行っておじいちゃん(義父)が使わなかった年賀はがきを切手に交換してきてよ」と御用を仰せつかる。商売繁盛、失業の心配はなさそうだ。

2020年2月16日 (日)

神経質礼賛 1716.不思議の国のアリス展

 先週は、毛替えに出した3本の弓を回収して、さらに2本の予備のヴァイオリン弓を毛替えに出した。毛の材質が良いのと職人さんの腕がいいためか、とても弾きやすくなった。昨日、仕事帰りに毛替え済みの予備弓2本を取りに行き、さらに静岡市立美術館に寄った。現在、不思議の国のアリス展が開催されている。

 展示は作者自身の挿絵による『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の初版本で始まっていた。その後、ジョン・テニエルによる挿絵さらに著作権切れ以降のアーサー・ラッカムらによる挿絵がストーリーの流れに沿って展示されていた。私が『不思議の国のアリス』を読んだのは、多分、幼稚園の頃に叔母からもらったディズニー絵本だったと思う。もうストーリーは覚えていないが、忙しく動き回るウサギとトランプの国は印象に残っていた。飲み物を飲んだりケーキを食べたりするごとに体が大きくなったり小さくなったりするというアイディアは手塚治虫の漫画「ビッグX」の元になったのではないか、とふと思った。精神医学の世界では「不思議の国のアリス症候群」という病名がある。自分の身体(あるいは周囲の事物)が大きくなったり小さくなったりするように感じるというものだ。もっとも、実際にそういう人に出会ったことはない。会場には物語の場面を模した展示があり、その前で写真を撮れるようになっていた。『不思議の国のアリス』は世界中の多くの子供たちに愛されたばかりでなく、ヴィクトリア女王も愛読者だったという。そして芸術家たちにも大きな影響を与えた。展示の最後の方にはマリー・ローランサンによる挿絵、サルヴァトール・ダリによる挿絵もあり、幻想的な美しさに見とれてしまった。

 作者のルイス・キャロル(本名チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンあるいはドジソン1832-1898)の本業はオックスフォード大学クライスト・チャーチ校の数学教師だった。学寮長ヘンリー・リデルの3人の娘たちとピクニックに行った際、彼女たちに話した物語を3人のうちのアリス・リデルから本にしてほしいとせがまれてこの本が誕生することになった。彼については、アリスだけでなく多くの少女たちの写真を撮影しヌード写真もあったことから小児性愛者ではないかと見る向きもあった。しかし当時の感覚としては聖職者でもある教師が成人女性の写真を撮ることの方がスキャンダラスだったそうで、現在では否定されている。彼には吃音という大きな悩みがあったが、それでも歌や物真似が上手であり、さらには優れた写真の能力を生かして同時代の作家や画家などの多くの文化人たちと交流していたという。やはり自分の欠点を悩んでばかりいてもどうにもならない。それよりも長所を伸ばし、それを生かして自己実現を図っていくことが大切なのである。

2020年2月13日 (木)

神経質礼賛 1715.雨漏りの意外な犯人

 昨年末から玄関を出たところの雨漏りが出現するようになった。ポタポタと水滴がゆっくり落ちる程度ながら、それがドアに伝って天井の塗料が流れてドア表面に白い跡がしっかり付いてしまう。雨が止んだ後も何日か続く。まだ築20年経っていないのにこれでは困る。ベランダの防水が劣化して、どこかの亀裂からの漏水なのだろうか。長く放置していたら内部が腐ってくる心配もある。そこで漏れている箇所の写真を添付したメールを住宅メーカーのメンテナンスセンターに送ったところ、その日のうちに連絡があり、点検に来てくれることになった。

  調べに来てくれた人も、まずはベランダの防水不良を疑ってチェックしてくれたが異常は見つからなかった。次に漏れている箇所から近い2階台所の流し台下を調べて、流し台の排水ホースに亀裂が入って排水が漏れていることが判明した。流し台下の床もカビが生えていた。そこで、流し台のメーカーのサービスマンが呼ばれた。とりあえず、応急処置をしてもらい、部品が入り次第、交換してもらうことになった。そして今日、排水ホースは新品に交換してもらった。今朝は激しい雨が降ったけれども、雨漏りはない。雨とは無関係だったのだ。それにしても、どうして排水ホースに亀裂が入ってしまったのだろうか。その原因は実は妻にあった。油を洗い流すために、時々、意図的に熱湯を流していたというのだ。排水ホースは合成樹脂製なので、本来の耐熱温度はせいぜい60-80℃位である。熱湯を少量流す分には問題ないが、多量だと劣化をきたして亀裂が発生する可能性がある。こうして、雨漏りの意外な犯人が判明した。皆様も流し台にはなるべく熱湯は流さない、茹でこぼしを流すような時には水道水を流しながらにするように気を付けていただきたいと思う。

2020年2月 9日 (日)

神経質礼賛 1714.自分の立ち回り先が丸わかり!

