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神経質礼賛 1855.一喜一憂しない

 神経質人間は、自分の状態を気にしやすく、評価点を付けたがる。よりよく生きたいという「生の欲望」が人一倍強いので、いわゆる点取り虫になりやすい。そして、その点数に一喜一憂しがちである。特に症状に悩んでいる人は、「昨日は症状が強かった。今日はどうだろうか。明日はよくなるだろうか」「これだけ作業したのだからよくなるはずだ」あるいは「これだけ頑張っているのに何もよくならない」などと考えがちである。これをやっているとますます注意が自分の方向に向いて、症状の呪縛から抜け出せなくなる。症状を相手にしないのが森田療法の骨子である。だから、私は患者さんに日記のコメントに「症状の有無に一喜一憂しないこと」「行動できればそれでよし」とよく書いていた。森田先生は次のように言っておられる。

 ここの修養法では、苦楽とか・善悪・正邪とかいう標準を、一切立てる事をしない。頭痛や不眠でも、そのままじっと持ちこたえるだけで、苦しいとか困るとか、口外する事を禁じる。まもなくこれが解消された時にも、さらにこれを喜んだり安心したりする事を決していわせない。喜べば必ずその反動で再発します。赤面恐怖でも、気になるとか苦しいとかいう事をいわせないと同様に、これがよくなって「外を歩いても平気になった」「人前で楽になった」とか喜んではいけないのです。
 それらの事は、みな起こるべきに起こり、かくあるべきにあるところの事実であるというまでの事で、腹がへれば苦しく、満腹すれば落着くというように当然の事である。これを日常百般の事に一つ一つ苦楽善悪で評価していっては、とうてい、仕事も間に合う事ではない。能率のあがるはずがない。  (白揚社:森田正馬全集第5巻 p.597)

 症状があろうがなかろうが、淡々とやらなければならないことをこなしていく生活習慣が身に付けば、いつしか症状はあってもないも同然になっているのである。

2021年4月 8日 (木)

神経質礼賛 1854.花の街

 日曜日の午後2時からNHK―FMで「×(かける)クラシック」という番組があって、楽しく聴いている。モデルの市川沙椰さんとサクソホン奏者の上野耕平さんが司会を務める番組であり、クラシックと他のジャンルを掛け合わせて紹介している。鉄道ネタのトークがあったり、上野さんがサックスで物真似をしたり、リスナーからの川柳投稿があったりと従来なかったクラシック番組である。このところ、花がテーマになっていて、先週の番組ではリクエストで團伊玖磨作曲・江間章子作詞の「花の街」が流れていた。

 この歌は戦後の混乱期、ラジオ番組のテーマ曲だった。「花の街どころの状況ではないけれども、こういう時だからこそ夢のある歌が必要だ」ということで、作られたそうである。ピアノの前奏がとてもお洒落な感じがする。「夏の思い出」の作詞でも知られる江間章子さんの歌詞もまたいい。今でも昭和の名曲として歌い継がれている。以前に勤務していた病院では患者さんたちと一緒に歌ったことがある。

 風に乗って、春が谷を越えて駆けて行き、街から街へ花を咲かせていく様子が歌われている。ところが3番の歌詞になると、春の夕暮れ、街角の窓で一人さびしく泣いている、というようにガラリと変わる。春が来ても、楽しいことやうれしいことばかりではない。現実の世界では悲しいこと、苦しいこともある。特に作詞された頃は、多くの人々が戦争のために、家族や友人を失い、心身に深い傷を負い、住処を奪われた悲しみを抱えていた時代だったことが背景にある。春が訪れる嬉しさを表現するだけでなく、心の中に秘めた哀しみにそっと寄り添うような深さがこの歌にはあって、そこが魅力なのだと思う。

2021年4月 5日 (月)

神経質礼賛 1853.シチリアーノの効用

 先日、yukimiyaさんから頂いたコメントに、バッハのシチリアーノ(ピアノ編曲版)を練習されているとの記載があった。これはフルートの名曲として有名な曲である。他にもシチリアーノと題する名曲は数多くある。私がパソコンで打ち込んで伴奏音源を作ったものだけでも、フォーレ、レスピーギ、パラディス、クライスラー作曲の4曲がある。時々弾くバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番の第3楽章も美しいシチリアーノだ。シチリアーノ(あるいは女性名詞のシチリアーナ、フランス語のシシリエンヌ)とは、8分の6拍子か8分の12拍子のシチリア舞曲のことである。多くは短調で書かれ、流れるような、ちょっと浮遊感のある旋律である。

