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神経質礼賛 1647.信用金庫の合併

 私が住んでいる県内では信用金庫の合併が相次いでいる。我が家から徒歩2分のところに本店がある信用金庫も一昨日に隣市の信用金庫と合併した。銀行よりも待ち時間が少ない(それだけすいている)から払い込みなどには重宝している。合併になっても特に手続きはないので利用者から見れば今まで通りである。

 こうした合併が相次いでいるのは金融機関、特に地方銀行や信用金庫など規模の小さい所で経営危機になっているからである。低金利はまだしも、ゼロ金利やマイナス金利はそもそも資本主義経済の原則に反するもので、金融機関の経営は成り立たなくなる。その結果、どこの金融機関も高利のカードローンや客が損をする可能性が高い保険商品や投資信託を勧めるというインチキ商売でかろうじて食いつないでいるのが現状である。そのカモになっているのは主に高齢者である。有名な金融機関のやることだから安心だと騙されて身ぐるみ剥がされる。スルガ銀行の大規模な不正事件も背景にはマイナス金利がある。一時的には仕方ないにしても、「デフレ脱却」を錦の御旗にしてマイナス金利を何年も続けているのは異常である。不思議なことに新聞やTVの報道番組でもその問題を取り上げることはまずない。かろうじて毎日新聞が時々取り扱う程度である。新聞の雑誌広告を見ていると現政権礼賛雑誌がいくつもあるらしい。知らないうちに言論統制が行われているのではないかと勘繰ってしまう。マイナス金利は景気を偽装するだけのことで、そのツケは後で回ってくる。「一波を以て一波を消さんと欲す 千波萬波交々(こもごも)起る」(540)という禅語が頭に浮かぶ。神経症者の「はからいごと」と同じである。

 デフレデフレと言うけれども、生活実感からすると、本当はインフレである。特に食品類の値上がりがここ数年目立つ。私が買物に行くホームセンターとスーパーを兼ねた店では開店と同時に60代・70代と思われる人たちが走って行く売場がある。賞味期限が近くなったパンを3050%引きにしてあるワゴンである。一人で食パンを4つも5つもカゴに入れている人もいる。冷凍にしておけば日持ちするから一度に買いだめしているのだろう。週に1回、消費税分を値引きして実質100円で売る100円ショップがある。その日に行くとレジは長蛇の列である。生活者たちは身を守るために工夫しているのだ。苦労知らずのお坊ちゃま・お嬢ちゃまたち二世・三世の世襲国会議員様たちには到底お分かりにならないだろう。

 今度の日曜日は参議院議員選挙の投票日。ぜひ棄権しないでいただきたい。そして、聞こえのいい見せかけの実績を誇張する候補者や○○を無料にしますと唱える候補者に騙されないでいただけるとなおよい。

2019年7月15日 (月)

神経質礼賛 1646.朝の電車の遅れ

 今日は祝日ながら普段通り朝から出勤である。雨の中を歩いて行く。持ち前の心配性のためいつも早めに家を出るので電車が出る12分前くらいにはホームに着いている。ところが、駅に着いて案内表示板を見上げると、1本前の電車がまだ出発していないらしい。どうしたのだろうか。とりあえずホームに停車している前の電車に乗り、車内の電光掲示を見ると、夜間工事が遅れていてまだ運転できないのだと知った。台風や集中豪雨の時や停電トラブルなどで朝の電車が遅れたり下手をすると運休することはあるが、夜間工事の遅れとは今までにないパターンである。

 何はともあれ、病院に電話を入れ、送迎車のドライバーさんに連絡しておく。私以外にも数人の職員さんたちが乗るので、待たせて迷惑をかけたら悪い。他の人たちが集まっていたら待たずに出発して下さい、と告げる。すると、車内アナウンスがあって、「工事が終了したのでまもなく出発する予定です」と。結局、いつもの電車と同じ位の時刻に出発する。さらに前の電車が詰まっているため、駅の手前で信号停車を繰り返す。どれだけ遅れるのだろうかとハラハラする。あまり遅くなるようなら、もう一度病院に電話を入れて当直の先生に待っていてもらわなくてはならないからだ。幸いにも大きな遅れにはならず、送迎車に間に合うことができてほっとする。結果オーライである。

