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2007年5月30日 (水)

神経質礼賛 190.keizoさんのこと

 このブログに何度かコメントをいただいたkeizoさんとは旧知の間柄であるが、もう長いこと直接お会いしていない。以前は手紙、今はメールのやりとりだけである。123話に書いたように、私が最初に就職した会社は地元のガス会社だったが、アミューズメント産業関連のS社(有名なSEGAやSONYではない)と合同で業務用(つまりゲームセンター用)TVゲームの開発を行った時期があった。無論、社長がTVゲームそのものに関心があったわけではなく、TVゲーム開発の技術力でホームセキュリティやホームオートメーション関連機器を自社開発しようという目論見からであった。若手のソフト開発担当者数名が参加していたが電子回路がよくわかる人間が他にいないからということで、途中から私が加えられた。仕事場はS社の倉庫の中である。keizoさんはその時、S社のチーフでゲームの企画を作るイラストレーターたちを統括する役目だった。イラストレーターと言えば聞こえはいいが、長髪にヒゲもじゃ、出勤退社時刻不詳、仕事中に自分たちの趣味で巨大なゴジラの壁画を制作していたり、エレキギターの音をテケテケさせたり、突然ドラムを叩いたり、というようなとんでもない連中に仕事をさせるわけだから、気配り上手とはいえkeizoさんの苦労たるや大変なものであった。いろいろ紆余曲折の末、1作目は何とかモノになり、実際にゲームセンターに並び、そこそこの評判を得ることができた。私が会社を退職して医大に入学した後、129話のベンチャー企業でも、ご一緒に仕事をする機会があった。私の結婚披露パーティーではkeizoさんにギターと歌を披露していただいた。その後、keizoさんは結婚して地元を離れ、自分で学習塾を開き、俳句の師匠もされている。

 keizoさんから送られてきた3年前の年賀状はベネツィアのゴンドラに奥さんと二人でおさまった写真であった。ところが、2年前の年賀状には、なぜか年賀状断筆宣言が書いてあった。「A HAPPY NEW DAY 日々の賀状」というネット掲示板を作ったので、ということだった。このネット掲示板には俳句仲間やkeizoさん自身が次々と投稿されていた。そして、最近、keizoさんの奥さんが3年前からスキルス性胃癌で闘病生活をされており、この5月に亡くなられたことが発表された。スキルス性胃癌は恐ろしい病気で、極めて進行が早く、判明した時には余命数ヶ月というのが普通である。TV番組で人気の高かった逸見政孝アナウンサーがこの病気で亡くなったことを覚えている方も多いであろう。私が知っている大学病院産婦人科医長だった先生が開業して仕事が軌道に乗り始めた矢先にこの病気で急死されたという記憶もある。今月にはタレントの塩沢ときさんもこの病気で亡くなっている。keizoさんの奥さんは2回の大手術に耐え、3年間にわたり、闘病しながらも充実した日々を送っておられたとのことである。keizoさんの献身的な支えが奥さんの命を長めたことは間違いない。奥さんの容態がいつ急変してもおかしくないというギリギリの中で、普段通りに仕事をされ、俳句の活動もされ、掲示板ではジョークも書かれていたことには、心から敬服する。まさに日新又日新(141話参照)、一日一日が勝負だったのである。「日々の賀状」の謎が今頃になってわかるようでは私もまだまだ神経質が足りない。

 「死期は序を待たず。死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり」と徒然草(第155段「世に従はん人は」)にあるように、人はいつどのように死ぬかわからない。我々は生かされているありがたさを忘れ、つい日常生活に埋没して惰性的になりがちだが、また新しい一日がやってきたことに感謝して、その日一日を精一杯、力いっぱい生きることの尊さをkeizoさん御夫妻に教えていただいたように思う。掲示板の感動的な一文を引用させていただく。「最期は、苦手なマラソンをやらされているように肩で息をしてとてもつらい様子でしたが、突然訪れた死の瞬間においては、きっとゴールテープを切ったかの達成感を味わっていたのではないかと思います」。keizoさん、長丁場の伴走、お疲れ様でした。奥様のご冥福をお祈り申し上げます。