 GoogleのメールGmailに見慣れないメールが入っていた。Google Maps Timelineからのメールで、標題は私の名前の後にyour January updateとある。開けてみるとhere’s your new Timelineとあり、Places visitedと書かれた後に、地図上に私が行った先々のポイントが示されている。勤務先の病院、楽器店、母が入院している病院など、思い当たる場所ではある。さらには写真が3枚あって、よく行くホームセンター、仕事帰りに地下を通る駅前のデパート、月に一度食べに行く近所のとんかつ屋だったのでびっくりした。

 スマホの位置情報を全て記録すればこんな芸当も容易にできるのだろうけれど、この機能の利用価値はあるのだろうか。自分がどこへ行ったか分からなってしまう人には役立つかもしれない。事件が起きた時ののアリバイにはなるかもしれない。しかし、少なくとも私には何の役にも立たないと思うし、怪しげな場所には出入りしないから知られて恥ずかしいことはないけれども、自分の立ち回り先が全部記録されているというのはストーカーに付きまとわれているみたいで気味が悪い。神経質としては気になるところだ。思考伝播や妄想のある患者さんがこれを見たら症状が悪化することも考えられる。それはともかく個人の行先を把握して、そのデータが売買され、何かの営業に利用されてしまうことは十分に考え得る。

 スマホの位置情報を知らせない設定にすればこういうことはないのだろうけれども、災害や事件や事故に巻き込まれたような時に自分の位置を知らせて助けてもらえる可能性もゼロではない。位置情報をオンにするかオフにするか悩ましい。

2020年2月 6日 (木)

神経質礼賛 1713.退院前訪問指導

 今日の午後は、母の退院前訪問指導の日だった。昨年12月に転倒して歩けなくなり、救急車で日赤病院に入院し、その後リハビリ目的で療養型の病院に移っていた。入院期限の60日が近くなったので、病院のケースワーカーさんが母を連れて外出してくる手はずになっていた。5年前に入居した家もまたゴミ屋敷状態にしていたので、母が入院している間に私がガラクタを処分して整理した。床の上に山積みになっていた古着、チラシの裏に書いた大量のメモ、どこかでもらってきた「粗品」の類、45ℓのゴミ袋で20袋近い量を捨てた。従来は2階に寝ていたが、もう階段の上がり降りは危険なので、新たに1階にベッドを入れた。

  当初来る予定だったケースワーカーさんは別件が入って来ることができず、リハビリ担当の人が母を車に乗せて来て、それに合わせて地元の包括の担当者も来てくれた。先日、介護認定調査の人が病院に来ていたが、包括の人の診たてでは、要介護は付かず要支援程度ではないかとのことだ。自己負担になっても、週1回程度の入浴サービスあるいはデイサービス通所を希望している旨を話した。母は不服そうである。そして、「オルゴールが4つあったはずだけど、どこにいったの」と何度も言う。看護師さんやリハビリの人にあげると言ってしまったのに、それがないと言う。確かに古いオルゴールらしきものはあった。埃をかぶり、カビが生えているものもあって、私が捨てたのである。ゴミのような物をもらっても迷惑だし、それを処分するのに手間がかかる。母はそのあたりが全くわかっていない。まさに「子供叱るな 来た道だ 年寄笑うな 行く道だ」の通りであり、どうにもならない。ともあれ今月下旬には退院となるので、それに向けて準備していこうと思う。

2020年2月 3日 (月)

