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2007年9月28日 (金)

神経質礼賛 230.雑念即無想

 森田正馬先生の時代には雑念が浮かんで集中できない、読書ができなくて困る、といった雑念恐怖を訴える人がよくいた。なぜか最近はそういったことを訴える人は少ないように思う。ライフスタイルの変化も一因なのだろうか。時間に追われる日常生活の中ではじっくり読書三昧できるまとまった時間が取りにくい。何かしていても電話などの割り込みが入ったりする。

 私が雑念で困ったのは、かつて医師国家試験を受けた時のことである。なぜか突然、頭の中でチェンバロの曲が鳴り出した。その数ヶ月前に買ったCDに入っていたスカルラッティのソナタニ長調の旋律である。もちろん幻聴ではなく、ついつい想起してしまうのである。よりによって大事な試験の最中であるから気になって、集中しようと焦れば焦るほどかえって集中できない。どうしようもないので放置していたらいつの間にか曲は消散していた。試験も何とか合格できた。

 雑念恐怖に限らず強迫観念はどれでも追い払おうと焦れば焦るほどますます気になってしまうのである。強迫観念を体験したことがない人でも、わかりやすい例として「鼻尖恐怖」がある。自分の鼻が視野に入って気になって仕方がないというものである。どんなに鼻が低い人でも視野障害がない限り必ず鼻が視野に入るはずである。これを一旦意識し始めると気になって仕方がないものである。しかし、見えるのが正常なのであってどうにもならないのだから「不可能の努力」はやめて放っておいて日常生活をしていれば、いつしか気にならなくなっているものである。雑念はあっても相手にせずに放置しておけば無想の状態になり、結果的には集中できるのである。

2007年9月24日 (月)

神経質礼賛 229.冷蔵庫の中身は?

 私は毎朝5時50分に起床する。着替え・洗顔後、朝刊を取りに行き、ラジオの6時のニュースを聞きながら新聞を読む。同時にパソコンでメールをチェックし、なじみのブログをいくつかチェックする。それから朝食である。先日、ラジオのニュースの後、「著者に聞きたい本のツボ」という番組で、「冷蔵庫で食品を腐らす日本人」(朝日新聞社)の著書・魚柄仁之助さんのインタビューがあった。聞きながら、思わず「そうだ、そうだ」と頷いてしまった。

 土日に大型スーパーに行くと、駐車場は一杯で、店内もごった返している。この頃はどこの都市でも駅周辺の商店街や古くからの商店街がさびれ、郊外の大型店に客が集中している。だんだんアメリカ型の生活スタイルとなり、週末に車で大型店に行って一週間分の食料品を買い込み、大型冷蔵庫に放り込むパターンになってきているのだろう。冷凍食品もよく売れている。大型店同士の集客競争もあり、土日はポイントを2倍とか3倍にしたり、冷凍食品3割引、4割引のセールをしたりしている。つい勢いで買い過ぎることも多いであろう。その結果、腐らせてムダになる食品が出やすくなる。実にもったいない話である。家庭の冷蔵庫もさることながら、スーパーやコンビニでは期限切れ食品が大量に処分されている。衛生上やむをえないことだが、もう少し何とかならないものかと思う。世界を見れば飢えに苦しんでいる人も多いと言うのに。

 私の妻は、食品に対するこだわりが非常に強い。米は低農薬。野菜は無農薬野菜のセットを宅配で手に入れている。そういう野菜は虫がついていたり最初から傷んでいたりして捨てる部分が多く調理に手間がかかる。全くよくやってくれると感心する。ここまではとてもエライのだが、食べ方のわからない野菜がセットされていてそのまま冷蔵庫で腐らせたり、店で買った野菜とダブってしまい結局腐らせてしまったりすることもある。冷凍食品は買わず、肉や魚類も納得できる安全なものを手に入れるのはよいが、冷蔵庫で眠る期間がどうしても長くなりがちである。調味料も無添加モノが多く保存がきかないので冷蔵庫に入れざるを得ない。そして手間暇かけて作る割には地味な和食が多いため子供たちからは不評である。これだけ食の安全にこだわる割にはなぜか賞味期限には割りと無頓着で、神経質な私が冷蔵庫の奥から期限切れ食品を見つけ出しては妻の機嫌を悪くするという事件が繰り返される。我が家はエンゲル係数(食費が家計に占める率)がやけに高く、生ゴミの量が異様に多いのが特徴である。世の傾向とは別の意味で、見直しが必要なようである。(影の声:簡単には直らない!)

