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神経質礼賛 1788.トレイ回収

 いつも行きつけのスーパーの入り口付近にはペットボトル、アルミ缶、スチール缶の回収ボックスと並んで、プラスチックトレイの回収ボックスがある。肉や魚が載せてあった白いトレイ、卵パックやミニトマトなどの透明トレイ、刺身などの魚介類でよく見かける色柄トレイ、の3種類のボックスがある。妻は以前はプラスチックトレイも生ごみと一緒に燃えるゴミとして捨てていた。私の住んでいる町ではプラスチックも可燃ごみとして出していいことになっているからだ。しかし、ゴミ袋がすぐに一杯になってしまうため、最近、急にトレイは洗ってベランダに干すようになった。それはいいけれども、なかなかそれを回収ボックスに持って行かないからたまってしまう。風の強い日にはまとめて置いてあったトレイたちがベランダの上で暴れ出す。見るに見かねて私がそれらをまとめて、回収ボックスまで捨てに行く。気が付けばいつの間にか私が担当者になってしまっていた。家にいても失業する心配はない。やることはいくらでもある。

 夏場はペットボトルやアルミ缶が多く出るので、時々店員さんが出てきて運んでいる。きっちり仕分けせずに入れる神経質が足りない人がいて、店員さんも困っているようだ。「何これー!ひどいー!」と叫び声がした。スチール缶のところにスプレー缶を捨てた不届者がいたらしい。サービスとして回収してくれているのだから、きっちり仕分けて出すのが礼儀である。スプレー缶は月1回、市の回収日に穴をあけずに使い切った状態で出すことになっている。神経質な私は使い切ってさらに穴をあけて内部のガスを完全に抜いてから回収日に出している。

2020年9月20日 (日)

神経質礼賛 1787.神経症学生さんたちのウイズコロナ

 新型コロナの第2波が収まりつつある状況で、社会生活が広がり始めている。この連休は旅行や帰省で新幹線や飛行機に客が戻ってきている。観光地や商業施設も賑わいを取り戻してきている。油断して感染爆発が起きないように注意しながら、少しずつ以前の暮らしの楽しみが戻ってくることを期待しよう。

 この春大学に入学した学生さんたちは今まで学内に入れず自宅やアパートでオンライン講義を受けていたが、ようやく学内に入って講義を受けられるようになる。喜ばしい反面、神経症を抱えた学生さんにとっては試練の時かもしれない。対人恐怖の学生さんはオンライン講義のおかげで直接人と接して緊張することが少なかった。これからは語学の授業を中心に緊張する場面と遭遇することになる。半年間ひきこもり同然の生活だったのが、学友たちと一緒に食事をしたり会話をしたりする生活になるので一気に生活環境が変わってくる。不安神経症、パニック障害の学生さんは電車やバスでの通学が心配になるだろう。不潔恐怖で手洗強迫のある人は、手洗いうがいの励行という新型コロナ対策が「錦の御旗」となって、自我親和的にますます手洗いや消毒が激しくなっていることと思われる。自宅ではいくらでも手洗いができたけれども外ではそうはいかない。そして、自分も感染してはいないかと心配になることが増えるだろう。不完全に思われても時間を見て手洗いは切り上げて次の行動に移っていくことが必要である。半年間のブランクの後で大変だと思うが、恐怖突入(212話)である。逃げれば逃げるほど不安は大きくなって襲い掛かってくるのだ。ビクビクハラハラのまま必要なことをやっていってほしい。そうすれば道は開けてくる。

2020年9月17日 (木)

神経質礼賛 1786.ぴえん

 昨日の朝、当直明けに朝食を食べながらNHKニュースおはよう日本を見ていたら、「ぴえんも ご縁   超えて ご恩」という法語をツイッターで広めて話題になっている北九州市の浄土真宗永明寺の住職・松崎智海さんが紹介されていた。若者たちによくわかる法語を奥さんと一緒に考案されている。悲しいこともご縁だと思って受け止めているうちにいつかご恩として感じられる日が来るといった意味合いなのだそうだ。

 私は若者言葉にまるで疎いので、ぴえんと言われても何のことやらさっぱりわからなかった。もっともNHKの男性アナウンサーも御存知ないようだった。ぴえんは泣き声の擬態語で「ぴえーん」が詰まったのだそうだ。ツイッターでは目をウルウルさせたキャラクターが使われるらしい。必ずしも悲しい場合だけではなく嬉しい場合にも使われるというからややこしい。さらに、ぴえんの上位語として「ぱおん」という語もあって「ぴえん 超えて ぱおん」が先ほどの法語の元になっている。

