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2007年6月11日 (月)

神経質礼賛 195.準ひきこもり

 昨年に引き続き(79話)、今年も「ひきこもり」の講義を保健所から依頼されてしまった。本来は児童・思春期を専門とする精神科医の得意分野であり、私にとっては専門外ではあるが、やむをえない。

 ひきこもりについていろいろ調べていくと、最近では「準ひきこもり」なる言葉があるらしい。富山国際大学講師の樋口康彦氏が提唱した概念で、大学には登校するものの家族以外の他者との交流がほとんどなく、対人的な社会経験が不足している状態をいうのだそうである。樋口氏自身がこの準ひきこもりだったという。ただし、この言葉は用語として定着しているわけではない。対人交流が乏しく表面的で趣味に没頭するいわゆる「おたく」と重なる部分も大きいだろう。準ひきこもりの特徴は、たくましさに欠け男性的役割を身に着けておらず、自己中心的で被害者意識が強いという。そして、「処方箋」としては、①挨拶を心がける。②サークルやボランティアで人との交流を持つ。③美容室で髪をカットし、ブランド品を身につける。④大学教授や公務員など自己主張に乏しくても勤まる職業に就く。だそうである。

 ここで①や②は極めて常識的な処方箋である。森田正馬先生の言葉「外相整いて内相自(おの)ずから熟す」で健康人らしくするよう指導することにも通じる。しかし、③の美容室でカットするとかブランド品を身につける、というのには少々疑問を感じる。④の大学教授に至っては、全く現実的ではない。教授になるためには自己中心的である(80話参照)ことは必要だろうが、他人を蹴落とすような強い自己主張がなくてはなれないのが普通である。自己主張をしなくてもよい(というよりしてはいけない)点で向いているのは大学職員や公務員であれば技官であろう。

 神経質な人でも、対人恐怖のあるような人ではこの準ひきこもりに該当しそうな人はいる。しかし、神経質な人の場合、森田正馬先生の高弟・高良武久先生の言われたように、自己の「病的」状態に対して反省批判能力があり、これを克服して正常に戻そうとする強い意欲を持っているものである。ひきこもり状態にいつまでも甘んじることはなく、常に「これではいけない、何とかしなくては」と思っているのである。従って、学校卒業・就職などをきっかけに何とかなる場合が多く、中にはあえて苦手な営業職に就いて成功する人もいる。初めてプールに飛び込む時は怖いものだがやってしまえば何でもない。苦手な仕事も同じことである。

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