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2009年5月29日 (金)

神経質礼賛 430.フロイトと森田正馬先生

ジークムント・フロイト(1856-1939)は精神分析療法の創始者である。オーストリアでユダヤ人の家庭に生まれた。ウイーン大学で物理学を学んだ後に医学部で神経細胞の研究をし、さらにパリに留学して著明な神経学者シャルコーに学んだ。当時はユダヤ人に対する差別が強まっている中、大学で研究者となるのは困難な時代だった。そこでウイーンで開業し、当初は電気や催眠によるヒステリーの治療を行っていたが十分に効果が得られず、独自の自由連想法を編み出した。これによって、ヒステリー患者の抑圧されていた(性的な)外傷体験を言語化する治療法、精神分析療法ができ上がった。

森田正馬(1874-1938)先生はたびたびフロイトの学説を批判されている。

 フロイド説が、願望のために、症状が現はれ、或は夢を見るとか、或は「ヒステリーで盲目になつたのは、其恋人を視ないのが幸福であるから」とかいふ風なのは、皆目的論である。キリスト教では、「神は、最もよく神に似せた形で、人間を造った」といふ。実は人が、自分の想像を以て、神を案出し、之が人間以上の思想には出でない、といふ迄の事である。フロイド説も、病症の事実よりは、フロイドが、自分の思想を以て、作為して、理論づけた事柄が多いのである。此点に於て、彼の説は、科学的といふよりは、寧ろ哲学的であり、特に彼の夢の説などは、神秘的・迷信的である。(白揚社:森田正馬全集第4巻 p.62

 しかし森田先生が科学的であろうとしたのと同様、フロイトも心の働きを科学的に解明しようとしていた点は同じである。そして、晩年、病苦と闘いながら治療や研究や著作に励んでいた点も森田先生と共通する。

 フロイトは葉巻タバコを好んでいたために口蓋腫瘍ができ、これが悪化して上顎癌となった。16年間に36回もの手術を受けた。顎と口蓋、鼻中隔の一部を切除し、人工の頬が付けられた。上顎癌の末期はかなりお気の毒な状態となる。どこの癌も大変だが、顔が失われる上顎癌は極めて深刻である。私は医大の臨床実習の際に、耳鼻咽喉科で上顎癌の方の消毒処置を見て、息が詰まる思いがしたものだ。人工の頬をはずした時に露出した粘膜の有様とそこから発するにおいは衝撃的だった。フロイトの場合も病状が進行してくると異臭が部屋に充満し愛犬も寄り付かなくなったという。最期は主治医と相談してモルヒネ注射による安楽死を選び、亡命中のロンドンで死去した。

 森田先生の方が年下ではあるが、ほぼ同じ時代に西洋と東洋で神経症に対する独自の精神療法が創出されたことは興味深いことである。子供っぽい人格の人の神経症、つまりヒステリーでは精神分析療法が効果的であり、大人の人格を持った人の神経症(森田神経質)では森田療法が効果的である。

2009年5月22日 (金)

神経質礼賛 428.新型インフルエンザ

 先月から世界的な問題となっていた新型インフルエンザが日本でも急増中である。兵庫県や大阪府さらには滋賀県では学校休校などの対策に追われている。この週末に神戸で行われるはずだった日本精神神経学会学術総会も今週初めに急遽中止が決まった旨の速達が届いた。かつては会員でも総会に出る医師は少なかったが、精神科専門医制ができてからは、専門医維持のためポイントを取らねばならないため、昨年からは参加者が急増し、かなり大きな会場でないと対応できなくなっている。延期して改めて会場を取るというのは極めて困難なため中止せざるを得なかったようだ。心配性の私は昨年のうちに取れるだけ取っておこうと学術総会やらポイントが取れる講習会に出まくって専門医更新のためのポイントを荒稼ぎしているので個人的には影響はないが、今回参加を予定していた先生たちは困っている。

 メキシコでの流行を受けて政府は検疫強化策を打ち出した。M厚生労働大臣は「私が止めてやる」と言わんばかりに嬉々としてTVに出まくっていた。感染疑い段階で次々と公表しては騒ぎを大きくした。各地に発熱センターが設置され、防護服に身を包んだ検疫官や隔離病室の様子が盛んに報道された。一般病院で新型インフルエンザの可能性があることを理由とした「診療拒否」が起きるようになった。カナダ帰りの高校生の感染が判明した際には同じ飛行機に乗っていた多数の乗客が感染の広がりを防止するという理由で拘留同然の措置を受けた。これはやり過ぎではないか、今のところ弱毒ウイルスであり、通常のインフルエンザ同様の対応でよいのではないかと思っていた。その後、兵庫・大阪で海外渡航歴がない人たちの間で新型インフルエンザが広がった。流行地の保健所や発熱外来はパンク状態で、もはや今までの対応は物理的に不可能となるに至って、政府もやっと方針を転換し、「冷静に対応するように」と言い出したが、パニックを煽っていた張本人はいったい誰でしょうか?

