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2006年2月19日 (日)

神経質礼賛 7.「もったいない」の勘違い

 前項で、「もったいない」について述べたが、「もったいない」も勘違いすると、とんでもないことになる。片づけができない人のゴミとガラクタだらけの部屋を整理する、などというTV番組があったが、私もその予備軍かもしれない。本や雑誌はなかなか捨てられず2つの大学で勉強した時の教科書はそのまま残っている。医学書はまだしも、もはや応用数学だの電子工学やら通信工学の本など開くことはないのだが。書類なども何となく残しておく習癖から、会社員時代・医師になってから、と過去の給与明細はきれいに揃っている。どうでもよい領収書・レシートは処分するが、金額が大きいものや旅行の記念の意味があるものだと捨てずに残してしまう。それこそ歴史に名の残るような大人物の物であれば、「何でも鑑定団」で高値が付くであろうが、私のような凡人未満ではゴミ以外の何物でもない。外来の患者さんで、間違って重要なものを捨ててしまいはしないか心配で「手紙や書類の整理ができなくてたまって困る」という人がいるが、まったく人事ではない。さらにもっと困るのは私の母である。「もったいない」を錦の御旗にして、古い衣類や空き箱・菓子の空き缶などを捨てずにとっておくのである。かつて私や弟が住んでいた子供部屋は古着の山や空き箱・空き缶で占領されている。「まだ着られるからもったいない」「小さく切って老人ホームに持っていけば喜んで使ってくれる」「地震や災害の時に役に立つ」「終戦後はこういうものも貴重品だった」などとのたまうが、住居スペースがこうしたゴミに占領されて利用できず、空間がもったいない、という発想はできないのである。確信犯だけに始末が悪い。一度、私が見かねてゴミ袋に詰めたところ、元に戻されてしまった。読者の方々はくれぐれも勘違いのないようお気をつけ願いたい。

 それにしても、ケタ違いに「もったいない」のが、いわゆる「箱モノ」施設である。国体やら何かの折に建設した競技場やホールなどが、後はあまり利用されず、膨大な維持費ばかりかかっている、という問題である。私が住んでいる県内でも、ワールドカップに合わせて建設した立派なサッカー競技場が、その後はたまにJリーグの試合に使用される位で、ほとんど遊んでいる。子供達からは、よくこの競技場へ連れて行ってくれとせがまれる。日曜日に行っても、ほとんど何も使われていないので、周辺の芝生の上で思い切りボール遊びができるからである。その程度では懲りずに、必要もない赤字ローカル空港まで建設中である。「箱モノ」ばら撒きで選挙の票集め・政治献金集めらしいのだが、自動的に税金を給与天引きされている身としては、腹立たしいこと限りなしである。新聞の全面広告でK総理の写真が大きく出て「もったいない」運動推進みたいなことを言っていた(税金を用いての選挙運動?)が、これこそ本当の「もったいない」であって、国民に呼びかける前に、国や自治体や何とか公団が率先してムダな「箱モノ」をやめるのが先決だと思う。

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