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2008年1月 4日 (金)

神経質礼賛 261.プレッシャー(1)

 毎年、正月のTV番組でよく見るのは大学箱根駅伝である。一生懸命に走っている選手の姿には胸を打つものがあり、どこの大学の選手であっても思わず声援を送りたくなる。さらに自分の出身校が活躍していれば楽しみは倍増する。TVの前に釘付けでは何もできなくなるので、ラジオで中継を聞きながらやることを片付けて、中継所の前後や、デッドヒートの場面ではTVをつけて見る、という見方をしている。今年は足の故障や脱水のために3校が途中棄権するという大波乱があった。棄権は免れたものの照りつける太陽と空気の乾燥により脱水状態寸前で監督から水を渡される選手もいた。

団体種目のスポーツで駅伝ほど個人にプレッシャーがかかる種目もそうはないだろう。誰か一人でも体調不良で走れなくなったら他の選手がいくらすばらしい記録を出していたとしてもおしまいである。選手たちはタスキの重みを感じながら走っている。監督さんも選手の体調管理・補水・ペース配分に細かく気配りすることが要求される。脱水でフラフラになりながらも責任を果たそうと、一歩でも前へ進もうとする鬼気迫る選手の姿は感動的ではあるが、そのような状況を起こさないことが大切なのである。

一般に仕事の世界でも、駅伝型のシステムで仕事をしていると、個人のプレッシャーが大きいだろう。最近のニュースで勤労者の週休消化が進まない原因として、個人がパソコンで片付けなければならない仕事が増え、その人以外では代わりができないので、休みたくても休めない人が増えているのではないか、という分析があった。休んだら他の人に大きな迷惑がかかる、だから休めない、というのでは駅伝に似ている。誰しも病気にかかることはありうるのだから、アクシデントに備えて、他の人がカバーしやすいような仕事のシステムにしていく必要があるだろう。心配性の神経質人間お得意の「転ばぬ先の杖」も必要である。

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