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神経質礼賛 2437.LEDランタン

 前話の百円ショップで買ったものにランタン機能付のLEDライトがある。自分の寝室の照明スイッチはドア際にあって、夜中や暗い早朝に起きる時には不便である。実はLEDランタンは一つ持っている。何年か前に4000円ほどで買った無線スピーカー付のもので、ミュージックプレーヤーの音楽を飛ばして鳴らすだけでなく、マイクロSDメモリに音楽を入れて単独で流しておくこともできる。気に入ったバッハの曲だけを何十曲も入れてある。ランタンは上部をタッチすると3段階に明るさが変えられる。しかし、欠点があって、タッチだけではOFFにすることができず、底面のスイッチを切らなくてはならないが、このスイッチが小さく硬くて使いづらい。また、C国製だけあって、充電バッテリーの残量が少なくなってくると「バッテリーロー!!」と女声で叫ぶためビックリしてしまう。

 今回のものは見たところは片手で握れる普通の円筒型の黒いLEDライトであるが、後ろ側の白いキャップ部分にもLEDが入っていてスイッチを前にスライドするとLEDライト、後ろにスライドするとランタンが点灯する、というものだ。そして立てて使うこともできるから、停電の時などにはテーブル上に置いて簡易照明になるだろう。乾電池式だから、安心である。単3電池1本で結構明るい。電池寿命はLEDライトでもランタンでも連続使用で10時間と書かれている。明るさからして、そんなにはもたないにしても5時間位は使えるだろう。早速、枕元に置いて使い始めた。これで100円(電池別)なのだから驚きである。

 

2026年2月14日 (土)

神経質礼賛 2436.仕事帰りの買物

 精神科クリニックの仕事を終えてバスで帰ってくる。1か月前は同じ時刻でも夜のような感じだったのが、まだ明るくて日が長くなってきたと感じる。いつもより2つ前のバス停で降りる。ビルの谷間にある小さな静岡天満宮の前を通ると梅の花が咲いている。古くからの商店街の呉服町通に入る。カラフルなLEDのイルミネーションが輝いてはいるけれども、人通りは少なくてちょっと寂しい。楽器屋に入って楽譜を探したが、楽譜売場はずいぶん縮小されて、ヴァイオリンの楽譜は全く置かなくなっていた。県内の駅前商店街の多くがシャッター通りと化している中、この通はがんばっている方だと思うが、書店をはじめ多くの専門店が閉店した。増えたのは酒場とドラッグストア位のものだ。それでも、横通りに入っていった先にある海苔専門店は私が子供の頃から続いていて、今でもそこで買っている。ここの海苔を食べ慣れているとスーパーで売っている海苔は食べられない。

   百円ショップに入る。週に一度、消費税分サービスの日であり、混んでいる。食品は品数がだいぶ減ったと感じる。パック御飯は姿を消したままだ。サバ缶などの魚介類の缶詰は100円だったのが200円に値上がりし、板チョコも150円になっていた。雑貨類を見ると量を減らして実質値上げのものも少なくない。それでも電気関係の小物はよくこの値段で作れるなあと感心するものばかりである。定番の市指定ゴミ袋などを買う。百円ショップで気を付けなくてはいけないのが買い過ぎである。あ、これも安い、これはまだあるけど使うから買っておこう、などとやっているとつい買い過ぎてしまうのだ。以前は当直の次の朝に必要な使い捨ての髭剃りシェーバーをたくさん買っていたものが当直しなくなって溜まってしまっている。反省することしきりである。

2026年2月12日 (木)

神経質礼賛 2435.本人認証

 マイナ保険証がすっかり標準になってきたが、不便な思いをした方もおられるのではないだろうか。私が通院している内科医院のマイナ保険証読取機の顔認証はマスクや眼鏡を付けていても外しても通る。ところが、そのいわゆる門前薬局ではなぜか読取ができなくて面倒なことになってしまう。紙やカードの保険証の時には起きなかった問題である。

 何でもかんでもデジタル化が進み、本人認証が必要なものが増えている。オンライン診察に必要な医療従事者のHPKIカード登録のため、自分のスマホを顔認証・指紋認証に変更せざるを得なかったが、顔認証は明るいところでないと通らないし、指紋認証も手の皮膚が荒れている時、ましてや絆創膏をしている時は完全にアウトだ。認証してもらえないことが多く、急いでスマホを使いたい時に自分のスマホなのにすぐに使えなくて困る、という不便が起きている。ちなみに仕事に行っている産婦人科クリニックの出勤・退勤のタイムカードはパソコンで行っていて、このところ、しもやけ・ひび割れの指では指紋が認識されず困っている。

