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2007年5月18日 (金)

神経質礼賛 186.本当は怖い家庭の医学(社会不安障害)

 毎週火曜日の夜、テレビ朝日系で「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」という番組が放送されている。私は普段この番組はあまり見ない。たまたま5月15日の放送は新聞の番組欄で「恥ずかしがり屋」がテーマだと知り、多分、対人恐怖症(社会恐怖・社会不安障害)のことだろうと思って、ビデオに録画しておき、後で見てみた。

 症例は50代の専業主婦の女性。さかのぼれば中学生の時に自分の作文を朗読させられた時にひどく緊張し、以来人前は苦手で、緊張する場面を避けて事なきを得ていた。ところが運悪く抽選でマンション管理組合の理事長になってしまい、会合での異常な緊張・発汗・手の震えなどが出現し、仮病を使って会合を休むようになった。さらに結婚式のスピーチを頼まれ、本番で「もうイヤー!」と叫んで逃げ出してしまう。そこで初めて病院を受診し、社会不安障害の診断で治療を受け、今では人前が怖くなくなった、というストーリーだった。

 ゲストのタレント7人のうち自分で「恥ずかしがり屋」だと思う人が5人もいた。吉本芸人の品川祐さんは「人の目を見られない」「楽屋ではクライ」と述べ、宝塚出身の姿月(しづき)あさとさんも「(人前で緊張するから)普段は眼鏡や帽子をすると安心」と述べていた。人前に出て話したり歌ったり踊ったりするのが仕事のタレントさんも意外と神経質な人が多いものである。その後の問診(恥ずかしい場面でどう行動するか)の結果、タレントの乙葉さんと品川祐さんが「レッドゾーン」に入っていた。乙葉さんは見事な神経質タレントである。ちなみに高橋英樹さんは無神経すぎて「逆に他の病気じゃないの」と「たけし院長」にツッコミを入れられていた。

 確かに、症例のケースはDSM(アメリカ精神医学会の診断基準)では社会恐怖(社会不安障害)と回避性パーソナリティ障害の診断がつくだろう。しかし、TVに出て活躍しているような人ではこの診断はありえない。番組では、この「病気」の「患者」は潜在「患者」も含めて約300万人いると言われ、放置すると、うつ病やアルコール依存症、パニック障害などを併発するケースが多い、としている。そのまま放っておくと大変なことになりますよー、という例の決めゼリフつきある。これはまさに製薬会社のSSRI売り込み戦略(168話「薬を売るために病気はつくられる」参照)通りのセールストークである。登場したテレビドクターも薬については言及しなかったものの、製薬会社と関係が深い、いわゆるソートリーダーの私立医大教授であった。「恥ずかしがり屋」のために300万人が病院に通院してSSRIを服用するとなったら製薬メーカーは大儲けであるが、国民の医療費はパンクするであろう。乙葉さんにしても私にしてもSSRIを常用することになるのだろう。

 この番組を見た「恥ずかしがり屋」の神経質人間はどう思うだろうか。大変だ、自分もああなったら困るから病院にかかって薬をもらおう、という人もあるだろう。しかし、逆に「恥ずかしがり屋」で神経質であっても、俳優・歌手・お笑い芸人が立派にできるということを番組が実証してくれた、という見方もできるのではないか。症例の主婦にしても、長年、緊張する場面を回避してきたためにそのような状態になってしまったのであって、ビクビクハラハラしながらも必要な時には人前に出て話すことをやっていればそうはならなかったであろう。恥ずかしがり屋は病気だから薬を飲んで治療しろ、というのには賛成しかねる。

 神経質人間は他者が自分をどう思うだろうかということに敏感である。森田正馬先生は神経質の性格特徴を「恥ずかしがるを以って、自らフガヒなしとし、恥ずかしがらじとする負けじ魂の意地張り根性である」としている。「恥ずかしがり屋」は人からよく思われたいという気持ちが非常に強いということなのである。自分ばかり恥ずかしがり屋で情けない、と思っている人には、同じように恥ずかしがり屋のタレントさんたちが大勢いて活躍しているのだ、ということをぜひ認識していただきたい。神経質で大いに結構である。

統合失調症・うつ病などの精神病でない、神経症としての対人恐怖症は、従来から森田療法が得意とする領域である。「恥ずかしがり屋」のため、あまりにも日常生活に支障をきたしている人は病院を受診するのもよいが、「生活の発見会」(森田療法を勉強して神経質を生活に生かしていく自助グループ)に参加してみるのもよいだろう。苦しんでいるのは自分だけではなかったのだ、と実感でき、お互いに切磋琢磨して良くなっていく方も少なくない。月1回の集談会に参加すること自体が、訓練の場として役に立つのである。

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コメント

長年、緊張する場面を回避してきたためにそのような状態になってしまったのであって、ビクビクハラハラしながらも必要な時には人前に出て話すことをやっていればそうはならなかったであろう

よくこんなこと書けますね。

立場が違えば、異なった「診たて」がありうるものです。

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