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神経質礼賛 2073.寒さと腰痛

 朝、駅前に出るとタクシーが止まっている。7時前だから一台も止まっていないことの方が多くてその場合はバス停に走るけれども、今日はラッキーだと思って見ると運転手さんがいない。どうしたんだろうと思う間もなく後ろから「すみませーん」と声がしてきて見慣れた運転手さんが走って来る。70代くらいの気のいい人である。「駅のトイレに行ってたもんでね。どうもトイレが近くていけないですよ」と。私も他人事ではない。車を発車させてから、さらに続ける。「だけど、ここ2日は腰痛が軽くて助かってます。このまま治ってくれればいいだけどね」と。先週は厳しい寒さが続いたが、今週は節分・立春に合わせてか寒さが緩んで少し春めいた陽気になっている。私も魔女の一撃(378話)・・・ぎっくり腰にやられたり、腰痛(891話)が出たりするのは、寒い時期が多いような気がする。腰痛持ちの人にとっても恵みの春がやってくる。

 二足歩行の人類にとって腰痛は宿命だと言われている。精神科外来通院中の患者さんでも湿布を希望される中高年の人が結構いる。いわゆる腰痛症の原因はハッキリしないことが多い。最初は整形外科に通っていたが、良くならなくて湿布や鎮痛剤を処方されるだけだからやめてしまい、精神科で「ついでに湿布も出して下さい」ということになるのだ。痛いからと言って寝てばかりいても良くなるものでもない。無理のない程度に運動したり歩いたりして筋力を維持することも大切である。このあたりは神経症の症状への対処法と同じで、整形外科で診てもらって特に異常がなければ、あるいは加齢によるものですと言われたとしたら、多少の痛みはあっても健康人として日常生活を送っていくのがよいだろう。

 

2023年2月 2日 (木)

神経質礼賛 2072.不安定即安心(2)

 仕事でも日常生活でも、予期せぬ事態が次々と発生する。それは良い事とは限らない。むしろ望ましくないことの方がはるかに多い。安定した仕事や生活を望んでいても、なかなかそうはさせてくれない。起こってしまったことはどうしようもない。何でこんなことになるんだ、と腹を立ててもどうにもならない。面倒だなあ、嫌だなあ、という気分は気分として、仕方なしに一つ一つ対処していく他はないのである。森田先生は次のように言っておられる。

 「不安定即安心」という事については、不安定とは客観的の日常の事実であり、安心は主観的の想念である。風や、寒さや絶えず変化する事が日常の不安定の事実であり、これをその事実ありのままに見る時に安心があり、いやな事苦しい事をも、ことさらにこれをいやと思わず苦しいと感じないようにしようとするところに心の葛藤が起こり、余のいわゆる思想の矛盾が起こり、強迫観念が起こり不安心が起こる。すなわち余はただ「事実唯真」という。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.26)

 現代の森田療法で「不安心即安心」(208話)という言葉はよく用いられているけれども、この「不安定即安心」はあまり見かけない。事実をありのままにとらえる、不安は不安でそれっきり、それができれば不安定即安心になっている。何か事が起こると動揺してあたふたする小心者の私にとっては、はるかかなたに光る言葉である。それでも仕方なしに行動できていれば、まあよしとしよう。

注:同一タイトル・同一引用が1724話にありましたので、タイトルに(2)を追加しました。

 

 

2023年2月 1日 (水)

神経質礼賛 2071.ゴセックのガヴォット

 日曜日に友人が加入しているピアノの会の練習会に参加した。会場は清水駅前のホールの練習室。東は長泉町、西は湖西市、北は山梨県、と皆さん結構遠方から参加されている。今回はフランクのヴァイオリンソナタ第4楽章を弾かせていただいた。ヴァイオリンパートは気持ちよく旋律を弾けるけれども、ピアノパートはとても重労働である。おまけの一曲はかわいらしくゴセックのガヴォットにした。譜面台は普段使っていない軽いアルミ製のものを持って行ったが、使い慣れていないので演奏直前に楽譜を落とし、慌てて拾って乗せたのが、半分逆さまに乗せてしまい、弾いている最中に気が付くという失態を演じてしまった。失敗した時はさらに失敗を重ねないように一呼吸を置く位のつもりで次の動作に入った方がよい。

