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神経質礼賛 1635.心は万境に随(したが)って転ず(2)

 昨夜は風雨が強く、雨が窓を叩きつける音で夜中に何度か目が覚めた。早朝には雨が上がり、少しずつ晴れ間が出てきた。朝から病棟を回って患者さんたちの様子を見てくる。開放病棟の患者さんが一人見当たらない。ナースステーションのカウンターにある外出ノートを見るとその人の名前と「8:00散歩」と書かれている。雨上がりに早速出かけたのだろう。医局に戻る途中、いつも窓から富士山の写真を撮る会議室を覗いてみると、富士山が雲間から姿を現し始めていた。30分してもう一度病棟に行ってみると、その患者さんは戻っていた。病院から1kmほど下った所にある中学校のところまで行って帰ってきたのだそうだ。この坂は結構急である。下りはいいが、上りは、病院が見えてから中々近づかない感じがする。「風が強かったけれど、そんなに疲れなかったですよ」というから体調も良好である。この人は入院から3か月。最初が昨夜のような土砂降りの大雨の状態だったとしたら、今は晴れであり、退院も近そうだ。この人を治してくれたのは、私や薬の力ではなく、病院という環境と温かいスタッフ、そして時間と本人自身の回復力によるものである。面談を終えて、もう一度会議室から富士山を見ると、また光景が変わっていた。ほんの10分、20分で姿を現したり消えたり、まるで姿を変えたり。富士山は本当に変わり身が早い。私たちの心もこのように時々刻々と絶えず変化している。森田正馬先生が患者さんたちに話した時、よく引用した禅語がある。

 心は万境に随(したが)って転ず、転ずる処実に能(よ)く幽なり

 流れに随って性を認得すれば無喜亦(また)無憂なり

 300話に書いたように、メンタルヘルス岡本記念財団初代会長の岡本常男さん(37話・268話・269話)は講演でいつも御自身の神経症体験を話され、「胃腸神経症にかかり、この言葉を知った時に、まるで電気で打たれたような感動を憶えた」と述べておられた。気分は天気のように変わりやすい。森田療法では、気分をいじろうとすることはやめて、気分はどうあれ、できることをやっていくように説いている。行動しているうちにいつしか気分も変わっている。雨の後には必ず晴れる。雨がずっと続くことはありえないのだ。

2019年6月15日 (土)

神経質礼賛 1634.老後資金2000万円問題

 先日、老後の生活資金は30年間で2000万円必要だとする金融庁・金融審議会ワーキンググループの報告書が出た。ところが、A金融担当相はこの報告書の受理を拒否している。年金だけでは生活できないという実態を認めると選挙で不利になるという判断なのだろう。この報告書のデータは、総務省の家計調査から高齢夫婦無職世帯の収入209198円と家計支出263718円との差、月約5.5万円を貯蓄から取り崩す必要があるため30年ではちょうど2000万円が必要になる、という極めて単純な計算である。実際には民間委員から、公的年金の給付水準は今後引き下げざるを得ず、現在の社会保障給付19万円は団塊ジュニア世代から先は15万円程度に下がり、毎月の赤字は10万円に達するはずだと指摘されている。そうすると2000万円どころか3600万円必要になってくる。しかし、今の若い人たちがそれだけの資金を貯めることができるだろうか。サラリーマンにとって頼りは定年退職した時の退職金だが、1997年に大卒の平均退職金は3203万円だったのが20年経った2017年には1997万円と1200万円も減少しているという。最近は給与を上げる代わりに退職金制度を廃止するような企業もある。これでは、多くの人々が老後破綻して生活保護に頼らざるを得なくなり、生活保護もパンクする恐れがある。年金問題は誰にも関連する重大事案であり、このところ週刊誌でも大きく取り上げられている。少子高齢化はどんどん進んでいくから、我が国の年金制度が「国営ネズミ講」であるのは明らかである。その不都合な現実を隠蔽して、政治家たちは年金は安心安全だなどと露骨な嘘をつき続けているのだ。

