神経質礼賛 155.疥癬
疥癬(かいせん)という病名を知っておられるだろうか。皮膚感染症で、ヒゼンダニというダニの寄生により強い痒みを伴った皮疹を生ずるものである。もちろん、生命に影響するようなものではないのだが、時に病院や老人施設で集団発生して、患者・入所者だけでなく職員やその家族にもひろがって問題となる。
先月、私の勤務先の病院に、ある病院から患者さんが転院してきた。全身に湿疹があるということだったが、どうも怪しいということで皮膚科を受診させたところ、「ノルウェー疥癬」と診断された。これは免疫力の低下した人にみられる重症の疥癬のことである。ノルウエー疥癬の患者では通常の疥癬の患者の1000倍位のダニ数を保有していると言われ、感染リスクが極めて高い。本人を隔離し、厳重な防護体制を敷いた。皮膚科受診の際に本人を乗せた自動車は殺虫剤でくん煙し、対応した職員には軟膏を配布した。この軟膏は実はγ-BHCを混ぜたものである。γ-BHCは私が子供の頃、DDTとともに家庭でも殺虫剤として用いられていて、大掃除の時によく噴霧されたものだが、人体に対する毒性や環境汚染の問題があって、現在は使用禁止で試薬としてしか手に入らない。しかし、疥癬の治療・防護には欠かせないので、病院内で軟膏を製造して保健請求せずにアンダーグランドで使用することになる。昨年から、本来は糞線虫症という寄生虫感染症の内服薬だったイベルメクチン(商品名ストロメクトール)が疥癬に対する保健適応を認められ、疥癬治療の強力な切り札となった。今回の患者さんもこの薬の内服と軟膏処置で短期間に驚くほど良くなった。
この患者さんと同じ病院から転院してきた患者さんは以前にも疥癬の人が何人もいた。私が担当していた入院患者さんが骨折して、たまたまその病院に転院して治療後に戻ってきたら疥癬になっていたという苦い経験もある。ということは疥癬がずっと蔓延しているのであろう。その病院では看護職員やその家族にもひろがっている可能性が高い。MRSAなどの日和見感染をきたす病原体の院内感染が大問題となっているが疥癬だって看過できない問題だと思う。ケースワーカーがその病院に連絡したが、「ああ、そうですか」と、どこ吹く風といった返事だったと言う。全く「神経質が足りない!」である。ケースワーカー氏は完全にブチ切れていた。
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