フォト
無料ブログはココログ

神経質礼賛 2294.6年ぶりの京都(2)

 哲学の道を北に向かって歩いていく。若い頃は逆に銀閣寺の方から南向きに歩いていたものだ。一人で歩いていて、いつかは彼女と歩く日も来るのかな、やっぱり無理かなあ、などと思ったものだ。いつの間にか老人になってしまった夫婦が歩いていく。川べりの紅葉が鮮やかである。叶匠寿庵へ渡る橋の上にボランティアガイドの男性がいて、木の葉の舟を作って川に流していた。舟は紅葉のトンネルの下をゆっくりと流れていく。道路部分は時折自転車や郵便配達のバイクが通っていくけれども自動車は通れないので安心して歩ける。川沿いの遊歩道部分は二人並んで歩けるように敷石が並べてある。反対側から来た人とすれ違うには左右どちらかに避ければ済む。昔よりちょっぴり喫茶店や土産物屋が増えた感じはあるけれども、それでも落ち着いた感じで良い。銀閣寺に近づくにつれて、植えられている木は楓から桜に変化していく。春も良さそうである。

 次なる目的地は白沙村荘。予定より20分ほど遅れていたため、昼食を先に済ませることにした。予約していた店で簡単なコース料理を食べる。他の客はいなくて、ゆったりできた。白沙村荘は日本画家・橋本関雪(1883-1945)の自宅兼アトリエのあった所で、三つの池を配した広い庭園の中に美術館、茶室、持仏堂などの建物がある。紅葉を楽しみながら庭園を一周してから美術館に入る。関雪の作品の他、コレクションが展示されている。2階に上がると庭園全体と東山のパノラマが広がっている。送り火で有名な大文字山も見える。テラスに出てしばし見とれる。美術館を出ると、すぐ銀閣寺前バス停がある。道路反対側にはタクシー乗り場があって客待ちのタクシーがずらっと並んでいる。だいぶ遅れて到着した市バスに乗って四条烏丸に向かう。

 

2024年12月 7日 (土)

神経質礼賛 2293.6年ぶりの京都(1)

 一昨日の公休日を利用して日帰りで京都へ行った。いつも年一回は京都に日帰りで行っていたのがコロナ流行で行けなくなり、6年ぶりである。以前はJR東海の50歳以上限定の格安セットがあって、「こだま」のグリーン車利用で3000円位の食事クーポンが付いてくるというものを利用していた。残念なことに今年からなくなってしまったので、「ひかり」の指定席を押さえておいた。普段通勤で乗っている列車を見送り、次の「ひかり」に乗車。家でいつもと同じ朝食を食べているが、さらにコンビニで買ったおにぎりで腹ごしらえして長時間の歩きに備える。8時ちょうどに京都駅着である。地下鉄を乗り継いで蹴上へ。南禅寺はもう近い。例年ならば紅葉は落ちてしまう時期ながら、うれしいことに今年は赤や黄色の紅葉がまだ残ってくれていた。前回行った南禅院ではなく、方丈へ。石庭や襖絵をゆっくり見ることができた。地味な石庭も鮮やかな赤色の楓の木が一本あるとずいぶん違った印象を受けるものだ。

   次は紅葉の名所、永観堂(禅林寺)へ。境内に入ってすぐ、一面鮮やかな赤色の紅葉が広がっているのが目に飛び込んで来る。JRの「そうだ京都行こう」のCMで深紅の紅葉の画像を見て、てっきりフィルターを使って鮮やかな色に加工しているものとばかり思っていた。実際にそうなのだと思い知らされた。観光客は多いが、12月だけあって、ひどく混雑しているほどではない。期間限定の寺宝展も開催されていて、見るものが多い。ただし、建物の中を歩く時間が長く床の冷たさが足に伝わってくるので、厚い靴下を履いてくれば良かったなと思う。最後に「永観遅し」と横を向いたみかえり阿弥陀像を拝む。永観堂を出て坂道を上がって行くと哲学の道に入る。