2007年5月28日 (月)

神経質礼賛 189.割り箸

 朝、ラジオで「日本人の割り箸消費量は年間一人当たり200膳にもなり、それは森林伐採・環境破壊につながっている」という趣旨の話が流れていた。

 一人当たり200膳というのは日本全体でみれば大変な数である。だが、それをゼロにしろというのは外食産業を考えると無理があるだろう。それに、もし割り箸の代わりに「マイ箸」持参で、それを洗うとしたら、水と洗剤を消費することになる。箸とケースを洗うのに1500mlの水を要するとすると年200回では100リットルの水を消費する計算だ。洗剤の量もバカにはできなくなるはずである。私のような神経質人間の目から見ると、必ずしも環境論者の言うほど話は単純ではないように思える。

 私の場合、割り箸を使うのは、病院で食事の時である。昼食は時間がないのと、流し台が混雑するため、割り箸を使用している。当直で食べる時には一人なので、自分の箸を洗って使っている。ということは、やはり私も年間200膳は消費していることになるのだろう。物を無駄なく大切に使っておられた森田正馬先生が生きておられたら厳しくお叱りを受けるところである。これを書いたのを機に、(時間的にそれほど厳しくない)外来担当日でない日には割り箸使用をやめることにして、割り箸使用本数の半減を図ることに決めた。

 もともと、割り箸や楊枝は間伐材など廃棄される木材から作られていた。しかし、今は価格の安さから中国からの輸入品がほとんどであり、最初から割り箸を作る目的で木材が加工されてしまっている。最近では中国でも割り箸の需要が急増し材料となる木材が不足しているという。このところ割り箸の価格上昇も目立ってきている。レジ袋同様、弁当の割り箸は有料化という事態になりそうである。割り箸を使わなくて済む点でおにぎりは優等生である。天むすびがあるくらいだから、カツ丼むすび・ハンバーグむすび・カレーむすびなどやってできないことはあるまい。おかずもパッケージを工夫して箸なしで例えばラップを剥いて食べられるようにできると良いのではないかと思う。そうすれば、手軽に食べられ、割り箸いらずで、かさばる使い捨て弁当箱(トレイ)のゴミも減らせて一石三鳥であろう。業者さんにも御一考願いたいところである。

2007年5月25日 (金)

神経質礼賛 188.レジ袋・過剰包装

 スーパーでついてくるレジ袋には以前から資源の無駄遣いという批判があった。レジ袋不要のお客さんにはサービススタンプを押しているスーパーもあったが、いよいよ大手スーパーではレジ袋有料化の動きとなってきた。マイバッグ持参で、ということである。しかし、少し泥がついているようなゴボウなどの野菜では袋が欲しくなるし、生のアサリが入った袋、牛乳や冷凍食品では、露が付いて袋が濡れやすいのでやはりレジ袋はありがたい。一律廃止とか有料化よりも濡れたり汚れたりするものだけ無料で付けて、それ以外、欲しい人は買えばいいのではないだろうか。第一、私の住んでいる地域では、指定のレジ袋ならばゴミ袋として集積場に出してよいことになっているので、まるっきり無駄になっているわけではない。

 レジ袋よりも過剰包装はもう少し何とかならないものかと思う。デパートのお中元・お歳暮の包装は以前よりは簡易包装にはなってきたが、まだまだ改善の余地はある。通販で品物を買うと、大量の段ボールがゴミとして発生する。

 私がいつも行きつけの老舗書店では、週刊誌を買っても文庫本を買っても、中が透けて見えない、立派なロゴ入りのビニール袋に入れてくれる。これを捨ててしまうのはもったいない。そこで、商品をレジに出す時に、「袋はいらないのでレシートを貼って下さい」と頼むようにしている。もっとも、私のような神経質人間は、本をそのまま持っていると、万引きと間違えられはしないか、と心配にはなるが。

