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2008年2月15日 (金)

神経質礼賛 276.負けるが勝ち

 「勝ち組」「負け組」という言葉をよく聞く。特に週刊誌の見出しに多用されている。その背景には一億総中流社会から上流社会・下流社会への二極分化があると言われている。社会的地位が高く高収入で多くの資産を手にした人が「勝ち組」で、そうでない人を「負け組」いわば人生の敗者としてレッテル貼りをするものである。となると勤務医の開業ブームに乗り遅れた私などは、さしずめ「負け組」になるのだろう。

また、どんなに仕事ができて美人であっても30代以上で子なしの独身女性を「負け犬」とする流行語もあった。これを言い出した酒井順子さんの意図は、「負け犬」と謙遜することでキャリアウーマンが世間とうまくやっていけるところにあったようだが、最近の使われ方を見ると、自嘲して言う言葉と化している気がする。

しかし、大切なことは「勝ち」「負け」ではなく、生きがいのある人生を送っているかどうかではないだろうか。たとえ収入が少なかったとしても、結婚しないまま中高年になったとしても、仕事や社会活動や趣味などで生きがいが感じられ、輝くことができるのならば大いに結構ではないか。

「いろはかるた」の中に「負けるが勝ち」という言葉がある。部分的に負けであっても大局的に勝ちになっているということはよくある。将棋でいくら駒をたくさん取られて負けているように見えても、最終的に相手の王を詰ませば勝ちである。塞翁が馬の話のように不幸が次の幸運のタネになることもある。人生、棺桶に入るまでわからないもの、とはよく言うが、作曲家や画家や小説家の場合は亡くなってから高く評価されることだってある。そうなると、何が勝ちなのか、ということにもなってくる。

負けず嫌いの神経質人間は勝敗優劣に敏感になりがちであるが、長い目で見た大局的な判断が必要である。目先の勝ち負けにこだわってエネルギーをムダに費やすよりも、つまらない争いは避けるのが賢い処世術でもある。

特に神経症の症状に悩んでいる方。ことさら症状に打ち勝とうなどと力む必要はない。人に会うのは恥ずかしく感じる(対人恐怖・社会不安障害)、いくら確認しても不完全だ(強迫性障害)、乗り物・会議・美容院・歯医者が怖い(不安神経症・パニック障害)、不眠や頭痛や胃の不調が気になる(普通神経質)、といった症状に対しては、これはどうしようもないのだとある意味「負け」を認め、恥ずかしいまま・不完全なまま・怖いまま・気になるまま、そのままに生活していけばよいのである。症状と格闘する無駄な空回りがなくなれば、そのうち「治らずして治った」となるのである。これも負けるが勝ちである。

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コメント

興味深いお話、ありがとうございました!地方に住んでいて30代未婚の私も周囲の意見にがっくり・・・することもありますね。けれども大切なことは、先生もおっしゃるように心の充足感でしょう。これは外側から判断できませんし、勝ちも負けも判定できません。やはり自分の価値観を築くことと、その価値観を共有する人間関係が大事ですよね。

コメントありがとうございます。「勝ち組」「負け組」も一頃流行った「マル金」「マルビ」(金持ちと貧乏人)とか「ネアカ」「ネクラ」といったレッテル貼りと同じことだと思います。自分の人生なのですから、周囲からのレッテル貼りにとらわれることはないと思います。
人生50年ならぬ80年となった昨今、30代は中盤にさしかかったところで、まだまだこれからです。

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