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2007年2月 5日 (月)

神経質礼賛 152.のだめカンタービレ

 昨年の10月から12月にかけて「のだめカンタービレ」というドラマがTV放映されていた。二ノ宮知子さんの漫画のドラマ化である。クラシック音楽界を扱った漫画ということで、以前から興味はあったが、女性漫画雑誌に連載されていたため読む機会がなかった。ドラマの方ものんびり見ているわけにもいかないので、一旦ビデオに録画しておき、空いた時間に少しずつ見て、やっと見終わったところである。

 ショックで白目をむいて気絶するとか、殴られて鼻血ドバーとか、漫画の表現をそのままドラマで出しているのには「ここまでやらなくても」と思ったが、BGMとして使われるクラシック曲が場面にピッタリの選曲で楽しかった。演奏場面はオーボエ奏者の茂木大輔さん(10話参照)が監修し、実際の演奏は東京都交響楽団のメンバーが担当していて、本格的だった。映画やドラマでピアニストが主人公のものはよくある。本人は弾けないので手だけプロの演奏を写すことになる。このドラマのようにピアノばかりでなく、いろいろな管弦打楽器の俳優が出ていると、撮影は相当苦労しただろうと思う。視聴率も20%近くを取り、テーマ曲のラプソディー・イン・ブルーとベートーヴェン作曲交響曲第7番は一気に知名度が上がったようである。

 ストーリーは天才的な才能はあるが変人の音大ピアノ科学生「のだめ」こと野田恵と、マンションの隣室に住む指揮者志望のエリートながら飛行機恐怖で留学できない千秋真一を中心に展開する。のだめは千秋に音楽の楽しさというものを教えてくれる存在となる。落ちこぼれ学生を集めて編成されたSオーケストラを千秋が指揮することになる。最初はどうにもならなかったのが、学園祭ですばらしい演奏をし、メンバーたちも大きく成長する。さらに他の音大の学生を集めたRSオーケストラも大成功し、のだめの催眠術で飛行機恐怖も克服した千秋は留学を決意する。といった話である。音楽の楽しさだけではなく、プロの卵たちの苦しみも、よく表現されていたと思う。

 ドラマの中にも神経質キャラクターがいた。オーボエ奏者の黒木君である。茂木さんの著書によるとオーボエ奏者は神経質が多いようだが、黒木君も御多分にもれずいつも楽器のリードの調整に余念がない。合コンでもひとりポツンとしている。モーツアルトのオーボエ協奏曲のソロでは「いぶし銀」のような演奏をするが、のだめに恋してしまうと急にシアワセいっぱいバラ色の演奏に変化する。自分のコンクールではリードの調整に失敗して力を出せずに終わってしまう。しかし純情な好人物である。

先日、楽器店の楽譜売場を見たら「ヴァイオリンで弾こう!のだめカンタービレの世界」というのが出ていて、早速買ってみた。伴奏CD付で、のだめに関連したクラシック曲のおいしい所を短く編曲したもので、手軽に気持ちよく弾くことができた。フルート用も出ている。

「のだめカンタービレ」は好き嫌いがハッキリ出ると言われている。ちなみに音大出身の妻は拒絶反応を示した。妻によれば、医療関連ドラマを見ようとしない私も似たようなものだ、とのことで、これは一理あるだろう。とにかく「のだめ」がクラシック音楽の楽しさを広めてくれたことは確かである。原作者・ドラマ制作関係者に大きな拍手を送りたい。ブラヴォー!

