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2008年10月 3日 (金)

神経質礼賛 352.血液型本の隆盛

最近、血液型本がまたブームになっている。書店には「△型 自分の説明書」なる本が目立つ場所に山積みにされていて、かなり売れているらしい。この本の特徴は、チェック式である点と表紙にその血液型の特徴とされることがイラストで描かれている点である。今までにないパターンなので目新しく写るかもしれないが、言っていることは結局、従来の血液型別性格説(71話:血液型と神経質 参照)に従ったものである。血液型で性格が決まってしまうのなら性格学などはいらなくなる。精神医学では血液型別性格というものは問題外であり、精神科の初診の際に血液型を聞かれることはあり得ない。

これほど血液型が話題になるのは日本だけらしい。思うに、小学校の授業で血液型の話をすることも一因ではないだろうか。「輸血の時にO型は誰にでもあげられるが、O型からしかもらうことはできない。AB型は誰からももらえるが、他の型にはあげられない」というように教えられる。そうなると、O型は気前が良くて、AB型はズルイ、という印象を子供たちに与えてしまう。また、A型は日本人の約4割なので多数派であるのに対し、約2割のB型・約1割のAB型は少数派なのでそれだけで変わり者という印象を持たれやすい。現在では同じ型からしか輸血はしなくなったし、輸血前に血液型を改めて検査するのだから、もはや小学校で血液型の話をするのはやめにした方がいいのではないだろうか。本来は免疫学で扱う内容なので高校の生物あたりで学べば十分だろう。

ちなみに私の医大時代の友人(医大オケのホルン奏者)は、自分はO型で、だから親分肌なのだと思い込んでいた。ところがケガをしたか何かの時に調べ直したらAB型だとわかって、今度は、世間で言われているAB型性格だと自認するようになった。血液型別性格とはこんなもので、結局は思い込みの部分が大きい。占いと同じで、当たっている部分は過大評価し、はずれている部分は無視するのでこのようなことになってくるのである。

「A型は神経質」というのは根拠がない俗説に過ぎない。今度の新首相がA型なのに「アルツハイマーの人でもわかる」とか「(豪雨被害が)安城や岡崎だったからいいけど」などと神経質が足りない問題発言を繰り返していることをみてもわかるはずだ。

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