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神経質礼賛 1656.デジタルタイムレコーダー

 今日は変則勤務で当直から入るパターンだ。台風の影響が心配になる。義父が月1回病院受診の日なので、朝6時半に家を出て藤枝の病院に送っていく。時々、バラバラと大雨になる。帰りは妻に任せてバスと電車で一旦帰宅。今度は自分の母の用事である。動きついでに自宅にも掃除機をかける。ニュースを見ると新幹線は新大阪で折り返し運転とのこと。こだまは平常ダイヤで動いているらしいが遅れが心配なので、30分早い電車に乗っていき、駅の待合室で時間を潰す。約束の時刻の10分前に駅前に出てみると、病院送迎車がもう来てくれていた。「(三島の)お祭りで駅前が混んでいたら困ると思って早めに来たんですよ」と気配り上手の運転手さんが言う。神経質同士だと万事うまくいく。

 職員通用口から入ったところにタイムカードが置かれている。来週からはデジタルタイムレコーダーに切り替わる。職員全員に白いICカードがすでに配布された。今までは、家を出る時に、定期券と病院のマスターキーを忘れていないか確認していたのが、今度からは一品増えてICカードも確認しなくてはならない。試しに「出勤」ボタンを押してICカードをタッチしてみると、画面に自分の名前が表示され、「おはようございます」と音声が出た。芸能界でもあるまいし、夕方に「おはようございます」はないだろう、時刻によって「こんにちは」「こんばんは」に変える位のことができないのか、と内心思う。

2019年8月12日 (月)

神経質礼賛 1655.食わず嫌い

 食べ物に食わず嫌いということがある。皆様も、子供の頃は嫌って食べようとしなかったものが、今は好物になっている、なんていうことはないでしょうか。私自身は子供の頃、煮物が嫌いだった。人参、レンコン、シイタケ、こんにゃくなどが入った煮物を母はよく作った。食べないと文句を言われるので、真っ先に「やっつけ食い」をしていた。私の弟は最後まで食べずに残して叱られて泣くのであった。大人になって酒を飲むようになってからか、こういう煮物はむしろ好物になった。居酒屋では必ず「煮込み」を注文する。店によって具材の種類や味付けが全く異なるのも面白い。

 勉強も同じだ。特に教師が嫌いだと、その教科は嫌いになりやすい。しかし、受験勉強などで仕方なしに勉強して面白さに気付くことがある。私はただ暗記するばかりの高校の生物が大嫌いで物理・化学を選択した。最初の大学は電子通信学科だったから授業に生物という選択肢はなかった。医大に入り直して生物学は必修だから初めて勉強した。教授・助教授が面白い人だったのと、やはり医学部だからしっかり勉強しよう、という気持ちもあったから、興味深く勉強できた。

 音楽も自分が好きな分野やアーティスト以外はあまり聴かないという人がよくいる。クラシックなんか嫌い、という人も少なくないけれども、そういう人たちも知らず知らずのうちにTV番組やCMのBGMなどでクラシックの名曲を聞いているのである。そして、フィギュアスケートのBGMの名曲に聴きほれながら選手たちの名演技を楽しんでいるのだ。そういう私自身、あまり聴こうとしない分野がある。クラシック好きの義父から、「これ聴いてみるといいよ」と渡されたCDはリスト作曲「巡礼の年」全曲3枚組だった。よく、ピアノの演奏会で一部が演奏されることはあるけれども、聴きたいなと思う曲ではなかった。「巡礼の年」は標題の付いたピアノ小品集で、第1年スイス、第2年イタリア、第3年の3部に分かれる。第1年・第2年は20代にスイスやイタリアを旅して見た風景や絵画や彫刻をイメージして若い頃に作曲したもので、一方第3年はそれから30年以上経って身辺にいろいろなことがあり多くの親しい人たちを亡くしてからの作曲であって葬送行進曲も入っていて、その変化も興味深い。標題からいろいろ勝手に想像を膨らませながら、すんなりと聴けてしまった。

 神経質人間は好き嫌いがはっきりしていて、一旦、「嫌い」とか「苦手」のレッテルを張ってしまうと訂正には時間がかかる。食わず嫌いは損である。時には嫌いでも食べてみることである。

2019年8月11日 (日)

神経質礼賛 1654.「うっかり」のサプリ?