 フォーレのものはハープの分散和音にフルートの旋律が乗っていて、オーケストラ編曲されて組曲ペリアスとメリザンドにも入っている。儚げな短調の旋律は途中で長調に転じ、薄日が射すような感じがするけれども、また短調に戻る。レスピーギのものはリュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲の第3曲であり弦楽合奏の貴重なレパートリーだ。同じテーマが変奏されて表情を変えていくのが面白い。チェロ・コントラバスの活躍場面もある。TVのCM曲にも使われたそうだが、かつてFMのクラシック番組のエンディングに流されていたように思う。盲目の女性ピアニストで歌手でもあったパラディスのシチリアーノはほぼ全体が長調で書かれている。ほっと息を抜くような夕べの音楽といった感がある。クライスラーのものは当初フランクール作曲として発表され、現在はフランクールのスタイルによるシチリアーノと称され、上品な感じの曲である。

 どの曲も疲れた神経質をほんわり包んで揺りかごのように癒してくれる効用があるように思う。聴く(弾く)時間帯は夕方から夜の早い時間が最適のように感じる。騙されたと思って一度お試しあれ。

2021年4月 4日 (日)

神経質礼賛 1852.リモート顔合わせ

 一昨年の暮れあたりに、子供が結婚を考えて付き合っている人がいる、という話だったので、一度会食をしようということになったのだが、新型コロナの影響でお互い県外に出られなくなり、顔合わせどころではなくなってしまった。どんどん月日が経ってしまうので、まず、Zoomでリモート顔合わせをしようということになった。私も子供もZoomを利用したことはあるけれども主催したことはないから勝手がわからない。招待メールを送って欲しいと頼んでいたら、リンク先としてhttps//で始まる非常に長いアドレスを送ってきたので、何とかそれを入力したものの、IDとパスコードがわからない。電話連絡をして、それらをメール送付してもらい、開始時刻から15分遅れでようやく繋がった。

 初対面とは言え、お互い自宅で普段着のままの会話だからあまり緊張しないで済む。今の御時世からすれば、これが普通なのだろうか。今回は私と妻・子供とそのお相手と4人でのリモート顔合わせで、次回はお相手の御両親も交えてのリモート顔合わせ会をしましょうということで1時間で終えた。次までには家の複数台のパソコンでZoom会議をする練習をしておこうと思う。

 緊急事態宣言解除後の大阪では感染者が急増して東京を上回る数字が続いていて、東北地方での増加も目につく。いよいよ感染第4波に入ったと言われている。ワクチン接種は予定よりもだいぶ遅れていて、医療関係者にもまだ行き渡っていない。私自身が打ってもらえるのは来週か再来週になりそうだ。人々の自粛疲れや気の緩みも懸念材料だ。政治家やお役人様たちが大勢で会食をしていることが次々と発覚するようでは話にならない。神経質が足りな過ぎる。やはり県をまたがって人々が集まる冠婚葬祭は極力避ける必要がある。人と人とのつながりを維持していくためにはリモートで補っていく他はないだろう。

2021年4月 1日 (木)

神経質礼賛 1851.小言幸兵衛

 うつ病の人も良くなってくると、復職したり負荷の少ない仕事に移ったりして、そこで適応できていると、少しずつ減薬していき、やがて薬をやめて治療終結となる。しかし、長期にわたり休養と薬物療法が続いてしまう人がいる。うつの神経症化が起きていると考えられるケースも少なくない。不眠や種々の体調不良や意欲低下に対して本人の求めに応じて薬を増やしても、薬が効かないばかりか、薬の副作用も相まって収拾がつかなくなる。本人は「うつ病は休まなければならない」と決めつけて多少の痛みを伴うリハビリテーションを避けて家でゴロゴロしているし、家族も「何かあっては困る」と腫れものを扱うようにしているから、本人の体力や適応能力は低下していく一方である(312、313、328話)。

 かつての浜松医大では、そうした中高年の患者さんに十分に身体的な検査や心理検査を行った上で森田療法を行うことがあった。医師や看護師がフォローしながら、作業に参加してもらい、集団の中で役割を担ってもらう。薬はなるべく必要最小限に絞っていく。そして少しずつ健康的な部分を伸ばしていくのである。退院していく患者さんの茶話会でのスピーチに対して大原健士郎教授は、「症状の愚痴ばかり言ってないで、奥さん孝行・家族孝行をしてごらんよ。小言幸兵衛じゃあ嫌われるだけだよ」とアドバイスされ、健康人らしく、人の役に立つように行動するよう説いておられた。

