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2009年3月 4日 (水)

神経質礼賛 402.強迫的な作曲家たち(2)マーラー

 次はグスタフ・マーラー(1860-1911)である。マーラー現在のチェコ、当時のオーストリアで生まれた。酒造業をしていた父親は地元のユダヤ社会では有力者だった。14人兄弟の二番目だが、多くは早死した。弟の一人は成人後にピストル自殺している。15歳からウイーンの音楽院で学び、前話のブルックナーから対位法(和声法とならぶ作曲技法)を学んだ。その後は指揮者として活動しながら歌曲と交響曲を中心に作曲していった。交響曲はブルックナー以上に長大であり、1曲でCD2枚組というものもある。

 マーラーの曲には死や夜にまつわるイメージがつきまとう。交響曲第5番はいきなり葬送行進曲で始まるし、第6番には「悲劇的」、第7番には「夜の歌」という題名がついている。当時ヨーロッパに蔓延した世紀末の厭世観の影響もあったかも知れないが、弟たちを早くに亡くしていることが大きな要因だったのだろう。彼は、不吉だからという妻の反対を押し切って「亡き子をしのぶ歌」を発表したところ、長女が病死するという悲劇にも見舞われている。そんな彼は「第九のジンクス」に悩んだ。ベートーヴェンもシューベルトもドヴォルザークも交響曲第9番を書いて亡くなっている(シューベルトの「グレイト」はかつて第9番とされていた)。「交響曲第9番を作ると自分も死んでしまうのではなか」と恐れていた。一種の縁起恐怖である。そこで本来、第9番となる曲に「大地の歌」と名付けて9番を回避した。その後安心して第9番を発表したのだが、第10番は未完のまま亡くなったため、結果的には第9番が最後となって、ジンクスは破れなかった。

 マーラーには他の悩みもあった。19歳も年下の美しい妻アルマには魅力的な男性たちからの求愛があって不安である。妻がいることを夜中に何度も確認する強迫症状や、作曲中の集中困難が悪化し、ついには精神分析で有名なフロイトの診察も受けている。フロイトは症状の原因を幼児期の体験に求め、それをマーラー自身が洞察することで症状は改善したようである。

マーラーの曲は不安に悩む現代人の心に強く響く。まさに神経質の音楽である。いろいろな葛藤があっても、第2番「復活」、第4番「大いなる喜びへの賛歌」となってほしいものである。

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