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2008年11月10日 (月)

神経質礼賛 364.義母の最期

 先週、妻の母親が亡くなった。今年の6月に食欲不振で近くの内科を受診したところ市立病院を紹介され、検査の結果、膵臓癌で余命3-6ヶ月との診断だった。膵臓癌は自覚症状が出にくいため、わかった時には末期ということが多い。それまで元気で家事をし時には旅行に行ったりしていたのが青天の霹靂である。しかし義母は自分が病気であることを親類・知人には一切言わなかった。入院して検査を受けたと知った人から電話があると、「大したことはないよ。元気だよ」と言い通した。なるべく自宅で過ごしたい、ということで病院の先生に往診していただき、訪問看護を利用していた。麻薬性鎮痛剤で貼付剤というものがあるので苦痛は全くなかった。食事の世話や身の回りのことは義父が行い、週1-2日、妻が応援に行っていた。徐々に衰弱してきたが、先週の木曜日の夕刻に容態が急変して静かに息を引き取ったのだった。

 私はあいにく土日連続当直がどうしてもはずせないので、金曜のうちにお手伝いできることはしておいて、今日は外来初診担当を他の先生に代わってもらって休みを取り、火葬場からの出席となった。

 義母の生前の希望で、葬儀はなるべく身内だけで小ぢんまりとやって、ということだったのだが、やはり町内会がからんできて、親族よりも町内会の参加者の方が多くなってしまった。

 「ピンピンコロリ(PPK)」ということがよく言わる。老後は病気をせずに元気に過ごし、急に苦しまずに亡くなるのが理想だというのだ。しかし、義母の最期を見ていると、それよりもベターだったと思う。8月には車イスを借りて私たち家族と一緒に海に近いホテルに泊まることができた。針仕事が好きだったので、9月までは寝たり起きたりでも、妻が持ち込んだ衣類の繕いや名札付けをしてくれていた。寝たきりになっても義父に小言をいい、夫婦喧嘩もやっていた。義父も大変だった。今までやったことのなかった料理、洗濯などに追われ、さらに文句をつけられるわけだから。余命が短いと知ってもこうして十分に家族と関わってやりたいことをやって、病気ではあっても自宅の畳の上で死んでいけるのはコロリよりもずっとよいではないか。義父も「やるだけのことはやった」と満足しているようだ。

 もし自分が余命3-6ヶ月と診断されたらどうだろうか。小心者の私のことだから激しく動揺するのは目に見えている。しかし死の恐怖におびえながら、仕方なしに身辺整理をして神経質らしく死亡後のマニュアルを作った上で、一日一日できることをやっていく、ということになるだろうと思う。森田正馬先生が「死にたくない、死にたくない」と言いながら亡くなる直前まで弟子の教育にあたられたのには頭が下がる。まさに「生き尽くす」である。「よき死」とは生を燃焼し尽くしたところにあるのではないだろうか。

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