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コメント

こんにちわ。
はじめまして。


 私の父も神経質でしたね・・・。それは騒音(私やほかの人にとって騒音でもなんでもないものが父には耳障りに感じるらしい)にはものすごくナーバスでした。

ただ忙しかったので家にはほとんどいませんでした家に帰ると職場の文句はよく言っていましたね。職場の人間関係上手くいかないみたいですね。
 
 必然的に家庭内で「父と姉」「母と私と妹」という二つの世界ができてしまいました。姉はよく読書してジーパンなんかはかないで・・・。母とわたしと妹は世間話に花を咲かせて・・・。で食事の時なんか姉だけが食べ終わるとすーっと食卓からいなくなって自室で本読んでいて・・・。

 姉は電車の中で隣の人がケータイでメールしていても
「あの・・・マナーモードにしていただけませんか。」
と注意せずにはいられないようです。

結局私は中学生以来父とはずっと疎遠なままだったし、今でも姉とは疎遠です。

バナナメロン様

 コメントいただきありがとうございます。音というのは面白いもので、その人その人で気になる音というものがありますね。
 メール打ちを注意する姉君は大したものです。私は禁煙箇所でのタバコは注意しますけど(笑)。
 神経質な人はとっつきが悪いのですが、決して本当に人が嫌いではないのです。姉君にもあなたの知らない意外な面があるかも知れません。

そうですね。

 姉とは仲良くうまくやっていかなくちゃならないんですが、普通に
「ねぇ、仲良くしようよ。」
といっても
「なによ、うるさいわね。邪魔しないで。」
とキレるので、(そういわれればわたしもムカつきますし…)
「じゃあアンタ、勝手にしなよ。」
で妹にも
「ねぇあの人に話しかけちゃダメだよ。なんだか怖いしうるさいから。」
「ほんと、あの人、変だよ。」
「無視しよう。わけわかんない人だから・・・」
という感じでずっと前から距離を置いたままですね。

 父は大のクラシック好き読書すき、姉も父の期待通りにバイオリンを習ってクラシック音楽と本の中に生きている・・・なんていう感じですね。

最近クラシックコンサート会場で観客同士のトラブルが耐えないという生地を見ましたが、「のびれカンターレ」を見てくる若いイージーな世代、かつてはビートルズやフォークで育った団塊のシルバー世代の夫婦などが一部のクラシックファンにとってたまらなくいらいらするそうです。それはなんとなくわかりますね。父が食卓に居ると、まず私語を慎めという感じで沈黙を求められ、(よく「うるさいぞ。」と怒鳴られたりした。)食卓に静寂が訪れた時点で今度は父のクラシックなどの薀蓄話を聞かされる・・・というものでした。
 わたしや妹は父を避けていたけど、姉は父の世界にとらわれてしまったという感じでしたね。(だから義姉には友達も恋人も居なかった。)

ただひたすらクラシック音楽と本の世界の中に生きていて、そのクラシック音楽と本の世界がわたしたちの私語なんかで邪魔されると彼女はキレるんですね。まああたらず触らず接して行くしかないのですね。

ながながと長文失礼しました。(^-^;

バナナメロン様

 コメントいただきありがとうございます。
 性格の根本の気質の部分は遺伝による部分が大きいと考えられます。姉上は父上の気質を、バナナメロン様は母上の気質を遺伝的に多く受け継がれたとも考えられます。

 家族の食事の場面は個々の性格がよく出るし、家族関係がよくわかります。児童・思春期の方の治療で、家族全員に集まっていただき、診察室で食事していただき、その様子をビデオに録り、家族関係の特徴をフィードバックする、などという治療が行われていた時期もありました。

 私の家も食事の時はあまりしゃべらない家庭でしたから、私もそんな風になってしまいました。外食した記憶もたった1回だけです。一方、妻の方はワイワイしゃべりながら食べるという家庭でしょっちゅう外食していたので、おしゃべりしまくりです。妻は私の食事態度を「お葬式みたい」などと言います。意識してしゃべるように気をつけているのですが・・・。中高年になると食事中にしゃべるとムセて誤嚥の危険性がありますので、おしゃべりのしすぎも考え物か、と私は勝手に思っています(笑)。
 
