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2009年8月 7日 (金)

神経質礼賛 453.緊張ということ(その4)

 いよいよ明日から甲子園の全国高校野球大会が始まる。TV中継されている中、甲子園の大観衆の前で、試合に臨む選手たちの緊張は大変なものだろう。一昨年(平成19年夏)の甲子園では、試合前に、新宗教系高校の選手たちがベンチ前に大の字に寝転がり、一方、対戦する高校の選手たちは一列に並んで正座していたのが話題になった。いずれも過度の緊張をほぐすためのメンタルトレーニングだった。結果は正座したチームが逆転勝ちしたとのことで、「平常心になれて、甲子園でも普段の野球ができた」と選手が語っていたという。もちろんメンタルトレーニングの優劣だけで勝負が決まるわけではないとは思う。

 緊張せずに実力を発揮できるようにする脳トレーニング流行の昨今である(426話)。今年はまた新手のメンタルトレーニングが登場するかもしれない。しかし、根本的に緊張はなくなるものではない。緊張するのは自然なことであって、緊張感が足りなくても実力が十分に発揮できないのだ。最初は激しく緊張しながらも、次第に「ものそのものになって」いき、試合に没入した状態になれば、平常心の状態で実力を出し切ることができる。

 神経質人間は緊張しやすい。特に本番直前になると、あれこれと余分なことを考えてしまい、失敗したらどうしよう、などと予期不安するものである。そうした不安をかき消そうとせずに、浮かぶままに、手足を動かし必要なことをしゃべっていけば、何とかなる。

 10月に地区の精神科医の集まりがあって、症例報告の発表を頼まれた。私にとっては「苦手種目」だが、引き受けた。例によって激しく緊張しながらハラハラドキドキでやらせてもらうつもりだ。

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