2007年9月21日 (金)

神経質礼賛 228.リタリン依存

 ここ数日間、毎日新聞の朝刊でリタリン依存の問題が大きく取り上げられている。リタリン依存から抜け出すための苦しみを訴える患者さんやその家族の話、小遣い稼ぎにリタリンの売人をしている人の話が載っていた。一昨日の朝刊では無診察でリタリンを大量に処方していた新宿のクリニックが医療法違反容疑で立ち入り検査を受けた件が、昨日の朝刊では、池袋のクリニックがホームページ上で「リタリン10錠7000円」という宣伝をして集客している実態が、報道されていた。リタリンを欲しがる人たちは、一人でいくつもの医療機関にかかり、少しでも多くの薬を手にしようと奔走している。こうしたクリニックは、形ばかりの診察で簡単にリタリンが手に入るクリニックとして有名だということだ。これでは医師というより「ヤクの売人」である。

 中枢刺激薬リタリンは覚醒剤の一種と言っても良いだろう。服用当初は気分が高揚し、集中力が向上するが、しばらくすると薬が効かなくなり、より多くの薬を必要とするようになってしまうのだ。かつては難治性うつ病の治療に用いられたこともあったが、幻覚・妄想や依存の問題があり、処方することで新たな精神障害を引き起こす可能性があり、現在うつ病への処方は問題視されている。ナルコレプシー(睡眠障害の一種で、日中に睡眠発作・脱力発作が起こる)は適応疾患として承認されている。アメリカでは注意欠陥多動性障害(ADHD)の小児に頻用されており、その影響でまだADHDが適応外ではある日本でも児童思春期を専門とする精神科医は処方する機会が多いようだ。「怖くて飲めない!薬を売るために病気はつくられる」(ヴィレッジブックス発行 レイ・モイニハン、アラン・カッセルズ著)の第4章では、アメリカでリタリンの製造メーカーが患者団体に資金提供を行って援助したり種々のイベントを行ったりすることでリタリンの売り上げが大きく伸びてきているという実態が明らかにされている。最近は成人のADHDという切り口からさらなるリタリン利用拡大を画策している。ADHDの診断枠をどんどん拡大することでリタリンの服用者数が増大していけば、10年後、20年後にリタリン依存症患者数は膨大な数となり、社会問題となることは目に見えている。もっともリタリンの副作用による幻覚・妄想を抑えるための抗精神病薬の売り上げも伸びるであろうから製薬メーカー全体ではますます儲かることになるに違いないが。

 私はリタリンを処方したことは一度もない。大学病院勤務時、処方することは可能であったが、大原健士郎教授以下医局員は誰も処方しなかった。大原教授退官後に赴任してきたM教授がうつ病の患者さんに気軽にリタリンを処方するのを見て驚いた記憶がある。今勤務している病院では最初からリタリンは処方不可ということになっている。「難治性うつ病」とされるものも、人格障害が背景にある場合や、統合失調症の陰性症状と考えた方が妥当な場合がある。時にはうつ病の神経症化のために難治となっていて森田療法が奏功するケースもある。安易なリタリン処方で薬物依存患者を作り出すのは邪道である。