2019年7月14日 (日)

神経質礼賛 1645.かこさとし絵本展

 先週のNHK日曜美術館は没後1年のかこさとし(加古里子:1926-2018)さんをテーマにしていた。今夜また再放送が予定されている。子供が小学生の時に学校から『だるまちゃんとてんぐちゃん』という絵本を借りてきて見ていた記憶がある。これはかこさんの代表作の一つである。ちょうど今、藤枝市文学館で「かこさとし絵本展」(61日-728日)が開催されていると知り、妻の実家に行きがてら見に行ってきた。

 だるまちゃんシリーズの他には『からすのパンやさん』に始まる、からすシリーズもよく知られている。会場には絵本の代表的なシーンがパネル展示されるとともに、ソファには絵本が置かれている。作品を読んだであろう親子たち、かつて絵本を子供に買い与えたことがあるであろう老夫婦たちがやってきて展示を見たり置かれた絵本を広げたりしていた。ほのぼのとした親子の愛情、そして創意工夫して困難な状況を生き抜いていく知恵を扱っていて、とても良い作品ばかりだ。親が子供に読み聞かせたら、子供の教育だけでなく、親の情緒安定にも効果がありそうだ。『みずとはなんじゃ?』のように自然科学をやさしく教えてくれる作品も展示されていた。展示された下書きを見ると細かいメモが入っていて、実に神経質がいき届いているように思われる。かこさんは異色の経歴の持ち主である。東大工学部応用化学科卒業後、昭和電工の研究所で働くかたわら作品を作り続けた。科学者の目を持った絵本作家ということになるだろう。晩年は緑内障による視野障害に苦しみながらも最期まで絵本を描き続けられたそうである。

 小学校低学年のうちから英語教育だとか道徳教育の復活だとか愛国心を養えだとか妙な方向へ流れているが、そんなことよりもこうした良質の絵本を読み聞かせて人間形成に役立てることの方がずっと大切なのではないかと思う。

2019年7月11日 (木)

神経質礼賛 1644.ガサ入れ?

 「先生、お願いします!」と病棟師長。「はい、では始めましょう」と私が答える。と言っても別に手術をするわけではない。私が先頭に立って、6名のスタッフで患者さんの部屋に向かう。段ボール箱を持ったスタッフもいる。まるで警察か検察の「ガサ入れ」である。この患者さんは一日中寝っぱなし。スナック菓子を食べながら雑誌を見るのが唯一の楽しみである。しばしば入浴は拒否。髪はボサボサ。暑い夏でも冬の衣類を重ね着していて極めて不潔だ。部屋はゴミ屋敷状態だが、女性スタッフだけで片付けようとすると怒って暴れる恐れがあるということで、私が呼ばれたのだ。「今からお部屋を整理しますよ」と宣言して作業開始。ベッドマットの下からは新聞紙や大量の雑誌が出てくる。とりあえず、古い雑誌は今度御家族が車で来た時に持ち帰ってもらうこととした。ベッド横の床頭台(タンス)の引き出しを開けると、汚れた衣類がこれでもかというほど出てきて、それとともに菓子の食べかすが大量に出てくる。雨の時期は外からアリが入ってくることになるし、ゴキブリ発生することにもなりそうだ。食べかけの菓子などのゴミは捨て、傷んで着られないような衣類は処分し、洗濯すれば使えそうな衣類は業者の洗濯に出すことにした。30分ほどでようやくきれいに片付いた。

