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2008年11月 5日 (水)

神経質礼賛 362.楠木正成・神経質説(1)

 小学生の頃は大河ドラマの影響もあって、戦記物をよく読んだ。源平盛衰記、太閤記などである。最後に読んだのが太平記だった。その中で一番魅力を感じた人物は楠木正成だった。わずか数百の兵で数万・数十万の鎌倉方を翻弄する様は痛快だったし、的確に情勢を読んで緻密な作戦を立てて行動する様には感心した。足利尊氏が後醍醐天皇に反旗をひるがえし、正成や北畠顕家の活躍で一旦は敗走させるが、再び西国から京に攻め上った際、正成は和睦をするか京から撤退するかどちらかしかないと進言した。しかし天皇や愚かな公家たちに受け入れられず、湊川の死地に赴いていく悲劇は強く印象に残った。正成と同じような立場だった赤松円心が後醍醐天皇方に見切りをつけて尊氏側に移ったのと対照的である。ただ、太平洋戦争前は天皇のために命を捧げた「忠臣」として修身の教科書に載り、特攻隊に代表されるように若者を死へ追いやる存在として利用されてしまっていたということがあって、人前で正成を尊敬する人物とはちょっと言いにくい。それにしても現在の天皇家は後醍醐天皇と対立した北朝の子孫なのだから、尊氏が忠臣とされなければおかしいはずなのだが。

正成は武将ではなく当時は幕府側から見て「悪党」と呼ばれていた。悪党とは年貢米を略奪するようなこともあるが、今風に言えば運輸・流通業などに手を染めていた豪族である。楠木正成の前半世は謎に包まれている。どんな性格の人だったのか、とても興味があるところだ。森田正馬先生は「釈迦、親鸞は神経質で、日蓮は偏執性性格、天理教祖はヒステリーである」「白隠禅師は明らかに神経質であるが、(楠木)正成もそうではないか、禅は大分やったようである。(北条)時宗も禅についての問答をした事がある。禅をやるような人はいくぶん神経質かも知れぬ。(森田正馬全集 第5巻 p.65)」と正成が神経質だった可能性を述べておられる。

 先日、書店で中公文庫の北方謙三著「楠木正成」が目に留まり、上下2冊を買って読んでみた。そこでは正成が神経質人間として描かれていたので、次回に紹介してみたい。

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