 

2024年12月 5日 (木)

神経質礼賛 2292.憂しと見つつも永らふるかな

 大河ドラマ「光る君へ」はもう少しで最終回になる。ドラマ上では紫式部の娘・賢子が自分に代わって宮仕えを始め、式部自身は須磨・明石・大宰府を目指して旅に出る。そこでは1019年刀伊の入寇の争乱に巻き込まれる。脚本家は何が何でも「紫式部の大冒険」にしなければ気が済まないようだが、晩年になってから遠路、旅に出る人ではないように私は思う。

 紫式部の生没年は不明で諸説ある。生年は970年から978年の間ということになっている。没年は藤原実資の小右記に「越後守為時女」なる女房が取り次いだと1013年の記録が最後の記録なので、三條天皇の御代の1012年~1016年頃に亡くなったと考える説が以前から有力である。1016年には父・為時が出家していて、源氏物語の現代語訳を最初に行った与謝野晶子はその年に亡くなったのだろうと推定している。1017年説、1019年説、1021年説、1031年説などもあるけれども、そこまで生きていれば何らかの記録やエピソードが残っていてもおかしくないはずである。やはり40歳位で亡くなっているのではないだろうか。

 自選の紫式部集という歌集の最後の歌は、
いづくとも 身をやる方の 知られねば 憂しと見つつも 永らふるかな
(この世には自分の身の置き場もありませんが、やるせないと思いながらも私はこれまで生きてきました)
である。式部が自分の人生を振り返って述べた最後のメッセージと言えるだろう。生まれた以上、老・病・苦・死から逃げられない。たとえつらくても今を生きて、生き尽くしていくほかはないのである。

 

2024年12月 1日 (日)

神経質礼賛 2291.百分の一治った

 対人恐怖の人は自己評価が低く、他人の思惑をあれこれ考えがちである。そして、他人と自分を比較して、周りの人はうまくやっているのに自分だけが苦しんでいる、という差別観で見てしまいがちである。

 森田先生が重症の対人恐怖の治療例の日記を示している。23歳男性、17歳で旧制中学3年の時に肺尖カタルで退学して以来、対人恐怖にかかり家人ともほとんど話をせず家に籠っていた。入院して絶対臥褥終了(起床)第1日目の日記には人の思惑を気にしている様子が書かれているが、森田先生は「それでよし」とコメントされている。さらには、

・・・自分の症状を点検して見るに、自分は純粋の神経質ではなく、変質の徴候の多分にある事を認めてゐた。恐らくは神経質と先天性の抑鬱症との合併だらうと想像して居た。入院して他の神経質の患者を見るに、その想像は益々強くなつた。現入院患者で、赤面恐怖の人は幾人も居るが、皆相当に快活で、話もよくする。自分のやうに沈鬱で黙りこくつて居る人は一人も居ない。
 と書いているが、森田先生は
「このやうに細かく自己観察の出来るものは、神経質より外にはない。神経質はお互いに、人を見て此やうに考へるもので、只自分一人が苦しくて、人は皆楽しいと羨むのである。」とコメントされている。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.256-257)

 この人は、森田先生の講話や指導を細かく記載して頭では理解できているが、今ひとつ行動が伴わない面があって、第54日で中途退院となった。退院7日後に送られてきた手紙には家族とよく話すようになり、何年も行ってなかった伯母の家へも行ってきた。とにかく私は2か月前の私ではないように思うが、対人恐怖はまだ良くなっていない。百分の一位は良くなったと思う、と書かれていた。かなり良くなったはずだが、百分の一良くなったという表現が面白い。その先はどうなっただろうか。まだ百分の一しかよくなっていないのだから、と行動を積み重ねていけばどんどん良くなって、誰もが苦しみながらも行動しているのだ、という平等観に変わっていったことだろう。

 

2024年11月28日 (木)

