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2008年5月26日 (月)

神経質礼賛 309.ムソルグスキーとボロディン

 忘れないうちにもう少し神経質作曲家のことを書いておこう。まずはロシアの作曲家「五人組」の一人、ムソルグスキー(1839-1881)である。代表作の組曲「展覧会の絵」はどなたも御存知だと思う。原曲はピアノ曲で、ラヴェルがオーケストラ用に編曲して有名になった。現代ではロックバンドによる演奏もある。他には交響詩「禿山の一夜」が有名で、映画やドラマの不気味な場面・恐怖の場面の音楽としてよく使われている。百鬼夜行を描写したような音楽で、強烈なインパクトがある。

 ムソルグスキーは地主の家に生まれ、母親からピアノの手ほどきを受けた。士官候補生となっても音楽は続け、「五人組」の中心人物バラキレフ(1837-1910)に師事した。物腰が柔らかく礼儀正しく、女性たちからは好かれていたという。しかし生涯独身だった。1861年の農奴解放令によって実家が没落し、下級官吏として生計を立てようとしたが、母親の死をきっかけにアルコール依存となっていく。彼は自尊心が強い半面、自己卑下も強く、神経質な性格の持ち主だった。五人組の中では辛辣な批評をするキュイ(1835-1918)とは合わず、バラキレフからも離れていく。仲が良かったのは、ボロディン(1833-1887)と、共同生活した時期もあるリムスキー=コルサコフ(1844-1908)の二人だった。作曲した作品は評価が得られず、身近な人たちの死もあり、さらにアルコールにのめりこんでいくことになる。官吏の仕事もクビになり、貧困にあえいでいた。最晩年の肖像画では髪はボサボサ、眼はうつろ、鼻は赤く、心身とも不健康な状態だったことが推察できる。ムソルグスキーの音楽が評価されるようになったのは彼の死後のことである。アルコールに溺れていなければ、長生きしてさらに良い作品をいくつも残せたであろう。同じ五人組のキュイが陸軍大将まで出世して長命だったが現在ではほとんどその曲が演奏されないのと比べると、対照的である。

 アルコールは不安を一時的に忘れさせてはくれるが、それが根本的な解決になるはずはなく、多量の飲酒を続ければ心身ともに蝕まれてしまう。ムソルグスキーの場合は、神経質を生かしきれなかったということになろう。

 同じく五人組の一人、ボロディンは歌劇「イーゴリ公」の中の「韃靼(だったん)人の踊り」が有名で、最近ではポップス歌手が歌っている。また弦楽四重奏曲第2番の中の「夜想曲」も非常に美しい叙情的な曲で人気がある。ボロディンは「韃靼人」の血統をひくグルジア皇太子と家政婦の間に生まれた非嫡出子であり、病弱で神経質な子供だった。9歳で作曲を始めたという。大学は主席で卒業して軍医となったが、仕事が合わず、化学者としての道を歩むことになる。ハイデルベルク留学中に女流ピアニストと出会い、のちに結婚。大学教授をしながらも「日曜作曲家」として地道に活動し、交響曲第1番で認められるようになる。さらに女性にも教育を受けるチャンスを与えるべきだと考え、女子医科大学設立のために奔走した。まじめで仕事を頼まれると引き受けてしまう人だった。窮乏にあえぐムソルグスキーをよく助けている。それでも多忙な中、少しずつ作曲活動を続ける粘り強さはいかにも神経質らしい。作曲家は旋律が頭に浮かぶと夜中でもピアノを弾いたりするものだが、彼は家族が目を覚まさないように気配りして、そうしたことはしなかったという。「イーゴリ公」は20年近く書き続けて未完のまま急死したため、リムスキー=コルサコフとその弟子グラズノフによって完成された。ボロディンは純情で涙もろいところがあり、友人ムソルグスキーの死後、そのオペラ演奏を聴いて涙が止まらず、席を立ったという逸話がある。ボロディンの場合は化学研究に、音楽に、社会事業にと神経質を四方八方に生かした人生だったのだと思われる。

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コメント

先生こんにちは!偉人伝のアップ、ありがとうございます。前回の止血のアドバイスもありがとうございました。今日は術後に止血処理をしていただけました。そのおかげで前回とはかなり違います。準備もしておいて正解でした。それにしてもアメリカ入国に際して予防接種やらレントゲン、歯科手術など、いったい何度病院に足を運んだことか(お金もかかりました!!)・・・。ようやく先生にお会いできる日がきそうです。よろしくお願いします。

コメントありがとうございます。2回の抜歯、大変でしたね。いろいろな準備でお忙しいようですが、まさに神経質の生かし時です。ぬかりなく準備してアメリカへ羽ばたいて行きましょう。

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