 小言幸兵衛とは落語の演目である。麻布の家主、幸兵衛は長屋を回っては小言を言うのが常であった。犬や猫にまで小言を垂れる。そのため小言幸兵衛とあだ名されている。時々、新たに家を借りたいという人が訪ねてくるが、あれこれ難癖をつけて、その人を怒らせて帰してしまうのが落語のテーマとなっている。その難癖ときたら、認知療法で言うところの「結論の飛躍」「拡大解釈」「感情的決めつけ」「レッテル貼り」などの好例(?)である。

 神経質は他人に厳しいが自分にも厳しいし、慎重であるから、そのままでは小言幸兵衛にはならない。しかし、症状中心の生活になって、うまくいかないのを病気や他人のせいにして愚痴ばかりこぼしていたら小言幸兵衛さんになってしまうから注意が必要である。

2021年3月28日 (日)

神経質礼賛 1850.やろうと思ったことを言われる

 風呂を出ると、妻から「足ふきマットは掛けといてね。換気扇は2時間にしといて。洗面所の戸は閉め切らないで少し開けといてね」などと次々と注文が付く。いつも言われたようにやっているからムッとくるけれども、「わかってるよ!」などと言おうものなら機嫌を損ねて損をするのが目に見えているので、簡単に答えて次の行動に移る。やろうと思っていたことを言われたり、もうやってあるのに言われたりすると面白くないものだ。

森田先生の形外会でも患者さんから「自分がある仕事をやろうと思っているとき、その事を人から頼まれたり、言いつけられたりすると、いやになる。それは、自分がこんな事に気がつかぬか、と思われるのが、いやなのである」という人がいた。それに対して森田先生は次のように言っておられる。

 人からいわれるといやになるという事は、例えば、子供の時でも、自分で掃除をしている時に、親から、ついでに、ここも掃除するようにといわれるとか、あるいは、いま学校の復習をしようと考えているとき親から同じ事を指図されると、せっかく自分のしようと思っていた事が、スッカリ張り合いがなくなってしまう、というような経験はいくらもある。これが「犬も頼めば、糞を食わぬ」という心理であって、当然自分の力でやるべき事を、それが人の力になり、その人の支配下に立つような形になる。我々の生命の喜びは、常に自分の力の発揮にある。富士登山を遂げて、歩けないほど足が痛くなったとしても、自分の損得にかかわらず、喜びと誇りを感ずるのは、「努力即幸福」という心境であるのである。モンテッソリー女史の児童教育が、いたずらに注入教育をしたり、児童を手を取って、世話をしてはいけないというのも、それは児童の自発心を没却し、自力の喜びを奪ってしまうからである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.409)

 自分もそのように発言して人のやる気を奪ったり人から嫌がられたりすることがないように注意したいものだ。

2021年3月25日 (木)

神経質礼賛 1849.桜か柳か

 静岡市の中心部では廃校になった青葉小学校跡に歴史文化施設の建設工事が続いている。それに加えて、「にぎわい空間創出事業」と称して近くの外堀周辺の工事も行われてきて、歩道が拡張されて一部は堀側に張り出すちょっとした広場スペースができた。春の静岡まつり、秋の大道芸の観光客を増やそうという目論見らしい。歩道が広くなって歩きやすくなったのは大歓迎であり、確かに都市らしい雰囲気は出てきたが、景観としては疑問がある。以前は外堀の外側の通り沿いには柳の木が並んでいて落ち着いた城下町らしい風情があった。中学生の頃はその下を歩いて通学していたものだ。後から思えば、荒井由実の「卒業写真」の歌詞「♪話しかけるように揺れる柳の下を通った道さえ今はもう・・・」である。柳の緑と対比するように、春には外堀の内側の石垣の上の桜が咲き、実にいい感じだった。ところがこの周辺の柳の木が全部切られて新しく桜の木に植え替えられてしまった。桜が咲いている時期はいいとして、そうではない一年の大部分が寂しくなってしまうのではないのか。柳が姿を消して、その価値を改めて思い知らされた。

