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2009年1月 9日 (金)

神経質礼賛 383.背水の陣

 私が勤務している病院の開放病棟の一角には森田療法を受ける人たちのための病室とデイルームがある。そこには、雨で作業ができないような時に余った木材に森田正馬先生の言われた言葉を彫刻したものが置かれている。その中に「背水の陣」と彫られたものがある。初めてこの彫刻を見た時、それが森田先生の言葉とは思わなかったが、私の不勉強であり、患者さんたちの前で「背水の陣」という言葉を使われたことがよくあったということを後から知った。

 神経質の患者が、治療法の広告に迷うとか、あるいはここへ入院して、早く治したいとか、という気分が起こる時は、学校の休学とか・会社の辞職とか・どうなってもよい、という気分になる事がある。それは「逃げ腰」になるからである。学校や奉職のことを、自分の生活の第一条件にして、その休暇を利用して、精神修養をするとかいう事になれば、それだけでも、病気は進まないでよくなるのである。   < 中略 >

 兵法でも・強迫観念の治療法でも、「背水の陣」という事が必要になってくる。後に水があって、逃げる事ができないと決まると、勇気は百倍して、死地に入って、初めて生をうるようになる。強迫観念も、逃げる事ができぬ、治す事ができぬと決まれば、そこで初めて全快するのである。(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.390

 実際に多くの患者さんの治療を経験してみると、何とか仕事に戻りたい、学校に戻りたい、という強く願って真剣に作業に取り組むような人は驚くほど良くなる。一方、親に言われてシブシブ入院するような人、与えられた作業だけ嫌々やって後は寝ているような人、しょっちゅう外出・外泊しては遊んで過ごす人は、いつまでたっても治らない。やはり背水の陣の覚悟は大切である。森田先生の時代には健康保険制度はなく、治療費がとても高かったから、入院すること自体が背水の陣だったのだろう。それでも、「今居る患者の内には、何時迄居てもよいといふ呑氣な人があるから、其人の眞似をせぬ様に」(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.338)と先生の奥さんが患者さんたちに注意する場面もあったようだ。

 背水の陣は神経症の治療ばかりではない。神経質人間は慎重であり、「石橋を叩いて渡る」が得意である。安全に物事を進めていく上では大変結構なのだが、どうかすると石橋を叩くだけで渡らない、ということが起こりがちである。そして思い切ってやらなければならないことをグズグズと先延ばしするきらいがある。私自身、時には背水の陣を心がけなければ、とも反省する。

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