 私たちはどうしたらいいのだろうか。収入が増えることは期待できないのだから、無駄な支出は抑えていくことである。生活のダウンサイジングが必要だろう。特に、高齢になると親類・友人が亡くなって香典関係の支出が増える。お互い大変だから、なるべく簡素にしていくのが良い。不要な引き物はもらった方も迷惑する。あまりお金をかけずに楽しめる趣味を探しておくのもよいだろう。年金が減るのは不可避だけれども、お金は使いようである。工夫すれば、1万円で2万円分の働きをさせることだってできる。このあたりは神経質人間が得意とするところである。

2019年6月 9日 (日)

神経質礼賛 1633.自分への御褒美

 辛い仕事などで頑張った自分への御褒美というと何を思い浮かべられるだろうか。女性だと洋服、アクセサリー、男女共通なのは高級料理、旅行、趣味的な買物あたりが多いかと思う。私の場合、うつ病の患者さんたちの話を共感的に聞くことを繰り返していると、うつが伝染(うつ)って、そうした気分を吸い込んで知らず知らずのうちに溜め込んでしまう。妄想の強い入院患者さんからは「殺してやる!」などと怒鳴られることも時々ある。気分転換は楽器を弾くのと、たまに美術館に行くことくらいで、日常生活では仕事から帰って、ほっとして家で飲む焼酎がささやかな御褒美といったところだ。

 もっとも、仕事で重い空気を吸い込むばかりではなく、明るい空気を頂けることもある。重症だった入院患者さんがすっかり別人のように良くなって退院していくのは医師冥利に尽きるし、担当している外来患者さんが紆余曲折の末に就職したり結婚したりいいことがあるとこちらも嬉しくなる。最近治療を終えたA氏。仕事に就いてもうまくいかず、自宅に引きこもり、家族から散々非難され、ついに自殺を図り、隣県の救急救命センターに搬送され、さらに別の病院で後遺症の治療を受け、紹介されてきた人である。紹介状にはうつ病で入院が必要と書かれていたが、すでに希死念慮はなく、外来で十分やっていけると考えた。ただ、家族関係の問題も大きいため、デイケア通所してもらって本人の居場所を作るとともに、訪問看護を入れて家族関係の調整を行っていくことにした。デイケアで行った「ワンポイント森田」(1229話・1329話)にも熱心に参加していた。家族からの風当たりには「気に入らぬ風もあろうに柳かな」で受け流すこと、どう言われても挨拶はしっかりしていくよう話し、訪問看護師さんも本人が頑張っていることを家族にアピールして関係改善を図っていった。A氏は昨年から作業所に通い出し、デイケアの日数を減らし作業所通所日数を増やしていった。当初から1錠だけ服用していた抗うつ剤も本人の希望で中止し、治療も一応終結となった。A氏は訪問看護師さんに「作業所がちょうど1年になるので、自分への御褒美にGショック(CASIOの腕時計)を買いました」と真新しい時計を見せてくれたそうだ。彼にとっては立派な勲章である。まだまだ辛いこともあるだろうけれども、何とか受け流して前進して行ってくれたらと願う。

2019年6月 6日 (木)

神経質礼賛 1632.暴走事故

 暴走車が歩行者の列や店舗に突っ込み多数の死傷者を出す事故が相次いでいる。ニュースの映像で暴走して大破している車を見ると、どうもT社のプリウスが多いような気がしてならない。そう感じているのは私だけではないようで、ネット上では、アクセルとブレーキ位置がよくないのではないかとか、電子制御システムに欠陥があるのではないか、など諸説が流れている。販売台数が多い車種だし、どちらかと言うと年配者が好む車であるし、加速性能に優れているから大事故につながりやすく、事故件数が多いのは仕方がない面もあるのかもしれない。

 事故を起こした運転手たちは口を揃えて「ブレーキをいくら踏んでも効かなくて暴走した」と言い、パニックになってブレーキと間違えてアクセルを目いっぱい踏んでいたものと考えられている。高齢者の場合は、認知機能低下によるペダルの踏み間違え以外にも、急性の心臓病や脳卒中などの疾患のために意識を失ってアクセル踏みっぱなしになることもありうる。バスの運転手が突然に意識を失って暴走し、乗客がサイドブレーキを引いて、ハンドルを少し左に切って停止させて大事故を防いだ、というような事も時々起きている。

