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2007年7月27日 (金)

神経質礼賛 209.しかみ像

 徳川家康については11話で歴史上の偉大な神経質人間としてすでに取り上げているが、少々説明不足のところもあるので、今回補足しておこうと思う。

 家康の人間像については異なった見方が存在する。優れた名君だとする説もあれば、凡君説もある。かつてのNHK大河ドラマ「徳川家康」(1983年滝田栄主演)では「厭離穢土 欣求浄土」の旗印そのもので器が大きな理想的人物として描かれているが、いくらなんでもこれは美化しすぎていると思う。

医師で作家の篠田達明氏の書かれた「徳川将軍家十五代のカルテ(新潮新書)」によれば、家康は日常生活において極めて用心深かったという。刺客が侵入しにくいように工夫したり、生ものは食べなかったり、遊女も近づけなかったという。薬に精通し、自分で調合もしていた。「小心、律儀、慎重、実直が終生変わらぬ家康のキャラクターであった」と篠田氏はまとめておられる。これはまさに神経質そのものである。

そして家康神経質説の決定打は「しかみ像」である。家康は武田信玄の挑発に乗ってしまい、三方原の合戦で大敗を喫し、命からがら浜松城に逃げ戻った。その際には恐怖のあまり馬上で脱糞したとも言われる。その時の、憔悴しきった情けない顔を肖像画として描かせたものが「しかみ像」と言われるもので、現在は徳川美術館に収められている。家康は、常にこの像を座右に置き、慢心の戒めとしたと伝えられている。この心理は神経質人間の私からみると、実によく理解できる。こんなことは神経質でなければやらないことである。神経質人間は過去の失敗に非常にこだわる。一見マイナス思考のように思われるかもしれないが、私に言わせればこれは悪いことでもない。例えば、大勢の人命が失われる大きな列車事故は何度も起きているが、過去の失敗に対する反省が不十分だから繰り返されるのである。神経質が足りないがために悲惨な事故が繰り返されているのだ。家康の場合、失敗を教訓として、その後、大きな失策をせず、負ける時にも被害を最小限に食い止めた。その結果、ライバルたちが自滅していく中で、自然と天下が転がり込んできたという見方もできよう。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」で始まる有名な家康公遺訓の一節に「勝つことばかり知りて負けることを知らざれば、害その身に至る」とある。これもマイナス思考に見えて、実はマイナスのマイナスはプラスとなるのである。美空ひばりさんの歌にあった「勝つと思うな思えば負けよ」という柔道の極意にも通じるものがある。真の強者は失敗を恐れ、よく負けることを知っているものである。

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