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2006年12月 1日 (金)

神経質礼賛 131.なれ合いの功罪

 127話でいじめの問題を取り上げたが、平成181124日付の毎日新聞1面に興味深い記事が載っていた。「教師と教え子 友だち感覚 なれ合い学級 いじめ多く」という見出しで都留文科大の調査結果の概要が紹介されていた。優れた教師は、状況に応じて、有無を言わせず指導したり、子供の言い分を尊重して援助したりするが、前者に偏ると管理型、後者に偏るとなれ合い型となる。年々なれ合い型学級が増えており、いじめの頻度はなれ合い型学級の方が高いのだそうである。なれ合い型では最初は教師と生徒の関係は良好だが、最低限のルールを示さないため学級はまとまりを欠き、子供同士の関係は不安定でけんかやいじめが生じやすいという。こうなると教師が注意しても子供たちは言うことを聞かず、学級崩壊につながってしまう。

 なれ合い型学級は、私が子供だった頃には考えられなかったことである。いくら子供たちが騒いでいても、「先生が来た」と誰かが言うと急にみんなが席について静かになった。注意を聞かず悪ふざけしている子供には、ゲンコツやビンタが飛んできたものである。私自身も小学校6年の時、卒業式の予行練習の際、内心「こんなのばかばかしいなあ」と思って、だらけて歩いていたところ、担任の女の先生に尻をバシーンと力いっぱい叩かれたことをよく覚えている。痛みとともに悪いことをしたんだなあ、という反省がジワーと湧き上がってくるものである。この先生はしつけには厳しかったが普段は温厚で、生徒からはとても慕われていた。当時としては珍しく、女性で校長先生にまでなった。良い先生に指導してもらったと思っている。

 生徒の人権を重視し民主的なことは大いに結構なのだが、子供のうちはまだ咄嗟には善悪の判断がつきにくく自分をコントロールしきれない部分があるのだから、体罰が良いわけではないが、状況によっては、迅速かつ強力な指導も必要なのではないだろうかと思う。

 親子関係についても同じようなことが言えるだろう。かつての厳格なカミナリ親父は消失し、今は母子密着型のトモダチ親子が多くなっており、しつけが十分にできていないという問題を引き起こしている。

 同じことが神経症の治療にも言える。「先生が恐ろしいのは、勉強が苦しいように、当然の事であって、もし、それが友人や路傍の人のようであっては、ここへ入院しても、なんの効もないのである」(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.409)と森田先生は言っておられた。薬も使わずに40日程度の入院で神経症を完治させていた当時の森田療法に比べれば、優れた多くの薬剤が使用できる現在の方がはるかに有利なはずなのだが、今では入院は3ヶ月以上かかるのが普通で、さらに長期間薬を飲み続けることも多い。平たく言えば治りが悪い。多くの研究者は純型の神経症が減っていることを理由に挙げるが、実は治療者が「神経症は病気ではない」「症状は不問」として厳しく行動本位の生活態度を迫っていく姿勢(25話・26話・27話参照)から、森田先生の言われる「友人や路傍の人」と化していることにも一因があるのではないかと思う。

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