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2018年12月17日 (月)

神経質礼賛 1576.ヤマト運輸の偽メール

 妻から、「こんなメールが来たんだけど、どうしたらいい?」とスマホ画面を見せられた。クロネコヤマトからの「お客様宛にお荷物のお届けにあがりましたが不在の為持ち帰りました。下記よりご確認下さい」という文面の下にリンク先が表示されている。怪しい文面ではないが、妻には全く荷物の心当たりはないし、普通ならば不在票がポストに入れられるはずである。何しろ、私以上にITオンチ、某大臣のようにパソコンは触ったことがないし、スマホのメールは滅多にチェックしないで専らかけ放題の音声電話として使っている妻のやることだ。画面に記された期限はもう過ぎていて、どっちみちどうしようもないし、ここ1週間にヤマトの配達は2,3回あって、もし不在配達があったとしても再配達済みのはずである。もしかすると偽メールかもしれないから放置するように言っておいた。


 ネットで調べると、クロネコヤマトからの偽メールは2年前から発生しているらしく、ヤマト運輸側でも注意喚起していることがわかった。もし、リンク先をクリックしてしまうとウイルスの入った不正アプリがインストールされる。個人データの流出やケータイによる不正決済が懸念されるという。同様の佐川急便を騙ったメールも増えているそうだ。これらはSMS(ショートメール)で送られてくるのだが、妻の場合、通常のメールMMSで送られてきている。想像するに、妻の友人のスマホが感染して、そのスマホに入っていた友人たちのメールアドレスに自動的に送信されたのではなかろうか。


 私宛にも有料サイトの料金を支払え、払わないと法的措置を取る、という架空請求のSMSが時々送られてきて不快な思いをしながら無視しているけれども、このクロネコヤマトを装ったメールだと、うっかりリンク先をクリックしてしまう人も少なくないだろう。まったく油断も隙もあったものではない。ネットに関しては神経質な対応が一番である。

2018年12月14日 (金)

神経質礼賛 1575.電子カルテ始まる

 ついに今週の月曜日から1567話に書いた電子カルテが始まった。私は初日が外来担当日。今までのようにカルテに書く代わりにメモを書いておいて診察後にキーボードでカルテ入力するか、それとも患者さんと話しながら入力していくか、悩ましいところだ。思い切って患者さんと話しながら入力してみることにした。長年の診察スタイルと全く変わってしまう大革命だ。私のような中高年にはちょっとキビシイ。私のタイピング速度では手書きの倍近い時間がかかる。それに、ブラインドタッチではないからどうしても手元と画面を見る時間が長くなって、患者さんを見る時間は減ってしまう。大体のところは話しながら入力していき、患者さんが診察を終えて部屋を出てから書き足りなかった部分を書き足したり文面をチェックして訂正したりする、というスタイルに自然と落ち着いた。入力情報がたくさんある新患の人もメモを一切取らずにやってみた。画面のどこをクリックしたらよいか慣れていないので、画面のあちこちを探すのに時間がかかり、目がショボショボになる。そして、私が懸念していた通り、直近の処方内容が移行データとして入っていなかった患者さんが2割ほどあり、それをいちいち打ち込んでいく手間が発生した。それに、ミスがあって処方箋の打ち直しが数人出てしまった。午前外来はいつもより1時間長くかかった。


 午後になって、病棟へ行ってみると、看護師さんたちもノートパソコンとにらめっこしている。今までの看護記録などもすべてキーボード入力に変わった。若い人はすぐに慣れているけれども苦戦している年配者も見かける。


  電子カルテ導入が遅れていた精神科でもこれからはこういう診察スタイルになっていくのは時代の趨勢である。森田先生曰く「境遇に柔順なれ」。とにかく順応していく他はないと改めて思う。そして、電子カルテの長所が生かせるような使い方を工夫していきたい。

2018年12月10日 (月)

神経質礼賛 1574.いもぼう

 今回、京都の円山公園の中にある平野屋本家で食べた昼食は「いもぼう」という料理だった。名前だけは聞いたことがあるけれども、食べるのは初めてだ。これは、江戸時代中期に考案された京料理で、京都の海老芋と北海道の棒鱈(ぼうだら)を一緒に煮たものである。なんでも、棒鱈を煮る時に出た膠(にかわ)質が海老芋を包んで煮崩れを防ぐとともに、海老芋から出るアクが棒鱈を柔らかくする、といううまい組み合わせになっていて、店では「夫婦(めおと)炊き」と呼んでいるのだそうだ。全く異なる素材同士の性質を生かした「出会いもん」である。人間の夫婦でも、森田正馬先生が言われたように、性格が異なる同士の方が相性が良いようだ(270)