 今朝(平成19年9月21日)のTVニュースでは、リタリン乱用批判を受けて製造メーカーのノバルティスファーマがリタリンからうつ病の適応をはずすとのことであった。新聞報道も同様である。しかし、適応外でADHD治療薬としての使用は年々拡大しており、乱用防止に歯止めがかかるかどうか疑問である。それに、今まで「うつ病」として処方を受け服薬を続けていた人が急に処方を受けられなくなり服薬を中止したら、深刻な離脱症状に襲われることになる。実際に服用している人たちがリタリンをやめられるプログラムも用意しておかなくては片手落ちである。

2007年9月19日 (水)

神経質礼賛 227.名刺

 病院にやって来る製薬メーカーのプロパー(営業)さんたちは、初対面でなくても必ず名刺を置いていこうとする。毎週来ている人でもそうである。他の先生方は受け取って捨てているようだが、私は「再利用して下さい」と言って必ずお返ししている。たかが名刺であっても作るには1枚あたり数十円かかる。最近はカラーのものや、顔写真付のものも見かける。捨てるのはもったいないし、失礼でもある。私は名刺入れで整理するほど几帳面ではなく、机の引き出しに重ねて入れているだけだが、受け取った日付を鉛筆で書き込むようにしている。これは後で意外と役に立つことがある。

 勤務医をしていると、意外に自分の名刺を出す機会は少ない。措置診察(主として触法行為を犯した精神障害の疑いのある人を都道府県知事命令で強制入院させるかどうか判断する診察)で一緒に診察する初対面の先生と名刺交換するくらいである。最近は学会も極力日帰りで済ますことが多いため懇親会に出て名刺交換をするような機会も少ない。以前は病院で名刺を作ってくれなかったので、自費で名刺を作ったもののあまり使わなかった。そうこうしているうちに病院の市外局番が変わり、ついには病院も移転して、この名刺はムダになってしまった。ようやく病院側で名刺を作ってくれたが、やはりあまり出す機会はなく、十分に余っている。

 今はパソコンで手軽に名刺が作れる。市販の名刺用紙(A4サイズで名刺が10枚作れる)を買って、無料ソフトを使えば、プライベート用には十分なものが作れる。ただし、100円ショップで売っている名刺用紙では紙質が少々悪く、切り取りのミシン目もやや粗いので、やはり400-500円してもパソコンショップなどで用紙を買った方が良いようだ。最近「神経質礼賛」の名刺を作ってみた。神経質な性格に悩んでいる方にお渡しするようにしている。

2007年9月17日 (月)

神経質礼賛 226.上げ底

 香典返しにもらった味付海苔の缶を開けてみて驚いた。円筒状の金属製の缶で、通常は上下2段に海苔が入っているのが、海苔は上段だけで下段は乾燥剤が入っているだけであった。実質半分というわけである。これほどの上げ底は久々に見た。缶のコストを考えれば実にもったいない。資源のムダ使いでもある。外装はジャストサイズの四角い紙箱にして、チャック付のビニール袋に入れておけばムダがないし、廃棄処分もラクであるのに。「神経質が足りない!」である。

 上げ底はみやげ品や贈答品に以前はよくあったが、最近は簡易包装が好まれ、あまり見かけなくなってきている。上げ底商品は、製造者の評価を下げるだけである。消費者は二度とその商品を買おうとは思わないはずで、そうした商品を世に出すことは自分の首を絞めるようなものである。

 上げ底もまずいが、食品のごまかしでもっといけないのは賞味期限の偽装である。今年の夏、北海道みやげの定番「白い恋人」が賞味期限のごまかしをしていたことが発覚した。同じメーカー製のアイスクリームからは基準を超える細菌が検出された。消費者の健康被害も懸念される。当然、商品はメーカーが回収するところとなり、観光シーズンのピークにこれでは大損害であろう。損失はメーカーだけに留まらず、みやげ品店の売り上げにも響いたようだ。「もっと神経質が足りない!」である。

2007年9月14日 (金)

