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神経質礼賛 2455.健康血圧手帳

 通院している循環器内科から健康血圧手帳というものを渡され、朝と眠前の2回血圧を測って記録するように言われて3か月になる。目立つ黄色の表紙で1年分記録できるようになっている。測り忘れないように机の上に置いている。神経質ゆえ、忘れるはずもなく、1日2回だけでは物足りず、何か変だなと思うとつい測って欄外にメモしてしまうのだ。朝の血圧は仕事に行く日はやや高くなりやすい。薬の効きもあって昼過ぎあたりにかなり下がっていることがある。寝る前は収縮期が100未満のことが多い。ちょっと下げ過ぎではないかという気がする。夏場はさらに下がりそうなので、その時には薬の減量が必要になるかも知れない。

 婦人科クリニックに通院している外来患者さんに年齢が私と同じくらいの方がいる。不眠症で以前から内科医院で睡眠薬を処方してもらっていた。寝つきが悪い神経症性不眠である。この人はクリニックの自動血圧計で血圧を測ると収縮期血圧が180以上になることが多く、緊張すると上がりやすい。内科医院受診時も同様である。ところが家で測ると120~130なのだそうだ。「白衣高血圧」といって病医院で上がってしまう人がいて、まさにそれである。血圧が高かったらどうしよう、何か薬を処方されてずっと飲まなくてはいけなくなるのでは、といったことを心配して緊張するのが原因と考えられる。しかし、白衣高血圧ではあっても、その後に持続高血圧に移行することもあるので、油断せずに自宅での血圧測定を続けていただくようお願いしている。

2026年4月 9日 (木)

神経質礼賛 2454.ADHDを活かした似鳥さん

 4月5日(日)・6日(月)にわたって毎日新聞にニトリHD・似鳥昭雄会長に関する記事が大きく取り上げられていた。見出しは、「ADHD」診断に納得・発達障害でよかった、とある。現在82歳の似鳥さんは74歳の時にテレビ番組で発達障害の特集を見て自分もそうではないかと病院を受診してADHD注意欠陥・多動症と診断されたそうである。子供の時から忘れ物が多く、じっとしていられず、飽きやすく、いろいろな思考が駆け巡る・・・まさにADHDの特徴通りだった。失敗続きで落ち込むことが多く挫折を味わい続けたが、好奇心や発想力そして思い切りの良さを活かして大成することができた。

 記事を読んでいると、ADHDだけではない他の性格特性も持っておられるのではないかという気がする。大学を卒業して住み込みで働ける会社を探してバスの広告枠の営業の仕事に就いたが、いざ営業先を前にすると緊張で汗が止まらなくなり、雑談すらできなくなった。8人目のお見合いでやっと現在の奥さんと出会って自分にない接客能力で店の売り上げが伸びたという。これらのエピソードからは対人関係においては引込思案で神経質な面も見え隠れするようにも思えてくる。

 神経質人間の場合、いろいろ考えて行動が伴わずチャンスを逃しがちである。逆にADHDの人だと後先のことを考えずに行動してうまくいけば突破力が生きる半面、失敗も多くなる。この相反する両方の特徴を持った人はいるのだろうか。森田正馬先生がまさにそれかもしれない。高弟の高良武久先生は森田先生のことを「完成された神経質」と評していたが、私の師の大原健士郎教授は御著書の中で純粋な神経質とは言い難いのではないかとたびたび疑問符を投げかけておられた。好奇心が強くて気が多くオッチョコチョイな点は森田先生が自認しておられ、数々の奇妙なエピソードもADHDの特性から説明できるものが少なくないように思われる(1988話・2045話)。画期的な森田療法を編み出すことができた背景にはそうした性格特性があったのではないだろうか。

 

2026年4月 6日 (月)

