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2006年3月 8日 (水)

神経質礼賛 28.「形外」の意味

 森田正馬(まさたけ)先生の雅号は「形外(けいがい)」という。この言葉の意味について、森田先生自身が語った記録は見当たらない。明治38年、森田先生が32歳の時に、「余ハ従来、是空ト号シタリシガ、日本美術、原氏ノ案ニヨリ形外ト改メタリ」(森田正馬全集第7巻p.778)とある。

原安民(1871-1922)は鋳金家で、正岡子規とは歌仲間であり、昔人(せきじん)と号した人である。「余の懇親の人の内に、今は故人になッた・原といふ人があッた。もと美術学校出で、後年、美術鋳物工場を経営したが、死後に恒産を残す事が出来なかッた。此人は、余が「萬屋博士」と渾名(あだな)したやうに、読書家で何事にも通じて居た。故事や歴史や・其他何でも、余は此人の処へ尋ねに行ッて、非常に便利であッた。しかし此人も、自分の智識の頭の蔵庫を、自ら灰燼にする事を惜しまなかッた人で、能書家であッたけれども、其書も幾らも残らず、俳句の宗匠にもなッたけれども、其俳句も僅かしか残ッて居ない」(森田正馬全集第7p.756)と、その才能を森田先生は惜しんでいる。こんな具合であるから、名づけ親である原安民の記録も期待できそうにない。

学生時代に森田先生の診療所に入院した経験を持ち後に香川大学教授となった大西鋭作さんは森田正馬全集・月報三の中で「形外とは、形式を無視し人間の心の事実に生きるという意味と思います。「形外」は、先生の生活の至る所で、私達は感じたものでした。大学教授・医学博士たる先生が、粗末な着物で、近くの青物市場へ、鶏の餌にする野菜拾いに患者を引きつれて行ったこと等は、形式を無視し物を惜しむ神経質が作り出した傑作です。修業というようなケチな堅苦しいものではありません。人の足に踏みにじられ、捨て去られる野菜を惜しいと感ずる純なこころの動きに素直に応じただけのことです」と述べている。これは、森田療法的な解釈であろう。形でないもの、というところから、形外とは精神のことを指しているのではないか、という見方もできる。あるいは以前の雅号「是空」の言い換えなのだろうか。いずれにせよ、形外の意味について森田先生自身が語らなかったところを見ると、意味を詮索するのは無用ということなのかも知れない。

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