神経質礼賛 225.ぴあのピアと大雨

 衛星放送(BS)は高画質・多チャンネルで便利なものであるが、困ったことに大雨に弱い。最初に経験したのは、子供たちがサッカーの試合をBSで見ていたら、突然画面が写らなくなったことである。この時は、アンテナかチューナーが壊れたのではないかと心配した。後で雷雨が原因とわかった。BSの電波は極めて波長が短くて光の性質に近くなり、大雨の時には電波の減衰が激しく、受信できなくなってしまうのである。

今年はNHKハイビジョンで「ぴあのピア」という番組が放送されている。月-金の毎朝10分番組であり、最初に曲や作曲家にまつわるエピソードを紹介し、その後スタジオでのピアノ演奏となっている。たまにオカマ系芸能人(華道家)が出てきて雰囲気をブチ壊す難点はあるものの、よくまとまっていて、実に良質な番組である。私は、音楽そのものだけでなく、作曲家のパーソナリティや人生にも興味を持っているので一粒で二度おいしい。写真や肖像画はそれだけでも面白い。ベートーヴェンの肖像画にはかなり美化したと思われるものがあり、本物はどれだと言いたくなる。メンデルスゾーンの少年時代の肖像画は、もし今だったらハンカチ王子どころの騒ぎではないだろうなというような美少年ぶりである。父親はユダヤ人の裕福な銀行家であり、お城のような広大な屋敷に住んでいたわけだから実際のところ王子様である。シューマンと結婚した天才ピアニストであるクララの少女時代の肖像画は清楚な美しさの中に意志の強さを感じさせる。ふと私が高校時代に憧れたマドンナを思い出す。通貨のユーロ統一前、100ドイツマルク札にはクララの肖像が使われていたそうである。シューマンの死後、クララに強い恋愛感情を持ちながらも終生独身だったブラームスの青年期から老年期の写真の変貌ぶりも興味深い。この番組は時間が短いので、録画しておいて夕食後に見るのが楽しみとなっている。先週の台風の日と、今週の大雨の日はやはり録画できていなかった。これからは台風や集中豪雨のシーズンである。神経質人間としては、来週からは同じ日の夜の再放送も録画予約に入れておき、大雨リスクを回避する作戦に出る予定である。

2007年9月10日 (月)

神経質礼賛 224.卒論代行業者

 大学の卒業論文やレポート作成を代行する業者の存在が明らかになり、話題となっている。

 業者は「安心の品質」をうたい、料金は1文字5円程度、納期は卒論で最短1週間とのことである。読売新聞が1年ほど前に開業したある業者を取材したところによると、これまで100件以上を請け負い、2万字のレポートで10万円、卒論で35万円以上という価格設定になっており、分野は法学が過半数、文学、経済も多く、物理や化学は皆無であり、今までに依頼者からの苦情はない、とのことである。専門家であれば無難にまとめられそうな法学分野が最も多く、実験やシミュレーションが必要な理系がない、というのはわかるような気がする。文部科学省や大学側もこのような業者を非難するようになり、検索業者のグーグルは卒論代行業者の広告掲載を中止したという。

 大学生活で最大の関門は、本来は4年間の総決算である卒論のはずである。ところが、近年は大卒者の就職難のため、3年生から就職活動が始まる。4年になれば就職活動一色であり、内定してからも種々の研修のため企業にたびたび足を運ばなくてはならない。このような状況では、卒論を軽視する風潮もあるのだろう。それに、「大学」と名のつく学校が激増して、大学全入時代となり、教員の質・学生の質が著しく低下していることも背景にあるのだろう。定員割れで経営難の大学やら、留学生が大量に「行方不明」となり単なる不法入国斡旋所となった短大やら、「こんなものいらない」大学が多すぎる。大学は今の半分以下で十分であり、本気で勉強したいと思っている社会人・主婦や定年退職後の高齢者にもっと門戸を広げるべきだと思う。

