神経質礼賛 749.太公望
朝のニュース番組を見ていたら、都心の釣り堀が話題になっていた。忙しい日常から離れる場というばかりでなく、コミュニケーションの場としても利用されているという。会社の上司が部下たちと仕事帰りに寄り、ざっくばらんに仕事の話をしながら釣りをする例や、釣り堀で合コンという例を紹介していた。
釣りの愛好家のことを太公望という。国語辞典を引くと、「釣りをする人。釣りの好きな人。中国周の政治家呂尚(りょしょう)が釣りをしていて周の文王と出会ったとき、文王がこの人こそ周の祖、太公が待ち望んでいた賢者だと言ったという故事から」とある。時は紀元前11世紀、殷の王は贅沢な生活に遊びふけり、忠告するような人物は片っ端から処刑した。呂尚は、殷を倒すために誰かが自分を探しに来るだろうと考え、80歳まで釣りをして待っていた。その間に生活苦から妻は去って行った。祖父・太公からいつか賢人が現れるだろうと告げられていた文王は、釣りをしている呂尚を一目見てこの人だと思い、太公望と呼び大臣に取り立てる。文王の子・武王はすぐに殷を倒そうとするが、呂尚は、釣りと同じように絶好の機会が来るまで我慢するようにと諭す。やがて殷の人々はあまりのひどさに王のことを話さなくなくなり、その機を見て武王は戦いを挑んだ。呂尚が先頭に立って戦い、ついに殷を倒して周が中国統一を成し遂げたという。
私は釣りとは縁がない。鮎釣りが趣味だった父親に連れられて小学生の時に川に行ったことがある。釣れるかどうかわからないのに気長に待っていることが苦痛に感じられ、それ以来行ったことがない。父について釣りの修行(?)をしていたら、人生も変わっていたかもしれない。私と同様、神経質な人には割と気が短い人がいる。歴史上の神経質人間として当ブログ・拙著で紹介した徳川家康にしても、元来は短気な小心者だったが、長い人生経験の中で仕方なしに我慢して待つことを身につけていって大成したのだと思う。
神経症に苦しんでいる方々にも我慢が必要である。機が熟せば治る、という面がある。まずは苦しいままに仕方なしに仕事に手を出していく。それですぐに症状が消散するわけではない。症状がすぐになくなることを期待して作業をしていたのでは、症状に対するとらわれがなくなっていないので治らないのだ。いつ釣れるかわからないけれども釣り糸を垂れる太公望よろしく目の前の仕事に取り組んでいればいつかは良くなっていくものである。


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