2016年8月29日 (月)

神経質礼賛 1300.餓死はあっても不眠死はない

 森田正馬先生の治療を受けて神経症が治り、形外会の会長をしていた貿易商の香取修平さんはしつこい不眠に悩まされて、静かな環境なら眠れるだろうと別荘を買って住んだが治らなかったという経験を持っていた。著明な医師が「五日眠らなければ死ぬ」と雑誌に書いていたのを読んで不眠恐怖になったのがきっかけだった。それについて森田先生は次のように言っておられる。


 ○○博士のいった不眠の事は机上論である。学者の空論である。昔から餓死という事、よく聞く事であるが、不眠死という事は我等薄聞にしてまだ聞いたことがない。飢餓に迫った人は土でも食うとかいう事であるが、実際に食物がなければ、どうする事もできない。これに反して睡眠はどこでもできる。強行軍では歩きながらでも眠る。拷問でもあまり疲るれば眠らないとも限らない。(白揚社:森田正馬全集 第5巻
p.60


 そして不眠を訴える他の患者さんに「二日なり三日なり、試みに眠らずにいる事を実行しさえすればよい」と教えておられる。自分は全然眠れない、と主張される方は試みに何日寝ないで過ごせるか調べてやろう、と起きて仕事や勉強をし続けてみたらよい。双極性障害(躁うつ病)の躁状態や統合失調症の激しい興奮状態のために何日かほとんど眠らない人はたまにいるが、それでもいつかは眠っている。神経症性不眠の場合には、眠れなくてよい、と起きていようとすれば、たいていは三日ならずして眠ってしまうのである。

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2016年8月26日 (金)

神経質礼賛 1299.ドクターイエロー

 今週、ある日の正午過ぎ、三島駅から下り新幹線に乗ろうとしたら、案内板に回送電車の表示があった。ホームへの階段を上がったところには列車はない。しかし前の方を見たら、短い編成の列車が止まっていて、家族連れの人たちが大勢集まってきて、子どもたちと一緒に写真を撮っている。黄色い車体から線路や架線などを検査するドクターイエローだとわかった。たまに見かけたことはあるが、駅のホームに停車しているのを近くで見たのは初めてである。私も何となくうれしくなって写真を撮る。運行時刻は公表されておらず、調べてみると、月に3回主要駅に止まる「のぞみ」型ダイヤと2カ月に1回各駅停車の「こだま」型ダイヤがあるそうなので、今回見たのは「こだま」型ということになるだろう。作業服を着て計測機器を操作する技術者さんたちのイメージがあったので、最後尾のドア窓から上半身を出してホームを目視・確認している通常車両と同じ制服の車掌さんの姿は意外だった。新幹線の高い安全性はハイテク技術だけでなく、油断なくチェックを行う神経質によっても支えられているのである。

 ドクターイエローを見ると幸運が訪れるという都市伝説のような話があるらしい。今のところ、新たに幸運らしきものは訪れてはいないように思える。もっとも、考えようによっては、今日もこうして生きていられるだけで幸運であり、日々是好日(50)なのである。

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2016年8月22日 (月)

神経質礼賛 1298.吃音

 817日付毎日新聞朝刊のトップ記事は吃音を抱える方々のアンケート調査結果だった。「差別受けた」6割、「理解不十分」7割、という見出しで始まる記事である。吃音に悩む人は100人に1人程度と考えられているが、学校や職場でいじめや差別などを受ける人は少なくなく、「あがり症」「よくかむ人」とみられ、福祉・医療の現場でも吃音がほとんど知られていないといった現状が指摘されていた。自身も吃音の専門医の話が最後に書いてあり、吃音の原因は脳の左半球のネットワーク不全が定説ながら治療法は確立されておらず、吃音者の4-5割が社交不安障害を抱え、うつ病を患うケースも多い、学校や社会の理解で良い環境が築ければ症状が軽減する場合も少なくない、とのことである。