神経質礼賛 2290.白湯(さゆ)の効用

 我が家では、やかんで湯を沸かすのはもっぱら妻の仕事である。私がやると、沸騰して2、3分でポットに入れてしまうので、それではダメだと言われる。やかんに浄水器を通した水道水をごく少量ずつ時間をかけて入れてコンロの火にかけ、沸騰してからもさらに20分くらい沸騰させ続ける。ガスの無駄遣いのように思えるのだが、妻に言わせると有害物質を除去するにはそれが必要だという。そもそも有害物質がそれほど残留しているとは思えないし、仮にそうだとしても、空気中に飛散したものを吸い込むのだから同じことではないかと思ってしまう。妻が外出している間に私が湯を沸かしてポットに入れると、後で妻から沸かした状況を詰問されるので、なるべく自分で沸かすのは避けている。

 夏場は喉が渇くと水を飲んでいたが、このところの冷え込みで少量の白湯を飲むことが多くなった。ちょっぴり体の中が温まっていい感じである。神経質な天神様・菅原道真(381話)は胃が弱くて温石で腹を温めていたというから、胃腸が弱い人は白湯で腹を中から温めてみるのも良いかもしれない。白湯とは40~50℃前後の湯ざましを言うようである。最近はネット上で白湯の効果について書かれた記事をよく見かける。冷え性改善効果、ダイエット効果、免疫力アップ効果、美肌効果、便通改善効果など、良いことずくめで、どこまで本当かなと思ってしまう。もっとも、高価なサプリと違ってごく手軽にできることであるから、騙されてやってみる価値はありそうだ。効くと思って飲めば少なくともプラセボ効果は出るだろう。ただし、多量に飲んではかえって体に負担をかける。ほどほどが大切である。

2024年11月24日 (日)

神経質礼賛 2289.毎日の体温測定

 新型コロナが流行し始めた頃から勤務先では常時マスク着用、頻回の手指消毒、毎日の体温測定が義務付けられ、一頃は出勤時と退勤時の1日2回体温を測って記録することになっていた。職場の体温管理表に記入するだけでなく、休日にも自宅で測定して個人用の管理表に記入、2週間経ったら処分してよい、という具合だった。それがやっと今月の中旬から解除になった。それでも勤務中の常時マスク着用は変わらない。職場外でのマスク着用については言われなくなっているが、もう5年ほどマスク生活が続いていたので急に変えるのは難しく、マスクを忘れて家から出てから気付いてマスクを取りに戻ることもある。

 体温測定もすっかり習慣化してしまった。朝、新聞を取り込んでから体温計を挟む。新聞休刊日だと忘れることがあって、出がけに慌てて体温計を挟む。「神経質は重い車」と森田正馬先生が評したように、動き出すのは遅いが、一旦動き出すと今度は簡単には止まらなくなる、という特徴の通りである。そういえば、前の勤務先の時、森田療法で入院していた患者さんで毎日の検温に反発して「何のためにやるんですか」と苦情を言ってきた強迫神経症の人がいたなあ、と思い出す。こういう人も案外体温を気にして自分で測るようになっていたりする。自分の健康管理の上で、体温測定や体重測定は有益なことであるが、あまりやりすぎても時間の無駄で一種の強迫行為になりかねない。何事もほどほどが大切である。

 

2024年11月21日 (木)