 この人の場合は、ある精神病の陰性症状の無為・自閉・不潔によるものであるけれども、精神病ではない神経症でありながら片付けができずにゴミ屋敷状態にしてしまう人がいる。ある人は何か重要なものを捨ててしまうのではないか、と恐れて何度もゴミの中身を確認をするが、それでも心配で捨てられずにゴミが溜まっていく。またある人は不潔恐怖があって、自分の基準で思うところの不潔にならないように無駄な労力を使い、結果的には入浴や洗髪もできずかえって不潔になり、それとともにゴミを自分では捨てられず溜め込んでしまいゴミ屋敷化してしまうのである。そのこだわりや労力を仕事などの実生活に活かしていけば神経質が活きるのに実にもったいない。「わかっちゃいるけど捨てられない」ということなのだ。自分なりの理屈は置いておいて、普通の人がするように、とにかくゴミに手を付けて一つでもいいから捨ててみるしかない。一つできれば、二つ目、三つ目にとりかかればよい。それもできないとなれば、思い切って業者に委託して、一度処理してもらうのもありかもしれない。

2019年7月 7日 (日)

神経質礼賛 1643.古紙回収

 今日は月2回の町内の古紙回収の日。朝食を食べてから新聞紙を紙ひもで縛る。新聞紙は二つ折りか四つ折りにするのが普通かと思う。我が家は普段積んで置く場所の関係で四つ折りである。四つ折りの場合、普段からキッチリ折っていないと、縛りにくいだけでなく縛ったのが崩れやすい。わたしは新聞紙も折込チラシもキッチリ揃えてから折って積んでおくが、妻はいい加減に折って積んでいるので、縛る前に崩れそうな折り方をしているものは折り直さなければならないので手間がかかる。このあたりは普段から神経質にしていると楽である。段ボールもまとめて縛り、古紙回収の集積場まで持っていく。かつては各家の前に出したものを町内の役員がトラックを運転して町内を巡回し、子供会のお母さんたち数人でそれをトラックに積み、小学校まで運んでいたから、本当に大変だった。妻もトラックの荷台に乗って作業してくれていた。今は業者が回収してくれるから楽になった。子供会の仕事は、「今日は廃品回収の日です」というテープを流しながら町内を一周するだけである。さて家に帰ってくれば、新聞紙と段ボールの山が消え去り、気分もすっきり、ちょっとした達成感がある。

 「何もすることがない」とぼやいている人には古紙回収の日はチャンスである。ものの10分か15分くらいの手間だけで、容易に満足感が得られる。すると、次の仕事にも手を出しやすくなる。さらにいろいろな仕事が次々と見つかるので、それらを片付けていくうちに、気が付けばとても充実した一日が過ごせているのである。

2019年7月 4日 (木)

神経質礼賛 1642.君は大胆になりたいですか

 私は筋金入りの小心者である。小さなことを心配し、クヨクヨ悩むのを常としている。若い頃は大胆な人がうらやましいと思い、これではいけない、何とか大胆になろうと不可能な努力を繰り返していた。しかし、小心者ゆえ、いろいろと準備をし、自分の行動を反省して軌道修正するから、大失敗をすることは少なく、人並以上の結果が得られることが多い。今では神経質の小心者で良かったと思っている。森田正馬先生は、卒倒恐怖に悩む人に次のように話しておられる。

(電車に乗って駅で止まっていてドアが開閉するのを見て、ふと、もしこのまま外に出られなくなったらどうしようという不安が起き、それ以来家を出ると動悸やめまいが出現した男性に対して)

「君は大胆になりたいですか」

「ええ、そうです」

「それが間違いのもとです」

「でも、つまらない事を苦にするのは、いやですから」

「つまらない事といふのが間違いです。心臓麻痺を起こして死んだら・どうしやうと考へる。之はつまらない事ですか。馬鹿らしい事ですか。死は恐ろしくないのですか」

「恐ろしいです」

「だから、真面目に心配しなくてはいけない。死は恐ろしいから、絶へず戦々兢々をして居れば良いのです。こんなくだらない事を考へまいとするのは間違っています」

 そして、次のように解説しておられる。

 死を恐れまいとするのは間違ひのもとに決まつてます。之を思ふまいとするのは、柱と相撲をとる様なもので、此方が参つて了ひます。柱には負けるものと決めておいた方が良いのです。恐ろしい・恐ろしいと思ひつめて居るうちに、直忘れます。氣を紛らさう・思ひ出すまいとすれば、忘れられぬに決まつて居ます。素直に柔順に恐れて居れば、簡単に治ります。之を治さうと、ずぼらして寝たりすれば駄目です。恐れながら働くのです。恐ろしくとも・苦しくとも働くのです。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.73

