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2006年3月 3日 (金)

神経質礼賛 23.ガス欠とカラ吹かし

 森田先生の「重い車」の例えが出たところで、車の例えを一つ。

 私は、講演の時に、うつ病と神経症の違いをよく車に例えて話している。もっとも森田先生の時代の大八車や荷車ではなく、自動車の例えではあるが。うつ病の時には、いわば生物学的エネルギーが枯渇しているような状態であり、ガス欠の自動車状態である。本人は一生懸命にがんばってアクセルを踏もうとするが、ガソリンがないので、エンストするだけである。だから、「今は十分に休養して、ガソリンが貯まるのを待ちましょう。そうすれば、また走れるようになれますよ」というアドバイスとなる。それに対して、神経症は、エネルギーは十分、ガソリン満タンなのだが、ギアがN(ニュートラル)に入ったままなので、アクセルをいくら踏んでも、カラ吹かしになるだけのことである。それなのに、本人は「おかしい、車の故障だ」と騒いでいるようなものである。特に強迫観念・強迫行為はまさにカラ吹かしという表現がマッチしていると思う。つまり、本人がギアをD(ドライブ)に入れさえすれば・・・いろいろ気にはなっても仕方なしに次の行動に移っていけば、・・・故障ではないのだから、車は動き出すのである。森田療法の治療者は、無愛想な自動車学校の教官にも似たところがある。周囲の状況に応じて適切な操作ができるように、行動を通じて教えていくものである。ともすれば神経質は頭でっかちになりやすく、なかなか行動につながらない欠点がある。そこで、体で覚えてもらうということが大事になってくる。一旦、体で理解すればしめたもので、神経質は安全で効率よく運転ができる。森田療法を体験的に理解した神経質者は、実生活でも神経質を生かして、合理的でありながら、対人関係も上手にこなせるようになるものである。

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