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2007年12月 3日 (月)

神経質礼賛 251.アルコールセンサー

 今年も師走に入り、街はクリスマスのイルミネーションで彩られている。そろそろ忘年会シーズンでもある。それを見越してからか、先月下旬に警察署から飲酒運転撲滅の署名依頼が病院あてにあった。それとともにアルコールセンサーという小型のアルコール検知器(1個二千円)の注文受付もあった。署名の方はほぼ全員書いたが、アルコールセンサーの注文は病院全体で事務長と理事の二人しかなかったので、「注文してもらえませんかねえ」と理事に頼み込まれ、私も購入することにした。

 アルコールセンサーの外見は太目の電子体温計といった感じである。さっそく家に持ち帰って試してみる。アルコール量日本酒換算で2合弱程度の飲酒後、センサーで呼気を数回測ってみると、最高で0.15(mg/リットル)という数値が出た。これはちょうど「酒気帯び運転」にあたる値である。測定値の表示は0.05単位で最高0.5までであるからあくまでも目安ということだろう。実用性はハテナであるが、一台持つことで、アルコールの飲みすぎに気をつける意識付けにはなりそうである。

 私は普段は寡黙なので、酒を飲んで普通、と妻からよく言われる。それに飲むとなぜか食器や鍋・フライパンを洗う癖があって、これは妻には歓迎されている。ちなみに「飲んで普通」は若い頃から友人や同僚によく言われたことであるし、飲み会の後片付けや、酔いつぶれた人をタクシーに乗せる役をよくやっていたような気もする。今のところ健康を害したり酔ってからんだりなどの問題はないようだが、「酒に呑まれる」可能性やアルコール依存症に陥る可能性はゼロではない。神経質に用心しておくにこしたことはない。

 森田正馬先生もお酒は好きだったようで、よく助手の先生を相手に晩酌を楽しまれていた。先生の健康を気遣う奥さんがお酒を小さな器に入れて晩酌の量を減らそうとしたのに対し、先生はごまかされないように量を測ってチェックする、という攻防戦があったようである。

森田先生は京都三省会の座談会(昭和61013日)で次のように言っておられる。

 「酒飲みは、やめたいと思いつつ、ついつい飲む。その事実を認めなければならない。それを、飲むまいと思っても飲まずにおれない、自分は意志薄弱であるとか、なんとか理屈をつけるのがいけない。欲望と恐怖とを別々に、事実としてみなければならぬ。酒を飲みたいのは、主観的の事実。酒は有害であるとは客観的の事実。この両方を別々に、はっきりと認めれば、決して暴飲にはならない。この両事実をウヤムヤにして、いろいろの理屈をつけて、自分の心を楽にするように考えようとするから間違いのもとになる」

 理由付け飲酒をしたり、「酒なんかいつでもやめられる」「酒に呑まれることはない」と思ったりするのは、アルコール依存症の人にありがちである。本当のアルコールセンサーは自分自身なのである。

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