 日本年金機構の自分のページに入るのにはパスワードだけでなく「秘密の質問」に対する答も用意しなくてはならず、それも頻回に変更するよう求められる。銀行と異なり、そうしょっちゅう利用するものでもないのに、そして今まで支払った金額ばかり表示されて実際に役に立つ情報も少ないのに、利用者側でシステムの「お守」に手間がかかるようでは困る。ネット上の種々のサイトで本人確認のため、スマホのショートメールに認証コードが送付され、それを見て入力する、というものが増えているがこれも実に煩わしい。人違いトラブル・なりすましによる不正使用防止のため、本人認証は重要ではあるが、あまり面倒になっては、何のためにデジタル化したのか、ということにもなりかねない。強迫的にデジタル化すれば良いというものではないことをシステム開発者には認識してほしいものだ。

2026年2月 8日 (日)

神経質礼賛 2434.低反発がいいか高反発がいいか

 自宅の自分の部屋で普段座っている椅子のクッション(座布団)が薄焼きせんべい状態に潰れてしまい、座り心地が悪い。長い時間座るものだから、新たなクッションを買うことにした。形や色はともかく、低反発とか高反発とか記載されていて、さて、どちらを選んだらいいのだろうかと迷う。今回は低反発のものを買ってみた。

 座ってみるとゆっくりと沈む感じがする。座ったまま上半身を少し左に傾けると左側が沈み、右に傾けると右側が沈む。椅子に乗って高い所の物を取るような時にはクッションの上に乗ったのでは不安定なので外す必要がある。またへたってしまったら、次は高反発のものを試してみようかと思う。

 これがベッドのマットレスだと低反発と高反発とでは寝心地がだいぶ違う。低反発だと体へのフィット感が強く体圧分散に優れている。柔らかい寝心地で安心感もある。高反発だと寝返りがしやすく、通気性が優れていて、耐久性も良いと言われる。どちらも一長一短といったところである。好みに合わせて選ぶことになる。今使っているものはやや硬めで高反発に近いものだと思う。

 枕も柔らかいものと硬いものがある。慣れない枕だと眠りにくかったりする。よく病院で当直していた頃は硬い枕だと肩がこってしまい、使わずに外して横になっていた。柔らか過ぎる枕も髪の変な寝ぐせが付きやすくそれも敬遠していた。私が家で使っている「メディカル枕」というものは首に当たる部分は硬めでしっかり支えてくれ、頭が当たる部分は柔らかめでフィットしやすい感じがする。低反発と高反発の合わせ技ということになるだろう。

 

2026年2月 5日 (木)

神経質礼賛 2433.バランスボール

 産婦人科クリニックの診察室では、患者さんはひじ掛け付きの椅子に座るが、私が座る椅子は背もたれなしの丸椅子。通常の医療機関ならば患者さんが座る椅子である。お客様と店員の関係といった感じである。丸椅子に長く座っていると結構疲れる。それゆえ、患者さんが入室される時には立って出迎えお辞儀するようにしている。これだけでも体が少しラクになる。院長先生は繁華街で美容とアンチエイジングの自費診療クリニックも経営されていて、そちらに出向かれる時がある。「今日はこちらの診察室を使ってください」と言われて、普段は院長先生が使われている部屋で診察することになったが、椅子らしきものがない。代わりに空気で膨らませたようなバランスボールがあって、形状はオバケのQ太郎の弟・O次郎そっくりの形である。つまり、大きなボールの下に小さな台座が付いているような感じである。看護師さんに聞いてみると、その上に座るだけとのことだが、私には難しい。不安定で少し体を動かそうものならバランスを崩してずり落ちてしまう。診察中に転落転倒事故を起こしてしまいそうだ。腰回りや背中の筋肉だけでなく腹筋をも鍛える効果があるとのことだが、バランスボールは私にはハードルが高かった。それに、ただでさえハワイアン風のポロシャツが指定の仕事着で、私のような爺さんがO次郎の上に乗っかって仕事をしていたら変に思われないだろうか、と神経質らしく気にする。結局は、いつもの診察室から丸椅子を持ってきて使うのであった。

2026年2月 2日 (月)