 森田の言葉に「花は紅、柳は緑」(3話、拙著p.123-124)というものがあり、「あるがまま」と同義と解釈されている。桜に代表されるような花は紅色であり緑色になろうとしてもなれない。柳は緑色であり目立つ紅色になりたくてもなれない。何のはからいもなく、そのままの姿で立っているのだ。私はもう一歩深読みして、「花」は外向的・積極的で目立つ(典型的にはヒステリー性格の)人、「柳」を神経質の象徴としてみる。柳は強い雨風を受け流して佇み、桜花のような派手さはないけれども、その美しい緑で一年中人々の目を愉しませてくれる渋い名脇役のような存在である。自分はパッとしない、ダメ人間だ、などと凹む必要は全くない。神経質には神経質の良さがある。それを生かしていけばよいのである。

2021年3月21日 (日)

神経質礼賛 1848.油断大敵

 各地から桜開花の知らせが届く。学校も卒業式を終えた。甲子園では2年ぶりに春のセンバツ高校野球が応援団入りで始まっている。いよいよ本格的な春到来だ。今日から首都圏の緊急事態宣言が解除となる。仕事帰りに駅の改札を出たコンコースには待ち合わせと思しき人の数が増えている。街を歩いていると、マスクをしていない人や歩行喫煙者もちらほら目に付く。しかし、まだ新型コロナは終息したわけではない。東京の感染者数は下げ止まった後、増加に転じている。油断大敵である。緊急事態宣言を続けても人出が増えていて効果が乏しくなっているし、休業補助金を出し続ける経済的なゆとりもないから解除もやむを得ないのかもしれないが、一番怖いのは人々の気の緩みだ。ワクチンが行き渡って本当に感染リスクが下がるまでは今まで通りの対応を続ける必要がある。

 ところで、油断大敵の油断の語源は何だろうかと気になる。手持ちの電子辞書で広辞苑を引くと、〔涅槃経〕気をゆるして、注意を怠ること、とある。涅槃経に由来する言葉や説話はいろいろあって、油断の他に醍醐、象喩(群盲評象)、雪山童子の話がある。ある王が家臣に油を満たした鉢を持って宮殿内を歩かせ、後ろには抜刀した別の家臣が付いて回り、もし油を一滴でもこぼしたら直ちに斬り捨てるという故事から油断大敵になったという。他説もあって、古語の「寛たに(ゆたに:ゆっくり、のんびり、の意)」が変化して油断になったとも言われる。また、比叡山延暦寺の法灯は最澄以来、油を継ぎ足して決して消えないようにしているところからきている、という話もある。

 個人的には、車のガス欠を一度経験している。研修医を終えて三島の病院の常勤となり、月曜日の当直勤務が終わると、火曜日の朝、車で浜松へ行き、無給の研究生として医大の午後の専門外来と夜の勉強会に出て、また三島に戻っていた。ナンバー「く7979」の軽自動車(444話・拙著p.38-39)でバイパス道路を乗り継いで往復300kmほどの移動だった。現在は無料化されているが、当時のバイパスは有料だった。ある日、浜松へ向かう途中、袋井あたりでガソリン赤ランプが付き始めた。何とか浜松まで持つだろうと計算していて、いつも行きつけのスタンドに向かったが、あと20mほどというところでついにガス欠でエンストした。運転席のドアから降りてハンドルを押して少しずつ車を移動させていたら、スタンドの店員さんが出てきて車を押してくれて事なきを得た。油切れ・・・文字通りの「油断」である。神経質ゆえ、それ以来というもの、ガソリンは残り3分の1位になったらすぐ満タンにする習慣がついた。

 油断するかしないか。これからの新型コロナ感染の行方は人々の意識次第だ。

2021年3月18日 (木)