 一昨日にはついに首都圏でも感染者が出た。駅ではマスク姿の人が増えた。マスクが品薄になり、手に入りにくくなっている。我が家では花粉症対策に買ってあるマスクの備蓄があるので当分はもちそうだ。普通のマスクではウイルスをシャットアウトできるわけではない。手洗い・うがいは神経質にしていく必要がある。それと不要不急の外出は控えることだ。兵庫・大阪では学校が休校になって子供たちが日中、盛り場に繰り出しているという話もある。こういう神経質が足りないことをしていては感染が広まる一方である。通常のインフルエンザの際の学級閉鎖の基準で対応し、むやみに一律休校にしない方がよいのではないかと思う。

2009年5月18日 (月)

神経質礼賛 427.テープの処分

 長年録り貯めたビデオテープが結構場所を取っている。このため、残したいものはダビングして処分を始めた。かなり前から考えていたことなのだが、いざ動き出すまで時間がかかるのは神経質の欠点である。その代わり、神経質は動き始めれば簡単には止まらないので、作業は着実に進んでいく。音楽番組や美術番組はそのうちまた見たくなるだろうと録画しておいても、意外と見ないものだ。まして子供が小学生の頃に見ていたドラえもんの長編映画をテレビ録画したものなど見る可能性ほとんどゼロである。NHKで放送されたシャーロック・ホームズ・シリーズはダビングして残すことにしたが、最近、DVD完全版が市販されているようだ。10年くらい経ったテープを再生してみると画質の劣化がみられる。長期保存したいものはDVD-RWに、それほど長期保存しなくてもよいものは安価なDVD-Rにダビングし、見る可能性の低いものは思い切ってダビングせずに廃棄である。時間がかかる作業なので休日に少しずつやっつけている。

 音楽を録音したカセットテープも同様である。中学・高校時代、聴きたい音楽はFM番組から録音していた。今では死語となった「エアチェック」である。カセットテープもまだ高価だったから大切に使っていた。当時はFM番組表を書店で買って、録音したい曲をマーカーで塗ったものである。CDが容易に入手できるようになってからもマイナーな室内楽はFMから録音していた。録音中は蛍光灯ON/OFF時のノイズが入らないように神経質を活用していたことは言うまでもない。思い出深いテープも多いが、CD等での入手困難な曲のみパソコンにキャプチャーして、一気に大量廃棄を決めた。100本近いカセットテープをゴミとして出してスッキリした。

 残る問題はLPレコードである。思い出のLPはジャケットを写真に撮って、音楽はパソコンに取り込んでCD-Rに焼きなおすか、MP3データとしてハードデイスク上に残すか。ビデオテープやカセットテープよりもさらに手間のかかることなので、当分は保留になりそうである。

2009年5月15日 (金)

神経質礼賛 426.本番に強い脳

 5月12日のNHKクローズアップ現代では「勝負強さは“脳”が決め手」と題して最近の脳トレーニング事情を取り上げていた。話はプールから始まった。北京オリンピックの前、ゴール前で失速しがちな日本競泳選手たちの強化のために脳科学者がアドバイスを行った。「ゴールが近い」と思うと、脳は「これで終わり」と判断して、集中力が途切れてペースが落ちてしまうのだそうだ。脳トレーニングの効果で北島選手をはじめ競泳陣は良い成績を収めることができたという。アメリカではスポーツ選手やビジネスマンを対象とした脳トレーニングジムがビジネスとして成り立っている。いつも最後の詰めが甘くて成績が伸ばせないゴルフ選手が訓練を受けて、脳波のα(アルファ)波が多く出るようになったという実例を示していた。