 歯科医をしている私の母方従兄弟は吃音であり、子供の頃から親類によくからかわれていた。私は吃音ではないものの、「キ」の発音がうまくできなくて「カキクケコ」がうまく言えず小学校の同級生に執拗にからかわれた経験があるから吃音の人の苦労はよくわかる。のちに私が対人恐怖に苦しむようになった一因かもしれない。親からは「落ち着いてハッキリ話しなさい」と注意されたが、そうなるとますます緊張して口ごもったり、つかえたりしてしまうのである。弘文社の新版精神医学事典の「吃音」の項には、「吃音の子どもの両親の多くは、子どもを叱ることが多く、几帳面で完全主義的な育て方をしている」という記載があり、私の母親はその典型かと思う。

 『生活の発見』誌には吃音に悩んだ方、あるいは吃音恐怖と対人恐怖に悩んだ方の体験発表がしばしば掲載される。話し方教室に通って訓練したり、あえて人前でスピーチして訓練したりすることも有効だとは思う。しかしながら、たとえどもったとしても言いたいことが相手に伝われば目的が果たせるのだからそれでよいのだ、という見地から、目的本位・行動本位に人と話をしていく森田療法的スタンスも役立つのではないだろうか。以前、TV番組「世界・ふしぎ発見!」の回答者として出演していた映画監督の羽仁進さんがいつもどもりながらもニコニコして話していた姿を思い出す。

 森田正馬先生は吃音恐怖について次のように言っておられる。

 吃音矯正のある所に行くと、吃音恐怖を難発性吃音と名付けてある。初めの発音が、容易に出てこないからでもあろう。この吃音恐怖は、吃音矯正所で、療法をやればやるほど、ますます悪くなる。

 ここの(森田)療法は、これと反対に、吃音を治そうとするのではない。自由に吃った方がよい。吃る方が、かえって愛嬌があってよいという。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.425-426

 これは形外会の場で吃音恐怖の方の発言に対するお話しの一部であり、吃音や吃音恐怖に御関心のある方は全集第5p.424からp.427を読まれると参考になるかと思う。

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2016年8月19日 (金)

神経質礼賛 1297.眩しくて暗い

 私が自宅で多くの時間を過ごしているのは、エアコンなし、1階の北向き三畳の洋間である。書斎と言えば聞こえがいいが、実態は物置部屋・ガラクタ部屋であって人にはとても見せられない。照明は、以前住んでいたマンションに入居した時に買った20年前のペンダント型インバータ蛍光灯をそのまま流用。40W32W丸型蛍光管は交換した記憶がない。座っている頭上にあるので、夏場は頭に熱が伝わってきてたまらない。それに大地震でもあれば、重い照明が頭を直撃することになる。そこで、思い切って照明を交換することにした。

 最近はLEDシーリングライトが手ごろな価格になってきた。調光・調色機能もあるけれども、三畳間には大げさだしリモコンが増えるのは嫌である。ホームセンターで天井の引っ掛けシーリングソケットに直接接続できる電球ソケットを買ってきて、LED電球を付けることにした。普通の形のLED電球ではいかにも裸電球という感じで寂しいし、光の広がりを求めて、ボール型のLED電球を購入して取り付けた。頭上がスッキリしていい感じである。従来の100W型電球相当の全光束1340lm(ルーメン)ながら、消費電力はわずか11Wであり、熱は感じない。重量も138g。大地震の時に落ちてきたとしても受傷リスクは少ないだろう。

 いいことずくめのようだが、一つだけ弱点がある。「眩しくて暗い」というLED電球特有の問題である。LEDは基本的にごく小さな点光源であり、そのままでは色のスペクトラムも狭い。ブレーキランプがLEDの車(特にプリウス)の後ろで信号待ちしていると、LEDの赤色が目に突き刺さるような感じを経験された方もいらっしゃるだろう。家庭用LED電球では多数の素子を直列・並列に組み合わせているから、それほど極端ではないし、初期のものに比べれば光の広がる角度もかなり広くなってきて「真下だけ明るい」ということは少なくなってきた。とはいえ、旧来の電球や蛍光管にはまだ及ばない。さらなる改良を期待しよう。

