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2006年2月19日 (日)

神経質礼賛 4.緊張ということ(その1)

 神経質な方には、「人前で緊張して困る」と言われる方が多い。実は私も筋金入りの緊張人間である。思い返せば、すでに幼稚園の頃から、集団での「お遊戯」はコチコチのロボット状態であったし、小学校の頃など、授業中いつ先生から指されるかとドキドキし、いざ指名されると、頭の中が真っ白になって、わかっていることまで答えられなくなってしまったものである。自分でも、これではいけない、何とかしなくては、と勇気を奮い起こして人前で発表していた。幸か不幸か、小さい頃からヴァイオリンを弾いていた関係で、中学校時代、何かの行事のたびに全校生徒の前で弾かされていて、同級生からは「よく大勢の前で堂々と弾けるものだ」と思われていたようである。もちろん、本人は極度の緊張状態だが、「もはやどうにもならない」と開き直っていただけのことである。同級生で伴奏してくれた女の子が緊張のあまり、途中でストップしてしまった時も、私は心臓が止まりそうな思いをしながらも、そ知らぬふりをして最後まで弾き通した思い出がある。

その後も、大学入試などここ一番という時には、前の晩は一睡もできず、当日は緊張で腹痛が起こりトイレに駆け込むというような事を何度も経験した。精神科医として人と話をするのが商売となった今でも緊張する。頼まれて講演する時や、学会発表の時などは、言うまでもない。しかし、最初は激しく緊張して、自分の心臓の鼓動が大きく感じ、手に汗を感じるものの、一生懸命やっているうちに、必ずフッとラクになる時が来る。ジェットコースターで大山を越えた後のようなものである。これは一種の快感でもある。緊張は苦しいばかりではない。

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