神経質礼賛 1847.会食恐怖の克服法

 この前の日曜日に夜9時から11時までのEテレ・クラシック音楽館を見終わって、TVを切ろうかと思った時に、次の番組に驚いてそのまま見てしまった。「私だけかもしれない講座」という何とも風変わりな番組。講師はカウンセラーの山口健太氏で、顔はマグロの握り寿司に置き換えられていて、聞き手の女性アナウンサーも顔もピアノに置き換えられていた。テーマは「人とご飯を食べるのが恐ろしくて恐ろしくてたまらない概論」。山口氏が黒板に要点を書きながら自身の会食恐怖体験について語っていく。山口氏の場合、子供の頃、体が小さくて、父親から「ご飯を残すな」と厳しく言われたことが根底にあったようだ。高校の野球部ではセカンドの選手として活躍したが、みんなで食事をしなければならない修学旅行は嫌だったという。会食の時に、「ウっとくる度」は初対面の場合が最強で、次が女子たちと、その次が男子たちと会食する時で、親友の時は低い。学生時代に何とか会食恐怖を克服しようとコンパに頻回に出て、食べ物を残しても別に人にはわかりにくいということに気付き、いくぶん楽になった。さらにアルバイトの時のある経験からコペルニクス的転回が起きて「完食しなくていいんだ」と思えるようになり、克服できたのだと言う。

  会食恐怖については以前このブログでも書いたことがある(1118話)。対人恐怖の亜型とも考えられる。私も対人恐怖だったから、会食は苦手で、中学や高校の修学旅行の時に旅館の大広間で食べるのはとても抵抗があった記憶がある。特に女子と向き合いは避けたかった。自分は女子たちにバイキンのように嫌われているに違いない、私の近くに座るのをみんな嫌がっているに違いない、という変な確信があった。そして周囲からどう見られているかとても気になった。しかし、朝食の卵を割って器に入れたら、向かいに座っている女子が「あっ、血玉。取り換えてあげる」と素早く自分の卵と交換してくれたのに呆気にとられた記憶がある。自分の意識と、周囲の人たちの感覚とは違うものである。

  山口氏の場合は、ご飯を絶対に残してはいけない、という「かくあるべし」にとらわれていたのだろう。そのため、不完全恐怖で頭の中が一杯になり、強い予期不安に襲われていたのだと思う。症状に苦しみ、なんとか打開しようとコンパに参加しまくったのは行動療法の曝露療法(エクスポージャー)だったと言える。その結果、認知に変化があらわれて克服に至ったと考えられる。森田療法的アプローチだと、症状はあっても不安なまま、会食に参加して目的が果たせればそれでよい。症状の有無に一喜一憂しないこと、という指導になってくる。これでもいける。どちらにせよ、頭で考えているだけでは進展がない。行動すれば道は開けるのである。

2021年3月14日 (日)

神経質礼賛 1846.先生の話はさっぱりわからぬ

 前話の「わからずに居る」ということは、森田正馬先生のところでもあったようである。月1回の形外会での先生の講話や普段の生活場面での指導について、さっぱりわからないという患者さんはいた。少し長いが紹介しておこう。

 思いきって、僕のいう事を聞くと簡単に治る。治った人の真似をすれば治る、屁理屈をいう人は治らない。誠に厄介者です。
 入院患者の日記に、「先生のいう事は、サッパリわからぬ」という風に、書いてある事がある。こんな事を書く人はよくない。先生は決して、わからぬ事をいう「わからず屋」であるはずはない。その患者のわからぬというのは、例えば「庭に出て、掃除をしているように」と教えれば、「掃除なら家でもしていた。掃除をして、病気が治るとは、サッパリわからない」とこういうのである。「こうすれば治る」「この薬は効く」とかいうのは、ただ医者ばかりが知っていて、その因果関係を患者が知るはずはない。もしそれがわかっているならば、入院治療の必要はない。とうから自分で治しているはずである。「ああそうですか」と、いわれるままに、その通りにしていれば、治るにしたがって、初めてそれがわかるようになる。「サッパリわからぬ」とかいう人は、横着であり、はなはだ大胆である。「こんな事をして治るのは不思議な事だ。合点が行かぬ」と思いながらも、黙々として、その通りに実行するのを素直とか柔順とかいうのである。素直とは、自分でわからぬながら、自分の信頼する人の教えるままに、仮に「そうかなあ」と定めて、試みにやって見る事である。少しも難しい事はない。「わからない」と断言して、少しも実行してみようとしない。これが横着であり強情である。この素直と強情との区別が、治ると治らないとの分かれ道であります。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.431)

 自意識が強い神経質人間は、わかった風に装う、ということを嫌う。自分を欺くのは嫌だ、嘘をつくのは嫌だ、わからないのだからわからないと主張したい。ましてや「治ったふりをする」などもってのほかである。しかし、それは、自分はこんなにつらい症状があって、そのせいで仕事や勉強ができない、と声高に主張するのと同じである。そう主張しているうちは症状の呪縛から逃れられないのである。柔順な者ほど治りが早い。

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