 ある時、外来に仕事が長続きしない、ということで母親に連れられてきた若い男性がいた。私は、軽度精神遅滞(IQ50-69程度)が原因の社会不適応と判断し、職種を変えた方がよいのではないか、とアドバイスしたが、母親は「ウチの子は大学を出ている。事務職が向いている」と譲らない。しかし、怪しいと思ってよくよく聞けば、大学は事実上、面接だけで全員合格するような学校で、普段のレポートから卒論まで、母親が代作していたということが判明した。ママが卒論代行業者だったわけである。こんなことをやっては本人のためにはならない。

 日頃から先のことを心配してコツコツ努力する神経質人間には卒論代行業者は不要である。

2007年9月 7日 (金)

神経質礼賛 223.新型うつ病

 9月3日夜のNHKのクローズアップ現代は「キレる大人出現の謎」というテーマだった。私は最初から見なかったが、歩道を歩いていた女性が後方から自転車で追い越そうとした人にベルを鳴らされてキレたことをきっかけに精神科を受診したところ「うつ病」と診断された、という症例から見始めた。今話題のいわゆる「新型うつ病」ということなのだろう。

 従来、典型的なうつ病になりやすい病前性格として、メランコリー親和型といわれるものがある。この性格類型の人は、几帳面で秩序を重んじ、自己に対する要求水準が高く、対人関係でも誠実で良心的である。こういった人がうつ病になると、自罰的で、「自分の努力が足りない、周りの人たちに申し訳ない」と思い込みがちである。ところが、最近は20-30代女性を中心に他罰的で攻撃的な「非定型うつ病」別名「新型うつ病」が増えていると言われる。売れっ子の香山リカ氏は「三〇代うつ」と呼んでいる。

 実は他罰的で攻撃的な「うつ」は以前から大学病院ではよく見かけた。従来診断で「抑うつ神経症」と呼ばれるものである。典型的なうつ病よりは軽度であり、不安症状が強く、状況依存的(周囲の状況で症状が左右される)であるのが特徴で、多くは演技性、依存性などの人格障害を伴っている。いわゆるヒステリー性格であることが多い。Y-G(矢田部・ギルフォード)性格検査を行うと、情緒不安定で外向的・攻撃的でB型(ブラックリストタイプ)を示すことが多い。こういう人たちは精神病院では満足できず、大学病院に集まりがちである。この抑うつ神経症は現在のICDやDSM診断では、うつ病か気分変調症に分類されてしまため、うつ病という診断がなされるケースが増えているのだろう。境界性人格障害(いわゆるボーダー)も病像によっては「うつ病」と診断される。ICDやDSMは病因を無視して、病像だけで機械的に診断を付けるためにこのようなことになるのだ。従来診断に比べて「うつ病」がどうしても多くなる。私の考えでは「新型うつ病」と称するものの多くは、従来の「抑うつ神経症」の可能性が高いように思う。さらに、最近の特徴としては、自己愛の病理が強い人が増えていることである。前話のような社会風潮とも関連するだろうか。そういう人は、受験や仕事の失敗・失恋などの挫折体験をした時、自分で受け止めて内省が深まれば性格が改善されてくるのだが、他人のせいにすることで自己愛を防衛しようとする。攻撃は最大の防御ではあるが、周囲には大変な迷惑を及ぼすのである。そして自己愛はさらに肥大していく。ある意味で困ったプラス思考である。当然ながら抗うつ薬の治療だけで根本的な治療にはならず、長い年月をかけて人格を改善していかなければ解決にはならないだろう。

2007年9月 5日 (水)

神経質礼賛 222.理不尽な要求

 近頃、「理不尽な要求」というものが問題になっている。学校の教師に対して、自分の子供には掃除をさせるなとか、ささいな子供同士のけんかなのに相手の子供を転校させろとか、まるで子供のような要求を突きつけてくる親が増えているのだそうである。すぐに「訴えてやる」と声高に叫ぶ親もいるらしい。その結果、対応に悩んで、うつ病になる教師や、学校を辞めてしまう教師が出ているという。各地の教育委員会では対応に追われている。親対応の専門職員を配置したり、警察と連携したりするような動きもある。