 かつて森田先生は講演の中で、病気でもない神経衰弱(神経症)の患者が無駄な医療を求めることを、過剰包装にたとえて次のように言っておられる。

「近代人と神経衰弱」(昭和9年11月3日 高知第一中学における講演)より

 特に神経衰弱の患者は、医者が新奇の学術的検査を多くしてくれるほど、悦(よろこ)んでゐる。それは恰(あたか)も、商人から物を買ふ時、其品物を立派な箱に入れて、キレイな包紙をしてくれるほど、親切な商人かと思って、悦ぶやうなものである。實(じつ)は何の用にも立たない見かけだおしであって、其費用は買手の方で負担する・といふ事に気がつかないので・之が文化生活者の通弊であります。つまり民衆は、医者や商人やの・真実の親切と・虚偽との見分けがつかないのである。         (白揚社:森田正馬全集第6巻 p.172

 この神経症患者の心理・過剰包装とも、現在でも当てはまるのではないか、と思う。

2007年5月21日 (月)

神経質礼賛 187.嫌われ者の二千円札

 西暦2000年を記念して発行された二千円札だが、近頃見かけなくなった。発行当初、自動販売機や銀行の機械で対応できず、不便で流通が遅れたということもあろうが、それでもたまに買物のお釣りに混ざっていることがあった。ここ1年位は二千円札を新たに手にしたことはない。大量の二千円札が使われないまま銀行に眠っているという。実にもったいない話である。

 どうしてこうも二千円札は不人気なのであろうか。他のお札のオモテ面が肖像画であるのに対し、二千円札は沖縄の守礼の門であり、日本文化あるいは平和国家日本をアピールする上でもなかなか良いデザインだとう思うのであるが。お札の種類が増えると、店のレジで対応が大変になるということはありそうだ。数え間違いもしやすい。それと、例えば4000円用意する場合、二千円札を混ぜると、組み合わせが二千円×2枚、二千円×1枚と千円×2枚、千円×4枚の3通りがあって、ややこしい。やはり、1-5-10という系列からするとハズレ者である。外国では20ドル札のような例もあり、1-2-5-10系列の貨幣の国もあるから、という理由付けだったはずだが、2円玉、20円玉、200円玉がなく、2000円札だけ作ったのも変な話である。どうせ作るなら二万円札にしておけば最高額紙幣ということでもっと利用されたのではないだろうか。単に2000年を強調したいのなら、一度だけ発行の記念紙幣にしてしまった方がよかったであろう。毎度のことであるが、お役人様のやることはムダが多い。

2007年5月18日 (金)

神経質礼賛 186.本当は怖い家庭の医学(社会不安障害)

 毎週火曜日の夜、テレビ朝日系で「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」という番組が放送されている。私は普段この番組はあまり見ない。たまたま5月15日の放送は新聞の番組欄で「恥ずかしがり屋」がテーマだと知り、多分、対人恐怖症(社会恐怖・社会不安障害)のことだろうと思って、ビデオに録画しておき、後で見てみた。

 症例は50代の専業主婦の女性。さかのぼれば中学生の時に自分の作文を朗読させられた時にひどく緊張し、以来人前は苦手で、緊張する場面を避けて事なきを得ていた。ところが運悪く抽選でマンション管理組合の理事長になってしまい、会合での異常な緊張・発汗・手の震えなどが出現し、仮病を使って会合を休むようになった。さらに結婚式のスピーチを頼まれ、本番で「もうイヤー!」と叫んで逃げ出してしまう。そこで初めて病院を受診し、社会不安障害の診断で治療を受け、今では人前が怖くなくなった、というストーリーだった。

 ゲストのタレント7人のうち自分で「恥ずかしがり屋」だと思う人が5人もいた。吉本芸人の品川祐さんは「人の目を見られない」「楽屋ではクライ」と述べ、宝塚出身の姿月(しづき)あさとさんも「(人前で緊張するから)普段は眼鏡や帽子をすると安心」と述べていた。人前に出て話したり歌ったり踊ったりするのが仕事のタレントさんも意外と神経質な人が多いものである。その後の問診(恥ずかしい場面でどう行動するか)の結果、タレントの乙葉さんと品川祐さんが「レッドゾーン」に入っていた。乙葉さんは見事な神経質タレントである。ちなみに高橋英樹さんは無神経すぎて「逆に他の病気じゃないの」と「たけし院長」にツッコミを入れられていた。