 「眩しくて暗い」は神経質の使い方に関しても言える注意のように思えてくる。神経質人間はどうかすると些細なことにとらわれて、注意がピンポイントに集まって全体に行き届かず「木を見て森を見ず」になりがちである。森田正馬先生が色紙に書かれている「四方八方に気を配るとき即ち心静穏なり」(217)の通り、神経質を自分の周囲にバランスよく向けていけば、仕事や勉強がはかどり、対人関係もうまくいき、悩みも忘れているものである。

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2016年8月15日 (月)

神経質礼賛 1296.アンガーマネジメント

 土曜日の日本経済新聞に付いてくる「NIKKEIプラス1」の813日版3ページに、「怒りっぽい性格、直したい」「怒りの内容 記録・点数化」という見出しのもと、アメリカで開発されたアンガー(怒り)マネジメントのことが紹介されていた。具体的な方法の第一は怒りの内容と怒りのレベルを点数化したものを記録する。その際、人生最大級の怒りを10点満点、穏やかな状態を0点とする。第二は怒りを感じた時は怒りのピークが収まるまで6秒待つ。第三は怒りそうになった時に、許せる、許せないの境界線を意識し、その2択ではなく、「まあ許せる」ゾーンを意識する。というものだ。広い意味では認知行動療法の中に入る訓練法になるかと思う。強い怒りが減らせたり、怒りにくくなったり、怒りをひきずらなくなったり、受け流せるようになったりする効果があるそうだ。

 以前、90秒ルール(442話)について書いたことがある。たった6秒待てば怒りのピークが収まる、というのはちょっと短すぎないかと思う。「怒」メーターが高感度過ぎる私の場合は6秒では厳しい。その場を外してトイレにでも行ってくる位の間合いが必要なように感じる。それに、怒りの内容や点数を記録することができるような人は、そもそもキレやすい人ではなく、怒りをガマンできる人なのではないだろうか。とはいえ、この方法で怒りやすいという悩みが解決できるのならば、大いに結構なことである。

 怒りを感じること自体は自然なことでどうにもならない。それに、時間が経てば怒りのような一時的な感情は消失していく。だから、それを理屈でどうにかしようというのではなく、やらなくてはならない行動をやっていく、というのが森田療法的な対応法なのである。森田正馬先生が「感情の法則」と言われたものをもう一度思い起こしてみよう(三法則版は247話、四法則版は442話・766話に記載)。

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2016年8月12日 (金)

神経質礼賛 1295.雨の音で跳ね起きる

 今朝は午前4時前、パラパラという雨の音で目が覚めた。これはいけない。昨夜は風呂上りに洗濯してバスタオルやズボンなどの大物は室内に干しきれないから、ベランダに干してしまっていたのだ。このところ雨が降らないので油断していた。がばっと跳ね起きてあわてて取り込む。さほど濡れずに済んだ。

 私は寝ていても洗濯物を気にしている神経質な小心者である。ふと、1245話に紹介した『鈴木知準診療所における入院森田療法』を思い出して可笑しくなった。鈴木知準先生のところに入院していた修養生たちは、日当たりや風などの状態を勘案して、植木鉢をその植物の種類に応じて最適の状態が保てるように、一日のうちで何度か移動させ、さらに夜中でも大雨が降ってきたら飛び起きて取り込む、というようなことが書かれていた。私も修養生のようなものだなあ、と思う。

何でもない日常生活すべてが神経質を生かす場でもあるのだ。そして、森田先生の言われた「我々は自分が神経質に生まれたという素質に対して、感謝すべきであろうと思われます」(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.139)という言葉の通りである。

