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2009年8月10日 (月)

神経質礼賛 454.逃げ腰

 私は若い頃、対人緊張にとても悩んだ。そして、ささいなことが気になってクヨクヨした。自分は気が小さくて情けない。自分ほどの小心者は世の中にいないのではないか。何とか性格を改善して大胆になることはできないか、と思ったものだ。皮肉なことに人としゃべるのが仕事になるとは夢にも思わなかった。20代後半あたりから、緊張しても仕方ない、緊張しながらやっていくしかない、とあきらめがつくと、それほど苦にはならなくなっていった。今でも人前では激しく緊張するが、だからといって病気だと思ったことはないし、まあこんなものだと緊張する場面を避けずにやっている。そして、神経質な性格のおかげでずいぶん得をしたところもある。神経質で良かった、ということで神経質を礼賛するようになった。

森田正馬先生は次のように言っておられる。

 逃げ腰になるという事は、あるいは対人恐怖が、人前で恥ずかしく思わないようにとか、顔の表情を不自然にしないようにしようとするとか、あるいは不潔恐怖の人が、汚くてゾッとするような感じを、さっぱり・気の晴ばれするようにと思って、手を洗う時とか、あるいは鼻のさきが目障りになるから、これを見ないようにしようとかする時などで、すべてそのいやな気持をなくそうとすればするほど、胸はムカムカし・眼は暗むようで・頭はガーンとして気も取り乱すとかいう風になる。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.390

 不安から逃げようとすればするほど、不安は大きく膨れ上がり、どこまでも追いかけてくる。不安を好む人はいない。できれば何の不安もなく頭の中がスッキリと晴れ渡った青空のような状態でいたいものだが、そんなわけにはいかないのである。あの藤原道長でさえ、死の恐怖、不安からは逃れることができず、パニック障害になったことは以前書いた(413)通りである。ましてや我々の生活は困ったことだらけ、不安だらけである。不安を感じなくしようと「はからう」必要はない。「はからう」と前述の森田先生の言葉のように、さらに状況は悪化する。不安を抱えながら、必要なことを一つ一つやっていくうちに、いつのまにか不安にとらわれずに行動している自分になっているのである。

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コメント

四分休符先生、お久しぶりです。

森田的アプローチでよい方向に向かっているのが実感でき、以前のような症状に囚われることが少なくなっています。
本を読む事によって著しく改善されるくらいですから、入院療法を行えばさらに効果があるのでしょうね

お時間がありましたら、
"臥褥"についてお伺いした事があります。
専門の病院で森田療法を行いたいのですが
休み明けにすぐ試験があるので、長期間の入院はできません。
そこで自分ひとりの臥褥を短期間行ってみたいと考えています。

森田的考え方で生活するようになってから好転してきているので実感しているので、未だ試した事のない臥褥を試してみたくなりました。
3日間の臥褥を考えているのですが、
自分ひとりでの臥褥、それも家族がいる環境での臥褥は意味がないのでしょうか。

神経質なmedical student 様

絶対臥褥の意義は、①日常生活から切り離された環境で休養を取ること ②精神交互作用の悪循環を断つこと ③治療者側からは精神病(統合失調症、うつ病など)との鑑別に役立つ、といったことがあります。不安神経症の人だとひとりぼっちにされる絶対臥褥は早く終わらせたいという気持ちになるのに反して、対人恐怖の人だと人との接触が避けられてかえって楽だということにもなります。絶対臥褥にハマって臥褥に逃げ込むクセがついても困ります。現在、何とかやれているのであれば、あえて絶対臥褥する必要はないと思います。

あなたが言われるような形の3日間自宅での絶対臥褥というのは一般的ではありませんが、慈恵医大の中村敬先生が2004年(平成16年)4月18日付の読売新聞で「森田療法による五月病克服のコツ」という記事の中で述べておられ、最近の御著書でも書かれているかもしれません。完ぺき主義を捨てて、目の前のことを一つずつやっていく。それでもどうしてもうまくいかずエネルギーが出ない時には、土日の前後に一日代休をもらって三日間完全休養しひたすら寝てみることを勧めておられます。

ですから三日間の「ミニ絶対臥褥」はどうしても行き詰まった時の切り札に取っておいたらよいのではないでしょうか。

四分休符先生
返信ありがとうございます。

先生の仰るとおり、私の性格からして絶対臥褥に逃げてしまうということもあるかもしれません。
少しづつ改善されてはいるのですが、"嫌な事から逃げてしまう癖"はなかなか直りません。
森田療法のおかげで逃げないで突入することが相当増えましたが、
突入後にああすればよかったこうすればよかったと色々考え続けてしまう自分は根っからの難儀な性格だと思います。

一人での絶対臥褥は、先生のアドバイス通りどうしても行き詰まった時の切り札に取っておこうと思います。

毎回助言をして下さりありがとうございます。
これからもブログ参考にさせて頂きます。

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