 民放のテレビCMではサプリメントの宣伝が目立つ。今日もテレビをかけたら、最近「あれ?」や「うっかり」が多くありませんか、というCMが流れていた。自分も「うっかり」が気になる年頃なので、つい引きつけられてしまう。サントリーのDHA・EPA・アラキドン酸を含むオメガエイドというサプリの宣伝で某私立医大名誉教授が出てきて効能を解説していた。

 確かに加齢により、そうした物質は不足してくるのではあるが、果たしてサプリとして摂取したら、どれだけ体内に吸収されてそのうちのどれだけが組織に移行し、どれほどの効果があるものだろうか。医薬品として承認されるためにはきちんと臨床試験を行い、有効性と安全性が証明される必要がある。プラセボ(偽薬)に対して統計的に有意な効果を示さなくてはならない。サプリだとそのあたりが甘いから信頼度がイマイチである。「元気な脳でいきいきと、いつまでも聡明で前向きな毎日を」というセールストークは誰もが望むところながら、そうした成分をサプリで補充するよりは、それを多く含むイワシ・サンマ・サバなどの青魚を意識して摂るようにするのが自然で良いのではないだろうか、と思ってしまう。

 心配性で慎重で確認癖のある神経質人間ではそうでない人に比べて「うっかり」は少ないのであるが、加齢とともに注意力が低下してくると、そうも言っていられなくなってくる。神経質が足りない、と言われないように気を付けたい。

2019年8月 8日 (木)

神経質礼賛 1653.吊り橋

 私は小学生の頃、夏休みには毎年、父の実家に泊まりに行った。同じ歳の従兄弟も泊まりに来ていて、山で蝉取りをしたり、すぐ近くを流れる安倍川の河原で小魚を追いかけたりして遊んだものだ。おやつには伯母さんが畑で採れたトウモロコシを茹でてくれたりスイカを切ってくれた。そして夜は伯父の家の従兄弟たちとトランプやゲームをして遊び、クライマックスは花火である。全く勉強をしない数日間を過ごすのだった。歩いてすぐの所に安倍川にかかる長い吊り橋があって、そこでも遊んだ。歩く所は30cm幅位の木の板が2枚並べられ、両側は手すり代わりの鉄のワイヤーがあるだけであり、足元にははるか下の河原や川の流れが見えるから結構怖かった。反対側から人が来るとすれ違うのはやっとだった。川の流れを上から見ていると吸い込まれていくような気がした。しかも、悪戯好きの従兄弟がわざと吊り橋を揺らすのである。ただ、慣れると、あまり足元を見ずに対岸の方を見ながら歩くようになり、そうすると揺れていてもさほど怖さも感じずに前へ前へと歩けるようになった。それはいいが、遊んだツケが回って夏休みの最後の4日間は宿題と自由研究を慌ててやっつけるのが常であった。

 森田正馬先生の言葉に「自然に服従し、境遇に柔順なれ」(263話・828話)というものがある。

 急流の橋の上から視下す時や、汽車の走る處を見て、其内に吸ひ込まれるやうに感じ、眩暈のやうな感を起こすのは、皆之を恐れて、其感覚に反抗するがためであつて、流水又は汽車と同じ速度に目を動かせば、全く障りもなく、無碍自在であるのである。

 勉強の苦痛や・家庭の仕事や・社交の煩累や・皆之を自分の心の置處によりて、之をリズミカルに調整する時には、吾人の生活は、常に無碍自在であるべきである。それには先づ自分が其内に没入同化して、其境涯になり、徒に反抗せず・拒避しないやうにする事によるのである。余は之を「自然に服従し、境遇に柔順なれ」といふのである。(白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.384

視点や心の置き所を変えれば、とらわれから解放されて、結果として不安も感じなくなるものなのだ。

2019年8月 4日 (日)

神経質礼賛 1652.鱧(はも)

