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神経質礼賛 1675.台風一過

 台風19号が通り過ぎ、今日は早朝から快晴。真夏のような黒富士の宝永火口がくっきり見える。沼津港近くを行きかう船もハッキリと見える。三島では午前のうちに気温32.9℃を記録した。昨夕の強風と大雨が嘘のようである。今回の台風はかつて1200人の死者を出した狩野川台風とコースが似ていて規模もそれに匹敵、あるいはそれ以上と言われていた。残念ながら崖崩れや川の氾濫のために死者や行方不明者や負傷者を出してしまったが、それでも事前の避難勧告や「身の安全を守るため最大限の努力をして下さい。川や海には絶対に近づかないで下さい」といった繰り返しの放送によりいくらかでも被害を減ずることができたかと思う。

 台風襲来の前日11日の段階で、県内の東海道新幹線・在来線とも12日の始発から運休することが公表された。東名・新東名も通行止めだから高速バスや車もアウトである。12日は朝から勤務の上、3泊連続の当直だからどうしても出勤しなくてはならない。そこで、11日当直予定の先生と交代していただき、一旦家に戻って荷物を取ってきて、11日から4泊連続当直ということになった。12日は昼頃からだんだん風雨が強まる。デイケアの利用者さんたちは昼で終了となり、職員も可能な限り早めに帰宅。残っていなければならない職員は風雨が収まるまで院内で待機することとなった。職員の話では近辺のスーパーでは水やカップラーメンさらには乾電池はどこも売り切れだったそうである。停電や断水に備えて皆さんあわてて買いに走ったようだ。台風に限らず地震でも停電や断水が起り得る。地震は台風と違って予測困難だから、水や非常食は普段から買い置きして、時々使って新しいものを補充するようにするに越したことはない。備えあれば憂いなし。心配性、神経質が身を守るのである。

2019年10月12日 (土)

神経質礼賛 1674.サクラレビュー

 ネット通販を利用している人が多くなった。商品を購入する際に参考にするのが、すでに購入した人のコメントやレビューである。評価点数の平均点が高く、コメントやレビューが多いと安心感がある。ところが、「サクラ」が売主側に都合の良いコメントやレビューを書いていることもあり、そうした書き込みをする主婦や学生のアルバイトもある、ということがニュース番組で報じられていた。そうなると、それを信じて買った人が粗悪品をつかまされる恐れがある。レビューがサクラではないかを判別して「サクラ存在率は○%です」と表示する「サクラチェッカー」というWebサービスが話題になっているという。

 もっとも、コメントやレビューをよく観察すれば、サクラではないかと見抜ける場合が多いように思う。まず、評価点の平均は高いが、★5つ評価が多数ある反面★1つ評価も多いというものは怪しい。評判の悪さをサクラが大量の★5つ評価を流して平均スコアを上げるとともに★1つコメントやレビューを見えにくくしている可能性がある。それから、どこがどのように良いのか具体性のない★5つ評価、投稿者名が不自然である場合、同じような時期に類似の評価が続けて投稿されている、といった場合は要注意である。神経質の皆様方はやっておられると思うが、怪しいと思ったら★1つ評価をよく読んでみるとよい。電化製品だと、初期不良や業者の対応の悪さや使い勝手の悪さが書き込まれていることが多い。「安物買いの銭失い」にならないよう、サクラコメント・レビューにはくれぐれも御用心である。

2019年10月10日 (木)

神経質礼賛 1673.貧乏ゆすり

 仕事帰りの電車に乗って席に座っていて、ふと見ると通路を隔てて斜め前の席に座っている男性が激しく貧乏ゆすりをしているのに気が付いた。50代位で学校の先生風である。そのうちカバンからノートを取り出して読み始めると貧乏ゆすりはピタリと止まった。しばらくしてノートをしまうとまた激しい貧乏ゆすりが始まった。電車の中で貧乏ゆすりをしている人はめったに見ない。数年前、隣の席に座ってきた大柄の白人男性が貧乏ゆすりをしてその振動に閉口したことがある。若い頃、大学受験で後ろの席に座った人が試験中に貧乏ゆすりをして、神経質な私は試験に集中できずに困った経験があったことも思い出す。