神経質礼賛 2453.大山崎山荘美術館

 前話の続き。JR山科駅で京都方面への新快速に乗ったが動かない。どんどん人が乗ってきて満員状態である。湖西線の朝の倒木による不通の影響が残っている。ようやく「運転を再開します」のアナウンスがあって発車する。京都駅で降りて次の各駅停車を待つ。ホームは人であふれている。15分ほど乗って山崎駅で降りる。明智光秀の軍と中国大返しの秀吉軍とが衝突した山崎の合戦場は近い。クロード・モネの企画展を見にアサヒグループ大山崎山荘美術館へ向かう。ホームページには駅からは徒歩10分とあった。線路沿いの道を歩いて踏切を渡るといきなり急勾配の上り坂が待っていた。コンクリート道路には「Oリング」と呼ばれる滑り止めのためのドーナツ型をした丸い溝が並んでいる。これは手強そうだ。時折雨の降り方も強くなる。息切れがしてなかなか前に足が出て行かない。仕方なしに息を整えながら小刻みに歩いていく。WC・コインロッカーと表示された建物があったので美術館入口に通じているのかなと思い込んで入ったところ休憩用の椅子が並んでいるばかりでどこにも繋がっていない。ここはレストハウスだった。結局、入口はもう少し上がった所にあった。

 受付を済ませて階段を下りて建築家・安藤忠雄の設計による円柱型の「地中の宝石箱」という展示室に入っていく。通路のガラス窓からは庭の緑が見えるようになっていて、階段通路の写真を撮っている人がいた。展示室には美術館所蔵のモネ8点のうち6点が展示されていた。2点は前期と後期で展示替えが行われるらしい。睡蓮の絵が4点とアイリスの絵が1点、日本風太鼓橋の絵が1点。これだけモネが並んだ展示はめったに見られないだろう。なかなか見ごたえがあった。見終わって再び地上の展示室に上がって行き、もう一つの企画展で河井寛次郎と浜田庄司の陶芸作品を見た。美術品として飾るのを目的としたものではなく、日常生活で使う器に美を追求した作品であり、興味深かった。人気の喫茶室は順番待ちの人が多かった。そこからテラスに出た所からは遠景が望める。雨でなかったらよかったろうに。天気が良くて時間があれば庭の散策も良さそうである。

 帰りは下り坂だから歩くのはだいぶ楽だ。もっとも膝や足を痛めやすいから慎重に歩かなくては。マンホールの蓋など金属板の上は雨でとても滑りやすくなっていて注意が必要だった。山崎駅では列車の遅れはほぼ解消していて、順調に京都駅に戻ることができた。

2026年4月 5日 (日)

神経質礼賛 2452.毘沙門堂門跡

 昨日は日帰りで京都へ。桜の咲く時期に京都を訪れるのは初めてである。混雑しそうな中心部は避け、大山崎山荘美術館と山科に行くことにした。しかしあいにくの雨。それも午後に雨脚が強まりそうなので、順番を入れ替えて先に山科へ行くことにした。

 山科まではJR線で京都から一駅5分である。湖西線が強風による倒木で運休や遅れが出ているとのことだったが、新快速は動いていた。毘沙門堂門跡を目指す。寺のホームページからプリントアウトした案内マップに従って歩いていく。洛東高校グランド横の道を歩いていくと桜が満開で強い風に花吹雪が舞う。右に曲がって疎水沿いを歩くと頭上の見事な桜と足元の菜の花のハーモニーを満喫できる。翌日が桜まつりでかなりの人出が予想されるが、前日でまだそれほど人は多くない。ドラマ「京都人の密かな愉しみRouge継承」第七話「幕の引き方」では毘沙門堂の紅葉まつりと義士祭の模様がエンディングに流れていた。映像で見た通りの石段を登る。本殿を拝み、霊殿の八方睨みの天井龍図を見る。宸殿の狩野派による襖絵は左右に動いて見ると変わって見えて面白い。和製だまし絵とも言えるだろう。そして、何といっても見どころは宸殿前の枝垂れ桜だ。樹齢百年を超える巨樹がちょうど満開だった。境内を拝観してまた石段を下りて行くと境内入口正面中央の石柱の裏側に「平常心是道」(480話)と刻まれているのに気が付いた。南泉禅師の言葉で森田療法ではお馴染みの言葉、はからいのない素直な気持ちが取りも直さず人の求める道である、という意味である。