 厳しい暑さが続き、熱中症になる人が増え、救急車の出動が増えている。妻の父は長年住み慣れた家で一人暮らしをしているが、先日行ってみたところ、昼間から寝ていて衰弱した様子だった。宅配の弁当も2日間全く手を付けてない。熱中症ではないけれども、脱水低栄養状態である。元々持病がある人だからこのまま一人にしておいたら危険なので、我が家に連れてくることになった。1週間ほどでだいぶ元気になった。今後どうするか考えなくてはいけない。妻の実家も少しずつ整理して不用品を処分していく必要がある。私の出番が増えそうだ。すでに自分の母の世話を週2日はしているので、仕事を早期退職して近場で短時間勤務できる所を探してみようか、などと考えてみる。

 藤枝の妻の実家へ行った時によく立ち寄るのが「八兵衛」という蕎麦屋だ。以前も書いたことがあるけれども、店内にはクラシック音楽が流れ、店の中央には美しい坪庭があり、店員さんたちは気配り上手で、とても居心地が良い。店主の神経質がしっかり行き届いた店である。静岡にも支店はあるけれども、やはり本店はいい。ちょうど季節限定の鱧天そばがメニューに加わっていたので、冷たい鱧天おろしそばを注文した。鱧には梅肉が添えられていて、ベストマッチ。そばの美味しさを引き立てる。普段は塩分を気にして汁を残すけれども、大量に汗をかいて体が塩分を欲しているので一滴残さず飲み干す。

 鱧は夏の京料理ではお馴染みながら、東日本ではほとんど食べられていない。細かい骨が多く、独特の「骨切」の技術が必要なため、東日本では蒲鉾の材料くらいにしか使われてこなかった。鱧はウナギ目に属し、大きな口と犬のような鋭い歯をしていてどう猛である。夏バテの体に元気注入できそうな気がする。実際、栄養面で優れている。骨切により細かい骨を食べることになるので、カルシウムは十分摂れるし、ビタミンB6、B12、D、Eを豊富に含んでいるし、コンドロイチンも多い。高級な京料理だけでなく、もっと広く食されていい魚なのではないだろうか。

2019年8月 1日 (木)

神経質礼賛 1651.ヴァイオリン協奏曲「不安」

 今日から8月。昼の暑さだけでなく、夜から早朝にかけて気温が下がらない熱帯夜が全国的に続いている。早朝に窓を開けてもムッとする温風が入り込んでくるだけである。こう暑いとベートーヴェンやブラームスの曲は敬遠して爽やかなバロック音楽が聴きたくなる。

 ヴィヴァルディ作曲の協奏曲「四季」には、楽譜にソネット(詩)が書かれていて、「夏」の第1楽章は「やけつく太陽の季節には、人は疲れ、家畜は疲れ、松も枯れる」で始まる。まさにこの季節にピッタリの音楽である。手持ちのイ・ムジチ合奏団のCDには「四季」のおまけにヴァイオリン協奏曲ホ長調RV271「恋人」、同ニ長調RV234「不安」、同ホ短調RV277「お気に入り」の3曲が収録されている。「恋人」は比較的よく演奏されるけれども「不安」はまず聴くことがない。

「不安」の3つの楽章の演奏時間は2分―2分―3分と短い。ヴァイオリンがよく鳴る明るいニ長調であるから不安という表題にはあまりそぐわない。第1楽章はヴァイオリンが激しく動き回る。第2楽章では上昇音階と下降音階が交錯してちょっぴり不安気な旋律がみられるがすぐに明るい旋律に変わる。第3楽章も同様であり、全体的には活動的で明るい印象を受ける。原題はLInqietudineとなっているから、英語ではinquietudeとなる。確かに「不安」と訳せるけれども、心の動揺、落ち着きのないことを意味する。必ずしも悪い意味だけではなく、期待も入り混じった胸騒ぎといった方が近いのだろうか。

 ヴィヴァルディは病弱で若い頃から喘息に苦しんだ。現在と違って有効な薬がなかった時代であるから、夜間から早朝にかけて発作のために「死の恐怖」を味わっていたはずである。「四季」の春と秋の第2楽章では、周りが寝静まっても眠れない自分を表しているように思えるし、他の協奏曲でも短調の第2楽章には不安と不眠に悩まされながら夜を過ごしているといった雰囲気のものがみられる。しかしながら、そうした不安や死の恐怖を抱えながらも数多くの協奏曲を作曲し、300年以上後の私たちを愉しませてくれている。偉大な神経質の一人に加えたいところだ。

2019年7月28日 (日)

