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2006年10月27日 (金)

神経質礼賛 118.母の再チャレンジ

 私の母方は神経質な人が多い。最近知ったことだが、母方祖父はかつて鈴木知準先生(森田正馬先生の治療を受け、のちに神経科を開業し、森田療法の大家となる)の診療所に通院していたらしい。なぜ長年発覚しなかったかというと、通院の際、家族には「坊と出かけてくる」といつも末っ子(私の叔父)を連れて行き、天ぷらそばで口止めしていたからである。祖父の三十三回忌の際に叔父が告白して初めてわかったことである。ペラペラしゃべらない叔父も神経質だし、母も同じ血筋で神経質である。

 母は農家の次女として生まれた。男の子は大学まで出したが「女に学問はいらない」という祖父だったため、嫌々近所の商業学校に行かせられ、電力会社に就職した。本当は学校へ行きたくて、隠れて定時制高校に通ったが、親にバレてやめさせられたという。結婚してからは専業主婦であったが、父がガンにかかり5年間の闘病生活をつきっきりで支えた。父が亡くなってからというもの、呆然自失の状態だったが、医大に再入学した私に触発されてか通信制高校に通い始めた。4年で卒業した後、さらに栄養士になりたい、と短大の栄養科に入学した。化学や生物の試験はだいぶ苦労したようであるが、どうにか卒業することができた。さすがに再就職先はないが、栄養関係のボランティアや精神障害者関係のボランティアをいくつもやって忙しく過ごしている。近くの学校で中学生相手に料理講習をするのを楽しみにしている。自分の役割を見つけ、自己の存在意義を発見したようである。そんな母であるが、第7話で書いたように、家の中の片付けだけはまるでダメである。まあその位はいいとしよう。

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