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2008年4月 7日 (月)

神経質礼賛 293.神経質だったダーウィン

 花吹雪舞う先週末、東京国立博物館で開催されている薬師寺展を見に行った。開場前から長い行列ができていた。そこで、薬師寺展は後回しにして、すぐ近くの国立科学博物館のダーウィン展を見て時間調整することにした。

 チャールズ・ダーウィンはいわゆる進化論で有名だが、今までどんな人かはまるで知らなかった。ダーウィンの母親が有名な陶芸家ウエッジウッドの娘だったということは初めて知った。生物学的な展示に加えてダーウィンの手紙が数多く展示され、実生活のエピソードが示されていて、とても興味深かった。書斎の再現もあった。この展示を見て、ダーウィンも神経質人間だと確信した。

 ダーウィンは小さい頃から病弱であり、貝や昆虫の採集を好んだ。8歳で母親が亡くなるという体験もしている。父親が医者だったので最初はエジンバラ大学で医学を学んだが当時の麻酔なしの外科手術は繊細なダーウィンには不向きだったのだろう。医学が向かないということで、父親は彼を牧師にしようとしてケンブリッジ大学に入れた。大学時代から種々の不定愁訴に悩まされるが、これは神経症の症状だったと思われる。展示されているダーウィン自筆の手紙は細かい字でびっしり書き込まれていて、明らかに神経質の筆跡である。結婚することのメリットとデメリットを詳細に検討した上で母方いとこのエマに求婚した、というエピソードもいかにも神経質らしい。生物の進化についての試論を書き始めたのが35歳頃で、「種の起源」を発表したのが50歳。宗教関係者からの非難を考えて、なかなか発表に踏み切れなかったのだろう。この辺の慎重さは神経質ならではである。そのおかげで批判に耐える理論に熟成させることができたとも言えよう。なお、彼は「あがり症」で学会発表の時には体調が悪くなったとも言われている。自然選択説の論文を出すきっかけは、アルフレッド・ウォレスという研究者がダーウィンとほぼ同じ説を発表しようとしていることを知り、友人たちが強く彼に発表を勧めたからだった。根気強く研究を続け、画期的な理論を編み出すことができたのは神経質の力のおかげに他ならないだろう。やはり神経質はいいことだ。

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