神経質礼賛 1650.くやしいままに奮闘

 私たち神経質人間は、自分を他人と比較して、自分は全然ダメであると劣等感を持ちやすい。しかし、その裏には人より優れたいという強い「生の欲望」が隠れている。悔しさをバネにするとはよく言うけれども、神経質は粘り強く努力を積み重ねることには長けているため、結果的にはダメどころか人並み以上の成果を出すことができる。そして、決して慢心しないのが神経質の美点でもある。森田正馬先生は次のように言っておられる。

 手の焼けどの奇形が、くやしくて、其のくやしいまゝに、努力奮闘したのが、世に名高き野口英世博士であり、●病の奇形の手を、ことさらに、衆人の前にさらけ出して居るのが、巡査に追立てられる乞食である。

 神経質は、往々にして、自分の恥かしいと・氣のついた事に対して、徒らに之を隠さんとするものが多い。そして、或は之を恥かしく思はざらんとして、乞食の心理を模倣せんとするものが多く、その恥かしいまゝに・くやしいまゝに・野口を模倣すればよい・といふ事に、氣のつかぬ者が多い。(白揚社:森田正馬全集 第7巻 p.440

  敗戦した時の惨めな自分の姿を描いた「しかみ像」(209話)を座右に置いて、努力奮闘の糧、そして慢心の戒めにしていた徳川家康、寝る前の1時間を反省の時間にしていた松下幸之助(211話)、すばらしい例は今まで何人も御紹介してきた通りである。

2019年7月25日 (木)

神経質礼賛 1649.結膜下出血

 先週、病院で当直していて朝起きて髭を剃ろうとして鏡を見てビックリ。右眼のいわゆる白目の部分の右半分が鮮血色にベッタリ染まっていた。痛くも痒くもなく眼脂も全くないから結膜炎ではなく、結膜下出血だろうと判断した。たまに小さな斑状の結膜下出血が出ることはあったがこれだけ派手なものは経験がない。何といっても見たところがグロテスクである。外来や病棟の診察の時に患者さんがどう思うか心配である。不快な思いをさせてしまうのではないかと気がかりだ。案の定、看護師さんたちから「どうしたんですか!」「大丈夫ですか?」「結膜炎ですか?」などと言われまくる。外来患者さんに接する時はつい下を向きがちになっていけない。これではまるで醜貌恐怖患者や自己視線恐怖患者である。幸い、1週間経って、だんだん色は薄れてきて、ちょっと目が赤いかな程度に収まってきた。来週の外来は何とかなりそうだ。

 結膜下出血は結膜の小血管の出血によって起こる。全身疾患がベースにある場合を除くと多くは原因不明。咳やくしゃみ、繰り返しのまばたきなどが誘引となりうるという。眼球本体には異常はなく、特に治療薬もない。1-2週間で自然消褪するので、それを待つしかない。加齢も関係する結膜弛緩が悪さをすることもあり、それには手術による治療もあるらしい。

 一つ原因として思い当たるのは昨年末から始まった電子カルテである。各人に貸与されたノートパソコンで仕事をしているのだが、恐ろしく字が細かく、ページを送ったり戻したりするのも紙カルテと異なり一苦労だ。便利なことも多いが、一日中画面とにらめっこしてオペレータのような仕事をしていると、本当に眼への負担が大きい。若い人はいいだろうが、高齢者には厳しい。何とか方策を考えなくてはと思うこの頃である。

2019年7月21日 (日)

神経質礼賛 1648.IMR(疾病管理と回復)の講演会

 県中部地区の精神科医会で学術講演会があったので参加してみた。講師は久留米大学附属病院でデイケアを担当している先生で、「統合失調症を持つ人のパーソナルリカバリーを目指したアプローチ~IMRの可能性~」という演題だった。IMRはIllness Management and Recoveryの略であり、精神疾患を持つ人が自らリカバリー目標を設定しその人に適した方法で症状を自己管理しリカバリーしていくために有用な情報や技術を獲得することを目的とした心理社会的介入プログラムとされる。アメリカ政府によるツールキットが作られていて科学的根拠に基づいているとされ、それを元にしたテキストが日本でも作られている。ただ、これをデイケアの場で学習していくと半年とか1年とかかかってしまうし、それなりの理解力がある人でないとついていけないという面がある。私の勤務先の病院でもデイケア担当者がIMRを取り入れようと試みたが参加者のレベルに無理があって、それで「ワンポイント森田」(122913291440)が誕生したという事情がある。