 確かに、症例のケースはDSM(アメリカ精神医学会の診断基準)では社会恐怖(社会不安障害)と回避性パーソナリティ障害の診断がつくだろう。しかし、TVに出て活躍しているような人ではこの診断はありえない。番組では、この「病気」の「患者」は潜在「患者」も含めて約300万人いると言われ、放置すると、うつ病やアルコール依存症、パニック障害などを併発するケースが多い、としている。そのまま放っておくと大変なことになりますよー、という例の決めゼリフつきある。これはまさに製薬会社のSSRI売り込み戦略(168話「薬を売るために病気はつくられる」参照)通りのセールストークである。登場したテレビドクターも薬については言及しなかったものの、製薬会社と関係が深い、いわゆるソートリーダーの私立医大教授であった。「恥ずかしがり屋」のために300万人が病院に通院してSSRIを服用するとなったら製薬メーカーは大儲けであるが、国民の医療費はパンクするであろう。乙葉さんにしても私にしてもSSRIを常用することになるのだろう。

 この番組を見た「恥ずかしがり屋」の神経質人間はどう思うだろうか。大変だ、自分もああなったら困るから病院にかかって薬をもらおう、という人もあるだろう。しかし、逆に「恥ずかしがり屋」で神経質であっても、俳優・歌手・お笑い芸人が立派にできるということを番組が実証してくれた、という見方もできるのではないか。症例の主婦にしても、長年、緊張する場面を回避してきたためにそのような状態になってしまったのであって、ビクビクハラハラしながらも必要な時には人前に出て話すことをやっていればそうはならなかったであろう。恥ずかしがり屋は病気だから薬を飲んで治療しろ、というのには賛成しかねる。

 神経質人間は他者が自分をどう思うだろうかということに敏感である。森田正馬先生は神経質の性格特徴を「恥ずかしがるを以って、自らフガヒなしとし、恥ずかしがらじとする負けじ魂の意地張り根性である」としている。「恥ずかしがり屋」は人からよく思われたいという気持ちが非常に強いということなのである。自分ばかり恥ずかしがり屋で情けない、と思っている人には、同じように恥ずかしがり屋のタレントさんたちが大勢いて活躍しているのだ、ということをぜひ認識していただきたい。神経質で大いに結構である。

統合失調症・うつ病などの精神病でない、神経症としての対人恐怖症は、従来から森田療法が得意とする領域である。「恥ずかしがり屋」のため、あまりにも日常生活に支障をきたしている人は病院を受診するのもよいが、「生活の発見会」(森田療法を勉強して神経質を生活に生かしていく自助グループ)に参加してみるのもよいだろう。苦しんでいるのは自分だけではなかったのだ、と実感でき、お互いに切磋琢磨して良くなっていく方も少なくない。月1回の集談会に参加すること自体が、訓練の場として役に立つのである。

2007年5月14日 (月)

神経質礼賛 185.五月病

 毎年、ゴールデンウイークを過ぎると、いわゆる五月病とおぼしき新患さんたちが外来にやって来る。大学あるいは大学院の新入生、新入社員の人たちである。4月から学校に入学あるいは会社に入社して、生活環境や人間関係が一変する。4月のうちは緊張しながら歓迎行事に追われ、新しい環境に慣れるために一生懸命動いているのであるが、5月になるとそろそろ疲れが出てくる。それと、ゴールデンウイークの休みで一度緊張の糸が切れてしまうと、元に戻すが大変、ということもあるだろう。

 以前、読売新聞(平成16年4月18日付)に慈恵医大の中村敬先生が書かれた「森田療法による五月病克服のコツ」という記事が出ていた。新しい環境で困っている人へのアドバイスの最後の項に、「やる気が無くなってしまった人は」とあり、学生であれば、集中力が無くても机に座り、授業を聞く、社会人であれば、「つまらないな」と思いながらも目の前の仕事を一つずつこなす、というアドバイスをされていた。「外相整いて内相自ずから熟す」という森田先生の言葉通りで、形を整えているうちに少しずつ興味がわいてくるものである。五月病の「やる気のなさ」は、本格的なうつ病の意欲低下とは異なる。エネルギーはあっても空回りしている状態で、神経症の状態に近い。「気分をよくしよう」と焦ってもよくなるものではない。そこで、気分はともかく、仕方なしに目の前のことを一つずつやっていくうちに何となく調子が出てくる場合が多い。そうしているうちに気分も後からついてくるものなのである。

