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2006年12月18日 (月)

神経質礼賛 136.モーツァルト・イアー

 今年はモーツァルト(1756-1791)生誕250年ということで、それにちなんだ演奏会やTV番組が多かった。また、それに乗じてCDも多数発売され、10枚組の廉価版がいろいろ発売された。私もつい買ってしまった一人である。1枚1枚「おはようモーツァルト」とか「仕事がはかどるモーツァルト」とかテーマが決まっていて、テーマに合うような名曲からの抜粋を集めたものである。モーツァルトの音楽は、没入して聴くこともできれば、仕事をしながら聞き流すのに邪魔にならない、という特徴があって、BGMにはうってつけのように思う。私がよく買い物をするショッピングセンターの開店時の音楽はモーツァルト作曲ディヴェルテメント・ニ長調(K.136)第一楽章で心がウキウキするような旋律であり、サイフのヒモが緩みそうである。この曲は私が高校時代に所属していた弦楽合奏部で、高2の文化祭の時に演奏した思い出深い曲である。確かモーツァルトが16歳位の時の作品だったと思う。

 モーツァルトの人柄については、映画「アマデウス」でご存知の方も多いであろう。映画の中での奇妙な高笑いは強烈に印象に残るはずである。まれにみる大天才であるが、残っている手紙には糞尿に関するような下品な言葉が見られ、精神科的にはトゥーレット症候群(チック障害の一種)にみられる汚言症とも考えられている。

 父親のレオポルト・モーツァルトは代々職人の家に生まれたが、学業が優秀だった上、歌やヴァイオリンの才能もすぐれており、宮廷音楽家となった。かつてハイドン作曲と思われた「おもちゃの交響曲」は今ではレオポルトの作曲だということになっている。しかし、モーツァルトの大天才ぶりに気付いてからは、もっぱら息子のマネージャーに徹するようになった。モーツァルトは学校へは行かず、音楽を含む全ての学問をレオポルトから学んだ。モーツァルトが大天才ぶりを発揮できたのは父レオポルトのおかげに他ならない。レオポルトは厳格で神経質であった。やがて、成長したモーツァルトが、安定した就職先探しを期待するレオポルトのプレッシャーから逃れようとする様子は映画の中でもよく表現されていた。もしモーツァルトが父レオポルトの神経質さを受け継いでいたならば、借金に追われることもなく、健康を害することもなく、もっと長生きして活躍し、より多くの名曲を残せたかもしれない。しかし迫り来る死に追い立てられるかのように作った「レクイエム」のような曲はできなかったかもしれない。

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