 泣きたいほどつらいことがあっても、それはそれとしてやらなければならないことをやっていくのが森田の教えである。森田正馬先生は一人息子に先立たれて、さめざめと泣いたかと思うと研究に打ち込み、またまた泣いては著作に打ち込む、といったことを繰り返されていたという。行動しているうちにまた気分は変わってくる。激しい感情も時間が経てば、特に行動していれば自然に消退していくことは「感情の法則」(442話)が示すところである。森田の立場から言えば、「ぴえんもぱおんもそれっきり」である。

2020年9月13日 (日)

神経質礼賛 1785.旧コインと旧札

 前話にも書いたように、母は記念コインが発行されると近くの郵便局に並んで交換していた。それらも記念切手とともに私に託された。人気のあるオリンピックや皇室関係は枚数が少なく、あまりパッとしない「内閣制度百年記念」とか「関西国際空港開港記念」とか「アジア大会記念」などは多めに数がある。何度も行列に並びなおして交換したのだろう。きっちりビニール袋に入れて保管されていなかったからどれも少々錆びている。持っていても価値が上がる見込みは薄いのでそのままコインとして使うしかない。普通の店で支払の際に出したら迷惑な顔をされそうなので、固定資産税や住民税などを金融機関で払う時に少しずつ使っている。昭和32年から2年間に鋳造された百円銀貨、いわゆる鳳凰百円玉も貯めていたものがあって、これも同様である。黒っぽく錆びている。百円銀貨は銀を60%含んでいるので、それだけで倍くらいの価値があるらしい。しかし、貨幣を勝手に鋳つぶすのは法律違反でできないため、これまた普通の百円玉として使うしかない。

  こういう保存癖は私自身にもあって、旧札の聖徳太子の一万円札、新渡戸稲造の五千円札、伊藤博文や夏目漱石の千円札、岩倉具視の五百円札で皺のないきれいなものは2枚とか4枚ずつ残している。まれにお釣りに受け取った中に旧札が混じっていることがある。神経質ゆえ、それを店で使うのには抵抗がある。やはり税金を払う際に近くの信用金庫で使っている。

2020年9月10日 (木)

神経質礼賛 1784.古い切手

 電子メールの普及により、手紙を出すことが本当に少なくなった。改まった内容であるとか、書類を送付する時にしか手紙を出すことはなく、それでいて、郵便料金は少しずつ上がっているから古い切手の扱いに困ってしまう。子供が小さい頃は、子供も使うだろうと、ミッフィーちゃん、キティーちゃん、スヌーピーなどの切手をよく買ったし、きれいな風景や科学技術系の記念切手を見かけるとつい買ってしまっていた。切手には使用期限はなく、原則的には戦後の切手で未使用であれば郵政民営化後もそのまま使える。ただし、現在の料金になるように組み合わせるのはちょっとしたパズルであり、神経質の使いどころだ。今日も自著を定形外郵便物として送る390円分として、80円切手1枚+50円切手1枚+52円切手5枚を貼り付けて古い切手を消化した。買い足した10円・2円・1円切手を加えることもある。

 そういえば、母から譲り受けた大量の記念切手があるのだった。恐る恐るビニール袋を開けてみる。60年前から40年前位に購入したものだ。母は郵便局に並んで記念切手を買ったり記念コインに交換したりするのが好きだった。5円、7円、10円、15円、20円が多い。1枚につき5円の手数料を払えば郵便局で新しい切手と交換できるけれども、このような低額のものでは割が合わない。10円や15円の魚シリーズ・・・ぶり、かつお、とらふぐ、うなぎ、あゆは夏向きなので組み合わせて少しずつ使えそうだ。1970年の大阪万博は見に行った経験があるので、関連切手は取っておきたい。札幌オリンピックもスキージャンプをTVで見た記憶に残っているから取っておこう。竹久夢二の美人画切手も1シートあった。しかし値段が付きそうなお宝切手は一枚もなさそうだ。私が送った郵便物に古い切手が貼ってあったらどうか御容赦ください。

2020年9月 7日 (月)

神経質礼賛 1783.百円バスに乗って

 掛川には自主運行バスがあって、駅から市役所などの公共施設や病院を巡回して走っている。南周りルートと北回りルートがあって、どちらも運賃は百円で1時間に1本出ている。自主運行バスとは言っても、TV番組「ローカル路線バス乗り継ぎ旅」に出てくるハイエースのようなコミュニティーバスではなく、普通の路線バスと見かけは変わらない。この北回りバスは勤務先の病院の構内に入って来る。バス停の名前は病院名ではなく併設の老人施設の名前になっている。

