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2008年5月16日 (金)

神経質礼賛 306.フジコ・ヘミングさん

 先週の金曜日、NHKの生活ほっとモーニングという番組にピアニストのフジコ・ヘミングさんが出演されていた。残念ながら私は見ている時間がなかったが、お元気そうだった。

 フジコ・ヘミングさんは1932年生まれで父親はスウェーデン人の画家・建築家、母親は日本人ピアニストである。第2次世界大戦前の日本であったから、差別や偏見が強く、父親はスウェーデンに帰国してしまう。母親から厳しいレッスンを受け、のちに東京芸大に進学。国内のコンクールで入賞するも、無国籍であることが判明し、念願の留学を果たしたのは29歳の時に赤十字から難民としての認定を受けてのことだった。わずかな奨学金で極貧生活を送り、日本にいた時と同様、ベルリン留学中もその才能を妬む人たちから難民ということで中傷され居場所がない思いをしたという。ようやく指揮者のバーンスタインに才能を認められてリサイタルを開くことになるが、以前から中耳炎のために悪かった耳が、風邪をこじらせて一時全く聞こえなくなり、絶好のチャンスを逃してしまう。その後はストックホルムに移りピアノ教師として食いつなぎ、細々と音楽活動を続けていた。1995年、日本に帰国。1999年、NHKのETV特集で紹介されたところ、一大センセーションが巻き起こり、デビューCDが爆発的ヒットとなったのは記憶に新しい。必ずしも楽譜に忠実とは言えない演奏には人によって好き嫌いが分かれるところであるが、繊細でありながら情熱に溢れた演奏で「魂のピアニスト」と評されている。

 ピアニストは完全主義で強迫的な傾向を持った人が多い。特に日本人ピアニストは概して神経質である。逆にそうでなければ毎日長時間繰り返しの練習には耐えられないだろう。フジコさんの場合も、持って生まれた性格的要因以外に、母親の厳しい減点法のレッスンで神経質傾向が強くなったのかもしれない。フジコさんもお若い頃はコンクールや演奏会では緊張が強くあがりがちで、自分の力が十分に発揮できなかったようである。また、いじめの影響もあってか、人間関係は苦手だったという。しかし、耳の障害や長い不遇の年月に耐えて、あきらめずに音楽活動を続けられたことが大ブレークにつながったのである。この粘り強さは神経質のおかげとも考えられる。今では「機械じゃないんだから」とミスタッチも何のその。わが道を行くで、あるがままに伸び伸びと御自分の音楽表現をされている。これからも多くの人々に感動を与え続けていただきたいものである。

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