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2006年11月22日 (水)

神経質礼賛 127.いじめ自殺

 最近、いじめによる自殺が次々と起こっている。学校や教育委員会がいじめの実態を隠蔽していたケースや中には教師がいじめに加担していたという信じられないケースもあった。困ったことに、自殺は伝染する。かつてアイドル歌手が自殺した時に次々と後追い自殺者が出たことを思い出す。また敬老の日に次々とお年寄りが自殺することもあった。あまりテレビや新聞の報道が過熱すると、自殺念慮を持った人たちは自殺者に対する共感から自分も死ぬしかないという考えにとらわれていくのではないかと懸念する。

 いじめは今始まったことではなく、いつの世にも、学校だけではなく職場やどんな世界でもあるものである。ただ、今の学校でのいじめは陰湿化し、犠牲者を精神的に追い詰めるものになってしまっているのではないか。昔は兄弟で取っ組み合いのけんかをしても、お互い痛みは知っているから、あるところで手加減するし、近所の子供たちで遊んでいて争いが起こっても必ず仲裁する子がいた。つまり小さい時から人との付き合い方を知らず知らずのうちに体験的に学習できるシステムがあった。今の子は兄弟も少なく、近所の子供たちで自然に遊ぶということがない。少子化が「孤子化」を招いているのだと思う。TVゲームのバーチャルの世界だけでは相手を思いやる能力は育たない。土曜日が週休2日となり、子供たちは塾・予備校へ吸い込まれていくが、小学校のうちは大勢で外で遊ぶことのほうが大切だと思う。泥んこになったり、時には取っ組み合いのけんかになったりしてもいいではないか。時間はかかるが、そうしているうちに陰湿ないじめは減ると思う。とはいえ、即効性のある対策も必要であるので、①いじめを隠蔽しない ②いじめられた子供のサポート体制作り ③後追い自殺を防ぐような報道の工夫(いじめを乗り越えた人からのメッセージを伝えるなど) はすぐにでも実行してほしいものだ。

A首相が教育改革で「愛国心」を前面に押し出しているが、順番が逆で、まず相手を思いやる心を育て、公共道徳を遵守することを学習させることが先である。郷土愛や愛国心はその上に成り立つものである。いきなり「愛国心」から始めようとすれば、「将軍様」の某国と同じである。今のようにいじめ自殺が続くようでは、「美しい国ニッポン」どころか「心が貧しい国ニッポン」である。

 相手がどう思うだろうかと考えて発言や行動が慎重な神経質人間はいじめに加担することは少なく、いじめられる側になってしまうことが多い。私自身もおとなしい子だったから、小学校・中学校くらいまではいじめにあったことがある。しかし、「今に見ていろ」と口惜しさを勉強や趣味などに向けているうちに、周囲から一目置かれるようになりいじめられなくなった。我慢強く、転んでもタダでは起きないのが神経質人間のとりえである。

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コメント

いつも、なるほどと頷きながら読まして頂いております。
まったく同感です。
私も生活の発見会で、森田理論を学ばせて頂いて、
森田的生き方に関心をもっています。
これからもいろいろと参考にさせて頂こうと
思っています。

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