 講演の中で面白かったのは、最初に高い目標を設定してみる、ということだった。常識的には、例えばデイケアにある程度参加したらB型作業所に短時間から通所して作業時間を徐々に増やしていき、それができたら最低賃金が保証されるA型作業所に通所して、それがうまくいったら一般就労にチャレンジしていく、とだんだんに目標を底上げしていくところだが、講師の先生に言わせると、例えば大学の研究者として活躍したい、というような高い目標を患者さんが述べたらそれを尊重して支援していくと、その目標自体は無理であっても、結果的には高い成果が得られやすいとのことだった。デイケアの参加グループ全体の活性化も期待できる。そうしてうまくいった人がピアサポート(当事者によるサポート)に入ってさらにデイケアのレベルを押し上げるという好循環をきたすという効果もあるそうだ。もっとも、必ずしも高い目標がよい結果をもたらすとも限らず、人によりけりだろうし、まとめ役の医師の的確な診たてが欠かせないだろう。

 最近は精神疾患の治療で社会心理教育だとかピアサポートの話題が多くなっている。しかし、それよりはるか昔に行われていた森田療法、特に月1回行われていた形外会はそれらの機能を含有した実にすばらしいものだったのだとあらためて思う。

2019年7月18日 (木)

神経質礼賛 1647.信用金庫の合併

 私が住んでいる県内では信用金庫の合併が相次いでいる。我が家から徒歩2分のところに本店がある信用金庫も一昨日に隣市の信用金庫と合併した。銀行よりも待ち時間が少ない(それだけすいている)から払い込みなどには重宝している。合併になっても特に手続きはないので利用者から見れば今まで通りである。

 こうした合併が相次いでいるのは金融機関、特に地方銀行や信用金庫など規模の小さい所で経営危機になっているからである。低金利はまだしも、ゼロ金利やマイナス金利はそもそも資本主義経済の原則に反するもので、金融機関の経営は成り立たなくなる。その結果、どこの金融機関も高利のカードローンや客が損をする可能性が高い保険商品や投資信託を勧めるというインチキ商売でかろうじて食いつないでいるのが現状である。そのカモになっているのは主に高齢者である。有名な金融機関のやることだから安心だと騙されて身ぐるみ剥がされる。スルガ銀行の大規模な不正事件も背景にはマイナス金利がある。一時的には仕方ないにしても、「デフレ脱却」を錦の御旗にしてマイナス金利を何年も続けているのは異常である。不思議なことに新聞やTVの報道番組でもその問題を取り上げることはまずない。かろうじて毎日新聞が時々取り扱う程度である。新聞の雑誌広告を見ていると現政権礼賛雑誌がいくつもあるらしい。知らないうちに言論統制が行われているのではないかと勘繰ってしまう。マイナス金利は景気を偽装するだけのことで、そのツケは後で回ってくる。「一波を以て一波を消さんと欲す 千波萬波交々(こもごも)起る」(540)という禅語が頭に浮かぶ。神経症者の「はからいごと」と同じである。

 デフレデフレと言うけれども、生活実感からすると、本当はインフレである。特に食品類の値上がりがここ数年目立つ。私が買物に行くホームセンターとスーパーを兼ねた店では開店と同時に60代・70代と思われる人たちが走って行く売場がある。賞味期限が近くなったパンを3050%引きにしてあるワゴンである。一人で食パンを4つも5つもカゴに入れている人もいる。冷凍にしておけば日持ちするから一度に買いだめしているのだろう。週に1回、消費税分を値引きして実質100円で売る100円ショップがある。その日に行くとレジは長蛇の列である。生活者たちは身を守るために工夫しているのだ。苦労知らずのお坊ちゃま・お嬢ちゃまたち二世・三世の世襲国会議員様たちには到底お分かりにならないだろう。

 今度の日曜日は参議院議員選挙の投票日。ぜひ棄権しないでいただきたい。そして、聞こえのいい見せかけの実績を誇張する候補者や○○を無料にしますと唱える候補者に騙されないでいただけるとなおよい。

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