 貧乏ゆすりをする人がどの程度いるのか、その頻度は不明である。不思議と女性の貧乏ゆすりを見たことはないので、性差もあるのかもしれない。女性だと親から「お行儀が悪い」と注意されやすいために少ないことが考えらえる。その名の由来は、貧乏人が寒さに震える様子、落ち着きなく動いている様子からとも言われるが、よくわかっていない。さらには原因もよくわからない。本人には意識がなく、一種の癖と考えられるが、不安解消のため、過剰なカロリーを消費するためという説がある。最近では、下肢の血行を良くして血栓の予防になるという効果がよく言われる。エコノミークラス症候群予防のためには貧乏ゆすり、ということになるだろうか。しかし、周囲の人に不快な思いをさせるのはいけないので、人がいないところで意識してやった方がよいだろう。

2019年10月 6日 (日)

神経質礼賛 1672.森田療法100周年

 今年は森田療法が創始されてちょうど100年になる。10月5日・6日と浜松で行われた第37回森田療法学会も「新時代の森田療法、来るべきもの」というテーマでそれを意識した内容になっていた。今回会長を務められた山末英典・浜松医大教授は、森田療法の効果検証をしようとしておられ、特別講演にはすでにスマホを用いて認知行動療法の効果を検証した古川壽亮・京大教授をお呼びしていた。その後のシンポジウムⅠではこれまでの森田療法の流れや最近の外来森田療法の実際が中村敬先生と伊藤克人先生によってわかりやすく論じられた。一方、森田療法と仏教との関わりを岡本重慶先生が論じられ、とても興味深かった。岡本重慶先生は御著書で現代の森田療法から忘れ去られた部分を追及されている。客席の最前席に座っておられた御齢92歳の元三聖病院院長・宇佐晋一先生も発言され、現代の森田療法で得られたものもあるが失われたものもあるのではないかという趣旨のことを言っておられた。私が思うに森田療法の科学性を強く主張していくうちに仏教と重なる面は削ぎ落とされてしまったのではないだろうか。森田療法のユニークな「不問技法」も今ではすっかり影を潜めている。外来森田療法を積極的に行っておられる先生からは、治療の舞台が入院から外来に変化しているので、いきなり「不問」ではなく、まず問うことから始めなくてはならない、という指摘があった。それはその通りであるが、言葉や観念の世界に終始し実際の行動に結びつかなければ、一体どこが森田療法なのか、ということにもなってくる。

 適応疾患の拡大に伴い、いかにその人の「生の欲望」を引き出して行動に転じていかせるか、ということが治療の中心に置かれるようになってきている。不安は「生の欲望」の裏返しであり、それを振り払おうとすればかえって不安を増大させる「精神交互作用」によって症状が固着してしまう。そこで不安はどうしようもないものとして不安なままやるべき行動を取っていく、という戦略は神経質者でなくても通用する。しかしながら、鈴木知準先生の打ち込み的助言に代表されるような神経質者に鋭く切り込んでいく部分は失われていった。「先生が恐ろしいのは、勉強が苦しいように、当然の事であって、もし、それが友人や路傍の人のようであっては、ここへ入院しても、なんの効もないのである(森田正馬全集第5巻 p.409)」というような治療者はいなくなった。そして神経質の良さを生かしていこうという森田正馬先生の「神経質礼賛」の精神も今はない。私の師の大原健士郎先生は森田療法の患者さんたちに「神経質で悪いことは一つもないんだよ」「神経質は出世の性格だ」と常に言っておられたものだ。そして、私に対して森田療法について語られたことは以前記したようにたった一言、「お前が患者のお手本になるように行動していくんだよ」だった。それは一生かかっても実現できない目標ではあるが、せめて神経質礼賛の旗印を掲げ続けたい。

2019年10月 3日 (木)

