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2009年1月23日 (金)

神経質礼賛 388.白隠禅師

 JR沼津駅近くの商店街には地元信用金庫によるストリートギャラリーがある。建物の通りに面した部分を展示スペースとし、月替わりで書画・彫刻などを展示している。今月は、丑年にちなんで「白隠禅師画讃展」となっていることを新聞で知り、見に行った。白隠は丑の年、丑の日しかも丑天神の縁日、丑の刻に生まれた。また、近所の鎮守社は天神様を祀っていた。そのため、母親の勧めで幼少の頃より天神様を信仰していたという。

市内で一番の繁華街のはずだが、アーケード街には所々シャッターが下りたままの空き店舗が見られ、ちょっと寂しい。せっかくのギャラリーも足を止めて見る人もない。電車に乗って見に来るのは私のような物好きくらいだろう。展示されている初公開の若描き・渡唐(宋)天神図は63歳の時に描かれたもので、威厳のあるお顔の天神様である。一方、同じテーマで晩年に描かれた文字絵・渡唐天神図では天神様は抽象化されており、ユーモアを感じさせる自在な筆遣いである。この対比はとても面白い。

 白隠禅師すなわち白隠慧鶴(はくいんえかく 1685-1768)は江戸時代の禅僧で臨済宗中興の祖とされ、正宗国師と謚号されている。臨済宗の法事の際に必ず唱える「座禅和讃」は白隠の作である。現在の沼津市原で生まれ、地獄の恐ろしさから解脱したいということで出家したとも伝えられる。地元の松蔭寺に入り、のちに各地で厳しい修行を積んで悟りを開くが、25歳頃「禅病」といわれる状態となり、不眠や強迫観念などに悩まされ、体も衰弱してしまった。京都の白幽子という道者の行法(内観法)を学び、それで心身とも回復する。その体験を後に「夜船閑話」という書にまとめていて、その中には今で言うところの自律訓練法も含まれている。神経症を克服することで白隠は大成することができたのだと思う。

 私は中学時代、学校帰りに市立図書館で自律訓練法の本を見つけ、しばらくやってみたことがあるが、どうもうまくいかなかった記憶がある。神経症の治療法は一つではない。自律訓練法でも認知療法でも森田療法でもどれでも治療法になり得る。ただ、共通しているのは、最終的には自分の力で治すということである。そこが精神病の治療とは異なるところである。

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