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2006年4月10日 (月)

神経質礼賛 53.ストレスについて

 前の話の「雨」は日常生活の中でのちょっとしたストレスの一つである。もっと大きいのは「人間関係のストレス」や「仕事上のストレス」であろう。社会的地位の高い人が、万引きや猥褻行為などで捕まると、決まって「ストレスがたまっていたから」と供述する。また、ストレスは身体疾患や精神疾患の原因として悪玉扱いにされることが多いが、ストレスはいつも悪玉なのだろうか。

 仕事が多忙でいつも「大変だ大変だ」とこぼしていた人が定年退職となり、急にストレスから開放されたのはよかったが、何をしてよいかわからず、つい昼間からアルコールに手が出るようになり、アルコール依存症として家族に連れられ精神科外来に来る、というケースを時々見かける。これは適度にストレスがあった方が良いという例である。ストレスがなさ過ぎるとボケやすい、という説もある。それに、ストレスは必ずしも絶対的なものではなく、ある程度相対的なものであり、慣れ、という面もあるものだ。ストレスに慣れてくると、新たなストレスがそれほど大きく感じられないことがある。逆に大きなストレスがなくなった時、今度はそれまでそれほど大きいと感じなかった別のストレスが大きく感じられてくることもある。ストレスを数値化した報告もあるが、これは個人差や状況による差が大きいし、複数のストレスがあった場合、1+1=2となるわけではなく、3になることもあれば1.5になることもあるであろう。

森田先生の言われる「生の欲望」・・・死にたくない・よりよく生きたい・人から認められたい・出世したい・もっと知りたい・等々に沿って行動していけば、どうしてもストレスに直面することになる。一種の抵抗力のようなものである。よりよく生きようとすれば、ガマンしなければならないことも多くなるし、対人関係をうまくこなしていかなければならない。だから、ストレスが多いというのは充実した生活を送っているという証でもあるのだ。

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