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2009年2月 2日 (月)

神経質礼賛 392.モンテッソーリと森田正馬先生

 前話の秦万里子さんは作曲家・歌手というだけでなく音楽教育者でもあり、モンテッソーリ教育を行っておられるそうである。

 マリア・モンテッソーリ(1870-1952)はイタリアの教育者・精神科医である。まだ女性に対する差別が強かった時代にローマ大学医学部に女性として初めて入学し、イタリア初の女性医師になっている。精神病院に勤務して、知的障害の子供たちを観察した経験から、子供の自発性を生かす教育法を編み出した。これはモンテッソーリ教育として今では全世界に広がっている。

 森田正馬先生(1874-1938)も知的障害児の教育に強い関心を持っていた時期があり、モンテッソーリ教育法に興味を持たれたのだと思う。

 人間は自己の精神の活動を喜ぶ内部の自我が成長して大きくなるのを楽しみとする。何か或る一つの事を仕遂げ、或る一つの事を知り得れば、其成功又は知識其ものが其人にとって非常な喜びである。何も他人から之に対して賞を受ける必要はない。罰に於ても同様である。之が(モンテッソーリ)女史の教育上の根本主義である。

 女史の教育は、つまり自由による訓練であつて、只制限とする処は、自分の自由活動のために他人に迷惑をかける事、及び不行儀なる事を抑止するのみである。訓練に大切なることは、児童に独立心を阻害せぬ事であつて、多くの親や教師は、児童が独りで出来る事、又は出来ねばならぬ事を代わってしてやる風がある。 (白揚社:森田正馬全集 第1巻 p.600

とモンテッソーリの教育法を紹介し、これを高く評価しておられる。過保護・過干渉の問題は現代でも言えることである。

森田先生の治療にはモンテッソーリの教育法と共通点がある。入院中の作業は、当初は森田先生が患者さんに仕事をあてがっていた。薪や材木など仕事の材料を買い入れ、夜業として豆選りや袋張りや楊枝削りなどをさせていた。しかし、しだいに患者さんたちの自主性に任せるようになった。仕事を与えてやらせるだけでは入院中は一見よくなっても、退院後に再発しやすい。「生の欲望」に沿って、自分で仕事を見つけて行動する習慣がつけば本物なのである。言われたことだけを機械的にやることを、森田先生は「お使い根性」といってよく叱った。例えば、「この盆栽に水をやりなさい」というと、言われたことだけやって、他の盆栽の水が切れていても気付かない、というような場合である。そこで周囲をよく見つめて観察すれば、自ずとやるべき仕事が次々と出てくる。心は自然に外向きに流転し、仕事三昧となるわけである。そうなってくると「症状」がなくなるばかりでなく、仕事や勉強もはかどるようになるのである。時に森田療法を「教条的だ」と批判される方もいるが、本当は様々な境遇の中で本人の自発性を伸ばしていく治療法なのである。森田療法は一種の再教育であるとも言われている。神経症の治療も、モンテッソーリ教育法と同様、自発性を生かしていくことが大切である。

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