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2007年8月20日 (月)

神経質礼賛 217.四方八方に気を配るとき即ち心静穏なり

 この言葉は、私が患者さんの日記指導でよく書く言葉である。それまで神経症の症状にとらわれて、頭の中が症状のことでいっぱいだった患者さんが、種々の作業に手を出していき、周囲に気を配るようになってくると、ふと症状にとらわれていない自分に気がつく瞬間が出てくる。こうなればしめたもので、注意が内側から外側に向かうようになって、結果的には症状も気にならなくなってくる。さらには神経質を生かして、仕事や生活がうまくいくようになるのである。この言葉の後には「自転車の走れる時、倒れざるが如し」と続く。自転車はこぐのを止めたら倒れてしまう。周囲に気を配っていれば、やるべきことは次々と見つかってくる。倒れるヒマもなくなるものだ。

 浜松医大の森田療法では、作業ばかりでなく、レクリエーションの時間があった。グランド、テニスコート、体育館を授業やサークル活動で使われていない時間帯に借りて、ソフトボール、テニス、バレーボール、バトミントンなどいろいろなスポーツをすることができた。

 ある日のレクリエーションはテニスだった。参加している患者さんは神経症の方だけでなく、統合失調症、うつ病、アルコール依存症、認知症など多岐にわたっていた。気がつけばテニスをしているのは神経症の患者さんばかりで、他の患者さんたちはベンチに座っている。そこで、リーダーの患者さんに注意すると、テニスの上手な患者さんを中心に初心者向けのテニス教室が始まった。他の森田グループの患者さんたちは面白くなさそうに球拾いをしている。そして使っているコートは1面だけで、後のコートは空いている。そこでまたリーダーを呼んで注意を与えた。球拾いをしていた人たちが交代で空いたコートを利用し、ベンチに座っていた精神病の患者さんを誘って一緒に打つようになった。こうなれば、神経症の患者さんたちは、他の患者さんたちの役に立つことができるし、自分たちも交代で楽しむことができる。コートも無駄なく使えるようになったわけである。神経質を生かして、周囲に気が配れるようになれば、もはや病気ではなくなっている。人並み以上の健康人である。

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