神経質礼賛 220.神経質は仕事の為にす 治るためにせず
この言葉は、神経症の症状に苦しみ、何とか治そうとしている人にとっては厳しい言葉であるが、真実を突いている。「自己の病的状態を克服して正常に戻そうとする強い意欲を持っている(高良武久)」のが神経症患者さんの特徴ではあるが、治そう治そうと焦ること自体が症状へのとらわれを強め、かえって症状を悪化させてしまうのである。症状を治そうとすることをやめて、苦しくてもやるべき仕事をやっていく習慣がつけば、森田先生の治療を受けて強迫観念が改善した劇作家・倉田百三のように「治らずに治った」ということになってくるのである。
森田先生は、入院患者さんたちの前で、退院者からの手紙を披露した後で、次のように述べている。
掃除でも風呂焚きでも、病氣を治すために働いて居る間は病氣は治らない。病氣を治さうとする事を忘れた時に、病氣がなくなって居るのである。退院後も、周囲に適應して行く間は再発はないが、再発しないために、一定の模型的の生活状態をとって居る間は、病氣は本当に治って居ないのである。 (白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.264)
せっかくの高性能エンジンも空ぶかししていたのでは何の役にも立たない。症状にとらわれている状態はまさにエンジン空ぶかしに等しい。しかし、次々と仕事に手を出していき、注意が自分自身でなく周囲に向かうようになった時、神経質という高性能エンジンは最大パワーを発揮するようになるのである。
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