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2009年2月20日 (金)

神経質礼賛 398.ヘンデルとハイドンの記念年

 今年はヘンデルの没後250年、ハイドンの没後200年の記念の年にあたる。それにちなんだコンサートが企画されているようだ。

 ヘンデル(1685-1759)はJ.S.バッハと同じ年に同じドイツで生まれている。なじみのない方もいるかも知れないが、表彰状授与式で流されるBGMはオラトリオ「マカベウスのユダ」の中の「見よ、勇者は帰る」である。「メサイア」の中の「ハレルヤ・コーラス」は中学生の頃、合唱コンクールで耳にされた方が多いと思う。また、「クセルクス」の中の「オンブラ・マイ・フ(懐かしい木陰よ)」と「リナルド」の中の「私を泣かせてください」の美しいメロディはテレビCMやドラマのBGMで多用されていて、聞けば、「あ、あの曲!」ということになるだろう。私は、有名な曲ではないが、FMの朗読の時間に流れていた曲名がわからず、ずっと気になっていて十年以上もたってからヘンデルのリコーダーソナタ・ニ短調だと分かった経験がある。

 J.S.バッハが「音楽の父」と呼ばれるのに対し、ヘンデルは「音楽の母」と呼ばれることもある。音楽の上ではバッハが宗教曲を多く作っているのに対し、ヘンデルは世俗的な曲を多く作り、ヘンデルの曲の方が気楽に聴けるものが多い。

 二人の性格の共通点は、「短気」というあたりだろうか。しかし、ヘンデルの方が柔軟でショーマンシップがあり、渡英して成功を収め、最終的にはイギリスに帰化している。バッハは粘着気質(てんかん器質)と思われ、秩序を好み堅物で熱中しやすく、回りくどい反面、怒りっぽかった。後に妻となる人とデートしている時にからかわれていきなり剣を抜いた、とか、楽団の演奏が気に食わないと怒ってカツラを取って投げつけた、といったエピソードが知られている。雇い主とのトラブルも多かった。私はバッハの曲は大好きであるが、もし彼が生きていたら半径10m以内には近づきたくないところである。バッハはヘンデルに会おうとしたが、実現しなかったという。ヘンデルが独身だったのに対し、バッハは子沢山(20人!)で、この二人の比較は何かと面白い。亡くなった年は違うが、二人とも白内障の手術を同じ医師から受けたが効果はなく、かえって健康を害して亡くなった、という奇妙な共通点がある。

 フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)はオーストリアの作曲家であり、現在のドイツ国歌は彼の弦楽四重奏曲の中から採られている。彼は長年にわたり大貴族エステルハージ家に楽長として仕えた。交響曲は全部で104曲と極めて多作であるが、実質的には各パート一人で演奏する室内楽曲と考えた方が良いものもあるそうだ。彼の仕事は作曲ばかりでなくお抱え楽団維持に関する雑用が多く大変であったらしいが、上手にこなしている。家族と離れて生活する楽団員たちが休暇をもらえず不満がくすぶっていたのを察知したハイドンは主人の前で交響曲第45番「告別」を演奏する。曲の最後は、十二人の奏者が順々にロウソクを消して退場していき、ついにはヴァイオン二重奏になり、その二人もロウソクを消して退場して終わる、というものだ。これを見た主人のエステルハージ侯爵は、楽団員たちの思いを知って休暇を与えたということだ。この逸話はハイドンの気配り上手ぶりを示している。最近話題の「執事」タイプだったのだろう。ハイドンの妻は音楽には全く理解がなく悪妻として有名だが、ハイドンもハイドンで楽団の女性歌手と関係を持ち子供をもうけたと伝えられている。晩年はうつ状態だったとも言われる。神経質というよりは対他配慮が強くおとなしいメランコリー親和型の性格だったのではないかと思われる。

 ヘンデルの曲もハイドンの曲も理屈抜きで楽しめるものが多く、BGMで流しておいて仕事の邪魔にはならないものが多いように思う。私のオススメの一曲は、ヘンデルの「水上の音楽」、ハイドンのトランペット協奏曲である。どちらもリラックス効果だけでなく元気を出す効果がありそうだ。

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