 実は脳波のα波を増やすことを売り物にした器具は20年前くらいにすでにあった。実際、私と同期入局のN先生が通販で購入して使っていた。α波を検出すると発光ダイオードが光る仕掛けで医療用のバイオフィードバック装置(心身症の治療に用いるもの)を手軽にしたものだ。N先生は私以上にプレッシャーに弱く、特に出勤前にいろいろと具合が悪くなりがちだった。週一回の教授回診の日は彼にとって修羅場だった。大原健士郎教授からは「お前は出社拒否の神経症だ!」と言われていた。その器具の効果があったとは思えない。しかし現在では彼は勤務していた病院の関連クリニック院長をしていて大変評判が良い。脳トレーニングの効果ではなく、緊張しながら仕方なしに行動を積み重ねていった成果なのだと思う。

 脳波のα波は8-13Hzの周波数で、リラックスして集中した状態で多く出る。禅僧が座禅している時や一流の将棋棋士が対局している時に出るものとして知られている。最近は電子技術の進歩で脳波の周波数成分を分析してその分布をリアルタイムでパソコン上に表示できるようになった。本番でα波が出せるようになれば、実力を発揮しやすくなるのかもしれない。しかし、それはトップアスリートたちのように訓練に訓練を積み重ねた人が大舞台で実力を発揮するためのプラスαなのであって、あまりに脳トレーニングばかりにこだわって本業がおろそかになっては本末転倒である。われわれ凡人ではそこまでやる必要性もない。緊張してはいけない、緊張しないようにしようと思えば思うほど緊張してしまう。緊張するのは誰もあることで仕方なし、まあこんなものだ、とあきらめてドキドキしながらも緊張場面を避けずに行動していれば、何とかなっていくものである。神経質人間は「本番に弱いのだから、その分、普段から努力しておこう」、ということで弱くなりきって地道に努力していけば望外の成果も得られるものだ。

2009年5月11日 (月)

神経質礼賛 425.ブレーキランプが切れていた!

 先日の連休、実家に帰省してきた弟を車で送迎した。その後、自宅に戻った弟から電話で「そういえば、アニイの車、左のブレーキランプが切れてたよ」と教えられた。たまにブレーキランプの片方が切れている車を見かけることはあるが、まさか自分の車がそうなっていたとは・・・恥ずかしや。いったいいつから切れていたのだろうか。これでは神経質の名が泣く。ともあれ行きつけのガソリンスタンドでランプの交換ができないか相談したがマイナー車種の悲しさ断られてしまった。やむなく普段車検を頼んでいる整備工場に持ち込むと交換できるとのこと。20分ほどで交換してもらった。部品代500円プラス工賃1000円だった。ダッシュボードの中に入っている車の説明書を見るとブレーキランプの交換方法は書いてあるが、ちょっと面倒そうである。家庭内の電化製品だと何でもまず自分で直そうとするくせに、こと自動車関係だとどうも苦手意識が先に立っていけない。

 ブレーキランプが切れた場合、自分では気が付きにくい。やはり、出かける前にはブレーキを踏みながら後ろの壁を注意深く見て、ブレーキランプが点灯しているかどうかを確認する必要があると痛感した。神経質の生かしどころである。事故に遭うリスクを少しでも減らすためにはその位の「確認癖」はあった方がいいだろう。

2009年5月 8日 (金)

神経質礼賛 424.「みにくいアヒルの子」だったアンデルセン

今回は再び「天才と病気」という本に書かれていたアンデルセンの話である。ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805-1875)は「裸の王様」「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「マッチ売りの少女」などで有名なデンマークの童話作家である。自伝では「私の生涯は波乱に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しいメルヘンだった」で始まるのだそうだが、実際は極めて苦しい前半生だった。容貌や生い立ちにまつわる劣等感、度重なる失恋、強度の神経衰弱に悩まされた。貧乏な家庭に生まれ、靴屋の父親は精神病で早くに亡くなり、母親もアル中のため慈善病院で亡くなった。俳優(オペラ歌手)を目指すもかなわず、貧困の中で死を考えた時期もあった。たまたま戯曲が認められ、援助を受けて大学で勉強する機会を与えられ、小説や童話を発表する。38歳の時に20歳の歌姫に熱烈な求愛をするもかなわず、独身を通した。誠実で優しい人柄だが、時に高慢さを見せたり怒りっぽくなったりすることがあったという。この辺は神経質に見られる弱力性と強力性の二面性かもしれない。極度の心配性で、火事を恐れるあまり脱出用ロープを常時持ち歩いていたとか、枕元に「死んだように見えますが生きています」と書いた紙を置いて寝たというエピソードがある。生きたまま埋葬されることを恐れて、友人には「納棺前に必ず動脈を切るように」と頼んでいたそうだ。晩年は全世界の多くの人々に愛され、肝臓癌で亡くなり国葬となった時にはあらゆる年齢・階層の人々が参列したという。