神経質礼賛 2288.HPKIカード

 電子処方箋発行資格(HPKI)とやらを取得しなくてはならなくなった。すでに令和5年1月から電子処方箋が運用されているとは知らなかった。保険証のマイナンバーカード化強要が話題になっているが、医師・歯科医師・薬剤師には電子処方箋を扱うためのHPKIカード強要が始まっている。勤務先の若い先生は他のクリニックでも働いていて「もう取りましたけど、まだ使っていません」とのこと。私はデジタル化強要には反発を感じているので、行動がすべて遅くなる(2036話)。慌てて先月(令和6年10月)に厚労省医薬局が発表した「マイナポータル上でのマイナンバーカードを活用した電子署名の申請」という27ページにわたる文書をプリントアウトして読む。スマホからの手続き方法が書かれているが、パソコンからの手続きについては書かれていない。とりあえず、マイナポータルのソフトをダウンロードしてインストールしようとしたがうまくいかない。どうやらGoogle Chromeからでないとできないらしいとわかった。やっとマイナポータルをダウンロード・インストールするが、HPKI取得のページにはなかなかたどり着けない。同じところをグルグル回ってしまう。いかがわしいサイトではないかと思ってしまう。ようやく申請登録画面にたどり着くが、医師免許証の画像データのサイズがわずかに大きくてエラーになってしまった。画像容量を小さくするフリーソフトを使って画像容量を小さくして入力。やっと通った。後は認証局(医師会)からの連絡を待つばかりである。世界的な半導体不足のため実際にカードを手にすることができるのは来年の春か夏くらいだという。国が進めるデジタル化は万事この調子である。準備や周知が不十分なまま強行するから問題が多発する。一応、カードがなくても、スマホを紐づけする処理をすれば、それを使って仕事ができるらしい。実に面倒で腹立たしいがどうしようもない。デジタル庁は伏魔殿だと思いながらも仕事ができなくなっては困る。「境遇に柔順なれ」しかなさそうである。

2024年11月17日 (日)

神経質礼賛 2287.頭痛・頭重感

   森田正馬先生による神経症分類のうちの一つ・普通神経質には 不眠、頭痛・頭重感、疲労感、胃腸障害、めまい、耳鳴、書痙などの症状がある。いずれの症状もいろいろ検査をしても異常は認めらない。ここでめまいと書いたが正しくは「めまい感」であり、本人はめまいを訴えるが、客観的には眼振はみられない。現代でも頭痛を訴えて市販の頭痛薬を飲んだり、医療機関でロキソプロフェンなどの鎮痛剤を処方してもらったりしている人は少なくない。

 頭痛・頭重感が続き、森田先生の診療所に入院して森田療法を受けた18歳の日記を紹介しよう。絶対臥褥を終えて5日目の日記には次のように書かれている。
朝山本さんと炭切りをして居る処へ、先生が来られて、こんなお話があつた。「炭切りは手の真黒になる、いやな仕事である。いやな事であるから、きたなくならないやうに、早く片付けてしまひたい。之が純な心である。此心から出発する時に、初めて色々の工夫が生れる。そこに進歩がある。之に反して此場合、自分は修養のため、治療のためだから、少々いやでも我慢しなければならないと思ふのは悪賢い小理屈であつて、これが所謂悪智である。炭切りの目的は、炭が最も有効に焚けるやうにするのであつて、修養のために稽古材料にするのではない。修養のためならば工夫はいらない。だから仕事が単に時間つぶし、遊び事になつてしまひ、何時迄も進歩はないのである」 (白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.228)

   このように作業中に随時先生の指導を受けて作業の工夫をしているうちに7日目の日記には、「此頃は頭痛がしなくなつた」と記載している。いつも症状のことばかり考えて自分の身体の方にばかり注意が向いてますます感覚が鋭敏になりさらに症状を強めてしまうという悪循環から抜け出し、ふと気が付けば症状は気にならなくなっている、森田療法ではそういう治り方をするのである。

 

2024年11月14日 (木)

神経質礼賛 2286.クリーニングあれこれ

 風呂の床や浴槽周辺の汚れが落ちにくくなってきた。妻は化学洗剤の使用を極端に嫌っていて、もっぱらブラシでゴシゴシ擦って汚れを落とそうとするがなかなか落ちない。私もそれに従ってやってはいるが効果がない。8年ほど前に家の外壁塗装をしたついでに業者に頼んで一度浴室クリーニングしてもらったことがある。その時の業者が丁寧な仕事ぶりだったので、また頼むことにした。エアコンも外壁塗装の際に全部買い替えていて、フィルターのホコリを自動でかき集めてくれる機能のついた機種にしていたが、前と違ってフィルターを取り外して洗ったりすることが困難になっている。ここ2、3年夏場のクーラー使用が増えているので、内部の結露によるカビ発生も心配である。今回は5台のエアコン室内機をすべてクリーニングしてもらうことにした。