神経質礼賛 1671.名前の確認

 今月になって、今まで主に担当していた病棟から離れて、他の病棟の全患者さんの主治医になった。長年、御家族と面談していろいろと相談に乗っていたケースもあって、何の挨拶もなく途切れてしまったのが気になるが、こういうやり方がスタンダードだ、と言われてしまうと何とも仕方がない。新しく担当なった大部分の患者さんとは一度も話をしたことがなく、顔を見てもお名前がわからない。一昨日、最初の診察の際、次々と診察室に入ってくる方の名前がわからず、「すみません。お名前を教えて下さい」を繰り返す。この人は確か○○さんだったよなあと思い、「○○さんですね」と聞いたら、「違います。△△です」と答えた人がいた。△△という入院患者さんはいない。変だなあ、間違いないはずだが・・・実はこの人は芸能人の△△の家族であるという妄想があるのだった。私は元来、人の名前を覚えるのが苦手であり、加齢により記憶力が落ちてきているので、名前の確認は当分続くことになりそうだ。そして、これまでの経過を知るために電子カルテとにらめっこする日々が続くだろう。

 患者さんの取り違えによる医療事故は後を絶たない。他の患者さんに手術をしてしまったというような信じられないミスもたまに起こる。最近では電子カルテが普及して、別の患者さんに記載してオーダー入力してしまうようなミスも問題になっている。特に患者数の多い大病院では同姓同名や似た名前の患者さんの取り違えが起きやすい。私自身が通院している市立病院内科では診察やCT・レントゲン撮影の際に必ず「お名前をフルネームで言って下さい」と言われる。以前入院したことがある県立総合病院では一日に何度も看護師さんから「名前と生年月日を言って下さい」と言われて少々うんざりしたが、事故防止のためにはこうした確認は欠かせない。多分、大丈夫だろう、と油断していると事故が起きやすい。この点に関しては少々強迫的であった方が良い。

2019年9月29日 (日)

神経質礼賛 1670.松下幸之助と妻むめの

 先週の水曜日、NHKの歴史ヒストリアは「夫婦で起こした家電革命 松下幸之助と妻むめの」という番組だった。番組の中では幸之助(211話)は病弱で神経質で癇癪持ちであり、奥さん・むめのさんの支えがあって大偉業を成し遂げることができた、というような話になっていた。むめのさんは幸之助が会社を辞めて起業すると言い出した時に反対しなかった。生活は苦しく夫に内緒で嫁入道具を質に入れたりして資金を工面していたが、明るく夫を励まし続け、会社が少しずつ大きくなっていくと従業員の世話もしていた。むめのさんあっての幸之助だったことは確かである。裸一貫から起業して成功し、やがて森田療法の世界的な普及に尽力された岡本常男さん(37268269871話)の妻・佳子さんもむめのさんとよく似ていると思う。どちらも、森田正馬先生が「神経質の人は、気の軽い大まかな人と結婚するがよい。すると気の軽い人は、あの人はどうせ気難し屋だからといって大目に許し、また神経質の方では、どうせあれには、難しい事をいってもわからないといって、あまりやかましくいわなくなる。お互いに許し合うから円満になる。(森田正馬全集 第5巻 p.729)」と言われたようなベストカップルだったのかもしれない。

 残念ながら番組の中では幸之助の神経質の良さについて触れていなかった。神経質ゆえ、お客さんのニーズを汲み取って創意工夫をこらし、次々とヒット商品を世に出すことができたはずである。大成功しても決して奢ることなく常に反省し続けた点、不況になっても従業員を解雇せずそれゆえ従業員たちも懸命に働いて乗り切ることができた点、私利私欲の追及でなく社会貢献に努めた点などは神経質ならではだ。松下幸之助の自伝『私の行き方考え方』(日本図書センター)は多分どこの公立図書館にも入っていると思うので一読をお勧めしたい。

2019年9月26日 (木)

