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2006年5月 8日 (月)

神経質礼賛 63.森田先生と音楽・踊り

 森田正馬(まさたけ)先生というと謹厳実直のイメージが強いかと思う。月1回の集まりの形外会も真面目一方の会と思われるかもしれないが、実際は家庭的な雰囲気であり、娯楽的な面もあったようだ。時々、東京近郊の東村山貯水池、高尾山、奥多摩、豊島園へピクニックに行くこともあったし、熱海の森田旅館に泊まって初島へ行くこともあった。落語家を呼んでお笑いを聞いたり、森田先生はじめ先生方による「芸」の披露があったり、会員による芝居もあったりした。第21回形外会・森田邸新築記念(昭和7年5月)では森田先生が「土佐・木遣節」を披露しているし、第29回形外会(昭和8年1月)では森田先生が「綱渡り芸」を披露している。もちろん本当の綱渡りではなく、畳のヘリを綱に見立てて面白おかしく渡る真似をされたのである。第37回形外会(昭和8年10月)では、先生方をはじめ形外会会員そろいの浴衣に赤手拭着用で東京音頭を踊ったという記録があり、以後も踊りは盛んに行なわれていた。

 森田療法を始められる前から、森田先生は精神病の治療に音楽を取り入れていた。明治36年、東京帝国大学助手・府立巣鴨病院(現在の都立松沢病院)作業主任となった森田先生は、オルガンを買入れ、遊戯療法を奨励した、という記録がある。今ではレクリエーションや音楽療法は精神科医療で広く行なわれているが、当時は画期的なことであった。また、明治41年には藤村トヨ女史の東京女子音楽体操学校(現在の東京女子体育大学)の創立にも大きな援助をしている。事実上無給で心理学の講義をし、暇な時には生徒たちとテニスやダンスに興じていたという。

 不眠や不安を訴える神経症の患者さんはどうも趣味らしい趣味がない人が多いように思われる。健康人らしい生活とは、仕事だけやっていれば良いわけではない。こうした能動的な趣味・娯楽も必要なのである。

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