神経質礼賛 2432.鳴かぬなら 生きよそのまま ホトトギス

 織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のいわゆる三英傑の性格の違いを表現したホトトギスの句はよく知られている。「鳴かぬならば 殺してしまへ 時鳥(ホトトギス)」の信長、「鳴かずとも 鳴かして見せふ 杜鵑(ホトトギス)」の秀吉、「鳴かぬなら 鳴くまで待よ 郭公(ホトトギス)」の家康。最近、歴史番組を見て知った句がある。「鳴かぬなら 生きよそのまま ホトトギス」これは誰のことを言っているかというと織田信長の13歳年下の実弟・織田有楽斎(うらくさい:本名・織田長益1548-1622)のことであり、有楽斎四百年遠忌実行委員会によって作られたものである。有楽斎と言ってもあまり御存知ない方も多いかもしれない。武士としてよりも茶人・文化人として名が残っている。千利休から茶道を学び、利休十哲の一人に数えられている。大河ドラマでは大坂冬の陣前後に登場して来る。姪にあたる淀殿をなだめて家康と戦にならないよう説得を続けるが、結局は聞き入れられず、淀殿は息子の秀頼とともに滅亡への道を突き進んでしまう。

 有楽斎は信長が暗殺された本能寺の変の際には、信長の嫡男・信忠と共に妙覚寺に宿泊していた。本能寺が明智によって攻撃されたことを知って、信忠は二条新御所へと向かい皇太子を脱出させてから、そこに立て籠もって手勢で明智軍と戦おうとするが、いかにせん多勢に無勢、切腹して果てている。一方、有楽斎は脱出して安土へと逃げ延びた。以後は信忠の弟の信雄に仕え、信雄・家康が秀吉と衝突した小牧長久手の戦いでは家康に助力している。信雄が秀吉に改易された後は、秀吉に仕えた。関ケ原の戦では東軍に属して活躍。家康から大和国内に3万石を与えられるとともに、現在の数寄屋橋付近に屋敷を与えられ、それが有楽町の名の由来とされる。

 どうしても「逃げた卑怯者」という目で見られてしまいがちだが、勝目のない戦で無駄に命を落とすのではなく、生き延びて後々自分なりの活躍の場を作っていったところはもっと高く評価されてもよいのではなかろうか。武士たるもの勝目はなくても戦って切腹するべし、という「かくあるべし」にとらわれず、あるがままに生きた人とも言える。意地を張らずに「そのまま生きよ」というのは私たち神経質者へのメッセージでもある。

2026年2月 1日 (日)

神経質礼賛 2431.衆議院選挙

 唐突な衆議院解散から選挙が行われることになった。新首相の人気や支持率が高いうちに、まだ何もしていないから失点のないうちに、選挙をして与党の議席を増やそうという策略が見え見えだ。政治と金の問題は進展がなくうやむやにして、重要法案の審議もほったらかして国民生活より自分たちの利益を図る戦術である。何しろいきなりだったから投票所入場券の印刷・郵送が間に合わず、期日前投票は手ぶらで行って本人確認するというような異例の事態になった。私は選挙当日に用事があって投票に行けないため、入場券が届いた次の日に区役所へ行った。「今日は最高裁判所裁判官国民審査の投票はできませんけどいいですか」と言われる。法の規定で2月1日からでないと国民審査の期日前投票ができないということで、案内のチラシを受け取った。いつもこの最高裁判所裁判官の審査は疑問に思っている。どの裁判官が実際の裁判でどういう判断をしてきたかという情報が伝わってこないから、審査するのは困難である。また、罷免を希望する裁判官に×印を付けるのだが、空白は信任したということになり、ほとんどの人は何もわからないまま空白で投票するから、いまだかつて審査で罷免された裁判官は一人もいないというのもおかしい。判断材料を公開して、きちんと審査できるような制度にしてもらいたいところだ。

 それにしても2月の選挙では降雪地帯の人々は大変だと思う。投票所へ行くにも一苦労だ。その往復中の事故も心配される。そして、この時期は大学入学試験シーズンが始まっている。受験生にとっては、試験の最中に選挙カーからの応援演説が鳴り響いては集中できなくて迷惑だろう。もっとも、そういったことに気が配れるような人では首相にはなれないのが現実である。

2026年1月29日 (木)

神経質礼賛 2430.台湾ラーメン

 1月下旬になってから厳しい寒さが続いている。今年は手指のしもやけが重症で何カ所もあかぎれを併発していて軟膏や絆創膏での対応も追いつかない。これだけ寒いとやはり体を温めてくれる食べ物が欲しくなる。頭の中には鍋物、あんかけ系の丼物や麺類が浮かんでくる。そして激辛はとても食べられないけれどもチョイ辛ものも食べたくなる。週一回昼食を食べている町中華に前回行った時、隣のテーブルの男性が台湾ラーメンを注文していた。店員さんに「かなり辛いですか」と聞いたら「そんなに辛くはないですよ」と答えていたのを思い出した。台湾ラーメンと台湾チャーハンのセットを頼んでみた。