 次の目的地は安祥寺。疎水に沿って歩いていく。4月は土日の特別拝観日が4回ある。重要文化財の十一面観音と国宝の五智如来坐像が目当てである。十一面観音は美しい御顔を拝むことができた。五智如来坐像は残念ながら京都国立博物館に寄託中とのことでお目にかかれなかった。だんだん雨風が強くなってきた。山科駅に戻り、近くで昼食を摂った。

2026年4月 2日 (木)

神経質礼賛 2451.ラジオ放送再編

 今週の月曜日朝6時頃、いつものようにFMラジオをつけて古楽の楽しみという番組を聴こうと思ったら、英会話が始まってビックリした。そうか、ラジオ放送再編の話がTVで流れていたことを思い出した。それも4月になってからだろうと思っていたら3月30日からそうなっていたのだ。

私は中学1年の時に貯めた小遣いであこがれだったSONYのFMラジオを買った。さらに翌年には同社のカセットテープレコーダーを買って気に入った曲を録音するためにFM番組雑誌でクラシック番組を調べるようになった。いつも平日の朝はバロック音楽のたのしみ(バロックの森)という番組を聴いていた。そこで流れた曲から知った名曲も数多い。案内役はレコードの解説文でおなじみの服部幸三・菅野浩和・皆川達夫といった音楽学者であり、その語りから得た知識も多い。番組名は15年前から古楽の楽しみに変わった。英会話などの教育番組を放送していた中波のNHK第二がなくなり、FM放送に移行したため、今週から古楽の楽しみは1時間早い朝5時からの時間帯に移動したのだ。実際には4年前から2年前にもその時間帯に移動していたことがあったらしいが、その頃は掛川の病院に通勤していて朝の6時過ぎには家を出てしまっていたので気が付かなかった。

 現在ではパソコンやスマホでもネット経由でラジオ番組が楽しめるし「聞き逃し配信」もあって、自由な時間帯に聞けるようにもなっている。ラジオの役割は減少してしまったように思われるかもしれない。しかし、いつでもネットが使えるとは限らない。災害時や不測の事態の時にはラジオからの情報が貴重になる。それに、決まった時間に決まった放送を聞くのが生活リズムを安定させるのにも役立つ。ラジオ放送の価値はまだまだある。

2026年3月29日 (日)

神経質礼賛 2450.丸竹夷二押御池

 今年1月から始まったNHKBSのドラマ「京都人の密かな愉しみRouge継承」は大団円を迎え全9話で完結した。京都に何代も続く老舗の継承問題にまつわる人間ドラマで、観光客があまり訪れない寺社の四季の姿を見ることができ、京文化や京の人々の意識についても知ることのできる興味深い内容だった。ドラマの舞台となったロケ地を調べ上げた動画も出ていてとても面白い。第7話で店をたたむことにした老舗和菓子店「亀祥庵」を主人公たちが訪問してそこの女将さんと話す場面があって、どこかで見たような気がすると思ったら、塩芳軒がロケに使われていたらしい。京都に行った時にはそこで生菓子と「雪まろげ」(小さな球状の和三盆の干菓子)をお土産に買って帰って母に渡したものだ。当時、雪まろげは字が書かれた和紙に一粒一粒包まれていたが、ネットで見ると現在はトレーの上に20粒載せられていて紅白と抹茶の二種類が出ているようなので、老舗和菓子店も時代に合わせて工夫を凝らして生き残っているのだなと思う。今シリーズのエンディング曲は京都の通りの名前を連ねた童歌「丸竹夷(まるたけえびす)」がベースとなっている。オケのチューニングのようなA(ラ)のロングトーンから始まり、絹の肌触りのようなストリングスにピアノの分散和音が続いていく。歌っているのは前作と同じ武田カオリさん。ただし、元の童歌にフランス語の歌詞が加わっていてそれが不思議とお洒落にマッチしている。フランス語部分の歌詞は、「私はこの街で生まれた。この街で生きて行くだろう。この街で夢を見るだろう。この街で死んでいくだろう」といった意味だそうだ。エンディング映像には京都の寺社の年中行事が流れ、音楽と映像にずっと浸っていたくなる。