 早い時刻に入店したので、まだ他に客はいなかった。年配の店員さんが、「寒くありませんか。暖房を入れましょうか」と気遣ってくれる。椅子席なのでラクである。料理は全体的に茶色系なので地味に見えるがとてもいい味である。いもぼうは海老芋と鱈の味が混然一体となっている感じだ。祇園豆腐と言うと、串刺しにした豆腐に味噌が乗ったものと思いきや、この店のそれは、あんかけ豆腐だった。とろろ芋海苔巻も意外に美味しくて日本酒の燗酒にとても合う。ただし、全体的に腹八分目いや七分目という感じなので、単品の卵焼きを追加注文した。甘さや塩分は控えめでダシの味がよく効いていてこれまた良かった。一度は食べてみる価値のある京料理だと思う。

2018年12月 7日 (金)

神経質礼賛 1573.散紅葉

 昨日は休診日の公休日。京都へと向かう。今年は11月中旬から暖かい日が多く、12月になっても気温が20℃を超える日が続いた。おかげで紅葉が例年より遅く、まだまだ紅葉狩りができるのでは、という期待があった。神経質ゆえ、事前に情報を集め、スケジュールを考える。ただし、あいにくの雨天である。


 京都駅から地下鉄で蹴上へ。疎水脇の線路跡を遊歩道にした「インクライン」を歩く。両側が桜並木となっていて、よくTV番組で紹介される場所だ。隣接した料亭の紅葉が美しい。南禅寺境内に入ると、まだ一部の紅葉は残っていたが、かなり散り落ちてしまっている。しかし散紅葉も赤い絨毯のようで美しい。レンガ造りの水道橋「水路閣」を見てから南禅院の庭園を拝観する。その後は三条通を歩き、円山公園へ。ここは紅葉がしっかり残っていた。坂本龍馬・中岡慎太郎像を見る。円山公園内で昼食。京阪電車に乗り、祇園四条から出町柳に出て、叡山電車に乗換え一乗寺へ。雨はだんだん強くなってきた。詩仙堂や曼殊院は何度も行ったことがあるので、行ったことのない金福寺へ向かう。松尾芭蕉や与謝蕪村ゆかりの寺であり、ここも散紅葉が美しく、特に芭蕉庵へ上がる途中から見下ろした本堂前の庭園が見事だった。さらに宮本武蔵像のある八大神社へ。大降りの雨の中、急坂を登る。もう一か所紅葉の庭で知られる圓光寺を回るつもりだったが、時間の関係でパス。再び電車で出町柳に戻り、下鴨神社へ。参道の糺の森の紅葉はちょうど見頃。途中の河合神社には鴨長明(885)が住んだ「方丈」を再現したものがあって面白かった。本殿を参拝して今出川通りを西に歩き、最後の目的地、相国寺へ。特別拝観の入場は4時までで、入ったのは3時40分頃。方丈を見てから法堂天井の「鳴き龍」を見る。手を叩くと音が鋭くこだまする。開山堂の庭園の紅葉もきれいだった。今出川から地下鉄に乗って京都駅へ。伊勢丹でおみやげを買って帰る。紅葉三昧の一日だった。家に帰って歩数計を見ると2万8千歩余り。いつもながら欲張り過ぎを反省する。

2018年12月 3日 (月)

神経質礼賛 1572.西洋の風と東洋の風

 三島森田病院には森田正馬先生の次のような色紙が保管されている。


ニイチェ曰く

南風よ起れ 北風よ来い 暴風よ渦巻け 我は敢然として其中を歩むのみ

形外曰く

南風は涼し 北風は寒し 暴風は恐ろし 我は只そんな事いって居るひまなし


  日本のような台風はないにせよ、ドイツでも暴風はありうるだろう。どんな風が来ようと怖くないぞ、自分はその中を突き進んでやるぞ、というのがニーチェ流でいかにも格好いい。一方、森田流は、素直に暴風は恐ろしいと認め、状況に応じてその時にできることをやっていくというものである。ニーチェの場合、自然の力に屈服せず人間の力で自然をねじ伏せようとする西洋的な考え方が根本にあるように思う。東洋的な考え方だと、人間は自然にはかなわないと認め、自然の力に逆らわずに、仙厓さんの「気に入らぬ風もあらふに柳哉」(89・895話)のように受け流したり、あるいは風雨が収まるまで待つ、ということになるだろう。さらに、暴風の時でもできることはいくらでもある、というのが森田流だ。状況に応じてその時々できることをやっていれば、「そんな事いって居るひまなし」なのである。不安や神経症症状という風、時には暴風への対処法も同様である。

2018年12月 1日 (土)

