神経質礼賛 441.ネットゲームとひきこもり
今年も保健所のひきこもり教室の講師を頼まれた。会の前日(6月24日)の毎日新聞夕刊に「バーチャルに生き、現実世界で生きられない・・・増えるネトゲ廃人」というタイトルの記事があった。ネットゲームにはまり、起きている時間はすべてネットゲームに費やす生活を3年間送った大学生、ネットゲームをやめさせようとする親に暴力をふるう中学生の実例が紹介されていた。「ネトゲ廃人」という本を出版したジャーナリストは「どこかに心の空白があって、ずるずると続けてしまう」「現実で生きがいを見出しにくくなる」と言う。あるネットゲームを運営している会社の社長は「ゲームに依存しやすいのは人生で何かが欠落している人」と分析する。記事ではネットゲーム依存への対策はおろか依存者の統計もなく、ゲーマー低年齢化の問題を指摘していた。
さて、ひきこもり教室では、まず、私の講義でひきこもりと鑑別を要する精神疾患を概説し、その後のグループワークで参加者(ひきこもりの親)の具体的事例についてディスカッションするという流れになっている。講義の初めに前述の新聞記事の話をしたら、参加者から「まさにウチの息子も同じなんです」という話が出てきた。大学に入って一人暮らしを始めたら、ネットゲーム三昧の生活になってしまい、大学には行っていない。メールを出しても返事が来なくなったので心配してアパートへ行ってみると公共料金の督促状が挟まっていた。とりあえず親が支払ったが、後期の授業料の支払いをどうしようか、という難題を抱えている、ということだった。他の参加者からは「早く家に連れ戻した方がいいのでは」という意見と「親がムリに連れ戻したら、うまくいかなかったのは連れ戻されたからだと言うに決まっている」とそれに反対する意見があった。実際に相談業務をしている保健師さんや社会福祉士さんからは「どういう行動を取るにせよ、夫婦でよく話し合って決める方がよい」「電気代を親が支払ってあげたのでは本人は困らないことになってしまう。電気が止められたところで死ぬことはないのだし、パソコンもできなくなるわけだから、本人に処理させた方がよい」「家庭の経済状況を本人に伝え、行かない学校へ学費を払うゆとりはない、一人暮らしを続けたいのならば援助できるのは○万円までで、後は自分で働いてもらうしかない、と説明した上で本人にどうするか決めさせてはどうか」などとアドバイスがあった。
対人恐怖などの神経症やいじめなどが原因で不登校となってひきこもっていく人とネトゲ廃人には少々違いがある。パチンコ依存症などの病的賭博に近い嗜癖の問題なのである。ネットゲームでは賭博のように勝てばお金が入ってくるわけではないが、よりレベルが上がるという「報酬」がある。パチンコにお金をつぎ込んでサラ金に借金をしまくって巨額の負債となることはなくても、パチンコと違って24時間できるので、生活リズムが破綻することで廃人生活となっていく問題は大きい。
ギャンブル依存に関して興味深い研究が最近発表された。ケンブリッジ大学のLuke Clark博士がNeuron誌に発表したものである。被験者にコンピュータ制御のスロットマシンで遊戯させ、機能的MRIで脳の活性領域を調べた。すると、当りが出た時には自然報酬や中毒性の薬物を処理する領域が反応するのだが、「もうちょっとで当り」という「ニアミス」が出た時にも脳の同じ報酬系(線条体と島皮質)が活性化されていた。ニアミス自体は不快だがゲームを続けたいという欲求が高まっていた。ニアミスに対する反応は本来脳に備わっていて、ニアミス体験がギャンブル依存の誘因になる可能性を示唆していると結論している。
コンピュータゲームでは、簡単に次に進んでいくのでは飽きられてしまうし、難しすぎてはあきらめられてしまう。巧みに「ニアミス」体験をさせてゲーマーを虜にしていくように作っている。誰でもネトゲ廃人になる危険性はあるのだ。現実生活での楽しみがなく、将来の夢もないとなると、ネットゲームのファンタジー世界に逃避することにもなる。まずはネットゲームの危険性を周知させるとともに、業界に対してはゲーム時間の規制をするよう働きかけていく必要があるだろう。長い目で見れば、若者が健全な「生の欲望」を発揮できるような社会、努力が報いられるような社会にしていく必要もある。
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