 台湾ラーメンといっても台湾料理をヒントにして日本で発祥したものらしい。具の挽肉には唐辛子とニンニクで味付けされ、さらに刻んだ野菜が載っている。いかにもスタミナが出そうである。まず、スープを飲んでみる。旨味が口に広がる、が、少し遅れて辛味がツーンと広がってくる。やっぱり辛い。そういえば、台湾チャーハンもセットで頼んでいたのだった。これまた同じような具だから、卵が入っているだけ若干マイルドながら似たり寄ったりだ。しまった、神経質が足りなかった、せめて普通のチャーハンにしておけばよかったと後悔する。赤い唐辛子を注意深く避けながら食べて行った。ラーメンのスープはとても飲み切れなかった。塩分摂り過ぎにならなかったのが救いである。

 外で食べる美味しい暖か物もよいが、最強の暖か物は森田先生の歌にあるような身も心も温めてくれる手料理であろう。
  我妹が 設けて待ちつる 湯豆腐に 一日の疲れ 忘れ果てゝき
 (白揚社:森田正馬全集第7巻p.445)

 

2026年1月25日 (日)

神経質礼賛 2429.無宗教の葬儀

 私の父は病気のため56歳の時に他界しているが、男6人女4人の10人兄弟の次男である。存命だった叔父・叔母たちもみな80歳以上になって、ぼつぼつ亡くなる人が出ている。今週、叔母から五男の叔父の訃報が入った。享年83。通夜はなく、いわゆる一日葬で、一昨日が葬儀の日だった。電車と徒歩で郊外の斎場に向かう。

   どちらかと言うと今はやりの家族葬向け葬儀会館という印象を受けた。駐車場はやけに広い。確か叔父の奥さんは天理教の信者さんだったはずだけれど、葬儀は無宗教で行いますと係員から聞いた。子供さんが4人いてそれぞれ結婚して2人ずつ孫がいるから直系の家族だけで大人数だ。後は親族が私を含めて5人と息子さんの会社関係の人が若干参列していた。係員のアナウンスで式は進行。会場の後ろにアルバイトと思われるキーボードを弾く女性がいて、主に歌謡曲を弾き続けていた。僧侶の読経もなければ焼香もない。一人ずつメッセージを書いた紙を添えて生花をお棺に手向けていった。そして、お酒が大好きだった叔父のために綿棒に日本酒を浸して唇を湿らせていった。これは故人のために良いアイデアだったと思う。最後に施主の息子さんがごく簡単な挨拶をされて、出棺となった。無宗教の葬儀に参列するのは初めてのことで面食らってしまった。シンプルでいいけれども、正直言ってちょっと間が持たず、45分間が長く感じられた。コロナ流行を境に葬儀は小規模化・簡略化の方向にある。これを読まれた方も今後ご家族の葬儀を行わなければならない状況に遭遇されるかも知れない。無宗教で葬儀を行う場合には形式がない分、少々工夫が必要かと思う。

 

2026年1月22日 (木)

神経質礼賛 2428.五十円玉手芸の亀

 現在の三島森田病院は山の中腹にあるが、私が勤務し始めた頃は三島から裾野・御殿場へと向かう街道に近い所にあった。病院の建物はすでに老朽化していて、勤務している人たちも他の病院を定年になってから就職した方が多く、看護職員の平均年齢はかなり高かった。車の運転をしない人が多いため、通勤の路線バスにはいつも10人前後の看護婦(女性看護師)さんたちが乗っていた。ある時、その中の一人、もう80歳近い方が退職の挨拶に来られ、「お世話になりました」と趣味で作っているという五十円玉手芸の亀を手渡された。五円玉を紐で組上げて宝船とか亀など縁起のよい飾りものを作る五円玉手芸であるが、奮発して五十円玉で作ってくれたようだ。赤色と金色の紐で組上げられている。固辞したけれど、そばにいた臨床心理士さんから「みんなもらってますよ」と言われて受け取った。

   この亀は魔除けだと思って、長年、病院の机の引き出しに入れていた。6年前に三島森田病院を退職した際に自宅に持ち帰ってそのまま忘れていたのが出てきた。長年の御利益に感謝しつつ、この際、解体させてもらうことにした。古いセロテープが密着して取り切れない部分があって、紐を切ってバラしていくのには手間取った。果たして何枚の五十円玉が使われているだろうか。全部で19枚だった。一番新しい物が平成元年、他はすべて昭和の鋳造年が刻まれている。14枚はそのままで使用可能と思われる。5枚はセロテープの破片がへばりついていて簡単にははがせない。処置をしないと使用不能だ。きれいにして有効利用させていただくとしよう。

 

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