 歩道や建物内にいる人々までも巻き込むような悲惨な暴走事故による被害を減らすには、高齢ドライバーの免許返納を促すだけでは不十分である。車が走行中に大きな衝撃を検知したら、ブレーキを自動的に作動させるとともに一定時間アクセルの信号を切るような仕組みを全車両に組み込むことが必要ではないか。今の車はガソリン車でも電子制御だから、そのあたりは簡単・低コストでできるはずだ。また、そうなれば、故意に車で次々と人をはねるような非道な行為も抑止できる。使う人間に責任があってメーカーは知らないでは済まない。人を幸せにするのがモノづくりの基本のはずだ。人を不幸にする可能性は極限まで減らす義務がある。

2019年6月 2日 (日)

神経質礼賛 1631.赤チンの最期

 私が子供の頃、転んで膝や肘に擦り傷ができると、家にある救急箱のマーキュロクロム液(通称・赤チン)で消毒したものだ。学校の保健室にもあって、体育の授業などで擦り傷を作ってしまった子が塗られていた。鮮やかな赤色なので、いかにも大ケガでもしたかのように見えた。塗ると傷口にしみて痛いけれども、もう一種類の消毒薬ヨードチンキ(通称・ヨーチン)よりはいくらか痛みは少なかったように思う。どの家にもたいてい赤チンはあったが、水銀の化合物であることから、私が高校生位の時に国内での製造が中止され、輸入品に切り替わった。その赤チン、今年の5月31日に日本薬局方から削除され、ついに最期を迎えた。

 水銀による環境汚染防止策は年々強化されてきている。医療機関からは水銀式の血圧計や体温計は姿を消した。昨年あたりから古い蛍光管の処分も内部に水銀が含まれていることから廃棄方法が厳しくなっている。一旦水銀汚染が広がってしまうと回収は容易ではなく、食物を通しての健康被害を引き起こして取り返しがつかないことになるから、大いに神経質であった方が良い。

 水銀は殺菌防腐作用やその化合物である辰砂が鮮血色であることから、古代には不老不死の薬と考えられていた。その結果、秦の始皇帝をはじめ多くの皇帝が水銀中毒死したのではないかと言われている。梅毒の治療薬として用いられた時期もあった。徳川家康が持病の腹痛(本人はサナダ虫のせいだと思い込んでいたが実際は胃腸神経症だったと私はふんでいる)治療のため自ら調合していた薬にも水銀成分が入っていたようだ。

2019年5月30日 (木)

神経質礼賛 1630.周囲に適応する

 私自身、対人恐怖に悩んだ若い頃は、集団での行動は苦手であり、特にバカバカしいと思うと避けてしまう傾向が強かった。だから、集団の中では浮いた存在になりがちだった。その傾向は今でも多少はあるが、仕方なしにその環境に身を置き、周囲を観察しながら行動するようになっている。森田正馬先生の診療所に入院していた人たちには対人恐怖・赤面恐怖の人が多かったから、同様の人が多かったのだろう。森田先生は次のように言っておられる。

 ここに入院している人は、初めのうちは、どうしても修養という事にとらわれる。金物屋に行っても、少し待つ間があれば、雑誌などを読んでいる。僕はそんな時には、常に丁度展覧会を見るように、何か面白い有効のものはありはせぬかと、陳列の品物を見回しているのである。
 ひどいのになると、入院中の人で、熱海形外会の時に、十国峠へドライブした時に、自動車の中で本を読んでいたのがあった。景色を眺め道中を楽しむという事とは無関係である。少し注意して、世の中の人を見ると、学者とか・修道者とかいう人は、凡人と違った偏人であって、時と場合における周囲の状況に適応しないで、ただ自分自身の鋳型にはまっているのが多いのである。
「そういう風でなくては、偉い人になれない」という風に考えている人が、世の中には多いようだけれども、僕は決してそうとは思わないのである。周囲に適応するような人が、よく独創的で・適切な問題を発見して、新機軸を立てるのではないかと考える。(白揚社:森田正馬全集第5巻p.680)

