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2006年5月12日 (金)

神経質礼賛 64.消えた短調

 最近、子供が買ったり、借りてきたりするCDの音楽を「聴かされて」いると、私が中高生の頃の歌とは随分違うものだ、と感じる。ヒットしやすいように、あるいはCMソングとしての利用も考慮してか、いわゆる「サビ」の高音部を中心に作られていて、ハイテンションであり、短調の曲は少ないように思う。覚醒度は上がりそうだが、こういう曲ばかりずっと聴かされていると、疲れてきてしまう。

 音楽療法で、「同質の原理」ということがある。その人のその時の気分に合わせた曲を選ぶというものである。例えば、気分が落ち込んでいる時は、早いテンポの明るい曲は不適切で、短調のゆったりした曲が良いのである。間違っても行進曲はいけない。

 私が子供の頃、周囲の大人たちが聴いたり口ずさんだりしていた曲は演歌であり、もちろん明るい曲もあるが、「酒・涙・女」系の短調の歌も多かった。失恋ばかりではなく、日常生活がうまくいかなかった時に、そうした歌を聴いたり口ずさんだりすることで癒される人も多かったのではないだろうか。

 私の中高生時代は、フォーク全盛期であり、実体験はなくても「神田川」「赤ちょうちん」の世界に共鳴を感じていたものである。それに続くニューミュージックの世界でも別れや悲しみをテーマにした曲は少なくなかった。特に自己評価の低い神経質人間にとっては、落ち込んだ気持ちを癒す上でこうした曲は有用なのではないだろうか。

 ぜひ今の若い世代向けに短調の名曲をヒットさせてほしいものである。

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