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2007年6月 1日 (金)

神経質礼賛 191.千の風になって

 昨年の紅白歌合戦でテノール歌手の秋川雅史さんが「千の風になって」を歌って話題となった。CDはベストセラーとなった。その後もこの歌の人気は続いており、ロングヒットになりそうである。とても情感深い歌であるが、クラシック界の歌手が感情的になり過ぎずに歌っているのも魅力なのだろう。

 この歌に関しては、最近TV番組や新聞でいろいろ取り上げられている。平成19年5月28日付読売新聞には、訳詩・作曲をした作家の新井満さんの談話が載っていた。奥さんを亡くした友人を慰めようと思って作った歌だという。その奥さんの追悼文集で作者不詳の原詩を知り、死者が生者を慰めるという発想に感動して、訳詩と曲を作って私家版CDとして出したところ、大反響を呼び、多くの歌手が歌うようになったということである。人間の死は、再生でもあり、無数の命の集合体の中に帰っていくことだ、と新井さんは言う。

 この歌は宗教にかかわらず、誰でも自然な感情として受け入れられるところが素晴らしいところである。親しい人を亡くした悲しみを癒してくれるばかりでなく、これから死んでいく我々にとっても死の恐怖を和らげてくれる力を持っているように思う。

 考えてみれば、我々の体を構成している原子の大部分は、外部から食品として多くの命をもらって置き換わっていく。酸素だって多くの生命たちと共有して入れ替わっている。長い目で見れば、亡くなった人を構成していた原子は自然に帰って多くの生命に取り込まれていくのだ。そんな風に思いを馳せれば、自分の命も人の命も動植物の命も一体であり、大切にしていかなければならないことは自明の理で、破壊行為や犯罪や戦争が極めて愚かなことは、神経質人間でなくてもわかるはずである。

 この風が日本ばかりでなく、国境を越えて世界中を吹きわたることを願わずにはいられない。

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