 神経質人間は性格が堅いと言われやすい。真面目だけれども柔軟性に乏しいきらいがある。「ただ自分自身の鋳型にはまっている」というのは、いわば心にガチガチの鎧をまとっているようなものだ。自分の心の平安を守るのには役立つが、人との交流ができにくいし、その場に適した行動が取れず、損をすることも多い。こういうことは学校教育では教えてくれない。森田療法では、周囲に気を配って行動していくうちに、自然と柔軟さが身につき、神経質の良さが発揮できるようになってくるのである。

2019年5月26日 (日)

神経質礼賛 1629.ティッシュペーパー品薄

 今年のゴールデンウィーク前あたりから、ホームセンターの店頭に変化があった。必ず店の入口付近の台車に山積みされていた安売りの5箱セットのティッシュペーパー(886話)が姿を消したのだ。チラシのお買い得商品にも載っていない。ドラッグストアでも商品棚のティッシュペーパーのところが空いていて「ただいま品薄になっています」という張り紙があった。いったいどうしたのだろうか。

 先月、大手製紙会社の工場で火災があって、しばらく操業停止となったらしいが、その工場は再稼働しているというし、メーカーは他にもあるわけだから、理解に苦しむ。県内の製紙工場へのインタビュー記事が新聞に載っていて、原材料コストの上昇、電気料金の上昇、人件費高騰という事情があって、メーカー側では値上げをしたのが本音なのだそうだ。出荷を控えて価格を上げようという意図があるのかもしれない。品薄になると、なくなったら困るという消費者心理が働いて買いだめに走り、ますます品薄になる、という悪循環が起こる。今年の秋には消費税増税も控えているから、なおさらである。我が家は以前からかなり買い置きがあるので、当分は買わずに静観するつもりである。

 それにしても、普段の生活を顧みると、ティッシュペーパーを気軽に大量に消費していることに気付く。鼻をかむのは仕方ないとして、メガネなどの日用品を拭いてきれいにするとか、床に落ちている埃や毛を取り去るとか、小さい虫を取るとか、清潔で手を汚さずに済むのでつい依存してしまっている。森田正馬先生の「物の性を尽くす」(350話)エコ生活では、チラシ・雑紙や古新聞も無駄にせず、メモ紙、風呂の焚きつけ、落し紙(トイレットペーパー)として徹底的に利用していた。それを思えば、私たちの生活は贅沢をし過ぎている。ちょっと気を配れば、ティッシュペーパーの消費量は2,3割減らせるかもしれない。

2019年5月23日 (木)

神経質礼賛 1628.表裏両面

 半年に1回くらい外来を受診している人がいる。元は他の先生が担当していたが、今では症状が軽減し、薬の服用量が減って薬が半年位もってしまう。そして、仕事の休める曜日の関係で私の担当日に来院するのだ。人が多い所へ行くのは苦手だと言うから対人恐怖的な面はあるのだろうが、現在の仕事をしていく上では特に問題ない。ただ、朝は調子が悪く、動悸が気になったり時に下痢をしたりするという。休日は全く大丈夫だというから、やはり仕事のプレッシャーはありそうだ。似たような状況の外来患者さんは少なくない。そして、私自身にも時々発生する現象である。それを「症状」「不安障害」「精神疾患」として扱うのが現代の精神医学であるが、「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」としたのが森田正馬先生である。森田先生は次のように言っておられる。

 「生の欲望と死の恐怖」という事は、必ず相対的の言葉であって、同一の事柄の表裏両面観であります。生きたくないというものは、死も恐ろしくはない。常に必ずこの関係を忘れてはなりません。
 気がもめるハラハラするという事は、同時に仕事を多くしたい、能率をあげたいという事である。これは必ず別々に取り離して考える事はできない。物事は常に表裏両面を見なければ、その全体を正しく観察する事はできない。死の恐怖ばかりを見つめて、これにとらわれる時は、常に生の欲望の溌溂(はつらつ)たるもののある事を忘れて、いたずらに迷妄を脱する事ができないようになる。気がもめるという不快気分のみの反面を見る時に、この気分だけを取り除いて、楽に仕事をしようとする迷いの心を起こすようになる。楽に仕事をする事に、決して仕事のはかどるものではないという事に、お気がつかれないのである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.624)

