神経質礼賛 430.フロイトと森田正馬先生
ジークムント・フロイト(1856-1939)は精神分析療法の創始者である。オーストリアでユダヤ人の家庭に生まれた。ウイーン大学で物理学を学んだ後に医学部で神経細胞の研究をし、さらにパリに留学して著明な神経学者シャルコーに学んだ。当時はユダヤ人に対する差別が強まっている中、大学で研究者となるのは困難な時代だった。そこでウイーンで開業し、当初は電気や催眠によるヒステリーの治療を行っていたが十分に効果が得られず、独自の自由連想法を編み出した。これによって、ヒステリー患者の抑圧されていた(性的な)外傷体験を言語化する治療法、精神分析療法ができ上がった。
森田正馬(1874-1938)先生はたびたびフロイトの学説を批判されている。
フロイド説が、願望のために、症状が現はれ、或は夢を見るとか、或は「ヒステリーで盲目になつたのは、其恋人を視ないのが幸福であるから」とかいふ風なのは、皆目的論である。キリスト教では、「神は、最もよく神に似せた形で、人間を造った」といふ。実は人が、自分の想像を以て、神を案出し、之が人間以上の思想には出でない、といふ迄の事である。フロイド説も、病症の事実よりは、フロイドが、自分の思想を以て、作為して、理論づけた事柄が多いのである。此点に於て、彼の説は、科学的といふよりは、寧ろ哲学的であり、特に彼の夢の説などは、神秘的・迷信的である。(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.62)
しかし森田先生が科学的であろうとしたのと同様、フロイトも心の働きを科学的に解明しようとしていた点は同じである。そして、晩年、病苦と闘いながら治療や研究や著作に励んでいた点も森田先生と共通する。
フロイトは葉巻タバコを好んでいたために口蓋腫瘍ができ、これが悪化して上顎癌となった。16年間に36回もの手術を受けた。顎と口蓋、鼻中隔の一部を切除し、人工の頬が付けられた。上顎癌の末期はかなりお気の毒な状態となる。どこの癌も大変だが、顔が失われる上顎癌は極めて深刻である。私は医大の臨床実習の際に、耳鼻咽喉科で上顎癌の方の消毒処置を見て、息が詰まる思いがしたものだ。人工の頬をはずした時に露出した粘膜の有様とそこから発するにおいは衝撃的だった。フロイトの場合も病状が進行してくると異臭が部屋に充満し愛犬も寄り付かなくなったという。最期は主治医と相談してモルヒネ注射による安楽死を選び、亡命中のロンドンで死去した。
森田先生の方が年下ではあるが、ほぼ同じ時代に西洋と東洋で神経症に対する独自の精神療法が創出されたことは興味深いことである。子供っぽい人格の人の神経症、つまりヒステリーでは精神分析療法が効果的であり、大人の人格を持った人の神経症(森田神経質)では森田療法が効果的である。
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