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2008年5月23日 (金)

神経質礼賛 308.今を生きる

 足早に駅へと向かう朝の通勤途中、お寺の横を通ると、塀の掲示板の標語が目に留まる。思わず足が止まる。

 大切なのは

 かつてでもなく

 これからでもない

 一呼吸

 一呼吸の

 今である      (原文は縦書き)

 街中でひっそりとした佇まいのこの寺は、家康の祖母、源応尼・げんのうに(華陽院・けよういん)ゆかりの浄土宗のお寺である。源応尼は何度も政略結婚させられ、数奇な運命をたどり、晩年ようやくこの寺に安住することができた人である。今川家の人質として送られてきた神経質人間の家康(11話、209話参照)にとってこの祖母は心のよりどころだったであろう。

 神経質人間はつい過去をクヨクヨ嘆き、将来を心配しがちである。過去の反省や将来への備えはとても大事なことではあるが、過去を過度に反省して自己否定してしまうのは損なことであるし、将来の心配ばかりして取越苦労や予期恐怖ばかりになっては行動が止まってしまう。クヨクヨ心配しているような時間があれば、その間にいくつかできる仕事はあるはずだ。一呼吸するわずかの時間にどれだけのことをするか、その少しずつの積み重ねで自分の人生は決まっていくのである。

 森田正馬先生は患者さんの指導の際、達磨大師の「前に謀(はか)らず、後に慮(おもんぱか)らず」という言葉をよく引用された。悲観したり先の心配が浮かんだとしても、気のないままに現在の仕事にぶつかって、ボツボツやっていれば、必ずそのような心境になるものだ、と言っておられる。イヤだなあと思っても、現在の境遇から逃げずに、今を生きていくことが大切なのである。

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コメント

お久しぶりです。
久しぶりに先生のブログを訪ねてみたら、やはりいいことが書かれていました。
ここに書かれていることは本当にそう思い、実感します。
神経質を活かし、今を生きなければいけませんね。

スローライフ様、コメントいただきありがとうございます。神経質人間の習性で「お気に入り」に登録したブログや掲示板は更新されようがされまいが、必ずチェックしています。「こころとこころ」の記事には大変共感しております。私も「悟れない」人間ですので、つまづいたり、時には足を滑らせたりの人生ですが、まあ、こんなものかな、と思っています。
 ワンパターンでマンネリ気味の記事ばかりでお恥ずかしいですが、細々と続けていきますので、またよろしくお願いいたします。

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