神経質礼賛 120.電算化に伴う除籍者省略
平成18年10月13日付の朝日新聞に、戸籍の電算化に伴い除籍者の名前が消えてしまう問題が取り上げられていた。子供さんを亡くした女性が、死亡時のカルテを病院から取り寄せるために戸籍謄本を請求したところ、「お子さんの名前はありません」と言われてしまったという。戸籍が電算化される際、データから死亡による除籍者は省略してよいことになったためである。この女性と同様、「死別したばかりの妻の名前が戸籍から消えた」というような問い合わせは役所にあるそうである。この女性は「家族の痕跡が消えてしまうショックは大きい」とシステム変更を求める活動をしている。
このようなシステムになっていることを私は全く知らなかった。今年の夏、私の従兄弟に待望の第一子が生まれた。前々から夫婦で考えていた名前をつけて出生届を出した。しかし、心雑音があるため大学病院で検査を受けたところ心奇形があることがわかり、循環器専門病院に転院し長時間にわたる手術を受けたものの手術中に亡くなった。彼らのショックはあまりにも大きいが、戸籍からも名前が消えてしまったことを知った時の彼らの心情を思うと暗澹とした気持ちになる。そう思うのは私のような神経質人間だけだろうか。
電算化の目的は簡便性を高めるためであるから削除するのは当然、というのがお役所の言い分である。しかし、除籍者のデータ量は1件あたりせいぜい数十から数百B(バイト)に過ぎないではないか。仮に1件あたり平均200B(漢字100字分)としても百万件でも200MBに過ぎない。削除しなくてもデータ量は知れている。私が会社員だった25年位前は事務処理コンピュータの処理能力は極めて低かったし、データ量という面でも大型コンピュータ用の巨大な磁気ディスクでさえ1個100MB程度しかなかった。データファイルは磁気テープからディスクに落として処理し、最後にまた磁気テープに吸い上げていて、処理に膨大な時間を要した。その時代であれば、少しでもデータ量を減らさなければ処理しきれないしコストも高くなる。データファイルの設計で少しでもデータ量を減らし、処理速度を上げるのがシステムエンジニアの腕の見せ所だった。しかし、現在は家庭用パソコンでさえ、数十GBのハードディスクを持っていて、大都市の戸籍ファイルを全部飲み込んでしまうことだってできる。除籍者を含む戸籍謄本を希望するかどうかは申込用紙に欄を一つ追加するだけのことである。お役所の言い分は時代遅れもはなはだしい。システムを変更して除籍者のデータを入力するコストは確かにかかるが、ハコ物行政や怪しげな補助金やヤミ手当てなどお役所が使う無駄金に比べたら微々たるものにすぎないはずである。
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