 私はあまりクラシックの薀蓄話はしません。クラシック愛好家でも好きなジャンル、好きな演奏家はかなり差がありますので。話題は相手を見て選びます。ちなみに私は若い頃からクラシック以外の分野の音楽もよく聴いています。最近ではなかなかコンサートに行く機会はありませんが、楽章の間ごとに「終わった」と思って拍手する人たちにはうんざりします。あえて注意したりはしませんが。

 「あたり触らず接する」というのは現実的でしょうね。でも姉君も職場や趣味の仲間の世界では、意外とひょうきんな面を見せることもあるのではないかな、と想像します。

 家族全員で診察室での食事だったらなんだか「よそ行き」になってしまいそうですね。

 父が食卓に居ると窮屈でしたが、父の実家の食事はもっと窮屈で教師である祖母が新聞記事を読み上げてその批評をみんな拝聴しなくちゃならないんです。(BGMにクラシックが流れていたことも・・・)もちろん私語は慎み箸の持ち方や姿勢までいろいろいわれてまるで「広島平和記念式典」みたいな食事風景でしたね。

 姉は昔よくしゃべって明るく友達もいたんですが、小学校五年の時に病気になりその時、医者をしていた叔父(祖母と同居していた)が私の家に来ては母にいろいろ病気や病院の説明だとか説明とかしていましたね。そしてマザコンの『叔父ペース』で姉は祖母の家に近い病院に入院しました。

 でお見舞いに行くと、よく病室に祖母が居て本を読み聞かせていましたね。(わたしたちもよく病院にいきましたが、祖母のほうが地理的にすぐなので姉の病室に居た時間が長かったたらしい。)そして退院後姉は(たぶん祖母の勧めで)児童合唱団に入りました。しかも合唱団の練習会場がまた祖母の家に近いこともあり夕食はよく祖母の家で済ませたり祖母の家に泊まってくることもめずらしくなくなりました。こうして次第に姉とは距離が出来てしまったんですね。叔父には子供が居ないので、祖母も叔父も自分の姉を手元に置いておきたかったのかもしれません。

 

バナナメロン様

 父上の御実家の教育熱心なお婆様の影響が大きかったのですね。性格は、持って生まれた「気質」と親の養育態度に大きな影響を受けると考えられます。
 大人になってしまうと性格はなかなか変わるものではありません。

 多感な思春期ていうのは人生の礎だと思います。言葉を変えれば「シャイなハート」なんていうんですが、親や先生などが「シャイなハート」を理解して見守ってあげるか、それとも
「シャイなハートなんてバカなこといっているんじゃない。」
 と受験や躾など自分の価値観を押し付けてくるかで大きく変わってしまうかもしれません。

 私の中学校の時の先生(小学校の高学年の時の先生もそうですが・・・。)は多感な思春期は親や先生にも打ち明けられないことを友達や部活の先輩に打ち明けられるものだとよく話していました。しかし祖母は
「シャイなハートなんてバカなこといっているんじゃないわよ。」と本当の教育(祖母は国語の先生だったので文学教育とかいうもの)とかいうものを子供たちに押し付けてくるタイプでしたね。これは「赤毛のアン」などの良書を読んで感銘しないのは心がひん曲がっているのだから正しい心に入れ替えなさい、と説教することなのですが・・・。そしてその文学教育しかいうものは結局のところ思春期の多感なハートを壊してしまったものではないかと私はおもっています。だから私は中学生の時に祖母に激しく反抗したものですものですが・・・。

バナナメロン様

 「赤毛のアン」も悪くはありませんが、押し付けられては迷惑ですね。恋愛小説でも推理小説でも、自分で見つけた読みたい本を読めばいいのではないでしょうか。反発をされたのも当然だと思います。

 中学・高校時代は人間形成にとても重要な時期です。その時に出会った友人・先輩・先生の影響はとても大きいでしょう。あなたの言われる「シャイなハート」も大切なことだと思います。

 神経質人間の私は大人になっても内気で恥ずかしがり屋です。しかし、内気で恥ずかしがり屋というのは、人に迷惑をかけることは少ないものです。逆に恥知らずでは困ります。神経質でよいのです。

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