 神経質人間はよりよく生きたいという生の欲望が人一倍強いため、それと表裏一体の死の恐怖にもさいなまれやすく、失敗を強く恐れ、不安・緊張に伴う身体の変化も発生しやすいのだ。そうした変化を病気の症状として扱い、症状を解消するために薬を飲んでも「モグラ叩き」に過ぎず根本的な解決にはならないし、神経質の良さを殺してしまうことにもなる。この表裏一体の仕組みを理解し、不安や緊張も正常な働きであると考えて、やるべきことに向かっていくのが森田療法の骨子なのである。そして、神経質を生かせば人並み以上の成果が得られ、「神経質でよかった」(660・661話)ということにもなるのだ。

2019年5月19日 (日)

神経質礼賛 1627.ひきこもり100万人超・8050問題

 当直中、朝4時半に目が覚める。時々遠くからホーホケキョというウグイスの鳴き声が、そして近くでチュクチュク・ピー・チュクチュクという絶え間ない小鳥の鳴き声が聞こえてくる。カーテンを開けるともう外は明るい。飛び回るツバメの姿が見える。勤務先の病院はツバメたちの常宿である。換気扇の吹き出し口の上の小さな屋根の上に巣がある。毎年この時期にはせっせと餌を巣に運ぶ親鳥、巣から口を伸ばして餌をもらうヒナ鳥たちをあちこちで見ることができる。やがて親鳥はヒナたちの巣立ちを促し、ヒナたちの訓練飛行が始まるのだ。

  先週の保健所の精神保健相談は2件ともひきこもり、それも経過の非常に長いケースだった。1件目は40代男性。学校を出て2年ほど会社員をしていたが、突然辞めて家に戻って来た。その後は再就職してもすぐに辞めてしまい、以来ひきこもりが続いている。病院を受診したこともあったが続かなかった。一切親とは顔を合わせず、毎月の小遣いを親が部屋の前に置いておくとそれを受け取り、時々早朝の人に見られない時間に出かけて食べるものを買ってくるらしい。カーテンを閉め切っているし、エアコンは塞いでいるというから、妄想の存在が疑われる。ある時、部屋に入ったら激怒し、殴りかかってきて警察が介入したが、特に精神科を受診するようには言われず、親としては怖くて何もできないという。このままでは本人はなにも困らず同じ状態が続くだけだ。まずは小遣いを減額して反応を見てみたらどうかとアドバイスした。そこで何か言ってきたら話し合いのチャンスである。もし殴り掛かるようならすぐ110番通報して警察に介入してもらい、今度は保健所との連携で医療機関受診に結び付けやすくなる。

  2件目も40代だが、こちらは兄妹ともひきこもりである。最初に兄がひきこもりになった。仕事を突然やめ、ひきこもる。病院にも行ったが「病気でない」と言われた。親とは一緒に食事はするが仕事の話をしようとするとごまかす。統合失調症ではなさそうであるが、回避性パーソナリティ障害には該当しそうだ。病気ではないにせよ、医療機関を受診して作業所利用に結び付けていければ道も開けてくる可能性がある。一方妹の方は発達障害的な面が強いように思われた。一時は独り暮らしをして働いたこともあり、その後実家に帰ってからもしばらく働いた後はひきこもり、自分の部屋にカギを付けて入られないようにしている。家族と一緒に食事をせず、ネット通販やスーパーの配達サービスを利用して欲しいものを買って自分で食事は作って食べているという。それらは親のクレジットカード番号を使っているというので、まずはそのクレジットカードをキャンセルして使えないようにすることをアドバイスした。兵糧攻めである。

 ひきこもりの問題は当ブログでも何度か取り上げてきた(79195232314441話)が、ひきこもりは増加の一途を辿っている。今年の内閣府の発表によれば40歳から64歳のひきこもりは61万人にのぼり、40歳未満のひきこもり54万人と合わせると軽く100万人を超えている。最近では80代の親が50代のひきこもりの子を支える8050問題もクローズアップされるようになってきた。高齢の親が子供を扶養しているが、親も病気になったり要介護状態になったりして、経済的に行き詰ってしまうという事態が発生する。時々、親が亡くなっても遺体を放置していたひきこもりの子が逮捕される、という事件が発生している。ひきもりのため親の死に対処できないということと、親が亡くなると年金が入ってこなくなって生活に困るために放置していたと考えられる場合もある。