 ビクビクハラハラのままで良い。そして、そのままで行動していけばよい。大胆になる必要はないのである。大胆な人間に比べれば、小心者は緻密な仕事ができる。平気で嘘やハッタリが言える政治家だけにはなれそうもないが、それでよい。

2019年7月 1日 (月)

神経質礼賛 1641.冷食餃子は難しい

 いつも母親の家に食材を買って届けている。やはり年々作るのは大変になってきているようで、すぐに食べられる冷凍食品が少しずつ増えている。その中で、以前から変わらず買っているのが味の素の冷凍餃子である。母は、焼くのではなく、一度に3,4個スープの中に入れて食べている。水餃子みたいなものである。パッケージの写真は羽根つきで美味しそうに見える。数年前に一度自分用に買って作ってみたら、フライパンに焦げ付いて見事に失敗した。今回、再度の挑戦である。

 餃子を作る前にモヤシを炒める。浜松餃子にはよくモヤシがセットで出てきて、意外とよく合う。その後、説明を読みながら餃子を作る。フライパンには油を敷かず、そのまま餃子を並べ、蓋をして5分間中火にかけ、蓋を開けて水分を飛ばす。水は不要である。4分すると「羽根」にあたる部分がいい感じのキツネ色になってきて、そろそろ完成である。そこで、裏返しにすれば、説明通りの綺麗な羽根つき餃子の出来上がり・・・のはずだったが、フライパンに焦げ付いて裏返せない。12個中1個だけ綺麗に焼けていたが、後は底なし餃子になってしまった。ああ、また失敗である。焦げ付きにくいテフロン加工のフライパンだったらいいのかもしれないが、妻はそれを嫌っているので、このフライパンを使わざるを得ないのである。焦げ付きやすい場合は少し油を敷いて下さいとも書いてあるので、次回挑戦する時にはそうしてみよう。冷凍餃子もなかなか難しいものである。

2019年6月30日 (日)

神経質礼賛 1640.雨とうつ

 毎日のように雨が降る、梅雨まっただ中である。やはり、雨の日は気が重い。出勤前に雨が降っていると機先をそがれる感じがする。傘をさして駅まで歩いていくと疲れが出る。特に大雨の日は電車が運休となることもあるから、ネットで運行状況を調べ、念のためいつもより1本早い電車に乗ろうか、などとやっているからますます疲れる。休日であっても、雨だと外出しようという気分にはなれず、最低限の買物を済ませたら後は家で過ごすことになる。外来患者さんたちの中にも、雨で気圧が下がっている時は、頭痛や関節痛がいつもよりひどい、と訴える人がよくいる。雨で気分爽快という人はめったにいないだろう。うつ気分は雨に例えられるかもしれない。

 誰でもうつになる時がある。元来、気分が変動しやすい人もいるし、ある季節になると気分が落ち込みやすいという人もいる。そうでなくても職場や学校や家庭内のストレスなどがうつの原因になりうる。それを跳ね返す力が十分にある時は耐えられるが、ストレスの方がそれを上回る、あるいは力が弱っている場合、それが長続きすると支えきれずに、うつ状態になってしまうのである。

 うつが重度であれば、とにかく休養して病状に合わせた薬物療法を、ということになる。しかし、軽いうつ状態の時には、無理にならない程度に動いていくことも必要である。よく、森田療法では行動本位ということを言うので、うつであっても気分はともかく働かなければならないのか、と誤解される方もいるかもしれない。しかし、それは毎日畑に水を撒くように言われたからと言って雨の日も畑に水を撒こうとするようなもので無意味であるばかりか有害である。本来、その時々の状況に合わせて柔軟に対応していくのが森田流なのである。森田正馬先生自身も少し熱がある時は臥床しながら読書。熱が高い時は軽い本を読み、さらに重症で消耗している時は寝たままで人に本を読んでもらう、というようにしていた。