 ゴセック(1734-1829)という作曲家は今ではこの一曲のみで知られていると言ってよいだろう。バロック末期からロマン派までの長い時期を生きたベルギー生まれの人で、パリ音楽院作曲科の最初の教授であり、交響曲を30曲も作った人だという。ガヴォットはフランスの4拍子系の古典舞曲でバッハをはじめ実に多くの作曲家が作っているが、その中でゴセックのものが一番有名かもしれない。小学校の音楽の時間に聴いている方も多いだろう。何かのCMのBGMに使われているのを聞いた記憶もある。スタカートの軽快な旋律が心を浮き立たせてくれる感じがする。たまには初心に帰って、こういう曲もいい。

 

2023年1月29日 (日)

神経質礼賛 2070.眠れないと思っても眠っている

 外来の患者さんで不眠を訴える人は多い。特に高齢者では、「途中で一度目が覚めて、そこから全然眠れなくて困る」「夜中にトイレに二度三度起きて眠れなくなって困る」という訴えが増えてくる。このところの冷え込みで、ますますトイレが近くなっていることもあるだろう。神経症性不眠の人では、「みんなグッスリ眠れているのに自分ばかりが眠れない」「ちゃんと眠れないと害があるから眠らなくては」と考えがちである。しかし、本当に全然眠れていないのだろうか。

 高校生や大学生の頃、授業中・講義中に、あるいは社会人になって会議の最中にウトウト居眠りした経験がある方は少なくないかと思う。眠ってはいけない、いけない・・・と思っているうちに気が付かないうちに眠りに落ちているのである。気が付けばノートや手帳のメモは途中でぐちゃぐちゃになって止まっている。下手をすると、講義や会議はもう終わっていた、なんてこともある。室内楽のコンサート中、静かな第2楽章では客席のあちこちに「眠りの精」の魔法にかかって眠りに落ちている人々を見かける。座っているから、体の脱力で姿勢が崩れてハッと目が覚めたりするのだが、これが横になっている時だったらどうだろうか。眠りに落ちたことに全く気が付かなくてもおかしくない。

 私は若い頃からあまり眠れない方だったが、高齢者の仲間入りした現在、夜中に一度や二度トイレに行くようになっている。その後、横になっても眠れていない気はするが、しばらくしてまた時計を見ると、10分くらいしか経っていないだろうと思うと、それからもう1時間以上も経っていたりするのだ。自分では気が付かないうちにまた眠っているのである。結局、「眠れないと思っても眠っている」ということなのだ(将棋の大山康晴十五世名人の名言「助からないと思っても助かっている」のパクリ)。神経症性不眠では眠ろうと努力することはやめ、森田療法でよく言われる「眠りは与えられただけ取る」が一番の処方箋となる。

 

2023年1月26日 (木)

神経質礼賛 2069.晩祷歌(Preghiera)

 最大級の寒波襲来のため、一昨日から強烈な冷え込みとなっている。温暖な静岡市街地でも初雪、とは言ってもパラパラ程度。全国的には雪のために列車が立ち往生したり、雪による交通事故が多発したりして大変なことになっている。

 このように寒さが厳しい季節になってくると、やはりチャイコフスキー(422話)やラフマニノフ(307話)の音楽が似つかわしい。どちらも神経質度が高い人物であり、明らかにうつ状態に陥ったエピソードを持っている。ラフマニノフの最もよく知られた作品はピアノ協奏曲第2番であるが、第2楽章の美しい旋律は他の楽器用に編曲されてもおかしくないだろう、と思って、ネット上のペトルッチ楽譜図書館で調べてみたら見つかった。それもクライスラー編曲のものだ。20世紀最高のヴァイオリニストの一人であるフリッツ・クライスラーは陽気で社交的。一方、ピアニストとしても大成功を収めたラフマニノフは心配性で内向的で全く対照的。この二人は仲が良く、共演のレコードがいくつか残っている。しかし、この楽譜での二人の演奏録音は見当たらない。晩祷歌(Preghiera)という題名が付けられている。

 プリントアウトして楽譜を打ち込んでいく。聞くとシンプルそうな曲だけれども、3連符と普通の8分音符が入り乱れていて、打ち込みには時間がかかる。10日ほどで完成。ピアノパートに合わせて実際に弾いてみると、なかなか美しい。ただし、入りが難しいところがあって、ズレてしまいやすい。もう少し練習してみよう。 おっと、その前に今度の日曜日は、友人が参加しているピアノサークルの練習会でフランクのヴァイオリンソナタイ長調第4楽章を一緒に弾くことになっている。大恥をかかないように練習しておかなくては。

 

2023年1月22日 (日)