 たまに午前の外来診察を終えてこのバスに乗って駅に向かうことがある。一緒に乗る患者さんもいる。次のスーパー前のバス停では、外来診察でお会いした患者さんが乗り込む。病院の後で買い物をして帰宅するのだろうか。バスは駅とは反対の北に向かって走っていく。そして東に向きを変え、郊外住宅街の中を走っていき、掛川北病院の構内に入る。このあたりは街路樹のサルスベリ(百日紅)のピンクの花が鮮やかである。今度は向きを南に変える。道路の両側には大きな池があって、ちょっとした旅気分である。バスはさらに大回りして掛川城大手門を通って掛川駅に着く。 

 とは言っても、これからがまた一仕事である。県の精神医療審査会の委員になっているため、静岡の総合庁舎へ行って、県内の精神科病院から提出される書類の審査や入院患者さんからの退院請求の審査に当たらなくてはならない。旅気分は終わりである。電車で移動して静岡駅から路線バスに乗る時には今日2回目の出勤の顔になっている。「心は万境に随(したが)って転ず」(300話・1635話)である。

2020年9月 6日 (日)

神経質礼賛 1782.体がえらい

 今の勤務先は静岡県の西部地区の中では中部地区に近い所にある。中東遠という言い方もある地区である。だから患者さんや職員さんたちの言葉は浜松弁に近く、語尾に「だにー」を付けて話す人がいるし、「西」「東」も先頭の「に」と「ひ」に強いアクセントが付く。一方で、県中部で昔使われていた「〇〇だけーが」(〇〇だけれども)という言い方も時々耳にする。

 診察室でよく聞く言葉は「体がえらい」(「え」にアクセント)という表現である。これは私が子供の頃、年配者が使っていた表現だけれども、今の病院では比較的若い人までそう言っている。苦しい、痛い、つらい、だるい、といった意味合いだ。関西地区で使われる「しんどい」と同様かと思う。私はてっきり方言だと思っていたけれども、辞書を引くと、江戸時代にはすでに使われていた表現であり、全国的に使われているらしい。ネット上のある調査によれば、使用頻度では「えらい」が「しんどい」を上回っていて、北海道・東北・北関東では「こわい」という表現もあるということだ。

 「体がえらい」と訴える人への対応はその人の状況による。うつ状態で食欲が落ちて体重減少もあるような人に対しては薬を調整して無理をせずしっかり休養することを勧める。しかし、神経症圏の人に対してはやはり森田療法的アプローチである。「だるいけれど、つらいけれど、できることを探してやってみましょうよ。何かできそうなことはありませんか」と話している。「使わなければ錆びる」(496話)。しばらく使っていないと筋力はすぐに衰えてしまい、いざ動かそうとすると痛い、だるいということになってくるのだ。新型コロナの影響で体を動かさないでいるうちに調子が悪くなってしまった人も少なくない。体はえらいけれど、ボツボツ動かしていくうちに徐々に体力も回復してくるし、気分も後からついてくるものである。まずは、やってみよう。

2020年9月 3日 (木)

神経質礼賛 1781.スパム

 長年ブログをやっていると困ったコメントを送り付けられてくることがある。ブログを始めた頃はトラックバックも受け付けていたから、ブログ記事とは無関係の商売目的や猥褻な内容のいたずらのコメントやトラックバックが多数送り付けられて閉口したものだ。それでも、早くからブログをやっている方々から有益なコメントをいただき、その方々のブログを見てこちらからも時々コメントを書くようになった。私よりずっと年上で電子回路の仕事を続けていた方、サラリーマンの方、乳がん闘病中の方、いずれの方ももう活動はしておられないが、多くのことを学ばせていただいた。延々とブログが続いているのは一度動き出したら簡単には止まらない神経質の特質によるものだろう。

 最初の1、2年、迷惑コメントは削除しないで放置していた。しかし、見苦しいし、荒れてしまうので、見つけ次第すぐに削除するようにしている。当ブログ内容に対する反論コメントであっても公平を期すために原則的には削除しないできた。しかし、最近、同一人物によるとみられるコメントが20回、それも全く同一のものが混じったものが送られてきた。これはネット上のエチケットに反する行為であり、通称スパムと呼ばれる迷惑行為に当たる。そこでやむなく同一あるいは類似内容の12コメントは削除した。今後、同様の内容のコメントが送られてきたら即削除する予定である。

