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2006年3月 3日 (金)

神経質礼賛 24.仕事と休養

 私の勤務先の病院は一昨年、新築移転となった。古い病院は、畳の大部屋に精神病の患者さんたちが詰め込まれているような状態だったが、新しい病院では、すべてベッドの広い4人部屋となった。差額ベッドの個室もある。一方、医師の居場所である医局も、古い病院ではとても狭く、小さな事務机と「平社員用」事務椅子がひしめいていたが、新しい病院では、机・椅子とも一回り大きくなり、パソコンも置かれ、近代的なオフィスらしくなった。ただし、失われてしまったものもある。壁がハゲ落ちうす暗い以前の医局の奥には、森田正馬先生直筆の色紙がかかっており、いつも医師たちを見おろしていた。「休息は仕事の中止に非ず、仕事の転換の中にあり」と書かれていた。森田先生御自身、講演旅行から家に帰られると、休む間もなくたまった手紙や書類の整理に手をつけられ、入院患者さんの指導にあたられたりしていた。神経質人間は特に「疲れた疲れた」と疲労感を訴え、休みたがりがちである。だが、必ずしも疲労感イコール疲労ではない。疲労感を感じながらも仕事の目先を変えることで、いつの間にか心が引き立って、疲れを忘れて新しい元気が出てくる、ということなのである。私も神経質でちょこまか動く方であり、年配の看護師さんから「先生はまめったいねー」と言われているが、とても森田先生の域までは達することができない。疲れた時にはちょっとお茶をひとすすりしたくなる。四分休符である。全休符になってしまうとまずいので、よっこらしょ、と次の仕事に移っていくのである。

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