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2016年8月 8日 (月)

神経質礼賛 1294.薬ばかりが治療ではない

 担当していた統合失調症の患者さんが退院して3カ月後、体重が増えて尿検査をしてみると尿糖が強陽性になってしまった。入院中は全く問題なかったのだが、退院後は一人暮らしをしていて、揚げ物などの脂っぽいものが大好きであり、近くの中華料理屋へ行ってギョウザ・ラーメン・炒飯をよく食べていたという。血液検査をして、過去1-2カ月の血糖値の平均的な状態を反映するHbA1c(ヘモグロビンエイワンシー)を調べてみたら正常値が4.6-6.2のところ何と15.8という驚くべき数値が出た。今まで医師をやってきて見たことがない数値である。さあ、困った。糖尿病を専門とする内科に紹介しようか、それとも自分のところで糖尿病の薬を処方しようか。しかし、本人が食事に気をつけて散歩などの運動をして努力してみる、というので糖尿病薬は出さずに訪問看護師さんとヘルパーさんによる食事指導や生活指導でやってみることにした。それから2カ月、3カ月経ち、体重はやや減少傾向ながら、減ったり増えたり。HbA1c10を超えたままで、こちらも内心焦ってくる。しかし、やがてHbA1cは一桁に下がり、6カ月後には6.5と正常近くなった。空腹時血糖は完全に正常である。まだまだ油断はできないが、薬を使わないという方針は正しかったようだ。

 血糖値、コレステロール、尿酸値など、血液検査で異常が出ると、すぐに病名を付けて治療薬を処方する医師は少なくないし、患者さんも放っておいたら大変なことになるという説明を聞いてそれに従いがちだが、生活習慣に根ざした病気は、重症の場合はともかく、まず生活習慣を正すのが本来の治療ではなかろうか。医師が治すのではなく、自分で治すものなのである。

不眠や不安を訴える神経症にも似たようなところがある。睡眠薬や抗不安薬を処方するのは簡単だが、薬には副作用もあるし、依存の問題もある。不眠は気になってもどこかで眠っているものであるし、生きている以上、不安や緊張は避けて通れない。森田療法では「症状」はあっても仕方なしにやるべき行動を取っていくよう指導する。それが神経症治療の本筋であり、神経症は自分で治すものなのである。

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2016年8月 6日 (土)

神経質礼賛 1293.シシトウ

 このところ、病院の森田菜園ではナス、ピーマン、キュウリ、シシトウがとれている。神経症の入院患者さんが減ってしまい、精神病の入院患者さんの中から希望者が作業療法として職員と一緒に畑の手入れをしている。無人販売に並んでいるのを見て、何か買っていこうか、と手に取ってみていたら、通りかかったベテランの看護師さんが「ウチのシシトウは辛いよ」と言うので、無難なナス、ピーマンにしておいた。刻んでフライパンで炒めて鰹節をかければ簡単に「ナスピー」ができる。ちりめんじゃこ(干したシラス)を一緒にするとなお美味しい。

 シシトウは天ぷらの盛り合わせや、揚げ出し豆腐のお供によく見かける。先端が獅子の顔に似ていることから獅子唐辛子、シシトウと呼ばれるようになったそうだが、私にはどうも獅子の顔に見えない。通常はさほど辛くないけれども、たまに辛いのに当ることがある。子供はひどく辛いのにあたって懲りて、以来シシトウの天ぷらは私に回ってきてしまう。天ぷらに緑が入ることで彩りがきれいになる。あくまでも脇役ながら、栄養的にはピーマン以上に優れているというのだ。ビタミンCを豊富に含み、ビタミンB6やカロチンもあり、唐辛子ゆえカプサイシンも含んでいて脂肪燃焼・代謝促進に役立つらしい。つまり、夏バテ防止に良さそうである。今度並んでいたら買ってピーマンの代わりにナスと一緒に炒めてみようか。