神経質礼賛 1712.マスク売り切れ

 前話の楽器店に行った後は年1回の精神保健指定医会議に出る。一度家に帰って楽器を置いてから行く予定が、三島駅の乗り換えの際に目の前で下り列車が出てしまったため、家に寄る時間がなくなり、楽器だけ持って参加した。会議とは言っても、実態は行政側のお話を聞く会である。例年80人位の指定医が参加しているが、今回は60人弱だった。うちマスクを着用していた医師はざっと見て3-4割程度だったろうか。インフルエンザに加えて新型肺炎が問題となっているこの頃、密室に2時間以上滞在するのだからマスクは必須である。

 ニュースでは、マスクの生産供給が需要に追い付かず、C国人旅行者がマスクを「爆買い」しているとか、ドラッグストアには開店前からマスクを求める客が並び、箱から商品を出すとあっという間に売り切れていく、という実態が報道されていた。新たにマスクを購入するのは困難な状況となっている。私の場合、花粉症があるので毎年マスクは購入していて、あと2カ月分位は在庫があるが、それが尽きるとお手上げである。今後もこういう事態が起きる可能性がある。これからはミネラルウオーター、トイレットペーパー、乾電池同様、マスクもいざという場合に備えて各家庭で備蓄しておく必要がありそうだ。神経質が身を守る。

2020年2月 2日 (日)

神経質礼賛 1711.弓の毛替え

 ヴァイオリンの「消耗品」には弦と弓の毛がある。弦の方は一番高い音を出すスチール製の細い弦(E線)はすぐ錆びてくるのでよく交換している。低い音を出す太い弦3本(A・D・G線)は羊腸を芯にしたガット弦を使っていた。温度や湿度変化に敏感だし交換してすぐに切れてしまい高価であるからガッカリすることもあった。現在はナイロンを芯にした弦にしているので丈夫で長持ちする。それでもプロは3カ月に1回は交換するそうだ。たまに弾くだけではもったいないから切れた時に交換になってしまっている。弓の毛は今でも馬の尻尾の毛が使われていて160本から180本程度の毛が張られている。経年劣化していくし、切れて減っていく分もあるので、プロは頻繁に毛替えをするし、アマチュアでも年に1回位は交換してもらった方が良い。医大オーケストラにいた時は定期演奏会の少し前に毛替えしてもらっていた。静岡のような地方都市では弦楽器専門店がなく、毛替えは苦労する。東京や名古屋の弦楽器店に持ち込むか、年2回位出張修理に来るのを見計らって予約しておいて毛替えしてもらう必要があった。ここ十年ほどは忙しくて毛替えに出す機会がなかった。

 たまたま三島保健センターの精神保健相談に行く途中、三島に弦楽器専門店ができたことを知った。その後、店は移転して三島二日町駅からほど近く三島南高校の南側にある。県内唯一、楽器職人さんが常駐している弦楽器店だ。昨日仕事帰りに行って、ヴァイオリン弓2本とヴィオラ弓1本の毛替えを依頼した。毛の質によって値段が異なる。モンゴル産普及品5千円・高級品6千円、カナダ産無漂白高級品8千円、イタリア産最高級無漂白1万円といった具合である。カナダ産を選ぶ。太い毛と細い毛が選択でき、「どちらにしますか」と聞かれた。私はソフトな音を好むので細い毛を選択した。ヴィオラの弓は皮を巻いてある部分が傷んでいるのでそれも交換してもらうことにした。牛・ヤギ・カンガルー、トカゲの皮があり、柔らか過ぎないヤギの皮で注文した。一週間後に取りに行き、さらに予備のヴァイオリン弓2本を毛替えに出す予定だ。

 店の名のイタリア語Risicare「リジカーレ」は英語riskの語源であり、勇気を持って試みる、という意味があるようだ。その街の文化度が高くなければ弦楽器専門店は存在できない。地方都市にこのような店を出すのはまさにそうした心意気での挑戦だったと思う。ぜひ、繁盛して長く続いて欲しい。それとともに、慎重になり過ぎてしまいがちな私たち神経質人間も必要とあればビクビクハラハラのまま挑戦していかなくては、と思う。

2020年1月30日 (木)

神経質礼賛 1710.「聊」の読み

 現在、入院の集団療法の際、輪読しているのが『神経質でよかった』(白揚社:山野井房一郎著)である(660-661-662話)。山野井さんが対人恐怖と書痙に悩んで森田先生のところに入院したところを読んでいて、出てきたのが、臥褥前に「無聊をなぐさめるようなことは一切してはならない」という一文である。「無聊をなぐさめる」「無聊を託(かこ)つ」はしばしば見かける言葉であり、無聊とは退屈・暇のことだろうとは理解していたが、さあ、読みは自信がない。恥かしい話である。一人での読書だと意味が分かれば読み流してしまうので、漢字の読みがわからなくても読めてしまうのだ。輪読しているといかに自分が読みを知らないかに気付かされる。国語辞典で探してみると、「ぶりょう」だった。

