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2007年7月23日 (月)

神経質礼賛 208.不安心即安心

 今週はたまたま当直が重なり、週4当直とハードである。その第1夜、さっそく電話で起こされる。時計を見ると2:25である。電話の主は外来通院患者さんの夫で、「妻が不安だ不安だと言って落ち着かないので近くの鈴木医院に連れて行って点滴を打ってもらったんですがよくならないんですよ」という。鈴木先生は地元では「赤ひげ先生」のような存在で、もう80歳間近であるが、365日24時間、時間外診察や往診をこなされ、警察の依頼で検死もこなしておられる。もともと外科医だが、内科専門医の資格も持っておられる。まさに開業医の鑑のような方である。この女性患者さんは面白くないことがあると「お腹が痛い」、「気持ち悪い」、「頭が痛い」などと訴えて夫を巻き込み、夜中に鈴木先生のお手をわずらわせる常習犯である。普段から当ブログをお読みの方はすでにおわかりだと思うが、ヒステリーの疾病逃避・疾病利得の心理機制が働いているのである。不安を人に依存して解消しようとするのがヒステリーの常套手段でいわば、「依存心即安心」なのだが、依存される方にも限界がある。

 不安だ不安だと大騒ぎすれば、ますます不安感は強まる。よくある例え話で、夜の墓場で「怖いよー」と叫んで走り出せば周囲に音が響いてさらに恐ろしいことになるようなものである。不安感を持ちながら、仕方なしにその時を過ごしていくうちに、いつしか注意が外に向かうことで、自然と不安は軽くなっていくものである。これが森田先生の言われた「不安心即安心」である。

不安をなくそうと思ってもなくなるものではない。不安は失敗を防ぐための安全装置・警報装置の役割を果たしているのだから、不安は生活に必要不可欠な面も持っているのだ。抗不安薬を飲めば確かに不安は軽くはなるが、神経質の良さも失われてしまう。つまらないミスが増えたり、不用意な発言で周囲とトラブルを起こしたりすることもある。ドキドキ・ハラハラで不安を抱えながらも行動していくことが大切である。

なお、当直中に起こされたことも、ブログのネタにしてしまうところは、転んでもただでは起きない、私の神経質根性のなせるわざである。

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