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2016年8月 5日 (金)

神経質礼賛 1292.配膳位置

 家で夕食を食べる時、妻はたいてい御飯を右側に並べる。私は何となく御飯は左側の方がいいので入れ替えると「私の並べ方がおかしいの?」と不興を買う。焼き魚も頭を右側に向けて置く習慣があって、これまた皿の向きを変えて頭を左側にすると「そんな決まりでもあるの?」と言われてしまう。無駄な争いはしたくないから、「食べやすいようにしているだけだよ」と返事している。どうせ神経質な私の並べ癖(804)だろうと妻は思うから、それ以上の争いにはならず、何とか平和が保たれている。

 学校給食の影響か、はたまた家庭科で教わったためか、気が付けば、パンや御飯は左に置き、おかずは右側に置き、飲み物類は奥に置くことが身についている。病院の職員食堂で食べている人たちをみても、そういう並べ方が多いように思う。

 正しくは、和食では一汁三菜の場合、御飯は手前左、汁物は手前右、主菜は奥右、副菜は奥左、副副菜は中央、といった配置にするらしい。御飯が左側、というのは、左大臣が右大臣よりも高位というように、左が尊いという思想からきたもので、すでに飛鳥時代に始まったとも言われている。だから、焼き魚も頭を左に向けるのが普通であり、右に向けるのは葬式や法事の時だけ、なのだそうだ。そうか、やっぱりわが家は万年仏滅だったのだ。

 主菜が魚の場合、骨を外したりしながら食べなくてはならないから手前の方が食べやすい。肉の場合でも奥にあって箸でつかんだのでは途中に汁やタレが落下しやすい。味噌汁などの汁物は椀ごと持てば良いから、奥にあっても困らない。だから、主菜は手前右に置いて味噌汁は奥にしてしまうわけだが、私のも和食での正しい配膳位置ではないことになる。まあ、うるさいことは言わず、自分が食べやすい位置に置くのがベストだろうと思う。

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2016年8月 1日 (月)

神経質礼賛 1291.ヘッドホンアンプキットの製作

 1282話で書いた秋月電子通商で買った840円のヘッドホンアンプキットを作ってみた。デジタル論理回路用ICをアナログアンプとして利用しているのはとても面白いアイデアである。自分で設計して部品を買い集め、プリント基板を製作して、となると大変な労力がかかるのに比べるとキットなので、最初から揃っている抵抗器やコンデンサやICソケットなどの部品を間違いなく取り付けてハンダ付けするだけである。とはいえ、部品を間違えて取り付けたら修復は困難である。電解コンデンサの+極と-極を間違えると「バクハツ」することもある。まさに神経質の生かしどころである。抵抗器の値はカラーコードで表示されていて、中学生の頃に覚えたので今でも見分けはつく。例えば100kΩであれば茶(1)-黒(0)-黄(×10kΩ)といった具合である。私が若い頃に比べると最近の部品は抵抗器やコンデンサに至るまでかなり小型化されていて、老眼ゆえルーペでよく見て小さな数字や細いコードの確認に手間取る。ハンダ付けも気をつけないと、隣の部品の所に広がってくっついて厄介なことになる。完成して、いよいよ電池を入れて試してみる瞬間がワクワクの時である。幸い問題なく動作してくれた。何のためにこれを買ったかというと、MP3プレーヤーの音を手持ちのアンプ内蔵スピーカーで鳴らそうとすると、音が小さすぎて使い物にならないので、これを間に入れて少し増幅して、十分な音量を得ようという目的からである。3倍の増幅率のところ、抵抗器の定数を変えて5倍にできるということでそちらの設定にして、まずまず実用的な音量になり歪も気にならなかった。キットながら、モノづくりの楽しさを味わうことができた。たまには懐かしの電子工作もいいものだ。

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