 そもそも「聊」という漢字を見ることはあまりない。「わずか」「いくらか」「たのしむ」「かりそめの」「たよる」など、いろいろな意味があり、無聊は「楽しみがない」つまり「することがなくて暇」ということになる。さて、「聊」の訓読みはどうなるだろうか。「聊か」は「いささか」と読む。少ないこと、わずかなことを示す。ただし、文脈によって意味が変化することがある。「聊か自信がある」は謙遜のニュアンスがあり、本心は「結構自信がある」ということになる。また、「聊か変なのではないか」となると婉曲表現になる。このあたりは「聊か」を現代風に「ちょっと」に置き換えると理解しやすい。「聊」という漢字、いささか難物である。

2020年1月26日 (日)

神経質礼賛 1709.神経質力士の活躍

 4年半ほど前に「神経質力士の誕生」(1176話)と題する記事を書いた。とても緊張しやすく、教員への道を目指すも教育実習で失敗するなど、いろいろ挫折を経験してから角界に入ったという変わり種の正代(しょうだい)が十両に昇進したという話である。親方から「マイナス思考で弱気」と叱られていると新聞記事に書かれていた。私は大相撲にそれほど興味があるわけではないが、その記事を書いて以来、正代の相撲はずっと気になっていた。その後、同世代でかつて学生横綱の座を争った遠藤と同様、幕内に昇進しているけれども、女性ファンが多くテレビのCMにもよく出る遠藤と比べるとかなり地味な存在である。森田の言葉「柳は緑、花は紅」の柳と花くらいの違いである。前頭四枚目の今場所は快進撃を続けてきた。相手から厳しく攻められてもこらえて反撃して白星を重ねていた。昨日の一敗同士の徳勝龍との対戦では惜しくも敗れ、千秋楽の今日は勝って二敗を守って優勝への望みをつないものの、絶好調の徳勝龍が大関の貴景勝を破って優勝を決めて正代は準優勝に終わってしまった。しかし十三勝二敗は横綱不在の場所とはいえ、立派な成績である。華やかさはないけけれども地道に稽古を積んで良い結果を出すところは神経質らしい。これからもいい相撲を取って優勝を争って欲しいものである。

2020年1月23日 (木)

神経質礼賛 1708.気分は書かない

 普通、日記と言えば、人に見せるものではなく、自分の思いを綴るものである。記録や備忘録としての実用的な面と気持ちを整理し書いて表現することでカタルシスを得るというような面もある。森田療法では日記指導が行われるが、通常の日記とは異なり、自分の行動を振り返るとともに、治療者にアドバイスしてもらうためのものである。入院患者さんに書いてもらうものは大学ノートを横にして1日1ページ、縦に1行おきに書いていく。上部に線を引いて空欄とし、そこに治療者が赤字でコメントを書けるようにしておく。外来で行う時には2週間とか4週間分を一度に見なければならないので、最初から2冊用意してもらって、交換していく方法を取る場合もある。私は外来では診察前に渡してもらって読んでおくか、その場で会話しながら読んでいき、コメントを書きこんでいる。日記の内容は行動を中心とし、症状や気分は書かないように、としている。それでも神経症の人は、愚痴をこぼすのが習慣となっていて、症状や気分の記載が多い。あまりにも気分の記載が多い人には「気分は書かない」と注意を与えることがある。

 日記に気分を書かない、というのでは日記ではなく、まるで会社員が書く日報みたいだと言われる方もおられるだろう。人間らしくない、と批判する方もおられるだろう。しかし、これも「症状は不問」という森田療法独特の治療技法からくるものである。気分の良し悪し、症状の有無に一喜一憂するのではなく、行動本位の充実した生活に導くための指導法なのである。治療が進んでくると、自然と症状や気分の記載は減っていき、その日の行動の記述がほとんどとなってくる。そうなれば症状へのこだわりが次の症状を引き起こす無限ループの悪循環から抜け出せるようになっているのである。

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