神経質礼賛 1669.電話恐怖

 私は子供の頃から対人恐怖や強迫観念に悩んできた。対人恐怖の一部だと思われる電話恐怖もそうである。学生のうちはそれほど電話に出たり掛けたりは多くなかったが、会社員になって仕事中、頻繁に掛かってくる電話を受けるようになった。「ベルが2回鳴るまでのうちに出ろ」と厳しく言われていたから、仕方なしにとにかく掛かった電話を取りまくった。大抵は部長や課長宛ての電話だ。今から40年前のこと。保留ボタンを押して、「○○部長、経理部の△△課長からお電話です」と大声で告げなくてはならなかった。誰からかの電話かを聞き落したら大変だからとても緊張した。それに、相手から「△△です」と言われても役職がわからないとまずいので、よく掛かってくる人物はどんな役職にあるのか懸命に覚えようとした。職場の一角にデータ入力専門の女性(キーパンチャー)たちがいて、そこの女性宛てに通販会社から電話がかかってくることもあって、大声で呼ぶわけにもいかず困ったこともあった。そして、自分から掛けるのはさらに緊張した。社内のシステム開発のため、役員や部長や支店長クラスに電話で業務内容を聞いて確認しなくてはならないことが多かった。入社1,2年目の自分のような人間が偉い人に電話を掛けるのはプレッシャーが大きかった。しかも、そういった人は不在だったり電話中だったりすることが多い。折り返し電話をいただくのも失礼に当たるので何度も掛け直さなくてはならないのも苦手意識を高めた。それでも仕事であるから嫌でも何でも、電話を掛けまくったものだ。

 今でも、他の病院の医師に電話を掛ける時や患者さんの病状説明のために家族に電話しなければならない時は正直言ってとても緊張する。電話は相手の状態がわからないから、忙しい時で迷惑をかけはしまいかととても心配になる。しかし、やらなければならないことだから、とにかく電話番号を押す。後はどうにかなる。仕事が神経症を治してくれるのである。外来患者さんで電話恐怖だという人にお目にかかったことはないが、多分、対人恐怖の人では少なくないと思う。そういう人には、まさに「恐怖突入」(212話)が効果的である。

2019年9月22日 (日)

神経質礼賛 1668.消費税増税前

 ようやく真夏日や熱帯夜から解放され、秋風が心地よく感じられるようになってきた。ただし、春先とともに秋口はどうも調子が悪いということで受診される患者さんが増える。長い夏の疲れが溜まっていたのが噴き出すということもあるだろう。そうした中に個人経営者の人がいた。売上がジリジリ下がってきていて、いつも銀行からの借入金のことで頭が一杯で心配ばかりだという。そこにもってきて、10月から消費税がアップするが、今までと違い、10%税率の場合と8%の軽減税率があって、新しいレジを入れなければならないけれども、到底間に合わない、と嘆く。その上、政策上キャッシュレス決済を広めるために優遇ポイントを与えるような話もあって、個人商店は対応に四苦八苦である。通貨の信頼度が高い日本やドイツではまだ現金決済が多い。何もキャッシュレス決済率が極めて高いという隣国の真似をしなくたっていいのに、と思う。

 税率アップを前に、家電量販店や衣料品店や大型酒店のチラシは、税率が上がる前に買い替えや買い溜めを勧めるものが目につく。実際、冷蔵庫や洗濯機の買い替え売上は順調らしい。外来患者さんからは酒やたばこを多めに買い込んだという話も聞く。妻は化粧品を買い込んだようだ。しかし、あれもこれもと買い溜めするのは得策とは言えないだろう。日用雑貨品は置き場所を取るし、税率アップ後の安売りの時もあるだろうから、その時に買った方が得かもしれないからである。日用雑貨を買いに行ったのに税率が上がらない食品までつい買い過ぎてしまうということもありそうだ。1万円分買って、消費税の変化は200円である。慌ててあちこち車を走らせて買い込んだらガソリン代が高くつくのだから、神経質としてはそのあたりも考えて冷静に対処することである。

2019年9月20日 (金)

神経質礼賛 1667.森田療法セミナーの講師

 昨夜は森田療法セミナーの講師を依頼されていた。お題はリクエストにより「徳川家康と神経質」というテーマだ。参加者は森田療法を勉強している医師や看護師やカウンセラーさんたち。心配症なので、パワーポイントデータが入ったUSBメモリを3本用意した。

 会場は代々木の家庭クラブ会館でその近辺は全く不案内である。心配だから、まず開始の2時間以上前に場所を確認に行く。その後は新宿界隈の歩いて行ける立ち寄りスポットとして中村屋サロン美術館を選んだ。入口を見落としてかなり先まで行ってしまい、戻って見つけた。開館5周年記念ということで荻原守衛展だった。31歳の若さで亡くなった荻原の代表作「女」が展示されていたけれども、「文覚」に引き込まれた。文覚は北面の武士だったが同僚の妻に横恋慕して誤って殺してしまい出家する。平家物語では、源頼朝に父・義朝の髑髏を見せて平家討伐を促す怪僧として描かれている。かっと見開いた眼と葛藤を内在させた顔の表情が大迫力である。彫刻家として知られる荻原のデッサン・油彩画・水彩画・手紙類も展示されていて興味深かった。新宿の中村屋は荻原ら多くの芸術家たちを支援していて、その歴史も面白い。新宿の喧騒とは別世界で一時を過ごす。腹ごしらえをして再び会場へと向かう。