 アンデルセンは典型的な神経質人間だと私は思う。神経質人間はなかなか自分の美点には気がつかず、強い劣等感にさいなまれるものである。そこであきらめたりひねくれたりして努力をしなければ単なる「みにくいアヒルの子」のままで終わってしまう。つらくても何度も失敗しても努力を重ねていくうちに気がつくと大空を舞う美しい白鳥になっているものである。

2009年5月 6日 (水)

神経質礼賛 423.神経質vsカラス

 3日前、朝起きるとベランダに置いてあったゴミ袋が引きちぎられ、ゴミが散乱しているのを見て驚いた。野良猫は入って来れないと思われる場所である。仕方なしに新しいゴミ袋を出して、散乱したゴミを片付ける。やれやれと朝食を食べていると、近くで「カアー」という鳴き声が聞こえた。その1、2分後にガサゴソ音がしたので、窓を開けるとカラスがあわてて飛び立っていった。すでに時遅し。またもやゴミ袋が引き裂かれ、ゴミが散乱している。カラスの好物である脂物の残飯が特に食い荒らされている。人間様の食事は中断で再び後始末である。これではたまったものではない。片付けたゴミ袋はとりあえず家の中に避難させ、食事を済ませるとホームセンターに直行してロックできる蓋付きペールを購入してきた。これでベランダのゴミは安全である。カラスよ。神経質をなめるなよ。

 そういえば、最近、出勤途中、路上のゴミ袋が引き裂かれてゴミが散乱しているのをよく見かける。近隣の町ではカラス被害対策でゴミに防護ネットをかけるようになった。カラスの天敵である大型鳥類は絶滅寸前なのでカラスは増える一方である。街中ではゴミ袋をあさればエサには事欠かない。東京では特殊なゴミ袋を使っている区もあると聞く。カラスの目は近紫外線も感知する。人間の場合光の三原色がカラスだと紫外光を加えた四原色になる。特殊なゴミ袋は紫外光をカットすることでカラスがゴミ袋内の物体を認識するのを困難にする効果があるのだそうだ。そのゴミ袋はたまたま黄色に見えるがカラスは黄色が見えないとか黄色を嫌うというわけではない。

 カラスはエサを安全な場所に隠しておくような知恵もある。場所をしっかり記憶しているのだから恐れ入る。硬いエサをわざと自動車に轢かせてから食べるという話もある。近頃はカラスの巣も木造より鉄骨建築(針金ハンガー製)が多くなり、電柱の巣は停電の原因になって困りものだ。カラスは極めて知能が高いと言われている。脳重量は10gほどだが、脳細胞の密度が高いのだそうだ。人間の脳重量は1400g程度である。東西古今の天才たちの脳重量がよく話題になるが、必ずしも重ければいいというわけではなく、軽い人もいる。ちなみに我らが森田正馬先生の解剖記録では脳重量はわずか945gだった。やはり脳重量の問題ではなくどれだけ訓練したかで決まるようだ。せっせと頭と体を使って脳内のシナプスを増やし、カラス様の脳に負けないようにしなくては、と思う。

2009年5月 4日 (月)

神経質礼賛 422.チャイコフスキーの神経症症状

ピョートル・チャイコフスキー(1840-1893)はロシアの作曲家で叙情的な極めて美しい名曲を数多く残している。幼少時から神経過敏で「ガラスのような少年」だったという。10歳で法律学校に入学。14歳で母をコレラで亡くし、大きなショックを受けている。法務省に勤務するも音楽学校に入りなおして音楽家への道を歩むことになる。成人後も心気症に悩まされ、内気で友人が少なかった。

 彼の作曲活動は必ずしも順風満帆ではなかった。交響曲第1番「冬の日の幻想」を作曲した頃は、不眠症・腸の痙攣・激しい頭痛に悩まされた。今では名曲とされるピアノ協奏曲第1番、ヴァイオリン協奏曲とも、「演奏不能」と決め付けられて初演にこぎつけるまで苦労している。

