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2006年7月21日 (金)

神経質礼賛 86.外相整いて内相自ずから熟す(1)

 この言葉の原典は吉田兼好の徒然草第157段に出てくる「外相もし背かざれば、内証必ず熟す」であると考えられている。まず心を静めようとするのではなく、姿勢を正して仏前でお経を唱えるようにすると、心が自然と落ち着いてくる、ということを述べている。

 森田療法では、気分をどうにか良くしよう、症状を何とかなくそう、ではなく、気分はすぐれなくても症状は苦しくてもやるべきことに手を出していく。そうしていると、いつしか気分や雑念はどこかへ行ってしまい、作業に集中して症状にとらわれていない自分にふと気づくものである。ここが悪い、あそこがおかしい、と神経症の人は次から次へと「病気」を探し出すが、そもそも病気はないのであるから、仕事はできるのである。したがって、健康人らしく行動すれば、健康になれる、ということなのである。

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