2007年5月11日 (金)

神経質礼賛 184.ジェットコースターの惨劇

 先週、こどもの日に大阪の遊園地「エキスポランド」のジェットコースターで大事故が起こった。走行中に車軸が折れて脱線し、一人が死亡、一人が重傷、他の乗客も負傷するという惨劇となった。亡くなった娘さんは父親を交通事故で亡くした不幸にもめげずがんばってきた人だそうで、この日は会社の同僚たちと遊びに来て、事故に巻き込まれてしまったとのことである。残されたご家族の心情を思うと、何ともお気の毒である。

 同じメーカー製のジェットコースターがある他の遊園地では車輪や車軸を交換していたのに、エキスポランドでは15年間一度も交換していなかった。また、定期的に行う検査も、他のアトラクションを導入したからという理由で連休明けに延期していたという。そして検査もしないのに監督官庁には異常なしの報告書を出していた。

 この事故の陰で目立たなかったが同じ日に福井県の遊園地でも2人乗りジェットコースターの追突事故があり、負傷者を出している。事故の直接原因は担当者の人為的なミスのようだが、ここでも定期検査がずさんだったことが後から発覚した。

 大事故はえてしてこういう時に起こるものである。「ちょっとくらいいいさ」という融通が人の死に直結してしまうから恐ろしい。そう言っているうちに今度はジェットコースターではないが山陽自動車道でトラックが社員旅行のバスに追突し、多数の死傷者が出た。トラックの運転手がタバコを取ろうとしてわき見運転していたのが原因とのことである。自動車の運転を含めて、人の命にかかわるような仕事において「鈍感力」は厳禁である。大いに神経質でなくてはならない。

2007年5月 7日 (月)

神経質礼賛 183.野球特待生問題

 高校野球の特待生制度が問題となっている。野球に限らずスポーツで優秀な成績をあげた生徒を特別枠で入学させた上で、学費を免除したり、寮費を無料にしたりすることは私立高校でよく行われていて、周知の事実である。野球の場合、春夏の甲子園大会に出場しようものなら、学校にとってこの上ない宣伝となり、人気が上がり、学校の経営に大きく貢献する。最近では甲子園に出場するのは、私立高校が多く、他県出身の選手ばかりで固めているようなチームもある。しかし、高校野球では本来このような特待生は認められておらず、プロ野球球団からのウラ金問題のあおりを受けて、高野連がきびしい態度に出てきたのだ。特待生制度が発覚すると、事実上、締め出しを食らうので、特待生制度をエサに遠方から選手をかき集めていた私立高校は大慌てである。

 私はカネの力でスポーツ選手をかき集めるような学校は好きになれない。しかし、今までがそうだから、と特待生で入学してしまった生徒にとっては気の毒である。生徒だって、強いチームで活躍したい、という気持ちで遠方から入学してくるのであり、生徒に罪はない。タテマエはともかく、1,2年の経過措置をとることはできないのだろうかと思う。「人の性(しょう)を尽くす」・・・その人の能力を最大限発揮する・・・という森田先生の言葉を信奉する神経質人間の目から見ると、せっかくの逸材が試合に出られず埋もれて終わってしまうのは何とも惜しい。

2007年5月 4日 (金)

神経質礼賛 182.日米野球の違いと神経症治療の違い

 今年は、松坂投手がアメリカ大リーグのレッドソックスに、井川投手がヤンキースに移り注目を浴びている。日本の代表的スター選手が次々と大リーグに渡ってしまうと日本のプロ野球が少々寂しくなってしまうが、日本人選手が世界の舞台で活躍することはうれしいことである。TVのニュースもますます日本のプロ野球より大リーグの報道が優先になってきている。