神経質礼賛 1571.平成最後のクリスマス会

 今日は病院クリスマス会の本番。院内のあちこちに「平成最後の森田クリスマスsp」と題するポスターが張られ、クリスマスらしい飾りがほどこされている。看護師さん・薬剤師さんたちもコスプレ衣装を用意してそれぞれの出し物の練習に余念がない。私の出番は最初である。「葉加瀬太郎の情熱大陸を弾きながら入場して下さい」と会の責任者の看護師さんからの要望があった。弾いたことのある曲だけれども、私が弾くとクラシック調になってしまってノリが悪い。毎日、MP3プレーヤーでお手本を聴いてリズムを頭に刻み込んでおいた。


 患者さんや職員さんの前での演奏だとは言え、やはり人前で弾くのは緊張する。しかし、緊張が緩むと大きなミスが出やすいので少し緊張する位がちょうどよい。最初の曲はクライスラー作曲のラ・ジターナ(ジプシーの女)という変化に富んだ曲である。次はヴィヴァルディ作曲「四季」から「冬」の第一楽章。伴奏には輸入盤のマイナスワンCDを使ったが、テンポが速くて、やはり危ない箇所では少々乱れてしまう。第二楽章はゆったりで気持ちよく弾く。さらにクリスマスにちなんだ曲としてチャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」。その後で皆さんで唄ってもらう「冬の星座」「きよしこの夜」に合わせて弾く。再び私の演奏で「アメイジング・グレイス」、最後にシューベルト作曲「アヴェ・マリア」という流れだった。幸い大きな崩れはなく、まずまずの出来でホッとする。神経質に準備と練習をしておいた成果だ。


 しかし、その後がいけなかった。楽器を持って医局に戻り、楽器を拭いて机の上に置いたケースにしまった。やれやれ、今度は後の出し物を見に行こうと思ったら、院内のあちこちの閉鎖扉を開けるマスターキーがない!個人ロッカーのキーも一緒だから、そのままでは家にも帰れない。ポケットの中を何度も確かめ、楽器ケースの中も見たが見当たらない。廊下を通りかかった職員さんに頼んで会場に入れてもらい、さっき出た時に鍵を挿しっぱなしにしていなかったか見たがない。廊下に落としていないか見たがない。鍵探しに
20分ほどかかる。置くはずのない隣の机の上に置いていたのを「発見」。自分の机の上を楽器ケースが占有していたので、無意識にやってしまったのだろう。そして、まさかそんな所に置いたとは思わないので見落としていた。事なきを得たが醜態を晒してしまった。やはり、すっかり気が抜けたような時にトラブルは起こるものだ。

2018年11月30日 (金)

神経質礼賛 1570.冬の星座

 明日はもう12月。2カ月前、12月1日の土曜日には有休を取って京都へ行こうと企んでいた。秋の特別拝観をまだやっている寺院が多いし、紅葉もまだ残っているだろうし、12月ともなれば観光客も減って、絶好のチャンス。ところが、看護師さんからその日の病院クリスマス会での演奏を依頼されて断るわけにもいかず、紅葉狩りプランは夢と消えた。


 いつも、自分の演奏だけでなく、参加者みんなで歌う「きよしこの夜」などのクリスマスソングもあるのだが、さらに冬の歌として中学の音楽の教科書でおなじみの「冬の星座」も加えた。事前に病棟で患者さんや職員さんたちが練習できるようにパソコンのソフトシンセサイザーで伴奏音源も作って
CDに焼いておいた。


 冬の星座の日本語詞は堀内敬三さんの作詞であり、文語体の美しい詩がメロディにピッタリ合っている。メロディの最初の部分はファとシの音がない、いわゆる「ヨナ抜き」音階で作られていて日本人にはとてもなじみやすい。第二次世界大戦後、文部省唱歌に加えられている。ところが、アメリカの
W.S.Hays作詞作曲、1872年発表のこの歌、元々はMollie Darling(愛しのモーリー)というラブソングだった。CDはもちろんレコードもまだない、ラジオ放送もない時代のこと、クチコミで広がって楽譜が300万部売れたというから超ミリオンセラーの曲である。それに全く異なる日本語詞を考案した堀内さんの慧眼には驚く。

  歌詞にあるスバル(M45プレアデス星団)は晩秋あたりには肉眼でも天頂にボンヤリ見える。眼の良い人なら六連星(むつらぼし)の別名の通り、6個前後の星を見ることができるはずである。双眼鏡で見るとさらに多くの青白い星々が見えて大迫力である。そして、オリオン座も東の空から上がってくる。たまには夜空を見上げてみよう。

2018年11月26日 (月)

神経質礼賛 1569.金箔瓦

 現在、駿府城天守台の発掘調査が行われていて、金箔を貼った瓦が次々と出土している。先月、発掘現場の見学説明会があり、見に行ってきた。天守の規模は江戸城をしのぐ日本最大級だったそうである。先週からは発掘現場内のプレハブ小屋で瓦の展示が始まったので、また見に行ってきた。金色が少し残った瓦の破片がいくつか展示されていた。元は金箔を漆で貼りつけたものだったという。もっとも、写真パネルで展示された金箔が多く残っているものは4年前に復元された坤櫓(ひつじさるやぐら)に保管・展示されていて、「100円払ってそちらで見て下さい」とのことだった。そちらはまた日を改めて、ゆっくり見に行くことにする。