 丸竹夷二押御池・・・は東西の通りを北から順に並べていて、丸太町通→竹屋町通→夷川通→二条通→押小路通→御池通→・・・ということである。現在は存在しない通りの名前も残っている。また、寺御幸麩屋富柳堺・・・は南北の通りを東から順に並べていて、寺町通→御幸町通→麩屋町通→富小路通→柳馬場通→堺町通→・・・といった具合である。この歌詞を全部覚えたいな、と思うが、哀しいかな記憶力が落ちていてすぐに忘れてしまう。それでも歌を何度も聞いてそれに合わせて鼻歌を歌っているうちにようやく少しずつ頭に入ってきている。やはり丸暗記ではなく旋律に合わせたり何か他のものと関連付けたりすると記憶が定着しやすい。

 

2026年3月26日 (木)

神経質礼賛 2449.傷病手当金

 けがや病気で休職している間、療養中の生活保障として健康保険組合から傷病手当金が支払われる制度がある。最近の新聞報道では、年々その額が膨れ上がっているという。2023年度はその5年前に比べて1.6倍になっている。特にいわゆるメンタル不調の増加が目立ち、2024年度の協会けんぽの調査では「精神及び行動の障害」が全体の39%を占め、年々増えている。男女別では男性36%女性43%とメンタル不調が女性に多いのも特徴である。

 精神科クリニックには仕事に行けなくなったと駆け込む人が増えている。休まないまでも仕事のストレスで糸が切れる一歩手前という人もよく来られる。仕事のストレスが原因だとすると、本来は労災が適応されるところだが、会社側としては労災の扱いになってしまうと厄介であり、意見書を書く医師側も仕事のストレスだけでなく家庭の事情や持病など様々な要因が絡んでいる可能性が考えられ仕事だけの問題とは断定し難いこともあり、傷病手当金で処理する形になってしまう。労働者にとっては頼みの綱の制度である反面、それが復職をためらわせる一因になっているのではないかと思うことがある。休職を長引かせると、生活リズムの回復が遅れ、ますます復職への敷居が高くなり、結局は期限切れで退職になってしまう残念な例もみられる。おせっかいのようだけれども、回復してきた人には「そろそろ復職の準備をしてはどうでしょうか」と軽く背中を押して前話の砕啄同時(啐啄同時)の殻をついばむようなことをしている。

2026年3月22日 (日)

神経質礼賛 2448.機が熟せば治る

 うつ病で長く仕事を休職している人を引き継いだ。抗うつ剤、抗不安薬、睡眠薬が処方されてきたが、なかなかよくならず、傷病手当金意見書も同じ文章を書かざるを得ない。診察時はいつも暗い表情で種々の身体的な不調を訴え、何もやる気が起こらない、とひきこもりがちの生活を送っていた。薬が多すぎるようにも思われて、少し整理していった。緊急避難的措置である「うつは休め」モードが続いていて、神経症化しているようにも考えられた。毎回、日常生活で小さいことでもいいから何か楽しめることを探していきましょう、と繰り返し話した。そして『ソフト森田療法』をお貸しして、50ページまででいいから読んでみて下さい、と告げた。そこまで読めば、不安、不眠、気分の落ち込み、意欲低下、体調不良への森田療法的アプローチが詰まっている。特にそれについての感想はなかったが、それから1か月経ち、2か月経ったあたりから表情が明るくなってきた。そして少しずつ家事に手を出すようになっていった。小さな行動が「呼び水効果」となって健康的な部分が引き出されていったようだ。その後はアドバイスに従って図書館へ行く出勤訓練を自主的にするようになり、産業医の先生との面談の際に自ら復職希望を告げ、正式に復職訓練スケジュールをこなし、ついに復職が決まった。

 森田の言葉に砕啄同時(啐啄同時)がある(440話)。雛鳥が孵化する時、親鳥が殻をついばむのと雛鳥が殻を破ろうとする行動が同時に起きるという喩えを言う。解決を求めて焦っても道は開けない(求不可得、求めて得べからず:750話)。この例では機が熟して治っていったが、なかなかこううまくいくとは限らない。本人が殻から出たいという気にならず頑なに殻に籠っていては、いつまで経っても機が熟さないし、殻をつついても効果はないのである。