 スパム(SPAM)は本来ランチョンミート缶詰の商品名である。スライスしてフライパンで火を通してお弁当のメインになるし、近頃はおにぎりにする食べ方もあるらしい。沖縄ではポーク缶と呼ばれ、ゴーヤチャンプルーなど沖縄料理には欠かせない食材である。どうして迷惑メールやコメントをスパムと呼ぶようになったのだろうか。理由はよくわからないが、SPAMはどこをスライスしても同じように見えるから、同じものがたくさん、ということからそう呼ばれるようになったのかと想像する。スパムは食べ物だけにしてほしいものだ。

2020年8月30日 (日)

神経質礼賛 1780.それでも神経質礼賛

 森田正馬先生は、神経質が優れた性格であることを繰り返し説いておられ、月1回の集まりである形外会も「神経質礼賛会」と名付けたかったという話が記録に残っている。ところが、「やはり神経質は劣等である」と論文で反論した人物がいる。昭和5年に九州帝国大学医学部を卒業し、翌6年の夏に1か月ほど森田先生のところに入院した入江英雄(いりえ ひでお)である。森田先生は形外会の場で、その説を批判されている。とは言っても、入江は森田先生を尊敬していたし、森田先生も入江のことを気にかけていた。昭和10年春、入江は博士号を取得し、学会の折に熱海で森田夫人の久亥さんと会い、博士になったことを夫人から褒められたという。入江は九大助教授となる。同じ年の年の10月に久亥さんは脳出血のため急逝する。森田先生は『久亥の思ひ出』を書かれているが、その中の追悼辞には入江の「想出」という文が載せられ、次に鈴木知準先生の「森田夫人を偲ぶ」という文が続いている。
 さて、入江は戦後、九大医学部放射線科教授となり、長崎の原爆症の研究で大きな業績を上げる。附属病院院長、医学部長を経て、昭和44年には第十三代・九大総長にまで昇りつめた。結局、入江は神経質が優れているということを身をもって証明してしまったわけである。なお、その次の第十四代総長となったのが森田療法と縁の深い池田数好であるのも面白い。

昭和8年4月の形外会での森田先生の話を紹介しておこう。

 僕が神経質を礼賛するのは、真珠が好きだというくらいの事です。いやルビーだオパールだと争うのではない。我々が自分自身の本性を認めて、これを礼賛し、ますますこれを発揮し、どこまでも、これを向上させて行こうという心境を、唯我独尊といいます。これは絶対的の主観的心境でありまして、他と比較しての事ではない。「唯我独尊」とかこんな言葉は、どのようにでも、勝手に説明のできるものであるけれども、ちょっと面白い心境であろうかと思います。
  強迫観念の治った人は、強迫観念にかかった事を喜び、神経質という素質は優秀であり、有難い事であると礼賛するようになる。この話は、先月の形外会記事に出ている事ですが、この強迫観念の全治という事は、「悟り」の模型標本であろうかと思います。(白揚社:森田正馬全集 第5巻p.340)

2020年8月27日 (木)

神経質礼賛 1779.コロナうつ

 今日の毎日新聞夕刊を広げてみると、第2面特集ワイドが「コロナうつ 希望で予防」という見出しで心理カウンセラー植西聡さんのインタビュー記事だった。「見えぬ終息が引き起こす」「情報得ないことも重要」「プラス思考 訓練で習慣に」という3つの小タイトルがある。不眠や不安を訴える人、リモートワークなどへの不適応を起こす人が増えているという現状が述べられ、感染に関する話題や景気悪化や雇用不安を扱ったニュースを見過ぎないよう注意すること、発想を変えてプラス思考で乗り切る、というアドバイスが書かれていた。

 私は今年の4月に新しい病院に移ってから、新型コロナの影響を受けた患者さんたちを診てきた。それまで熱心に地域の活動をしてきた高齢者が急に引きこもり生活になってみるみるうちに元気がなくなり食欲も落ちて受診してきた例、新型コロナのために仕事が減って収入が減少して気分の落ち込みと強い不安・不眠を訴える例、などは典型的なコロナうつと言えるだろう。うつではないが、自分は新型コロナに感染しているという妄想にとらわれて家族に連れられて受診した人もいて、精神科でも新型コロナの影響は大きい。

 毎日、感染者数やクラスター発生のニュースを見ていると気が気ではないけれども、神経質としては目を塞がず正しい情報を集め、対処していきたい。そして、種々の制約の中でできることを積み重ねていき、楽しめることも探していく、という姿勢で日々を過ごしていきたい。家族や友人と直接会えなくなっているけれども、SNS(私は使わないが)やメールなどの手段を使って交流し、孤立しないようにしよう。スマホやパソコンを使わない方は絵手紙もいいだろう。いつかは終息する日がやってくる。

«神経質礼賛 1778.ショパン200年の肖像

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