 この金箔瓦は秀吉の家臣、中村一氏が駿府城主の時のものである。
1590年の小田原征伐の直後、秀吉は家康を関東に国替えさせた。家康の力を削ぎ落し、京から遠ざける狙いがあったと考えられている。駿府城の高くそびえる天守の屋根には遠くからでもハッキリ見える金箔を貼って、秀吉の権力や財力を誇示したのだろう。


 金の茶室などで派手好きだと思われている秀吉だが金を無駄遣いしていたわけではない。自分の宣伝効果が高いことに思いきり金を注ぎ込んでいたのであって、金箔瓦もその一つなのだろう。それに比べ、神経質人間の家康は徹底的に質素倹約・実用本位である。初期の江戸城の入口の上がりには船板を流用していて、「見苦しいから立派なものにしましょう」と家臣が言っても聞き入れなかったというし、駿府城でも目立つ金具は一切付けさせなかったという。そうして家康が蓄えた金により江戸幕府は長続きし、長く平和が保たれたのである。

2018年11月23日 (金)

神経質礼賛 1568.シロアリ業者?

 仕事から帰ってすぐ電話がかかってくる。セールス電話を警戒して表示された番号を見る。0120で始まる時には出ないし、大阪や名古屋の市外局番だとセールスの可能性が高いと用心している。市内局番でも油断はできない。この日は出てみると、聞き覚えのない○○コンサルティングという名前のシロアリ駆除業者。4年半前に建てた母親の家の無料点検をすると言う。まず、頭に浮かんだのはインチキ業者なのではないかという疑いだ。最初は無料点検と称して床下を見て「このままではシロアリにやられてしまう」と脅かし、いい加減な処理を行って法外な料金をぼったくるシロアリ駆除ならぬシロアリそのものの業者の話はよくある。妻から、何日か前に住宅会社から点検についての電話があった、と聞いたので一応信用し、翌週に来てもらうことにする。ファイルに綴じてある書類を調べると、5年、10年の点検はその業者が行う旨書かれたものが見つかったし、ネットでいろいろ調べても悪徳業者ではなさそうだった。新築の時にシロアリ予防処理をしたのもその業者だったこともわかり、やっと安心する。このあたり、神経質は徹底的である。


 実際に点検に来て床下の写真を見せてもらう。シロアリ被害はもちろん水漏れもなく全く問題ないとのこと。その後でシロアリ予防処理を勧めてくる。見積の料金を聞いて、依頼することにした。保険の意味合いもあるし、母が一人でいる時に悪質業者に騙されないように、という意味もある。神経質の考えるところは常に安全第一である。

2018年11月19日 (月)

神経質礼賛 1567.電子カルテ

 勤務先の病院でも電子カルテが導入される。急に出てきた話で、当初は1、2年先、外来は難しいから入院だけ、などと言っていたのが、業者に乗せられて、入院だけでなく外来も来年の春、さらには年内、さらには12月中旬からと、どんどん早まってしまった。それでいて、紙カルテからのデータの移行は全然考慮されていないので、とても心配である。精神科専用のソフトだと高いからその業者のソフトになったという経緯があり、内科や外科など一般科用のソフトを精神科用にアレンジしているため、少々使いにくい面もあるように思える。週1回、業者から使い方の説明を受けて練習しているけれども、次にどこをクリックすればいいのかわかりにくい。老眼なので画面を見続けているとすぐに眼がショボショボしてくる。


 電子カルテになると医師の負担が大きい。特に精神科の場合、カルテに記載する内容が他科に比べて多いので、待ったなしの外来診療には厳しい。特に新患では今以上に時間がかかることになる。患者さんの顔を見ている時間よりパソコン画面を見ている時間が圧倒的に長くなってしまうのも困ったことである。大都市の精神科クリニックでは医療クラークを配置してデータ入力をしてもらえるところもあるけれども、そんな配慮は期待できない。

 
 グチをこぼしていても仕方ない。森田正馬先生の言葉「自然に服従し、境遇に柔順なれ」(828)の通りである。電子カルテ化は時代の流れであり、精神科でも導入する医療機関が増えている。事務員の仕事は減るから省力化になるし、毎年の行政による医療監視や事務指導などの監査への対応がしやすいし、やはり行政から要求される種々の調査にも統計資料が容易に作れるようになる。そして、医師が書きなぐっていて読みにくいカルテが読みやすくなるというメリットもある。ただし、定型文が増えて、恰好ばかりで長い割にはまるで内容がないカルテになりそうだ。

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