  神経質の人は真面目で完全欲が強い。そういう人がうつになると、できないことばかりに目が行って、自分は全然ダメだ、減点法で考えて0点だと決めつけてしまう。しかし、客観的には、朝には起き出して身支度ができている、洗濯ができている、食事も自分でやっている、時々は掃除機もかけている、とできたことを加点していけば、まるでダメということはない。後は、その時の力具合でもって、できることを無理せず少し積み重ねればよい。100点満点ではなく、肩の力を抜いて60点、70点を目指していけばよいのである。雨の日が1年中続くことはない。いつしか雨は上がり晴れ間が出る。うつも時間が経てばよくなってくる。焦らずにその日を待とう。

2019年6月27日 (木)

神経質礼賛 1639.高血圧

 開口一番「いやー、ショックですよー」と外来患者さん。筋骨隆々、休日にはランニングをするのが趣味で日焼けして健康そのものに見える彼は、会社の健康診断で初めてひっかかって、先刻、近くの開業医にかかり、降圧剤を処方されたのだそうだ。週刊誌に高血圧の薬の副作用がいろいろ書かれているのを読んでいて、飲むのが不安だという。「まずは飲み続けながら血圧の変化を見て、薬の量を調節してもらったらよいのではないでしょうか。安定して下がっているようならば、相談の上で減量・中止ということもあり得ます。降圧薬にはいろいろな種類の薬があるので、合わなければ他の種類のものに変えてもらうこともできますよ」と話しておいた。私も彼と同じ位の歳に急に血圧が高くなった。減塩(128話)に努めて頑張ってみたが、結局、降圧剤を半錠飲み始め、それから十年ほど経っている。それ以上は上がっていないので、薬の量はずっと同じである。

 2017年にアメリカの心臓病学会はガイドラインで高血圧の基準を130/80に引き下げ、大きな話題になった。昨年の日本の高血圧学会では、基準値140/90は維持するものの、降圧目標を130/80とする方向となっている。欧州でも基準は引き下げの方向である。そうなると、高血圧患者数は一気に増え、薬を飲む人が大幅に増加する。確かに基準値を引き下げて降圧剤を服用すれば、急性の心臓疾患や脳血管疾患の発病リスクは下がるだろう。しかし、降圧剤自体、全く副作用がないわけではないし、加齢に伴って持病が増えて飲む薬が増えると薬同士の相互作用も問題になってくる。ガイドライン決定に大きな影響を与える大学教授たちに多額の製薬マネーが流れ込んでいるのも気になるところである。服薬する側としては、自宅や職場で血圧をチェックし、薬の量が適切になるよう、医師とよく相談していくのが一番である。

2019年6月23日 (日)

神経質礼賛 1638.ミニクリプトン電球

 仕事から帰って、家に入り、廊下の照明のスイッチを入れるが点灯しない。ダウンライトのミニクリプトン電球が切れている。確かまだ予備の買い置きがあったはず。すぐに椅子を持ってきて新しい電球と交換する。室内のダウンライトは従来型電球サイズの電球型蛍光管を使っている。廊下・階段・トイレのようにあまり長時間連続して使わず、ONOFFを繰り返すような場所のダウンライトはすべてミニクリプトン電球だ。そうそう、台所の換気扇に内蔵されているのもミニクリプトン電球で時々切れて交換している。

 従来型電球サイズのLED電球は性能が良くなり安価になってきて、どんどん置き換わっている。国内で従来型電球の製造が中止となったのも当然である。一方、小型のミニクリプトン電球に置き換えられるLED電球は技術的に難しいこともあってか、まだ高価だし、光の広がりが十分とは言えない。電球の寿命が2000時間に対して、LED電球は40000時間だから、めったに交換の必要はない。あと数年待てばミニクリプトン電球もLEDが普通になってくることだろう。

 とりあえず、ミニクリプトン電球の予備を買いに行く。他の場所の電球が突然切れないとも限らない。それを心配して予備を常に確保しておくのが神経質である。

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