 彼はうつ状態を繰り返していて、37歳で28歳のアントニーナと結婚するも結婚生活に耐え切れず、入水自殺未遂のエピソードもある。彼にとって大きな支えとなったのは鉄道王の未亡人メック夫人だった。13年間経済的援助を受け、その間に1000通以上の手紙を出している。二人は直接会ったことがなかったと言われる不思議な関係だった。メック夫人からの援助が打ち切られた時も大きな衝撃を受け、激しく気分が落ち込んだという。チャイコフスキーは交響曲第6番「悲愴」の初演後にコレラで急死しているが、貴族の甥とホモセクシャル関係であったため訴えられて毒殺されたという説もある。

 チャイコフスキーの音楽は誰しも聴いたことがあるだろう。私にとってもなじみが深い。小学生の時、学校に神奈川県警のブラスバンドが来て、組曲「くるみ割り人形」を演奏してくれたのを聴いて、とても感銘を受けた。中学の音楽鑑賞で「アンダンテ・カンタービレ」を聴いて気に入り、自分でも好んでヴァイオリンで弾いた。高校生になってステレオ・アンプを自作し、最初に買ってきたレコードがチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲である。本当はA面のメンデルスゾーンの協奏曲を聴こうと買ったのだが、B面のチャイコフスキーの協奏曲の虜になってしまったのだ。次に買ったのが交響曲第4番だった。中高年となった今では交響曲第6番「悲愴」をよく聴く。第4楽章の最後のところはだんだん呼吸が弱くなり、心停止に至る、人間の最期を描写しているように思えてならない。

 チャイコフスキーは現代の精神科診断ではおそらく反復性うつ病性障害に該当するだろう。「白鳥の湖」に代表されるような甘く切ない旋律は、うつ状態を経験しなければ生まれなかったのかも知れない。チャイコフスキーはメランコリー親和型の性格だったと考えられるが、それだけではあれだけ多くの名曲を残すのにはエネルギーが足りないだろう。「生の欲望」が強い神経質としての面も持ち合わせていたのではないかと私は考えている。

2009年5月 1日 (金)

神経質礼賛 421.ワーグナーの神経症症状

先日、図書館で「天才と病気」(ネストール・ルハン著 日経メディカル編)という本を見つけたので読んでみた。その中から今までこのブログに登場していない作曲家ワーグナーとチャイコフスキーを紹介しよう。今回はまずワーグナーである。

リヒャルト・ワーグナー(1813-1883)は、ドイツの作曲家で「歌劇王」として有名である。歌劇にはなじみがない方も多いだろうが、映画「地獄の黙示録」で使われた「ワルキューレの騎行」は聞かれたことがあるだろう。「ワルキューレ」は4夜続けて上演される超大作「ニーベルングの指環」の一部である。「ニュルンベルクのマイスタージンガー」序曲は大学の入学式などでよく演奏される曲であるし、「タンホイザー」の中の曲はテレビCMのBGMとしても使われたことがある。ワーグナーは、同時代のブラームスとともに作曲家の二大巨頭で、当時の音楽界はワーグナー派とブラームス派に二分されていたほどだ。随筆「音楽におけるユダヤ性」でユダヤ人作曲家のメンデルスゾーンやマイアベーアを「金儲けのユダヤ人には真の芸術はできない」と非難し、反ユダヤ思想でも知られる。のちにヒトラーがこの随筆を愛読し、ワーグナーの楽劇に心酔している。現代でも熱狂的なワーグナー信奉者がいてワグネリアンと呼ばれている。

ワーグナーは、40代から不眠症・胃痙攣・神経性腸過敏などの神経症症状があり、13という数字を極度に恐れる縁起恐怖もあったようである。皮肉なことに最も恐れていた13日に心臓発作で亡くなっている。

しかしながら、ワーグナーの行動を見る限り、神経質とは言いがたい。もちろん、音楽はすばらしいし作曲家の中でも並外れた創作能力を持った人だったが、人格的にはかなり問題のあった人である。浪費家で借金をしまくっては踏み倒す。有名な指揮者ハンス・フォン・ビューローの妻コジマ(リストの娘)と不倫関係になって子供をもうけた以外にも女性関係がだらしない。偽名で自分の作品を賞賛する投書を新聞社に送りつけたことも知られている。嘘言癖があり、過剰な自信家であって、そのため敵も多かった。現代の精神科診断では自己愛性パーソナリティ障害および演技性パーソナリティ障害に該当しそうである。もっとも、そういうパーソナリティだからこそ、非日常的な極めて劇的で壮大な歌劇を作ることができたのかも知れない。神経質ならばもっと地味な音楽になったことだろう。

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