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2007年3月26日 (月)

神経質礼賛 169.万年筆は今いずこ

 桜の季節になると、自分が中学生になった頃をふと思い出す。中学生になった時には、バスや電車の料金は大人扱いになるし、何となく大人の仲間入り、という実感があった。ことに「大人のアイテム」として万年筆があった。学習雑誌の年間予約の景品が万年筆だった時代である。叔母からお祝いにプレゼントされた万年筆は宝物のように思えた。

 かつては万年筆のテレビCMがあった。大橋巨泉の「はっぱふみふみ」という、わけのわからないCM(パイロット万年筆)は有名だったが、私はオーケストラの楽器紹介風のCMが大好きだった。ペン先の種類、細硬、細軟、中、太硬、太軟、に楽器を対応させたもので、細にはフルートやヴァイオリン、太はチェロだったろうか。最後になぜかティンパニが出て、Tutti(全奏)で終わる、という構成だったように思う。その曲は今でも覚えている。

 最初の大学時代は実験・実習レポートの類は全て万年筆で書いていたし、卒論も万年筆で書いて、青焼きコピーだった。カートリッジインクの万年筆よりもスポイト式の万年筆が気に入っていたので、ガラスの小瓶に入ったブルーブラックのインクを買っていた。

 会社員になってからというもの、パッタリ万年筆は使わなくなった。もっぱらボールペンとシャープペンのみとなった。この頃になると、文房具店で万年筆を見かけなくなった。2度目の大学時代には万年筆は引き出しの奥に引退である。

 現在、仕事で使うのは1本100円位のボールペンで1ヶ月1本のペースで使いきっている。書類関係は2部複写、3部複写のものが多い。自立支援医療の書類は4部複写である。ボールペンに思い切り力を入れて書かないと下まで写らないので肩がこる。ドイツ語・ラテン語まじりで書かれた30年・40年前の古いカルテを見ると万年筆で書かれていたようである。カルテの記載内容も極めて少なく、今と比べるとのんびりしていたことをうかがわせる。

 筆跡にはその人の性格特徴が出やすい。私のような神経質人間は細いペンを好み、ちまちま小さい字で書くことが多い。恩師の大原健士郎先生からいただくハガキは今でも万年筆で書かれている。私と同じ小さな字であり、何となくうれしくなる。

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