 

2026年3月19日 (木)

神経質礼賛 2447.ブラウン神父

 先月、BS12トゥエルビで月曜夜8時にブラウン神父が放送されていることに気が付いた。もうシーズン1が終わってしまうところで、現在は引き続きシーズン2が放送されている。私は以前書いたように小学校3、4年の頃にコナン・ドイル作のシャーロック・ホームズ(485話)に夢中になって図書室の本を読みまくり、中学生の時には小遣で創元推理文庫のその他の探偵小説を次々と買って読んでいった。当時、文庫本が1冊200円程度で買えたから書店で貰った創元推理文庫の目録を見て面白そうなものを月に1~2冊買い揃えて行った。クリスティ作のポワロ(1872話)やエラリー・クイーンなどがあった。その中で異色の探偵がチェスタトン作のブラウン神父だった。

 本職はカトリック教会の司祭で、まん丸顔に眼鏡をかけて時代遅れの大きな帽子を被り黒い蝙蝠傘を持ち歩いている。小柄で風采が上がらずあまり頭が切れそうには見えない。このドラマでブラウン神父を演じているのは映画ハリー・ポッターでハリーの親友ロンの父親役を演じたマーク・ウイリアムズである。ホームズやポワロが証拠を積み重ねて帰納法で犯人に迫っていくのとはちょっと異なり、関係者の話を聴取してその心理に迫り、教会で長年人々の懺悔を聴いてきて鍛えられた鋭い洞察力により演繹法的なやり方で事件を解決していく。本職の探偵ではないから全く武器はもっておらず、犯人に襲われて危ない場面もあるが、冷静に犯人を諭す。何度か対決した大泥棒のフランボウも改心してブラウン神父を助けるようになる。おしゃべりでちょっとお節介な秘書役の女性とのやりとりもユーモラスである。

 現代の精神医学の世界では機械的に診断基準にあてはめて診断をし、ガイドラインに従った薬物療法を行っていくのが主流となっている。しかし、患者さんや家族の心理や生活背景をしっかり把握して適切なアドバイスをしていくことも必要ではないだろうか。そういう意味ではブラウン神父から学ぶところは少なくないように思う。

2026年3月15日 (日)

神経質礼賛 2446.眼瞼クリーム

 3月になってから天気予報の花粉飛散予報が「非常に多い」あるいはさらに多い「極めて多い」が連日続いている。前年の夏場の気温が高いと花粉の飛散量が多くなる。鼻水、くしゃみ、目のかゆみに悩む人が増えている。日本人の花粉症有病率は年々上昇して、50%に近づいているとまで言われている。最近では3歳位の子供の花粉症も目立つようになっているそうである。まさに花粉症花盛りである。症状があると、集中力が低下して労働生産性も低下するし、外出を控えるとなると経済的損失になってくるという調査もある。治療薬の抗ヒスタミン剤は改良されて眠気の副作用の少ない薬剤や水なしで服用できるOD錠タイプのものが開発されてきている。

 クリニックの外来患者さんたちからも薬の処方の要望が増えている。例年春には抗ヒスタミン剤が処方されている女性患者さんから「アレジオン眼瞼クリームという薬を出してもらえませんか」と言われた。これは一昨年5月に薬価収載(新発売)となった薬だ。1日1回、眼の周りに塗布するだけでアレルギー性結膜炎の症状が抑えられるから利便性が高い。従来のザジテン(ケトチフェン)点眼液だと1日4回点眼する必要があった。さて、処方箋を出そうとするがまだデータが入っていないらしくて出せない。事務員さんに聞いてみると、「確か最近院長先生が一人出した患者さんがいたと思います」とのことで、調べてもらい、何とか処方できるようにしてもらった。

 スギ林にヘリコプターで花粉飛散を防ぐ薬剤を散布することも試みられてはいるけれども、コストに見合う効果は期待できそうにない。外出時はマスク着用、花粉が付着しにくい衣類を選び、帰宅時には服や髪を払ってから手洗いうがいをして花粉を持ち込まないという基本的な対策を丹念に実行していくのが現実的であろう。

 

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