神経質礼賛 2068.女性のバス運転手さん

 女性のタクシー運転手さんやトラック運転手さんを見かけることが多くなった。「仙厓のすべて」展(2033・2034話)を見に東京に行った帰りに乗ったJR高速バスの運転手さんも女性だった。途中のパーキングエリアでの休憩後、出発前の人数チェックは丁寧に行っていた。

  朝、掛川駅前にタクシーが停まっていない時はバス停に走って1時間に1本の「北回り」循環バス6:55始発に飛び乗っている。市からの補助金で運営されている自主運行バスのため運賃は100円均一である。先月から見習いで乗車していた女性運転手さんが今月から独り立ちデビューした。1月4日がその初日だったらしく、出発前にたった3人の乗客に御挨拶のアナウンスをしていた。初心を忘れずにがんばってほしい。市役所や施設・病院の近くを通って循環する路線なので、途中で体の不自由な方が乗り降りして時間がかかる。転倒事故などのないように気配りが特に必要である。男だから、女だから、ということは関係なく、温かい気配りやマナーは必要である。降車の時に「ありがとうございました。行ってらっしゃい」と声をかけてくれると元気をもらえてありがたい。

 森田正馬先生が書かれた色紙に次のようなものがある。
「人に親切と思はれようとすれば 親切の押売りになり
人を悦ばせようとすれば 即ち親切となる」
はからいのない純な心が大切である。私たちの仕事も同じである。

 

2023年1月19日 (木)

神経質礼賛 2067.葛根湯

 昨年暮れから、医師のコロナ感染による出勤停止が相次ぎ代診の仕事が増え、近隣の精神科病院でのコロナ感染のため救急患者の受入要請が続き、仕事量は増える一方である。昨今の感染状況だと、いくら気を付けていても、通勤に電車やバスやタクシーを利用しているから自分もいつどこで感染するかわからない。インフルエンザも流行りだしたというし、普通の風邪もあるから、体調管理には注意している。

 風邪のひき始めに効果のあるのが漢方薬の葛根湯である。名前の由来となっている葛根(かっこん)は葛(くず)の根で、血行促進・発汗作用がある。他の成分も風邪症状に効果を示す。大棗(たいそう)は棗(なつめ)を乾燥させたもので筋緊張を緩める。麻黄(まおう)はエフェドリン・フラボノイドを含み交感神経の働きを強め気管支拡張作用もある。高血圧や緑内障の人は注意が必要だ。それとスポーツ選手が服用するとドーピングに引っかかる。甘草(かんぞう)は漢方薬によく配合されているもので、有効成分はグリチルリチンで甘みが強く、ステロイド様作用・抗炎症作用があるが、ナトリウム貯留・カリウム低下をきたすため注意しなくてはならない。桂皮(けいひ)はシナモンであり、温熱・発汗・鎮痛作用がある。芍薬(しゃくやく)は鎮痛・抗炎症作用があると言われ、婦人科系の漢方薬によく含まれている。生姜(しょうきょう)はショウガ(823話)のことで、健胃作用・温熱作用で知られるが、昔から食品に添えられていて、抗菌作用があることが近年明らかになっている。

 これだけ読んでも、とても効きそうな気がしてくる。江戸時代にはどんな患者にも葛根湯を処方する医者がいたらしい(20話・拙著p.58-60)が、風邪以外にも急性の炎症には効果を示しそうだから、結果的にそうなってしまったのだろう。最近では抗ウイルス効果も言われ、コロナからの回復を早めるという話も出ている。需要が伸びているためか、品薄になっているという。上手に利用していきたい。

 

2023年1月15日 (日)

神経質礼賛 2066.パキる

 ネットのニュース記事を読んでいたら、「グリ下でパキる」という表現があって、はて、何のことだろうと疑問に思った。SNSで居場所を求めて集まってくる少年少女たちの話であり、「グリ下」とはグリコの看板で有名な大阪ミナミ戎橋の下の遊歩道を言い、新宿歌舞伎町の「トー横」に相当するらしい。そして、「パキる」とは抗うつ剤パキシル(パロキセチン)を服用する、さらには広く精神科薬を過量服用(OD:オーバードーズ)することを言うようだ。