  子供がかわいそうだということで、いつまでもエサを与え続けていては、それに依存して巣立ちができない。ツバメの親を見習う必要がある。緊急回避的な援助はやむを得ないが、長引かないように、援助する条件として職を探す努力をさせる、場合によっては医療機関を受診させてデイケア参加や作業所利用へ結びつけることも必要である。失業保険がもらえる代わりに職探しの努力をしなければならないのともらえる期間に限度があるのも、それに依存して働かないのが当たり前にならないような仕組みになっているのである。

2019年5月16日 (木)

神経質礼賛 1626.Officeの認証

 7年間自宅で使っているノートパソコンの具合が悪くなってきた。タッチパッドのボタンが不安定になり、操作がうまくいかないことが多くなってきたので、これはハードの問題でどうにもならない。家から歩いて行ける家電量販店でOffice付の一番安い6万円のノートパソコンを購入。その際に家にあったもっと古いノートパソコンを1台処分してもらった。

 実用的なパソコンと呼べるものを最初に買ったのが平成元年。持ち運びできるラップトップ型で重量は6kg位あった。記録媒体はミニフロッピーディスクだった。OSはWindowsの前のMS-DOSでマウスは使わずにキーボードからコマンドを入れて操作した。それから3年後にハードディスク内蔵のノートパソコンを購入した。これもまだMS-DOSだった。さらに5年後にWindows95のノートパソコンを購入。こういった初期のパソコンはいずれも1台30万円ほどだったから大出費だった。初めの頃はNECあるいはシャープのパソコンを買い、そのうち子供に買い与えるようになってから、安価な東芝、HP、acer、レノボも買うようになった。今回は初めて富士通のパソコンであり、通算21台目にあたる。買った時の箱は年々小さく軽くなってきていて、隔世の感がある。分厚いマニュアルが何冊も同梱されていたのが、今ではマニュアルはなく、初期設定について書いた薄い冊子が付いてくるだけである。

 まず、Windowsの初期設定を行う。メーカーへのパソコンのユーザー登録はパス。個人情報をむやみに送るのは危険だし、有料サービスへの誘導がミエミエだからだ。既存のWord文書を開こうとするとOfficeの認証画面になる。かつてはCD-ROMやDVD-ROMを入れて開始したのが、今は紙切れ一枚に書かれたプロダクトキーのカバーをコインで削り取って読み、それを入力するだけ、のはずだったが、プロダクトキー入力後に今回は余分な画面が増えていた。Officeの種類を選択する画面が追加されていた。うっかり機械的にENTERを押してしまったら、購入したものはOfficePersonal2016というWordとExcelだけでPowerPointがないタイプのため、PowerPointを購入しろという表示が出る。そこで、処理を中断してやり直す。ところが、今度は認証回数が規定回数を超えたので認証できません、という表示が出る。いろいろやってみたが、ネット経由でなく、電話で認証を行うしかないということになる。夜遅くなっていたので、別の休日に電話をしてみることにした。

 電話をかけると自動音声が流れてきて、それにしたがって電話機の番号を押すのだが、全く反応してくれない。そんなことを5分以上やっていたら、オペレータに繋がった。オペレータは男性で、とても落ち着いた話し方だ。怒って電話してくるクレーマーにも対処できそうな感じがする。指示に従って、エラー画面の6桁の番号が9ブロック位あるのを読み上げる。すると、キーとなるやはり非常に長い桁数の数字を告げられ、それを入力してやっと認証が通って使えるようになった。年々パソコンのハード・ソフトとも性能・機能が向上している反面、初期設定や操作やメンテナンスが煩雑になる一方である。もっと基本機能だけに絞り、どのハードにも共通して使えるようなワープロ表計算ソフトがあったらなあ、とつくづく思う。

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