フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 107.ラッキー君 | トップページ | 神経質礼賛 109.うつ病とこころの健康づくり(2) »

2006年9月25日 (月)

神経質礼賛 108.うつ病とこころの健康づくり(1)

 79話で述べた「社会的ひきこもり」の講義が終わってホッとしていたら、保健所から今度は「うつ病とこころの健康づくり」というお題で一般の方を対象とした講演を依頼されてしまった。講演は神経質人間である私の最も苦手とするところであるが、やむをえない。最近よくプレゼンテーションで用いられるパソコンのパワーポイントは便利ではあるが何かトラブルがあった時に悲惨なので、レジュメを配布してそれに従って話すことにした。持ち時間は90分もある。何とも気が重くなる。外来で、年配の患者さんから「市の広報に載っていましたよ」と言われると講演があることを思い出してドキドキである。ヒステリーの女性患者さんから「先生の名前が有線で流れてたよー」と言われると、「頼むから来ないでね(笑)」とお願いしてしまう。1ヶ月がかりで講演原稿を推敲し、講演前日にはやっと原稿用紙45枚分になった。学会発表で原稿を用意する場合、発表時間1分につき400字詰原稿用紙1枚というのが標準であるから90分の半分にしかならないが、ホワイトボードに書いて説明する時間などで何とかなりそうである。ただ話だけでは退屈であろうから、一工夫してうつ病に関連したクイズも用意した。

 病院で二晩連続当直の後、講演当日はやはり落ち着かない。例によって腹の調子もよろしくない。腸がギュルギュル動き回っているのがよくわかる。心拍数も上昇しているような気がする。まあ、いつものことだとあきらめる。病院から講演会場まではバスと電車の乗り継ぎで一時間半ほどかかる。会場に着くと、担当保健師さんから「当初の見込みよりもだいぶ参加者が増えました」と言われ、またまたプレッシャーがかかる。多くの人々に見下ろされながらホールのすり鉢の底での講演である。こうなると、もはやまな板の鯉・屠所の羊であり、緊張していようといまいと関係ない。とにかくやるしかない・・・つかえたところもあったが、まずまずの出来で、聴衆の方々もほとんど眠らずに聴いて下さっていたようだ。

 事前の準備と工夫をするところが神経質の取柄である。私の場合、講演や講義はあと何十回何百回やったとしても今まで通りで緊張することは変わらないだろう。ただ、緊張はしても、下手でも何でも、続けていくことだろう。

« 神経質礼賛 107.ラッキー君 | トップページ | 神経質礼賛 109.うつ病とこころの健康づくり(2) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 107.ラッキー君 | トップページ | 神経質礼賛 109.うつ病とこころの健康づくり(2) »

最近のトラックバック

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30