 パキシルはうつ病・うつ状態・パニック障害・強迫性障害・社交不安障害の治療薬であり、強い効果がある反面、減量や中止時の反動が大きく、やめにくいという問題点がある。古いタイプの抗うつ薬に対してこうしたSSRIと呼ばれる薬は比較的副作用が少なく、現在では精神科以外の科の先生方もうつ症状だけでなく不安症状に対して気軽に処方されるようになっている。しかし、私は当ブログ開始当初から、その問題点を書いて警鐘を鳴らしてきた(20話・102話・684話、拙著p.58-60)。不安は誰もが忌み嫌うけれども、私たちが危険を避け安全に生きていくために必要不可欠な安全装置でもある。自動列車停止装置ATSを切って電車を走らせたら危険極まりないのと同様、不安がなくなったら無謀な行動や浪費をきたしたり暴言を吐いて周囲の人とトラブルを起こしたりする可能性がある。ましてや過量服用の害は言うまでもない。医療者の側も抗うつ薬の安易な処方は避けたいものだ。

 

2023年1月12日 (木)

神経質礼賛 2065.どんど焼き

 昨年の暮れから「どんと焼き」のポスターがあちこちに貼られていた。通常は「どんど焼き」と呼ばれることが多い。地方によっては逆に「とんど焼き」と呼ばれたりもするらしい。歳神様をお迎えするための正月飾りを正月明けに燃やしてお見送りして無病息災や五穀豊穣を願うこの儀式は平安時代の「左義長(さぎちょう)」に由来すると言われ、「道祖神祭」、「鬼火焚き」、「さいと焼き」などと呼ばれる地域もあるようだ。近くの公園で行われるので初めて行ってみることにした。

  この前の日曜日、始まりの午前10時に行ってみると、公園の中央に円形に紅白の幕で仕切られた部分があり、そこへは木の鳥居をくぐって出入りするようになっていた。祭壇には供え物が載っている。すでに200人前後が集まっている様子だった。ここぞとばかり市会議員も来ている。普段は子供たちが走り回ったり、高齢者がゲートボールを楽しんだりしている公園に突如として異空間が出現したようである。神主さんが祝詞をあげ、お祓いをする。儀式には30分ほどかかった。次に男の子と女の子が一人ずつ前に出て、点火が行われた。それから続々と集まった人々が、お賽銭を入れて、正月飾りを係りの人に渡し、それが積み上げられ燃やされていく。係りの人からは安倍川餅1パックを渡される。お神酒も振舞われている。今まで見たことがなかったけれど、こういう伝統的な儀式も悪くない。舞い上がる煙を見ながら、新型コロナも一緒に退散して行って欲しいとつくづく思う。

 

2023年1月 8日 (日)

神経質礼賛 2064.求不可得(2)

 松の内が過ぎ、帰省の人々も戻り、平常の生活がまた始まっている。昨年の大晦日は当直勤務。大暴れして警察に保護された人を夜になって保健所職員が連れてきて入院となり、大忙しだった。元日の朝、当直明けで帰ったが、静岡駅の階段を下りていてあと2段というところで右足首がぐらっときて転倒してしまった。油断禁物である。

 今年最初の外来患者さんは三島森田病院で森田療法の入院を担当したAさんだった。遠方からみえるので、通常の外来診察とは別枠で予約していた。Aさんからの年賀状も病院に届いていた。入院中のAさんは「作業の虫」とでもいえるくらい、作業にうちこんでおられた。ただ、不完全恐怖があって、何でも決められた通りにやろうとするから時間がかかってしまう。優先度が高い仕事が発生しても柔軟に対応できない。実際の社会生活でも同様であり、時間がかかりすぎて不適応を起こしやすかった。三聖病院の森田療法を何度か受けた経験があり、森田療法家の先生のクリニックでカウンセリングを受け、生活の発見会にも参加している。最近、仕事の部署が変わり、職場の人たちとの関係も良くなり、割とうまくいっているとのことだった。ただ、生活状況を聞くと、休日の朝は森田療法の本の一節を読み、脳の働きを良くするために剣玉をやったり、決まった体操をやったりするのだそうだ。付き添ってきた奥さんに話を聞くと、そうした行動を優先してしまうため、朝食が遅くなって困るという。そうした行動は「治す」ための「はからいごと」のように思えてならない。奥さんが朝食を作ってくれたら、とにかく一緒に食べて、それからまた行動するようにとアドバイスした。そして、Aさんへの年賀状には「求不可得」と書いて投函した。

 「求不可得」(求めて得べからず)は慧可(えか)大師の言葉であると言われている(750話)。Aさんの場合、「治す」ことが人生の最大目標のようになってしまっている。そのエネルギーを仕事や日常生活に充てれば、もっと充実した毎日になるのではないだろうか。求めれば求めるほど、皮肉なことに森田から遠ざかってしまうということなのだ。そして治すことを忘れた時に治っているのである。

 

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