医療機関でも似たようなことが起こっていて、待ち時間が長いとか、希望の薬が出なかったとかの理由でスタッフに暴言を吐いたり暴力を振るったりするケースが増えている。特に病室で処置や介助にあたる看護師さんや外来診察中の医師がターゲットになりやすい。救急外来では、緊急性がないのに昼間忙しいからと夜受診し、すぐに内視鏡検査をしろ、などと勝手な要求をするような人も増えているという。このようなトラブルに対応するため、北海道大学病院では警察OBを常駐する対策を取っているという。

私が体験した例は115話に書いたように、外来初診で希望の睡眠薬を処方するよう要求して暴力沙汰寸前になり、さらに事務員を威嚇して診療費を払わずに帰ったというものがある。他には私が当直の晩、長く入院していた患者さんが容態急変で亡くなられ、集まったご遺族に状況を説明したところ、毎月面会に来ていたお子さんは納得され、「大変お世話になりました」と言ってくれたが、近くに住んでいても面会に来なかったもう一人のお子さんが、霊安室が汚い、死者の尊厳をどう思っているのか、おたくの病院ではまともに検査をしているのか・・・と次々と言い出し、私は深夜の霊安室で1時間以上吊るし上げられたことがあった。

 こうした現象は、学校の給食費不払い、病院の治療費不払い、などと合わせて考えれば、一部のモラルが低い人間だけの問題というような話では済まないであろう。自己中心的で他人の立場に配慮がなく、たとえ自分の義務を果たしていなくても平然と自己の権利だけを声高に主張する風潮、またそうしたゴネ得を許す風潮が日本全体を覆いはじめているのではと危惧する。今や15話で述べた「ヒステリーの時代」そのものである。

 他人がどう思うかに敏感で小心者の神経質人間には、理不尽な要求はできないものである。

2007年9月 3日 (月)

神経質礼賛 211.蜂の巣

 自宅の3階ベランダに蜂の巣ができてしまった。エアコンの室外機ウラ側の見えにくい場所で、ベランダ手すりのアルミニウム製の支柱にくっついていた。7月初めにはまだ巣は小さく、1-2匹が出入りしているだけだった。巣の形状からアシナガバチの巣とわかった。アシナガバチはおとなしいとされ、益虫だからなるべく共存するのが望ましいのだが、ベランダで布団干しの際に布団を叩くと、音や振動で蜂を刺激する恐れがある。保健所のホームページに出ている駆除法に従って、通常の殺虫剤で駆除を試みたが、無効であった。どうしようか、と手をこまねいていたら、だんだん巣が大きくなり、出入りする蜂の数も増える一方である。このままでは危険である。ホームセンターで蜂・アブ用の強力殺虫剤を購入した。安全のため長袖シャツに長ズボンで、夜になるのを待って、巣に向かって噴霧した。殺虫剤は見た目も大きく、薬剤が無風で10mくらいまで届くとのことで、なかなか迫力がある。これを50cmくらいのところから噴霧するのだから著効しそうである。翌朝見ると、巣の下には20匹ほどの蜂が死んでいた。かわいそうだがやむを得ない。巣は直径6cmのハス状で、茎の部分がしっかりアルミ支柱に付いていた。はがすのが大変で市販の接着剤よりも強力である。これなら台風にも大雨にも耐えられるだろう。自然の力は大したものだと感心した。

 現在、母が一人暮らしをしている私の実家にはスズメバチがよく巣を作る。荒れ果てた庭はジャングル状態で、よく言えば自然が残っていて、動物や虫たちの格好の棲家となっている。先日、母がスズメバチの巣を叩き落した際、蜂に襲われて刺され、ひどく腫れあがった。蜂の怖いところは、2回目に刺された時に、アナフィラキシーショックを起こして死に至る危険性があるところである。神経質を生かして、無茶はしないで欲しいものである。

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