 パワーポイントの資料は、以前の出版記念講演会の時のものに手を加えている。まず、私自身を神経症の症例として自己紹介してしまおう、という算段である。後は師の大原健士郎教授の教えを紹介して、それから本題に入る。1時間前に会場に戻ると、まだ誰もいないので、電気を点けエアコンを入れる。最初に来られたのは精神科クリニックを開業している先生で、当ブログを読んで下さっているとのことだ。有難いことだ。だんだん人が集まってきて参加者は十人を超える。2時間のうち前半は私の話、後半は病院勤務の看護師さんによるパニック障害の患者さんの症例報告と意見交換会だった。ふと気がつけば終了予定時刻を過ぎている。帰り際に、やはり当ブログをお読みいただている方から、プレミアムベビーチーズのゴルゴンゾーラ入りを頂いた。プレミアムは私が行く店にはないのでうれしくなる。包装フィルムが金色なのがプレミアム感を出している。どうもありがとうございました。

2019年9月15日 (日)

神経質礼賛 1666.ハイドンの「告別」

 以前、398話に書いたオーストリアの作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)104曲にものぼる交響曲を作曲し、「交響曲の父」と呼ばれているが、そのうち何曲を聴いているか、と問われたら、恥ずかしいほど少ない。かつてハイドン作曲とされていた有名な「おもちゃの交響曲」はアマデウス・モーツァルトの父親であるレオポルト・モーツァルトの作曲だということになったが、さらに現在ではオーストリアの神父で作曲家のエトムント・アンゲラーの作品であるということに落ち着いている。

 ハイドンの交響曲の思い出というと、高校生の時に弦楽合奏部と吹奏楽部と合同でハイドンの交響曲第94番「驚愕」・・・いわゆる「びっくりシンフォニー」を演奏したこと位だろうか。わが弦楽合奏部は少人数で吹奏楽部は大人数だから音量がアンバランスでそれだけでも「びっくりシンフォニー」だった。当時の吹奏楽部のフルート奏者は、つい最近まで長く財務官としてTVニュースによく出ていたA君だったなあと思い出す。医大オケではベートーヴェン、モーツァルトの交響曲はよく演奏したが、ハイドンはトランペット協奏曲だけで交響曲は一曲も弾いていない。

 ハイドンは気配り上手の人で、穏やかな循環気質、メランコリー親和型と考えらるが、神経質と見て取れる面もある。彼は長年にわたり大貴族エステルハージ家に楽長として仕えた。その仕事は作曲ばかりでなくお抱え楽団維持に関する雑用が多く大変であったらしいが、ソツなくこなしている。家族と離れて生活する楽団員たちが休暇をもらえず不満がくすぶっていたのを察知したハイドンは主人の前で交響曲第45番「告別」を演奏した。第4楽章では、十二人の奏者が順々にロウソクを消して退場していき、ついにはヴァイオン二重奏になり、その二人もロウソクを消して退場して終わる。エステルハージ侯爵は、楽団員たちの思いを知って休暇を与えたということだ。一人、二人と消えていくのを見ても何も感じない・神経質が足りない雇い主では話にならないが。

 「ハイドン 告別 動画」で検索すれば、2009年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートから告別の第4楽章をYouTubeで見ることができる。8分ほどの曲で、その半分位から団員が立ち去り始める。指揮者のバレンボイムはおやおや、という表情で指揮の手を止めるが気を取り直してまた振り始める。大オーケストラの団員が次々と舞台から姿を消していくのだから聴衆から笑いが漏れる。最後に残った奏者の楽譜をのぞき込み頭をナデナデしてあげたりするのだが、その二人も姿を消し、無人となったオケを指揮しても音はなく、唖然とするバレンボイム。なかなかの役者ぶりである。

«神経質礼賛 1665.サライ

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