 日本人選手の大活躍で、アメリカのメディアも日本の野球スタイルに目を向け始めている。日本野球のすぐれた面を取り入れたらどうか、という意見を持つアメリカ人記者も出てきた。同じスポーツでありながら、文化が異なるとこうも違うものか、という面もある。日本の高校野球はアメリカ人が見たら違和感があるのではないだろうか。さすがに坊主頭は少なくなったが、礼を重んずる点、チームプレイ重視で送りバントを多用する点、そして普段の練習も走りこみや素振りなどの基本動作の繰り返し、投手なら100球以上投げ込む、といった点はアメリカでは考えられないだろう。スポーツの野球というより、「野球道」の色彩が強い。プロ野球の選手たちもかつては高校球児として甲子園をめざしていたわけで、知らないうちに「野球道」が頭や体に刷り込まれているのであろう。

 こんなことを書いていると、ふと、神経症(不安障害)の治療でアメリカでのやり方と日本独自の森田療法との相違を連想してしまう。168話で述べたように、アメリカでは製薬会社の販売戦略もあり、不安障害にはSSRIを服用させればよい、という考えが定着してきている。ナーバスではいけない、シャイではいけない、それは病気だから薬を飲め、というわけである。それに対して森田療法では、神経質はすぐれた性格であって、病気ではない、ということで、実際の生活の中で、神経質を仕事や勉強などに活かしていくよう指導していくのである。その結果、単に神経症の症状が治るだけでなく、仕事や勉強の能率が上がるようにもなるのだ。

 厚生労働省は医療費削減に躍起になっているが、不安障害という名前の病気を作り出してSSRIを投与する製薬会社の戦略に乗せられていては医療費がかさむばかりである。重症の強迫性障害やパニック障害でのSSRI使用はやむをえないとしても、森田療法的アプローチを行えば、薬の使用は少なくなり、医療費削減になると思う。

2007年5月 2日 (水)

神経質礼賛 181.神経質vs野良猫 第4ラウンド

 この対決も91113125話に続いて第4ラウンドに入った。野良猫の糞害に困って、これまで、種々の忌避剤を撒いたり、侵入防止に園芸用ラティスを付けたり、塀の上に「トゲせんぼ」という猫害防止グッズを設置したりした。残念ながらどれも十分な効果はなく、野良猫のウンチ処理に追われるという状況であった。野良猫様が何度か「トゲせんぼ」のトゲの上を悠然と歩く様を目撃している。痛くも痒くもないらしい。案外適度な「ツボ刺激」で気持ちいいのだろうか。全く、野良猫の足はどういう構造になっているのだろうか。感心するばかりである。

 結局、侵入を防止することは、かなり困難だという結論に達した。要はウンチさえされなければいいのである。そこで、100円ショップで見つけた「どんとキャット」を家の周囲に敷き詰めることにした。これはプラスチック製の網に突起が付いたものである。もちろんこれの上を猫が歩くのは防げないが、この上でウンチはしにくいし、ウンチした後、砂や小石をかける猫特有の習性を妨害することができる。かさばる商品なので、100円ショップには10から20組くらいしか置いてない。何度も足を運び、少しずつ買い足していった。買いに行っても商品の補充がなく、買えないこともあった。また、わずか5cmばかりの隙間を狙ってウンチされてしまったこともあった。半年がかりでほぼ隙間なく埋め尽くすことができた。今のところウンチ被害はない。ただし、人間の通行が大変である。ちょっと軽く踏んだだけで、「どんとキャット」の突起部が折れてしまう。通路を通るには1枚ずつめくっていくことになるので、大変な手間である。隣のコイン駐車場からウチの敷地に投げ込まれたゴミを拾いに行くのに時間がかかって困る。それでもウンチ処理よりはマシである。やっと神経質の勝利!かな? この続編を書かなくて済むことを祈っている。

*「どんとキャット」は100円ショップのダイソーで販売されている。通常サイズは21.8×16.8cm3105円、ロング(プランターのサイズ)が49×14.2cm2105円、ワイドが39.2×39.2cm1105円である。いずれも突起部を含めて高さは2.7cmである。色は緑と黒がある。

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