 掃除業者は軽ワゴン車に乗って3名でやってきた。一番年配の男性はまだ見習中とのことで、チーフ男性の指導を受けながら風呂の浴槽・床・壁・天井のクリーニング。丁寧に仕事をしている。若い女性は車から道具を出したりしまったりと忙しく動き回る。朝9時から始まって終わったのは午後3時近かった。浴室は汚れが落ちてピカピカである。普段から汚れが気になったらすぐにブラシで汚れ落としをして保っていきたい。森田式に気が付いたら行動である。エアコン室内機で一番汚れていたのは使用頻度が高いリビング、次が寝室、そして楽器練習室で、子供部屋だった部屋はあまり使っていなかったので汚れていなかった。これで2、3年は安心だ。

 それが終わってから、今度は歯科医院へ行って歯の健診・クリーニングである。年に1回ペースで高校の同級生だった人のクリニックへ行っている。まずは歯周ポケットの測定。残念ながら加齢につれて広がっている。歯石と歯垢を取ってもらう。終わって鏡を見るとすっかりきれいになっている。普段からもっと時間をかけて丁寧に歯磨きしなくてはと思いつつ、しばらく経つと忘れてしまうのが常だ。日常のメンテナンスが一番である。

 

2024年11月11日 (月)

神経質礼賛 2285.解らなくても解った

 前話で森田先生は講話の際、次のようなことも話されている。

 先生のお室へ皆が集まつて、作業しながら先生の御話を聴いた。先生は、「私は皆さんに話をしたくてたまらないけれども、今の所誰も、話をきゝたいと思ふ人がないから困る。もちろん問はれゝば誰も話をきゝたいと答へる。しかしそれは嘘だ。例へば乞食に『金が欲しくはないか』と問へば、必ず『欲しくてたまらない』と答へる。しかし乞食は、働いて貯金する心は少しもない。金をもらへば、すぐに使つてしまう。貯金する人のみが、金が欲しいといふ事実であつて、乞食の欲しいのは空想であり、気分だけであつて事実ではない。こゝでは『事実唯真』といふ事を最も重んずるのである。皆さんは私に接近しない。少しも話を聴きたいといふテダテをしない。乞食が働かないと同様である」といふ事から、或は先生のお話をきいて、「後で『チツトモ解らなかつた』とか大ベラに告白するやうな人は、本人はありのまゝをいつて正直かと思つて居るけれども、実は『先生が病気をおして、あの様に熱心に話されるのを、解らないといふのは気の毒だ』といふ感じのまゝに、素直に『解りました』といふのが真の正直である。自分の誠の心をおしつぶして、『解らないのを解つたといつては、先生に思ひちがひをされて損だ』といふやうな利己主義一点張りが不正直である」とかいふやうな事や、「疑ひながら・不平ながら、ともかくも・いはるゝまゝに実行する。之を素直といふ」とかいふやうなお話があつた。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.203)

 解らないのに解ったと言うのは自分を偽るようで許せない、と思う方も少なくないだろう。また、解ったと思われては困るという向きもあるだろう。神経質、特に強迫の方は柔軟性が乏しいので、状況にかかわらず自分の主張を曲げない傾向がある。こんなことを言われると、どんな時も解らなくても解ったと言えということか、と反発する方もいるかもしれない。私も若い頃はそういう面が強かったから、この話を読んでドキッとしたものだ。しかし、これは、あくまでも状況によりけりである。この森田先生の指導は、強迫の人の偏りを補正するための一種の方便と解した方がよいだろう。

 

«神経質礼賛 2284.いつもいい調子でいるには

最近のトラックバック

2024年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31