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2006年10月20日 (金)

神経質礼賛 116.再チャレンジ

 K首相が退任し、A首相が誕生した。公約の一つが「再チャレンジ可能な社会」なのだそうだ。「格差社会」の批判を打ち消すためのスローガンらしいが、パパとおじいちゃんたちの七光りで首相になったお坊ちゃま君が言っても空々しく響くだけである。

 それにしても、政治や行政が再チャレンジ可能な社会づくりしようとしてできるものなのだろうかと疑問に思う。そもそも、今の日本は再チャレンジ不可能な社会なのだろうか。別の視点から見ると、再チャレンジ可能すぎて、がんばらなくても他の道があるさ、親が食べさせてくれるさ、という甘え・甘やかしがフリーターやニートを作り出している一面もあるのではないだろうか。

 再チャレンジで不可能を可能にした例としては、最近では将棋の瀬川昌司氏あげられる。瀬川氏は将棋プロ棋士をめざしたものの養成期間である奨励会を年齢制限で退会し、プロへの道は完全に閉ざされた。しかし将棋への情熱は捨て切れず、会社員として働きながらアマ強豪として活躍し1999年にはアマ名人となる。その後もアマプロ戦でプロ棋士をたびたび破る輝かしい成績を上げた。日本将棋連盟に嘆願書を出したところ、特例でプロ編入試験を実施してもらえることになり、そのチャンスをものにして見事プロ入りを果たした。そして、今後、極めて優秀なアマ強豪がプロ入りできる可能性を作ってくれた。将棋ファンとして、今後の活躍を期待している。

 実は特例のプロ編入試験の話は瀬川氏が初めてではない。「東海の鬼」という異名で呼ばれた花村元司九段(故人)は元々自分で道場を持つ真剣(賭け将棋)師だった。1944年、特例でプロ五段に編入。A級で活躍した。1980年・1981年に連続アマ名人になった小池重明氏(故人)も「プロ殺し」で有名であり、プロ編入の話があった。小池氏も真剣師として食べている人であったが、お金と女性にだらしなく、過去の詐欺騒動が明るみに出て、プロ編入の話は消えてしまった。「新宿の殺し屋」小池氏のすさまじい人生は、テレビ番組で取り上げられ、団鬼六著「真剣師小池重明」に詳しく書かれている。将棋の才能以外ではまるで子供のようなパーソナリティだったようである。もし、小池氏が多少でも神経質な性格で努力家であったら、プロとなって活躍し、早死することもなかったろうに、と惜しまれる。

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