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2008年8月11日 (月)

神経質礼賛 334.しりあがり寿の展覧会

 勤務先の病院がある町の美術館で漫画家・しりあがり寿(ことぶき)の「スミ絵だったりアニメだったり」という展覧会が開催されているので見に行った。実は私はしりあがり寿さんとは高校の同期である。ただ、同級になったことはないし部活動などでの接点がなかったので話をしたことはない。週刊誌に書かれていた自伝によれば、高校時代は学校行事の「仮装行列」に燃えていたとのことである。多摩美大卒業後、サラリーマンとしてキリンビールでデザインや広告宣伝を担当しながらマンガを描き続けた。この辺は実に手堅いし、仕事場として最初に買ったビルをより高値で売却したあたりは、なかなかそつがない、という感じである。

 普段は茶道具とか刀剣などの地味な展示が多いこの美術館にしては思い切った企画である。駅から徒歩10分あまり。美術館に隣接する日本庭園の木立に入ると、うだるような暑さも和らぐ。美術館1Fロビーには、展覧会初日に子供たちがしりあがり寿さんの指導を受けて書いた絵巻物風マンガが展示されていてほほえましい。2F展示室の壁いっぱいに広がる巨大スミ絵には度肝をぬかれる。後から入ってきた年配の女性が思わず「ほー!」と驚きの声を上げる。私の興味を引いたのは、中央のガラスケースに展示されていた、彼が美大生時代にマンガ雑誌「ガロ」に投稿してボツになった原稿だ。ある男が銀座の街中で首をつって自殺を図るが死にきれず、通り過ぎる人々を見ているというものだ。みな無関心で、知り合いの女の子も顔をそむけて通り過ぎていく。都会の中での孤独感がよく表現できているし、主人公の心情もよく出ていて、なかなかの佳作だと思う。これを見てから改めて巨大スミ絵を見てみると、一見楽しげでお祭り騒ぎのキャラクターたちが描かれているが、根底にはメランコリックな感情が流れているのではないか、とも思えてくる。小展示室では、「オヤジ」のアニメーション、発表されたマンガの原画があった。

 前話の赤塚マンガとは異次元の世界である。展覧会のパンフレットには「シュールでゆるくてちょっとせつないキャラクターたちに癒されに来てください!」と書いてある。しりあがり作品の特徴はまさにそんなところだろう。音楽療法で「同質の原理」というものがあって、たとえば気分の落ち込んだ時にはゆったりしたテンポの音楽を聴くと良い、ということがあるが、マンガも同じようなことがあると思う。気分が疲れている時には、しりあがり作品が良さそうである。

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